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第21話 家庭教師

「全く無茶をし過ぎよ。もう」


 占い師のムーラは呆れたような溜め息を吐いて、鍋を掻き混ぜていた。私は椅子に座りながら「お嬢様の怒りを鎮めるにはこれしかないと思って」と答えた。


 今日も死の予言を更新するために、私一人で来る事にした。ジュリアーノお嬢様に「そんな身体で行くなんて無理でしょ! 私も行くわ!」と率先して同行しようとしたが赤仮面の件といい、いつどこでお嬢様の身に危険が及ぶか分からなかったので無理を言って家に留めておいた。


 とは言っても、実の娘を置いてけぼりにしたチース公爵夫妻と共にするのも苦行かもしれない。が、さすがに実の子を手に掛けるような卑劣ではないと思う。前の世界の記憶ではそのような描写はなかった。


「ここまでどうやって来たの?」

「馬車に乗って、杖をついて歩いて来ました」

「今日は集会とか無かったからいいけど、もし奴らが集まっていたら袋叩きにあっていたかもしれないわよ」

「どうしてですか?」


 ムーラは一旦お玉を持つ手を止めて何か考えているようだったが、すぐに口を開いた。


「もう顔を知られているからよ」


 顔を――私はふとあの残虐非道の集会でマッコフと目があったのを思い出した。あれだけ人数がいるのだから覚えていないはず――そう願いたい。


 そういえばマッコフは遊戯の世界ではどういう立ち位置だったのだろう。私は前の記憶を呼び起こしてみた。マッコフというキャラクターはどういう存在だったのか、必死に掘り起こした。


 しかし、どんなに考えても彼の顔は思い浮かばなかった。というか、そもそも学園を舞台にしたゲームだから、王国の情勢とか無かったような気がする。ということは彼は遊戯の世界には存在しないキャラクターなのだろうか。もしくは隠れキャラの可能性もある。


 そうなると対処の仕様がない。どうしよう。


「ほら、出来たから。脚を見せて」


 ムーラは鍋から銀の器に入れて何かを注いだ。薄暗くてよく見えないが、ドロドロとした液体だった。彼女がそれを持って近づいて来るに連れて、異常な臭いが襲ってきた。


 私は顔をしかめながら「これは何ですか?」と聞いた。ムーラは「超即効性のある塗り薬よ。臭いは最悪だけど効果は絶大だから我慢して」とお嬢様のドレスの切れ端の包帯を解いた。


 そして、グロテスクな跡を見た瞬間、ムーラは「うわぁ、よくこんなになるまで放っておいたわね」と顔を歪ませながらドロッとした液体を指ですくい、傷跡に塗ってくれた。全身に鋭い痛みと痺れが襲ってきたが、下唇を噛みながら耐えた。


 すると、段々痛みが柔らかくなっていった。ドロドロの液体が皮膚に溶け込むように染みていき、乾いた時には深手だった傷がすっかり消えてしまった。


「はい。ついでに手も治してあげるわ」


 ムーラは包帯を解いて、少しだけ自然治癒した傷にドロドロの塗り薬をぬると、先程と同様、綺麗になった。


「ありがとうございます。これでしっかりとお嬢様を守れます」

「守るのはいいけど、無茶はしないでね」

「心得ています」


 私はムーラに死の予言の紙を渡し、例のごとく次の予言を占ってもらった。出来れば何も起きない事を願いたいばかりだが、残念ながら文字が浮かび上がってしまった。


『外からの使者に注意』


「使者? また『夜の蝶』みたいな殺し屋ですか?」

「うーん、そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。けど、これから誰かが訪ねてくる人達には気をつけた方がいいわね」


 ムーラはそう言って私に紙を返すと、転移を魔法を唱えて家まで送ってくれた。



 屋敷に戻った私はすぐにお嬢様の部屋に向かい、新しい死の予言を伝えた。お嬢様は宿題をしていたらしく、ジッと教科書を見ながら「そう」と他人事のような返事をすると私の方を見た。


「家庭教師を雇いたいの」


 お嬢様が今の状況ではあり得ないお願いを申し上げてきた。


「あの……お嬢様? 話を聞いていましたか? この予言の紙には『外からの使者』、つまり殺し屋か怪しい人物が来訪する事を差しています。家庭教師を雇うという事はその予言を実現させようとしているのと同じなんですよ」

「私、学園には行きたくないの」


 お嬢様はバッサリと切り捨てるように教科書を閉じた。


「あんな不愉快な場所には二度と行きたくないわ」

「ですが……」

「行きたくないものは行きたくないの!」


 お嬢様の言葉が荒っぽくなってきた。本当に金輪際(こんりんざい)学園には通いたくないらしい。確かにルーリ王子の真意を知ってしまったら、通いたくないのは当然だ。しかし、だからと言って外部の人間を雇いたくはない。


 ならば、選択肢は一つ。


「私が家庭教師になります」



 ジュリアーノお嬢様は学園を休学する事にした。退学ではなく休学にしたのは私からの強い願いだった。もし『晒し首』の連中に屋敷に襲われた時に校舎に逃げ込められる――そうお嬢様に説明すると、渋々承諾してくれた。


 チース公爵とパルミジャーナ公爵婦人は娘の休学に文句一つ言わないで手続きを済ましてくれた。赤仮面襲撃以来、お嬢様と公爵夫妻の間には大きな溝が出来ていたので、せめてものの罪滅ぼしなのだろう。


 さて、私は晴れてお嬢様の家庭教師になったが、ある致命的な弱点が存在した。教えるのが死ぬほど下手くそなのだ。頭の中ではキチンと理解しているが、それを人に伝えるのが苦手なのだ。緊急事態はすぐにパッと伝えられるのだが、そうでないと頭の回転がどうも鈍ってしまって言葉の伝達力が著しく低下する。


 例えば、図形の計算問題を教える時は「あれがこうでこうなってあれがこうでこうなんです」とほとんど指示代名詞しか出てこなかった。当然お嬢様に「あれだけじゃ分かんないわよ!」とキレられてしまった。


 一番教えるのに自信があった体育も駄目だった。最初は私が修行時代に師匠に特訓させられたトレーニングメニューと同じものをやればいいだけだと高をくくっていた。


 腹筋千回、片道百キロのマラソン、重さ一トンの重量挙げなどのメニューを伝えた時、お嬢様に「馬鹿じゃないの?! 死の予言より酷いじゃない!」と憤慨してしまったので、十分の一に減らしてやる事になった。


 が、一日でリタイアしてしまった。次の日になるとお嬢様と追いかけっこするはめになってしまった。


 どれもこれも悲惨に終わった結果、仕方なく家庭教師を雇う事にした。

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