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第2話 危ない奴らだ

 お嬢様の父上であるチース公爵から直々に娘の付き人になって欲しいと頼まれたのは一ヶ月前だった。当時の私は金銭に困っていたので、莫大な報酬に目が入って屋敷を訪ねた。


 チース公爵はこの国で有数の貴族だった。税金もたんまり納めているので、ある程度不祥事が起きても揉み消してくれる――なんて黒い噂が飛び交うほど評判は決して良くなかった。


 馬車で訪れた際、視界からはみ出るほどの豪邸に目を見張った。二階建てではあるが面長で、代々から受け継がれてきたであろう伝統的で格式高い建築が施されていた。とりわけ目立つのは屋根の隅にある女神の顔だった。恐らく昔の人が魔除けのために掘られたのだろう。


 車寄せで出迎えた召使いや門番達を見た限り、かなり熟練の雰囲気を感じた。採用する時に礼儀正しさや忠誠心だけではなく、万が一の時に主を守れる武力も審査した上で雇ったのだろう。


 じゃあ、流れ者である私は必要ではないのか――そう思いながら執事の背中を追った。


 チース公爵はこの屋敷で一番上の奥の部屋にあった。広さも一人でいるにはもったいないくらいだった。壁には本棚がズラリと並んでいて、小難しそうな背広が軒を連ねていた。が、うっすらと埃が積もっていた。


 対して、裸の女神像は丹念に磨かれているのか、肌艶が良かった。恐らく公爵は頭よりも身体を働かせるのが好きなのだろう。


 チース公爵は綺麗に整えられた八の字髭を触りながらオークの木のデスクに腰を掛けていた。書類の山が積まれているのを見る限り、年中娯楽にふけっている訳ではなさそうだ。


「よく来た……えっと、名前は?」

「スカーレットです」

「スカーレット……そうか」


 彼は私の身体を上から下までなぞるように見ていた。夜の営みの品定めをしていると直感した私は野獣のごとく視線を向けると、殺気を感じたのか、逃げるように下を向いて咳払いした。


「えっと、君は……炊事洗濯とかはできるのか?」

「はい。過去にある貴族のメイドをさせていただいた事があります」

「そっか。だが、今の時代はそれだけでは駄目だ」

「はい。もちろん、それなりの格闘術も心得ております」

「そうか……それを証め」


 公爵が言い終えないうちに私は軽く飛んでデスクに着地した。その衝撃で山積みになっていた書類が舞った。私の拳は彼の鼻のスレスレで止めた。公爵の表情が青ざめていくのが分かった。


「わ、分かった……分かったから、お、降ろしてくれないか?」


 かすれそうな声でそう命じてきたので、私は拳をおろした。戻るついでに散らばった書類を片付けると、「雇ってくれますね?」と念を押すような言い方で聞いた。


「あぁ、君の実力は申し分ない。君には我が娘ジュリアーノの付き人になってもらう」

「かしこまりました」


 この時までは仕事にありつけると思って安堵していた。が、チース公爵が「ただ」と条件を付けるような言い方で話を続けた。


「ただの付き人ではない。娘を『死の予言』から守ってほしい」

「死の予言?」


 私が尋ねると、チース公爵は長々と話し始めた。それはあまりにも長かったので、簡単にまとめると、こんな感じだった。


 ある日突然女性の占い師がやって来て、ジュリアーノお嬢様が重症になる予言が書かれた紙を渡した。公爵は全く信じておらず追い返したが、その紙に書かれた通りの事が起きてしまう。


 また占い師が来て次の予言の紙を渡したが、このときも公爵は偶然だと言って追い払った。が、またしても予言通りの事が起きてしまった。


 三度占い師が来た時、公爵はようやく彼女の話を聞く姿勢を取った。占い師曰くジュリアーノお嬢様は横柄な態度と高慢さから多くの敵を作り過ぎてしまい、近いうちに死の運命を迎えてしまうとのこと。


 それを防ぐには予言を回避するしかない。公爵はすぐに召使いを一新させて戦力のある者を雇った。が、肝心の付き人が決まらなかった。一番危険と隣り合わせなのでそれ相応の実力者に加えて、お嬢様の小言や罵詈雑言などの酷い仕打ちに耐えられなければならない。


 公爵は取り敢えず試用期間として私を雇ってくれた。そして、晴れて私は付き人になったのだ。



「スカーレット、スカーレット!」


 ジュリアーノお嬢様の声で私は我に返った。馬車に揺られているうちに夢でも見てしまったのだろうか。


「申し訳ございません」

「もう、だらしないわね。護衛の最中なのにボゥとするなんて……やる気あるの?」


 お嬢様は不機嫌になってそっぽを向いてしまった。私は深く反省した。もう二度とこのような失態はおかさないと誓った。


 すると、馬車の外が騒がしかった。窓の方を寄ってみると大勢の人が集まっていた。私は何か嫌な予感がして鞄を取り出した。中には万が一に備えての着替えが用意されていた。お嬢様と私の分だ。


「お嬢様、これにお着替えを」

「えー? なんで、私が庶民の格好なんかに」

「身ぐるみ剥がされて素っ裸のまま帰るか、この服を着るか、選んでください」


 お嬢様が文句を言う前に脅す勢いで選択を迫らせた。物騒な言葉にお嬢様は血の気が引いていた。


「わ、分かったわよ。さすがに下劣な民衆に私の裸なんて見させたくない」

「えぇ」


 思わず『私だけ』と言いそうになったが、口をつぐんで着替えを手伝わせた。お嬢様はつっかえる所が多いので狭い車内で着替えさせるのは苦労した。私は慣れているのであっという間に庶民の格好ー継ぎ接ぎのスカートに頭巾ーになって馬車を出た。


 私は御者に「先に家に帰ってください」と賃金を渡して馬車を戻した。お嬢様は「なんで、私が」と小声で自分の格好を嘆いていた。


「お嬢様、行きますよ」


 私はしっかりと彼女の手を握って引き寄せた。彼女も「強くしないで」と小声で呟いていたが引き剥がそうとしなかった。やはり、大勢の人達の中に入るのが不安らしい。


「いいですか。私達は庶民ですから。決していつもの喋り方をしないように」

「はぁ? 無理に決まってるでしょ」

「じゃあ、黙ってください」


 小声で軽い打ち合わせをしながら民衆の中に入っていた。王国の中で一番の都市だが今日はいつにも増して人がいた。


 普段はゆったりと歩けるくらい広い商店街のはずなのにまるで密室にいるかのようにギュウギュウ詰めだった。私は前方を見ながらお嬢様にも視線を送った。彼女は肩や腕にぶつかる彼ら眼光を鋭くさせていたが、声は出さなかった。この異常な熱気に圧倒されているのだろう。


 今日が祭日でないのは把握済みだ。考えられるとしたら一つしかない。


「見ろっ! これが私欲で貪って肥えた貴族の(つら)だっ!!」


 誰かが叫ぶと、雷雲みたいに周囲がどよめいた。支離滅裂と言わんばかりに叫んだり、怒号を飛ばしたりしていた。もみくちゃになりながら進んでいると、広場に出た。


 ここはある程度広さが確保されているからか、ホッとひと息つけるぐらいまで進めた。が、それでも人は多かった。ここには処刑台みたいなのが置かれていて、その前に大勢の人達が台の上で繰り広げられるショーを観戦していた。


 処刑台の上では貴族が惨殺されていた。両手脚を拘束され、冷たい柱にに巻きつけられた身分の高い紳士や淑女、さらに子供までもが結ばれていた。五本の柱のうち、一本は首から上がなかった。他の四人は迫り来る死期に絶望し怯えていた。


 それを楽しむかのように一人の男が彼らの顔を見ながら歩いていた。無精髭を生やした男の顔を私は知っていた。貴族の死刑執行人であり、広場に集まっている群衆『晒し首』のリーダーのマッコフだ。


 彼は怯えた貴族達の顔を見た後、聴衆の者達を見た。まるで英雄の凱旋かのように歓声を上げて両手を振っていた。マッコフが両手を上げると騒ぎは収まった。張り詰めた空気の中、マッコフは厳かな声で口を開いた。


「今日もまた悪しき貴族を討ち取った! こいつらは重税に苦しむ我々とは違い、お庭付きの庭園で呑気にティーパーティーを開いていた! 脚がやつれるほど働いたというのに……。だが、そんなのはもうおしまいだ!

 これからは平民の時代だ! 私腹を肥やしていた貴族の時代は我々の手で塗り替えられるだろう!」


 この演説に大勢の民衆が「マッコフ様!」「あなたはやはり素晴らしい」などと賛成の意を唱えていた。自分達の不遇を貴族にだけ押し付け、辱めてやろうという意志が巨大な熱気となって天にまで放出していた。


 マッコフは嬉しそうに笑いながら手を振っていた。その無精髭を掻き分けた先に見える歯は黒かった。


 彼が話している途中、まるで音頭を取るかのように貴族達が次々と斬首され、生首を槍の先に突き刺して掲げていた。それを見た正常な思想の一般市民は悲鳴をあげたり吐き気を催したりと当たり前も反応を見せた。


 私はお嬢様にこんな酷い光景を見せないように盾にした。それでも少しだけ垣間見えたのか、「悪趣味ね」と囁いていた。


 マッコフの思想に毒された民衆はまるで宝物でも手に入れたかのように喜び、バンザイしていた。


 私は狂った彼らの犠牲になった貴族達を見た。もしあれがお嬢様だったらと思うと少し息苦しくなってしまった。その時、マッコフと目が合ったような気がしたので、慌てて視線を避け、歩き出した。


 もし彼らがお嬢様に手出しをしようものなら皆殺しだ――心の中でそう誓った後、先を急ぐために進んでいった。

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