第23話 生徒会長からの食事の誘い
私はマリーの態度も気になったが、カッサンドラからの手紙の方が勝ったので拡げて読んみる事にした。
スカーレットさんへ
お話したい事があります。レストラン『ルミエール』に正午で。日付は○月○日です。
カッサンドラより
たった数行だけの短い文章だった。このレストランの名前は聞き覚えがあった。確か学園の地下に設けられていて、学生達は食堂の代わりとして使っている。
前の記憶ではマリーとルーリ王子が二人で一緒に食事をしている中、お嬢様がやって来て邪魔をするというシーンがあったような気がする。
休学しているはずのカッサンドラがそこで話したい事が何なのか分からないが、こっちも色々と聞きたい事があった。日付はちょうど今日だった。廊下にある振り子時計の針を見ると十一時を差していた。馬車で行けば十分間に合うだろう。
私はそう思ってお嬢様の部屋に向かった。入る前に封筒をしまってからドアをノックした。
「遅いじゃない!」
開けて早々お嬢様の怒号が飛んだ。私に近づくと、どうして遅くなったのかや何の話をしていたかなど質問ラッシュに遭ってしまった。
なので、本当は隠そうと思っていたカッサンドラの手紙を見せてマリーは配達を頼まれただけだと答えた。
お嬢様はひったくるように手紙をサッと見た。返ってきた感想は「え? これだけ?」だった。
「えぇ、具体的な事は現地で話すつもりなのでしょう」
「でも、なんであなたが? そんなに親しかったっけ?」
「いいえ、全く」
私とお嬢様は生徒会長の真意が分からずに首を傾げていると、ムーラが「先行きが不安なら占ってあげようか?」と提案してきた。
「その方がいいわ。やってちょうだい」
お嬢様は便箋をムーラに渡した。占い師は目を閉じると、片手で便箋を持って、もう片方は波のような動き方をしていた。振り子時計がやたら大きくカチカチと鳴る中、ムーラが目を開けた。
「問題ないわ。あるとするならサンドイッチよりもパスタにした方がいい。今日のシェフのコンディションはパスタの方が美味しく作れているから」
まさかの料理の選び方を指摘され、無駄に緊張した私が馬鹿らしくなった。お嬢様もフゥと息を吐いた後「さっさと支度して行きなさい」と外出の許可を出してくれた。
※
レストラン『ルミエール』はまさにお昼時で、多くの学生達が集まって料理と談笑を楽しんでいた。私はウェイターに「カッサンドラと待ち合わせしているのですか」と尋ねるとすぐに案内してくれた。
生徒会長は奥の個室にいて、ドアを開けると「久しぶりね」と微笑んでいた。
ふと彼女の片目が前髪で覆われている事に気づいた。ヘアピンも付けなくなったらしい。おしゃれのつもりなのかどうかはわからないけど、あまり人のファッションには首を突っ込みたくなかったので、あえて聞かないようにした。
占い師に言われた通り、私はサンドイッチではなくトマト系のパスタにする事にした。カッサンドラは紅茶とケーキだった。
頼んでいる間、沈黙には耐えられなかったので、思い切って尋ねる事にした。
「どうしてお嬢様に私とマリーが会っている事を話したんですか?」
生徒会長はジッとエメラルドの瞳で私を見ていた。彼女の瞳は蟻地獄のようにジワジワと吸い込まれてしまいそうだった。が、タイミングよく紅茶が来たので、彼女の視線は香りのいいティーカップに向けられた。
「ご主人に隠したいほどやましい関係なんですか?」
カッサンドラは鋭い指摘をした後、カップに口を付けた。私は狼狽したが悟られないようにすぐに返した。
「いいえ。ただお嬢様は嫉妬深い所があるので、もしそういう関係だと誤解されたら仕事に支障が出てしまいます」
「ジュリアーノさんの意中の相手を彼女ではなく別の方にくっつけさせるのも付き人の仕事なんですか?」
またしても弾き返され、剣先を喉で突きつけられるような心地だった。やはり、生徒会長にまで登りつめただけあって、討論が長けている。
私は水を飲みながらどう返そうか考えていると、ちょうどいいタイミングでパスタが届いた。粉チーズが入った器を手に取り、スプーンに盛り付けながら答えた。
「お嬢様の危険を排除するためです」
「危険? 彼と結ばれるとジュリアーノさんの身に何が起きるんですか?」
「えぇ……まぁ」
「あなたが嫌なだけじゃないですか」
ボウガンの矢の如きグサッと突き刺さる質問に手先が震えて器を手から溢れ落ちてしまい、全部かかってしまった。赤い麺の山が真っ白なチーズの雪で覆われた。私は動揺を悟られないよう、「粉チーズ好きじゃの」と甘噛みして静かにテーブルに置いた。
その一連の流れをカッサンドラは「図星じゃない」と独り言を呟きながらカップに口を付けた。
「ジュリアーノさんのこと好きなんですね」
「ただの主従関係です」
「独占したいんだ。彼女を」
これ以上言うと自分の心情を漏らしてしまいそうなので、フォークでパスタを一巻きした後、大口を開けて丸呑みした。口の中がリスみたいにパンパンに膨らみ、喋る余裕を無くした。
「そんなに話したくないですか」
カッサンドラは呆れたような溜め息を吐くと、ケーキを一口大に切ってベリー系ソースに付けてから口に入れた。
私はモチャモチャと咀嚼しながら自分の行いを恥じた。この態度はカッサンドラの予測通りですよと言っているようなものだ。ここから先何を言っても情けない奴だと思われてしまうだろう。
陽気な音楽が虚しく響き渡る。レストランの一番奥だからか、騒がしい声が遠く離れて聞こえてきた。
私はようやく全て胃の中に麺を詰め込むと、水を全て飲み干した。
「その通りです。私はジュリアーノ様を愛しています」
今日で二人目だ。まさかこんな形で打ち明ける事になるとは思ってもみなかった。カッサンドラはエメラルドの瞳だけきらめいた後、ゆっくりとした所作で紅茶を啜り、カップを置いた。
「彼女のどこに惹かれるんですか?」
「え? そうですね……皆さんは傍若無人で残忍酷薄な方だと思っていらっしゃるかもしれないですが、実は繊細で小動物みたいな弱さをお持ちなんですよ。あと、私が怪我をした時に手当をしてくれましたし」
私はここぞとばかりにお嬢様の良さを伝えた。が、生徒会長は「にわかに信じ難いですね」と眉をひそめた。
「そのような優しさをお持ちでしたら、どうして他の生徒を蔑んだり虐めたりするんです?」
「それは……」
私は前の記憶を掘り返してみた。けど、お嬢様がそのような振る舞いをするようになった経緯になりそうな出来事は見当たらなかった。お側に付いている今も彼女の事は分からずじまいだ。
私はお嬢様の事を理解しているつもりだったが、本当は表面上しか分かっていないじゃないだろうか。心の奥底には私の知らない彼女の一面があるのではないか。
「お互い何も知らないみたいですね」
私が顔を俯いていると、カッサンドラは急に声を明るくさせた。お互い――という事はカッサンドラもお嬢様の事を知りたいのだろうか。
「あ、勘違いなさらないでください。私はジュリアーノさんには全く興味がないので。ただ休学なさっているのが少々気になっただけで」
「あなたも同じように休んでいるじゃないですか」
私はふとどうして生徒会長が休学中であるにも関わらずわざわざ学園のレストランで食事をしようなどと言ったのか、気になった。
「どうして私を誘ったんですか?」
この質問に今度は生徒会長が黙る番だった。何か勿体つけるようにケーキを堪能した後、紅茶を啜った。
「あなたを助けるためです」
「助ける?」
何を言っているのか分からず首を傾げると、バタバタと足音が聞こえたかと思えば、ドアが勢い良く開かれた。
ルーリ王子で血の気が引いた顔で立っていた。全速力で走ってきたからか、息切れが凄かった。
「我が……騎士からの連絡が来た」
ルーリ王子は咳き込んだ後、ようやく私に気づいたのか、ギョッと目を丸くして話しかけてきた。
「どうしてスカーレットさんがここに? 護衛はどうしたんですか?」
「あなたの方こそ、何の用ですか?」
私が聞くと、ルーリ王子は「何も知らないんですか?」と動揺していた。その表情に胸騒ぎがした。
「ジュリアーノさんが攫われたんだ」
王子の言葉が巨石のように脳に直撃して暫く動けなかった。




