第19話 そんな未来壊してやる
王子の選択が私の怒る足を止めた。最悪の結末となってしまった。王子はマリーを選んでしまったのだ。
私の脳裏にフラッシュバックが起きた。前の記憶かこれから先の未来か――それは分からないが、お嬢様がマリーに刺されている光景が浮かんだ。地面へと落下するお嬢様を私が受け止めるが、腹から大量に血が溢れ出ていていた。
医者を呼ぼうと騎士団長に訴えたが彼はマリーの救助を最優先していた。彼も表向きはお嬢様を選んでいたが、内心はチース公爵一族を憎んでいたのだ。だから、見殺しを決めた。
ルーリ王子とローガも駆けつけてきた。赤仮面は姿を消え、マリーは落ちていった。騎士達が彼女を抱きとめると、急いで会場を後にした。
まだ血まみれのお嬢様がいるのに出ていってしまった――という悪夢みたいな光景が脳裏を過ぎていき、選択が決まった直後に引き戻されていった。
(そんな未来、壊してやる)
私は片手をシャンデリアの方にかざした。
「吸収」
そう唱えた瞬間、シャンデリアが大きく揺れて、一番先が私の手のひらに引きつけられていった。先端がグニャリと曲がったかと思えば粒子並に細かい破片を飛び散らせながら荘厳な形を潰していった。
「はぁっ?!」
「な、ななななんだ、あれは?!」
シャンデリアの変形に騎士達は大騒ぎだった。赤仮面も「一体何が起きているんだ?!」と困惑していた。そうしている間もシャンデリアの体積はドンドン小さくなっていき、大きなガラスの塊になった。
「発射!」
私は赤仮面の方にガラス球を投げた。赤仮面はお嬢様とマリーを盾にしようとしたが、球は彼女達を通過して天井にぶつかった。ガラス球は落ちる事なく突き刺さってしまった。
この結果に赤仮面は大笑いしていた。
「ハハハハハッ! どこに投げているんだ! 下手くそが!」
「あなたの方こそ、我が身に降りかかる災いに気づいてないなんて哀れですね」
「なに?」
赤仮面が首を傾げた瞬間、ガラス球が破裂した。会場中がガラスの破片が飛び散る。が、その前に私は走りながら破片を手のひらに吸収した。その際に頭の中に自分の作り上げたいイメージを浮かべた。すると、ガラスの破片達が私の思い通りの形にしてくれた。
巨大な球ではなく、ビー玉サイズのガラス球になり、十個ぐらい出来上がった。それをドレスのポケットの中にしまった後、数個を取り出して構えた。騎士団長達は私の行動を唖然とした様子で見守っていた。
赤仮面は不思議そうに首を傾げていた。
「あのまま破裂させればダメージが与えられたのに……惜しい事をしたな」
「お嬢様に怪我をされたら困りますので」
「あぁ、やはり、そうか。だが、それがかえって仇となるかもしれないな」
「それはどうかしら」
私は赤仮面と話している間に心の中で呪文を唱えて数個のガラス球を壁にくっつけさせて転がした。球は磁石みたいにピッタリとくっつきながら吸い込まれるようにコロコロと転がっていく。
赤仮面はまだ気づいている様子もなく、意気揚々と自分の方が有利な事を話し、マリーにお嬢様を刺そうとしていた。その前にガラス球は赤仮面の背後に回り、破裂した。
「ふっ?! ぐっ?!」
ようやく不意打ちに気づいた赤仮面は背後から来た無数のガラス片に苦しめられた。その瞬間、自分を浮遊する力しか残らなくなったのか、お嬢様とマリーが落ちていった。
すぐに騎士達が彼女の救助に向かって行った。私は赤仮面にトドメを刺そうと全速力で走った。赤仮面は背後に刺さったガラスの破片が痛むのか思うように動けないでいた。
私は走りながらお嬢様も受け止められたことを確認すると、助走をつけずに壁を走った。奴はまだ動いていなかった。
ガラス球を無数に赤仮面に投げつけた。奴はかわそうとしたが、その前に破裂した。
「ぐああぁっ!!」
ガラスの破片が目に刺さったのだろう、顔を覆っていた。手当り次第に投げつけ、赤仮面の全身をガラスだらけにした。
「はぁ、ぐっ、あぁ……何も見えない……こ、こんなはず……じゃあ……」
赤仮面が動揺している間に、奴と一番距離が近い所まで来た。すぐにジャンプして最後の一球を投げ両腕で顔を覆いながら落下した。
「がああああああああ!!!」
赤仮面の絶叫が聞こえてきた。どうやら命中したらしい。私の腕に破片が刺さったような気がしたが、落ちていく床の方に注視した。
落下地点には誰もいないので、そのまま着地した。両脚がジーンと痺れたがお嬢様の安否が気になったので引きずりながら歩いた。
騎士達が慌てた様子で治療をしていた。覗き込むと、彼らはマリーばかりに手当をしてお嬢様は静かに寝かされていた。
「お嬢様!」
私は袖に付いたガラスの残骸を綺麗にはらった後、騎士達を掻き分けた。お嬢様を抱き留め胸に耳をあてると心臓の鼓動が静かに鳴っていた。良かった。死んではいないみたいだ。
「お嬢様! お嬢様!」
私は必死に呼びかけると、瞼が微かに動き、ルビーの瞳と目があった。
「……スカーレット?」
「お嬢様! お嬢様! あぁ、良かった……」
私は今にも泣きそうだったが、ポケットから折り畳んだ予言の紙を拡げた。
『恋敵に刺される』という予言は消えて無くなった。
「お嬢様! 見てください! 消えましたよ!」
「……そう」
死の予言を回避したはずなのに嬉しそうな顔はしなかった。やはり、ルーリ王子の選択が原因なのだろうか。
「マリー!」
「マリーさん!」
噂をすればルーリ王子とローガの声が聞こえた。すると、騎士達が「おぉ!」と喜びの声をあげていた。どうやらマリーが目を覚ましたらしい。騎士達の背中で見えなかったが、恐らくマリーを取り囲んでいるのだろう。ルーリ王子とローガが側にいて。
「ジュリアーノ様」
ダリウス騎士団長が申し訳なさそうな顔をして近づいてきた。すると、お嬢様は「来ないで!」と叫んだ。目覚めた直後なのにホール中に響き渡るぐらいの声量だった。そのせいか、騎士達が私達の方を向いていた。
お嬢様は立ち上がると、ダリウス騎士団長を睨んだ。
「もう二度と私達に近づかないで」
「ジュリアーノ様、ですが、まだ『晒し首』の脅威が……」
「あの子を守ればいいじゃない。マリーも貴族よ。どうせあなた達は私達よりも彼女を守りたくてしょうがないんでしょ」
お嬢様は苛立っていた。けど、いつもとは違った。彼女の声は震えていた。怒りと失意と裏切りが入り混じっているように叫んでいた。騎士達はようやく自分達の立場を理解し顔を青ざめた。
「あなた達の顔、覚えたから。もしまた屋敷にやって来たら、相手が誰であろうと燃やしてやるから」
お嬢様は団長を含め一人一人の顔を見た後、足早に去っていった。私はすぐに追いかけようとしたが、彼らの顔を見た。皆、気まずそうな顔をして俯いていた。
私は何も言わずにお嬢様の後を追った。マリーが私を呼び止めていたが、無視して追いかけた。




