第11話 もう一度チャンスを
私はスカーレットになる前、とある国で大人気の遊戯に夢中になっていた。お嬢様もルーリ王子もマリーもローガもみんなその遊戯の世界に登場していた。
もちろん私も出ていた。ただ今と違うのは、彼女は付き人のフリをした殺し屋だということだ。
前世の記憶がはっきりした今、私がやるべきことは二つ。
死の予言と自分の運命に抗うこと。恐らく食事に毒を盛ったのは本来のスカーレットの行動なのだろう。今の私の中には二人の自分がいる。
お嬢様を愛する自分と殺す自分が。
なぜこんなにもお嬢様を愛しているのか自分でも不思議に思っていたがが、ようやく分かった。前の私『アユミ』は一目惚れでお嬢様を好きになっていた。主人公のマリーではなくお嬢様の恋の応援をしていたような気がする。
それにしてもここが創作された世界とは思えないほど現実感があった。恐らく画面で見ているのと実際の光景では違うのだろう。
しかし、やはりシナリオというものは目に見えない空気で襲いかかってきた。私がどんなにお嬢様を愛しても、無意識に――いや、強制的に彼女を殺そうとしてくる。
ちょっと待って。お嬢様は最終的にどうなったのだろう。ルーリ王子はマリーと結ばれたのは覚えている。恋に破れたお嬢様はその後どうなった?
何故かそれを思い返そうとしたが、カナヅチで頭を叩かれたかのようにズキンと痛みだした。脳が記憶を出させる事を拒否しているのか、それとも単純に見ていないのか。
もしお嬢様が無事に意識を取り戻したら、暗殺を命じた奴を見つけて死ぬほど痛めつけてやる。
心の中でそう誓っていると、カーテンから医務室の先生が出てきた。私は立ち上がって駆け寄った。
「先生っ! 様態は?!」
「何とか毒は取り除いたわ。でも、あと数分ここに運ぶのが遅れていたら助からなかったかもしれない」
私は張り詰めていた緊張から解放されたかのように膝から崩れ落ちた。良かった。お嬢様は無事だった。今にも滝ほどの涙を流したい気持ちだったが、一秒でもお嬢様の顔を見たくて中に入った。
ジュリアーノお嬢様はベッドに仰向けに寝ていた。綺麗に布団が被せてあるからか、永眠していると錯覚してしまうほど穏やかな顔をしていた。
私は椅子に腰をかけ、お嬢様の手を握った。
「私は決して犯してはいけない過ちをしてしまいました。許してくださらなくてもかまいません。ですが、私はお嬢様を心から尊敬しています。それだけは確かです。どうしてあのような事をしてしまったのか、自分を殺したくなるほど憎いです。私は……私は自分の心の中に潜む悪魔に操られただけなのです。私はお嬢様を心から慕って……」
眠っているので普段は蓋をしていた感情を出すことができた。自然目から涙が溢れ出てきた。産声以来の号泣かもしれない。
すると、お嬢様のまぶたが動いた。目覚めると直感した私は涙を拭いて何事もなかったかのような顔を装った。
「スカー……レット?」
「お嬢様!」
私はつい感情的にお嬢様の片手を強く握った。すると、お嬢様が急に手を振り払ってきた。
「お前、よく私を殺そうとしてきたのに顔を出せたわね」
憎しみのこもった眼差しで睨まれた瞬間、私の心はガーテツの鉄球を直撃したかのように打ち砕かれてしまった。
「違います。あれは」
「もう二度と私の前に顔を出さないでちょうだい。あんな下品な真似をして毒入りを無理やり食べさせるなんて……あなたを信用した私が馬鹿だった」
今、お嬢様が発せられる言葉の一つ一つがナイフに刺さったかのように痛んだ。もうあの頃には戻れないのだと思うと、さらに苦しくなった。
「お嬢様。私は……」
「聞こえなかったの? 今すぐ出ていって!」
「……嫌です」
私はお嬢様の手をさらに強くさせた。お嬢様が「いいからその汚らしい手を離しなさい。さもないと」と片手から火を出した。
「嫌です」
「じゃあ、こうするわ」
すると、お嬢様は私が握っている手の甲に火をあてた。最初は痛くなかったが、全身の毛が逆立つぐらいの痛みが襲ってきた。が、絶対に手から離さなかった。
もし離したら二度と彼女に会えないと思ったからだ。このまま関係が壊れたまま行き続けるなんて耐えられない。仮に独房に打ち込まれる可能性はあってもお嬢様と絶縁するのは死刑になるより辛い。
私の手の表面の皮膚が焼けてきたがそれで離さなかった。これにはお嬢様も「正気なの? なんで離さないの!」とついには火のついた手で叩いてきた。
何回も叩かれても私は「嫌です」言い続けた。仮に片手が駄目になってもいい。お嬢様と再び話せるのなら手なんか惜しくない。
「お嬢様」
「これ以上喋らないで。死の予言はお前が仕組んだんでしょ? そうやって私の近くに寄って信頼を深めた所でチャンスを伺っていた。違う?」
「違います。私は……」
「喋らないでってって言ったでしょ!」
お嬢様の火の手からマグマみたいに熱した手に変わった。それを私の火傷した手を覆った。絶叫してしまうほど痛みが襲い掛かってきたが、唇を噛んで耐えた。
「離しなさい。あなたの手が無くなってもいいの?」
「……はい」
「ほら、皮膚が焼けて骨まで見えてる。離すなら今のうちよ」
「嫌……です」
「……どうして?」
お嬢様は私の行動に戸惑っていた。私はここぞとばかりに真っ直ぐお嬢様を見ながら言った。
「できれば、この悪しき手を燃やしてください。それでお嬢様の気分が晴れるのならどれほど幸せか。私は主従関係においてあってはならない過ちを犯しました。その代償が手だけで済むのからこれほど嬉しいことはありません」
意識を失ってしまうほど辛かったがどうにか最後まで言い切ることができた。すると、お嬢様は無言で魔法を止めて手を引っ込んだ。私は悲惨な有り様になった手をお嬢様の視線から外すように隠した。
「じゃあ、なぜ殺そうとしたの? そこまで後悔しているのなら中止すればよかったじゃない」
「それは……」
身体か頭が勝手に操られて毒入りサンドイッチを作ってしまったという話をお嬢様は信じてくれるのだろうか。いや、それを言うよりは実体があった方がいい。
「命令には逆らえなかったんです」
「誰に言われたの?」
お嬢様は先程私に対して憤慨していた眼差しから一転、黒幕の正体を知りたいと言わんばかりに見つめていた。
私は前世でやった展開を思い出した。お嬢様は最終的に私改めスカーレットに殺される。それを依頼したのは……。
「全く思い出せないんです」
そう言って首を振った。本心だった。なぜか私に暗殺を依頼してきた人物をどれだけ掘り起こそうとしても酷い頭痛に悩まされるのか、全く出てこないかの二択だった。
ジュリアーノお嬢様は「記憶を抜き取られたってこと?」と冷静な顔で聞いた。私は「そうかもしれません」と頷いた。
お嬢様は腕を組みながら「もしあなたの言うことが本当なのだとしたら、死の予言と何か関係があるかもしれないわね」と前と同じ雰囲気の喋り方で考えていた。内心嬉しかったが今はそんな感情に浸っている場合ではないと自分を叱った。
「それで、あの、お嬢様……」
「なに? スカーレット?」
「もう一度チャンスをいただけないでしょうか?」
「はぁ?」
お嬢様の目付きが再び鋭くなった。私は跪く勢いで頭を下げた。
「お願いします! もう二度とあのようなことは致しません! お嬢様のためなら私、この命を棄てても……」
「やめなさい。兵士みたいに暑っくるしいことを言わないで」
ジュリアーノお嬢様は私の言葉を払うように止められてしまった。直感でもう駄目だと悟った私は「そうですか。では、今までありがとうございました」と立ち上がって負傷した手をハンカチにあてながら帰ろうとした。
「待ちなさい!」
急にお嬢様が呼び止める声が聞こえたかと思うと、私の前に立ちはだかった。
「お嬢様? 身体の方はもう」
「私よりあなたの手は大丈夫なの? まぁ、私がやったから大丈夫な訳ないわよね」
ジュリアーノお嬢様はそう言うと、棚から液体の入った瓶と包帯を取り出した。
「お嬢様、一体何を」
「黙ってて」
お嬢様は瓶を全部私の手の甲にかけた。唇血が滲み出るくらい辛かったが、包帯でグルグルと巻いてくれた事で緩和された。なぜ急に治療してくれたのか分からなかったが、綺麗に巻かれた手を見て涙が出そうになった。
「そんな酷い怪我のまま歩いたらますます悪い噂がたつから」
お嬢様はそう理由を述べていたが、静かに撫でる手の温もりは母性のごとく優しさを秘めていた。
「では、また……」
「調子にのらないで。まだ完全に信用した訳じゃないから」
お嬢様はそう言って背を向けた。さっきまで永久の別れかと思っていたのに、再び二度目の付き人を任されたことが幸せだった。
「何をしてるの?! さっさと来なさい!」
「は、はいっ! ただいまっ!」
私はお嬢様の鋭い声にシャキッと背筋を伸ばして付いていった。
絶対に二度も同じ過ちをしてたまるか。何がなんでも依頼人を見つけて殺してやる。そして、死の予言に何を書かれなくなったら破り捨てて燃やしてやる。
私はもう前の私じゃない。今は前世から授かったこの世界の知識がある。それを駆使してお嬢様を死の運命から救い幸せに暮らしたい。絶対にお嬢様を死なせたりはしない。




