第17話 胸騒ぎの正体
「あの……」
背後から急に声をかけられたので、瞬時に片手にメリケンサックを付けて振り返った。
が、相手はマリーだった。その側にはローガもいた。確か彼らもお嬢様よりも位の低い貴族の子供だった。
マリーはふんわりとしたドレスを着ていた。白を基調としているためウェディングドレスに見間違えたが、桃色のラインがあるので晴れ舞台のアクセントとなっている。長髪も綺麗にまとめられていて、知らない人から見たらお姫様と勘違いしそうだった。
ローガは執事みたいな黒の燕尾服を棘みたいなあ髪型はワックスで平地にされていた。獣感は薄まったが、敵を威嚇する鋭い眼差しは変わらなかった。
「あら、誰かと思えば低級貴族の娘じゃない。私に話しかけるなんて生意気ね。あなたみたいな貧弱な面はクリームパイで塗りたくったら少しはマシな男が寄ってくるんじゃあない?」
お姫様は先程の件もあるかたか、かなり機嫌が悪くなっていた。だから、普段の二割増しでマリーを蔑んだ。
「おま……ぶっ殺すっ!!」
頭に血が上ったローガはポケットから何かを取り出そうとするのを逃さなかった。すぐさま彼の腕を掴んで制した。が、彼は「離せ」と睨んできた。
「凶器の持ち込みは厳禁ですよ」
「お前の方こそぶっぞうなものを持っているじゃないか。えぇ? その手に付いているメリケンサックはなんだ」
「あなたみたいな不届き者の顔を潰すためですよ」
「ほう、面白い……やってみろよ。あの時は油断していたが今回はそうは行かないぞ」
私とローガの瞳がぶつかり合う。火花を散らすように睨み合った後、私は拳を握った。
「スカーレット、手を離しなさい」
珍しくお嬢様から止める指示が来た。私は言われた通りに手を離すと、ローガは突っ込んでいたポケットから手を抜いた。持っていたのは懐中時計だった。
「凶器じゃなくて残念だったな」
ローガは私を馬鹿にするように鼻を鳴らすと、パカッと開いて時刻を確認していた。
「よし、マリー。行こうか」
「うん、またね。スカーレットさん、ジュリアーノさん」
マリーは私達に手を振ると、ローガに守られながら人混みの中を掻き分けていった。それにしても何の時間を確認していたのだろう。この舞踏会で踊る以外に何かイベントがあるのだろうか。
「ふぅ、あいつらもここに来てたのね。なんか醒めたわ」
お嬢様は自分の快適な環境ではない事にすねてしまった。なので、ビュッフェの中からお嬢様の好きな生クリームがたっぷり掛かったガトーショコラを皿に乗っけた。
「お嬢様、これを食べて元気出してください。ほら、あーん」
私は一口大に取ったケーキをお嬢様の口まで持っていった。お嬢様はジッとケーキを見た後、パクっと食べた。てっきり突き返すかと思ったので素直に食べてくれた事が嬉しかった。もう一口試そうかなと思った時、音楽が止んだ。
私は楽団の方を見た。演奏家達は会場より上のバルコニーみたいな出っ張りで演奏していた。フルートやチェロなどんl男女達がいる中、バイオリンを弾いていた男が床の方にさげて私達の方を見下ろしていた。
「では、ここで気分を切り替えて歌をお聴きください。今回のゲストは素晴らしい方達が参加してくださいます。演奏はローガ。歌唱はマリー・ルリアーナ。では、よろしくお願いします」
バイオリン男が挨拶を終えると、横からローガとマリーがやってきた。彼らの登場に少しざわめく者もいたが、大半は拍手で迎えてくれた。
「ふん、低級貴族はあんな事もしないといけないのね。あーあ、かわいそう」
お嬢様は優越感に満ちたような笑みを浮べて私の方を見ていた。「そうですね」と似たような表情で返した。
マリーは喉の調子を整えていた。彼女の歌唱シーンは前の世界で見たような気がするが、あまり覚えていなかった。
ローガが巧みにギターを調整すると、マリーと目を合わせた。合図なのか、小さく頷いた。
ギターの軽やかな音色が聞こえると、マリーの口が開いた。
一瞬耳を疑った。マリーの少女のような容姿とは思えないほど艷やかで大人っぽい声色だったからだ。人は見かけによらないとよく言うが、私の予想で清楚な歌声だと思っていたからだ。
マリーの歌声にギターはもちろん、それに合わせるかのようにチェロやフルートがお淑やかに奏でていた。会場中が彼女の歌に聞き惚れていた。
お嬢様は複雑な顔を浮かべていた。恐らく下手だったら鼻で笑うつもりだったのだろうが、予想に反する美声にしたくてもできないもどかさを胸の中に溜めているのだろう。
ルーリ王子はキチンと聞いているのだろうか。もしあの歌声でマリーに魅力を感じてくれたらいいのだけど。
場はもう完全にマリーのの歌唱力に魅了されていた。しっとりとした雰囲気の中で奏でられるギターの演奏はカップル達を優雅なダンスへと誘っていた。中央に大きなダンスホールが来て何組かのカップルが踊り始めた。
踊る貴公子と淑女は歌のおかげで運命的な出会いと錯覚しているのだろう。唇を重ねていた。
お嬢様も便乗しようと王子を探していたが、運が悪い事に演奏が終わってしまった。たちまち割れんばかりの拍手が響き渡る。
「チッ、いい気になって」
お嬢様は悔しそうに私からガトーショコラの皿を奪い取ると、豪快に口の中に掻き込んでいった。
マリーとローガは観客達に手を振っていた。完全にやりきったような顔をしていた。
「ハハハハハっ!!」
すると、突然高らかな声が響き渡った。招待客達がなんだ何だと騒ぎ出した。
この瞬間、私の胸騒ぎの正体が分かった。




