第18話 究極の二択
シャンデリアに誰かが乗っかっていた。緑色の手袋に青いブーツを履いている。そして、極めつけは血のように赤々とした仮面の人物――こいつだが胸騒ぎの正体だ。
「おい、なんだ! あれは!」
国王がシャンデリアに立つ赤仮面に指差した。奴は会場に轟せるほどの声量で笑った。
「失礼! 通してください!」
ダリウス騎士団長が部下を引き連れて会場に乗り込むと、赤仮面に剣の先を指差した。
「あそこだ! 捕まえろ!」
騎士団長は部下に命じ、騎士の一人がボウガンを放った。しかし、その矢は赤仮面にヒラリと舞うようにかわされてしまった。
「ハハハハハっ! アハハハハっ!」
赤仮面は鳥のようにあちこち浮遊していた。翼も生えていないのに天井を移動しているということは魔法でも使っているのだろうか。
王国の騎士達が招待客達を外へ誘導している。が、そうする前に我先にと向かっていた。予期せぬ者の登場に彼らはパニックになり、ドレスが乱れようが誰かを転倒させようがお構いなしに走っていった。
「お嬢様、一旦引きましょう」
私は上空の様子を伺いながらお嬢様を人混みから遠ざけた。幸いビュッフェがあるエリアは出口とは反対の方向だったため、引き潮のように貴族達が去っていった。
さっきまで歌の披露をしていた出っ張りの方を見ると、ルーリ王子とローガが赤仮面を睨んでいた。その奥にマリーの不安気な顔が垣間見えた。恐らくマリーが群衆に揉まれて圧死するのを防ぐためにあえて留まっておいたのだろう。
周囲を確認した限り、国王夫妻はとっくに外に出たらしい。チース公爵夫妻もいなかった。この会場にいるのはダリウス騎士団長と騎士達、私とお嬢様。ルーリ王子とローガ、マリーだった。
「お嬢様、行きましょう。ゆっくり歩いてください」
「分かった」
私は騎士達が赤仮面を引きつけている間、こっそり空になった出口へと忍び足で進んだ。すると、お嬢様が不安そうな声で「ねぇ、あいつは何なの?」と声をかけてきた。
「分かりません。不審者なのは間違いないでしょう」
私がそう言った時、急に赤仮面が空中に止まった。
「不審者とは心外だね。お嬢様さん。私は崇高な目的でこの舞踏会へとやって来たのさ」
男性とも女性とも判断がつかない声だったが、よく通っていた。
ダリウス騎士団長は「大人しくしろっ! さもないと、矢の餌食に遭うぞ!!」と叫んだ。大勢の騎士達がボウガンを赤仮面めがけて構えていた。両者の間に緊張感が迸った――かと思えば、赤仮面が急に噴き出した。
「おいおい、馬鹿な真似は寄せ。彼女達がどうなってもいいのかな〜?」
赤仮面が意味深な発言をした瞬間、さっきまでいたお嬢様の姿が消えた。と同時に出っ張りの方からも甲高い叫び声が聞こえた。
何が起きたのか分からず視線を右往左往していると、ローガが「マリー!」と喉が潰れるのかと思うくらい叫んでいた。すぐさま見上げると、赤仮面の前にマリーとお嬢様が向き合うように浮かんでいた。なぜか両者ともにナイフを持っていた。
あの刃の形状に見覚えがあったので、すぐにポケットを確認するとあるはずのナイフがいつの間にか無くなっていた。混乱の最中に誰かが抜き取ったのか、それとも奴の妖術か――いずれにせよ、最悪な事に変わりはなかった。
「お前、何をするつもりだ!」
ルーリ王子が怒りに満ちた声で赤仮面を睨んだ。赤仮面は不気味に笑ったあと「選べっ!」と叫んだ。
「私は今日どちらかの貴族を殺す。『悪魔の令嬢』と呼ばれているジュリアーノか、低級貴族の娘のマリーか……お前達が選んだ者は選ばれなかった者を刺し殺す」
私はこの言葉にデジャブを感じた。前の世界でも似たような選択肢を迫られた覚えがあった。
確かこの会場にいるほとんどがマリーを選ぶ。マリーはお嬢様を刺し殺し、お嬢様は出血多量で死亡。まさに死の予言である『恋敵に刺される』と同じだ。
赤仮面の遊戯の犠牲となってしまった二人の顔は生気を失っていた。マリーに至っては涙でグシャグシャになっていた。それに反してお嬢様は泣いていなかった。本当に強い人だ。
お嬢様が魔法を使わないと考えると、あの拘束はかなり強力なものだ。下手して動いたら選択される前に相打ちにして殺すだろう。
「当然マリーを選ぶ!」
ローガは声高らかに叫んだ。
「奴には銅貨の価値すらもない! 死ねっ! 悪魔っ!」
ローガはここぞとばかりにお嬢様を罵倒した。私は怒りをぶつけるように「愚か者っ!」と一喝した後、赤仮面の方を向いた。
「私はジュリアーノ嬢を選びます」
「おいおい、正気か?! あとでたんまりとお小遣い貰えるから選んでいるのか?!えぇっ?!」
ローガは私がお嬢様を選んだ事を小馬鹿にしていた。今すぐにでもタコ殴りにしてやろうかと睨んでいると、騎士達が次々と「マリー様!」「マリー様に一票!」と叫んだ。ダリウス騎士団長は護衛している立場もあるのか、お嬢様に一票を入れてくれた。そして、残るはルーリ王子だけになった。
彼らの選択にお嬢様とマリーは一切声をあげなかった。声を出すことすら制限されているのかどうか分からなかった。彼女達の顔を見た限りではマリーは複雑な心境を表していて、お嬢様は俯いていた。
赤仮面は愉快そうに手を叩いた。
「いやはや、ここまで圧勝されると笑えてくるね。さぁ、残るは王子様だけだ。もう誰が刺されるか決まっているが、それだと面白くない。どうだ。特別に今までの票数をチャラにして、彼が選んだ者が助かるという事にしようじゃないか!」
なんて暴挙だ。王子様の選択肢だけでお嬢様の命運がかかっているとは。突如決まった変更にローガを含めたマリー派は「ふざけるな!」「話が違うだろ!」などと抗議していた。ルーリ王子は不意打ちで襲いかかっていた命の選択に押しつぶされそうな顔をして手すりを掴んでいた。
迷う王子にローガが詰め寄った。
「おい、迷う必要はない。誰がどう考えてもマリーだろ! よーく考えてみろ! あいつはマリーをいじめたんだぞ!」
「でも、彼女を人殺しにしたくない」
どうやらルーリ王子はマリーが殺人を犯す事に抵抗があるらしい。その発言だと彼は間違いなくマリーを選ぶ事になる。
すると、今まで平然としていたお嬢様の顔が急に歪み出した。ルーリ王子はマリーを選ぶ事に酷いショックを受けてしまったらしい。私はこれ以上心を痛ませないように王子に呼びかけた。
「ルーリ王子! マリーさんに罪を背負わせたくないのでしたら棄権してください! 何か別の方法を考えましょう!」
「黙れ!! 悪魔の付き人!!」
ローガが私の説得を妨害してきたので、私はあいつの顔面にメリケンサックを付けた拳で殴ろうと歩き出した――その時だった。
「マリー! 僕はマリーを選ぶよ!」




