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第22話 思わぬ来訪者

 ジュリアーノお嬢様の側で指導できる人物を探すのは至難の技だった。チース公爵がギルドの掲示板で募集をしたが、多額の報酬が目当ての浅ましい者達ばかりだったからだ。


 だから、ほとんどが最初の一日で辞退していった。お嬢様から「下手くそ!」「そんなんでよく教えようと思ったわね!」とパワハラの如き罵倒で家庭教師達の心は粉々に砕かれてしまうのが大半だった。


 中にはお嬢様に良からぬ行いを企てようとした者もいた。お嬢様に熱心に指導するように見せかけて、彼女の清らかで魅惑的な容姿を視姦(しかん)していた。そういう時は私が再起不能寸前までボコボコにして、馬糞置き場に棄てたりした。


 そんな事を続けていると、パタリと応募者は来なくなってしまった。どうしようかなと悩んでいると、思わぬ人物が来訪してきた。


「ムーラです。よろしくお願いします」


 あの占い師がやって来たのだ。彼女はいつもの露出の高いベールではなく、貴族のドレスを着ていた。派手めの口紅とアイシャドウは控えめになり、お淑やかに赤い紅のみ塗られていた。


 お嬢様は一瞬彼女が誰だがか分からなかったが、声で「ムーラなの?!」と目を丸くしていた。


 ムーラは恭しくお辞儀をした。


「えぇ、あなたの家庭教師をするためにやって来たの」

「そうなの。でも、一体何を教えられるの? まさかタロットの練習とかじゃないでしょうね」


 お嬢様は厭味ったらしく言うと、ムーラはクスッと微笑した。


「こう見えて私、あの学園の卒業生よ」


 ムーラの意外な経歴に私とお嬢様は同時に声を上げた。



 ムーラの指導は今まで来たどの家庭教師よりも丁寧で優しかった。お嬢様が分からない事があれば噛み砕いて説明してくれるし、彼女の小言にもサラッと受け流していた。もちろんお嬢様は彼女を採用し我が屋敷で住み込みで働くようになった。


 これにより安心感が芽生えた。死の予言を告げた占い師が側にいるというだけで頼もしかった。それに彼女には転移魔法や薬の知識もあるので、万が一の事態が起きたら助けてくれる。


 お嬢様も心なしかムーラに対してはあまり強い言葉で物を言うことはなかった。何回か対面している事もあり、雑談を交わすこともあった。


 だけど、それを見ていると私の胸の奥が締め付けられた。輪の外にはみ出されたような気がした。だけど、その粗悪な気持ちはグッと堪えて私は静かに読書をしながら二人の様子を眺めていた。



 お嬢様が休学して一ヶ月ぐらい経った頃、いつものようにムーラがお嬢様に勉強を教えていると、執事がやって来た。


「失礼します。あの……マリー様がお越しになられました」

「何ですって?!」


 思わぬ来訪者の名前を聞いた瞬間、お嬢様は勢い良く立ち上がった。その拍子に高級な紫の生地で縫われた椅子が倒れた。


「あいつ、私の家に来るなんていい度胸ね! 二度と表に出られないような身体にしてやる!」


 お嬢様は怒り心頭で向かおうとしたので、ムーラと私は必死に止めた。


「お嬢様、お止めください!」

「スカーレット、そこをどきなさい! 今すぐ火の球で燃やしに行くから!」

「あなたが行く必要はないわ。スカーレットが応対するから……そうでしょ?」

「えぇ、私が行きます。お嬢様は引き続きムーラさんと一緒に勉強を続けてください」


 私は怒りに燃えるルビーの瞳を見つめた。お嬢様は痙攣しながら唸っていたが、ふぅと大きく溜め息を吐いた。


「分かったわ。さっさと追い返して」


 お嬢様は機敏に背を向けて椅子を起こすと、乱暴に腰を降ろした。私はムーラに頭を下げた。


「ムーラさん、ありがとうございます」

「いいのよ。さぁ、早く」


 ムーラは急ぎ足でお嬢様の元へと戻った。私は一礼して部屋から出た。



 車寄せには外観が控えめな馬車が停まっていた。金銀細工の装飾が施されていないのは決して資金に余裕がないからではなく、興味がないからだろう。マリーを含めたルリアーナ家はそういう一族だったような気がする。


「スカーレットさん!」


 マリーは窓から私が見えた瞬間、御者のドアが開くのも待たずして自分で開けると、急いで私の元へ駆け寄ってきた。


 彼女は淡いピンク色のドレスに(うぐいす)色の靴を履いた春の妖精のような格好をして駆け寄ってきた。顔は張り詰めていて、今にも感情が爆発しそうだった。


「スカーレットさん……」

「何の用ですか。ここに来るなんて非常識だとは思いませんか」


 私はあえて冷ややかな態度を取った。お嬢様の心を深く傷つけた要因である彼女に寛大な心で迎え入れるような気持ちはなかった。


 マリーはオドオドしていた。一瞬だけ目が合ったが、すぐに逸して指先をいじっていた。


「あの、その……確かにあなたの言う通りです。こんな所に来てはいけないと思います。でも、その、居ても立ってもいられなくて……」


 マリーはそう言って髪を耳に掛けた。


「あの、手紙は読んでくれましたか?」


 手紙――お嬢様が休学して以来、マリーから定期的に送られていた。


「確かに届いていますが、私が読まずに破り捨てたり燃やしたりしました」


 非情な仕打ちにさすがに激怒するかなと思ったが、瞳を大きくさせただけだった。


「そ、そうですよね。ジュリアーノさんはお読みにならないですね」

「えぇ、紙くずになるだけです」

「じゃ、じゃあ、口頭で伝えてください。ローガの件は本当に申し訳なかったと」


 ローガ……あいつか。お嬢様に死ねなどという死亡宣言をした奴。もし会ったら顔面パンチだけでは済まないからな。


「用件はそれだけですか?」

「いえっ! あの、あのぉ……」


 すると、急にマリーの大きな瞳が潤んだかと思えば何度もしゃっくりをし始めたのだ。


「その、ひっ、あの、ひっひっ、はぁ……ごめんなさい。ジュリアーノさん、ひっ、にっ、酷い言葉を……ひっく」


 涙で声が上擦(うわず)っていた。どうやらローガがお嬢様に酷い言葉を浴びせてしまったことに罪悪感を抱いているみたいだった。


「あなたが泣く事はないじゃないですか。言ったのは彼ですし」

「で、でも、私が人質に、な、なったから」

「悪いのは赤い仮面の奴です。マリー様ではございません」


 自責の念に駆られている彼女に私は慰めようとするが、人生最大の失敗をしたかのように俯いていたので、仕方なくポケットからハンカチを取り出して渡した。


「これで拭いてください」

「……え?」


 マリーはしゃっくりが止まるほど驚いて、シルクのハンカチを手に取った。


「よ、よろしいんですか?」

「えぇ」

「あ、ありがとうございます」


 マリーは自分の目元を優しく拭った後、鼻の下も軽く叩くように拭いた。彼女は自分の拭いた場所に気づいたのか、小さく「あっ」と呟いていた。


「必ず洗って返します」

「いえ、あげますよ」

「え? でも、こんな綺麗なハンカチ……」

「似たようなのが何枚もあるのでお気になさらず」

「そうですか……では、お言葉に甘えて」


 マリーは微かに笑みを浮かべながらハンカチを自分の手に握り締めていた。


「あなたには本当に助けられてばかりです」

「そんなにおだててもお嬢様には会わせませんよ」

「わ、分かってます! でも、これだけは言わせてください」


 彼女は急に私の目を合わせてきた。充血した大きな瞳に吸い込まれそうになったが、違う方に視線を逸した。


「あの時、助けてくれてありがとうございます。スカーレットさん」


 マリーはさっきまでの涙で濡れた顔は去り、晴れやかな笑みを浮かべた。名指しでお礼を言われると、全身の毛が逆立っていくのが分かった。


「そうですか。では、早くお帰りください」


 私は馬車に乗らせようとするが、マリーは「あ、これを渡すのを忘れてました!」とハンカチとは違う方のポケットから封筒を取り出して渡してきた。


 宛名は『スカーレットさんへ』と書かれていた。


「私? 一体なぜ?」

「それは分かりません。カッサンドラさんに頼まれたので」


 あの生徒会長か。お嬢様に良からぬ事を教えて私との仲を引き裂こうとした。事件直後に詰問しようとしたけど大怪我したとかでお嬢様と同じく休学してしまったから聞けずじまいだった。


「ありがとうございます。では」


 私が立ち去ろうとすると、背後から「スカーレットさん!」とマリーが呼びかけられた。


「何でしょうか?」

「あの……スカーレットさんだけでも学園には来られないんですか?」

「……なぜですか?」

「いえ、あの、スカーレットさんは勉強とかは大丈夫なんですか?」

「えぇ、間に合っています」


 私はスパッと切るように言うと、マリーはこれ以上言う事は無くなったのか、「分かりました。では、また」とお辞儀をして馬車に乗った。


 発車する寸前にマリーが窓を開けて顔を出した。


「スカーレットさん」

「何でしょうか?」

「ど、どうして付き人になろうと思ったんですか?」

「それは……」


 仕事のためだと返そうとしたが、私の舌は天邪鬼(あまのじゃく)だった。


「愛しているからです。お嬢様を」


 その言葉は私とマリーの間に妙な静けさが流れ、彼女の顔は石化したように固まってしまった。


「……そう」


 マリーの乾いた返事が聞こえ、窓の中に吸い込まれるように消えていき、馬車は颯爽と駆けていった。

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