第10話 前世の記憶が甦った
悪友のレッドベーカーとグリナールと別れ、ベンチで二人きりで昼食を取る事にした。私はもう済ませてしまったので、ジュリアーノお嬢様が食べている様子を眺めるだけだった。
「えぇ?! 何よこれ、ピーマンが入ってるじゃない!」
お弁当箱にはピーマンの肉巻き、ピーマンのサンドイッチ、ピーマンの胡椒炒め――とピーマン尽くしだった。これを見た時、どうしてこんなに苦手なものを入れたのか一瞬分からなかったが、恐らくお嬢様にもっと免疫を付けたいと思い、あえて苦手な野菜を入れておいたのだと思う。
当然お嬢様は「こんなの食べれないわっ!」と突き返した。
この時、私の頭の中にあるビジョンが浮かんだ。それは過激なものだったが私の身体を自然とそれを実行させようとしていた。フォークで肉巻きを刺して口に咥えると、お嬢様と見つめ合った。
「私が今食べているのを咥えるか。それとも完食するか選びなさい」
腹話術を使って選択肢を迫った。お嬢様は「はぁ? なに言ってんの?! 頭おかしくなったんじゃないの?!」と困惑していた。
確かにお嬢様の言う通り、こんな突拍子もない事をするなんて私らしくない。恐らくルーリ王子とお嬢様が仲良く接触しているのが気に食わなくて、私もそういう風なスキンシップをはかろうとしたのだろう。だけど、結果は「どちらもノーよ!」と再び弁当を突き返した。
が、私は動じなかった。自分が咥えている肉巻きをお嬢様の唇に無理やり触れさせた。少しの隙間が空いていたからか、若干押し込むことができた。お嬢様は目を丸くしていた。私は舌で押し込むと肉巻きは中程まで入った。
すると、お嬢様の顔に変化が起きた。困惑と怒りで満たされた表情が肉巻きの香ばしさに毒されたのか、恍惚とした表情を浮かべていた。私が口から放すとお嬢様は中に入れて咀嚼しだした。
しばらくは無言のままお互い見つめ合った。私はお嬢様が食べ終えるのを静かに待った。お嬢様はピーマンの苦さに涙目になったが、ついに飲み込むことができた。ふぅと息をつくとキッと睨んでいた。
「二度と親鳥みたいな真似はしないで」
「えぇ、お嬢様がきちんと完食なされば」
「……分かったわ。食べればいいんでしょ」
ジュリアーノお嬢様は渋々ピーマンのサンドイッチに口を付けた。何回か咀嚼していると、先程まで潤んでいた瞳に変化が起きた。驚いた様子で私を見た後、素早く噛んで飲み込んだ。そして、また一口入れて胃袋の中に入れて――と苦手な食材が入っているにも関わらずガツガツと食べだした。
この瞬間、私は思い出した。確か肉巻きを口に咥える際にある呪いをかけたておいたのだ。お嬢様が嫌いなものを好きになる魔法を。だから、嫌いなピーマンが好きになれたのだ。
これが食べ物だけでなく人にも当てはまれたらいいのだけど。お嬢様が嫌悪していた人物達にも好意的に見るようになれたらこんな苦労はしなくていいのだけれど。
私はマリーとローガの事を思い返した。お嬢様に恨みを持つ候補がいるのだとしたら間違いなく彼らだろう。もし彼らのうちのどちらかがお嬢様に殺害を依頼したのだとしたら、今後も命を狙ってくる可能性が高い。
だが、もしもお嬢様が二人に快く接してくれたら? もしかしたら憎しみの気持ちも薄れるかもしれない。
食事に毒を盛るようなこともするかもしれない――あれ?
毒という言葉で私は夢から醒めたような心地がした。私は今何をしていたのだろうと記憶を掘り返したが、まるで現実とは思えないような状態だった。
お嬢様は夢中で嫌いなピーマン入り料理を食べていた。私はそれを呆然と眺める事しかできなかった。
私は呪いをかけた――何の呪いを? 嫌いなものが好きになる呪い? そんなのあるの?
というか、そもそもなぜ私はピーマンばかりのお弁当を作っているの?
記憶は私がお弁当を作っている際に振り返る。キッチンには私以外誰もいなかった。当然何者かが食材に毒物を混入できるはずがない。
私の視界が再び現実に切り替わった。お嬢様の顔がみるみるうちに青くなっていった。
「お嬢様……? お嬢様!」
私は背中を必死に擦った。しかし、お嬢様は前屈みになったまま静止していた。私の脳裏に再びピーマンを持った私の手が映った。
毒はピーマンに入っていた。その毒を入れたのは紛れもなく私だ。でも、どうして? 何のために?
その理由を確かめるよりも前にお嬢様の命が最優先だった。泡をふいて痙攣し始めた彼女に私は抱きかかえて医務室へと走った。
頭の中が混乱していた。もしこれでお嬢様が死んだら私――生きていけないかもしれない。
※
医務室の椅子で待たされる事になった。私の推測が正しければ猛毒なのは確実。お嬢様が毒に罹ってここまで走ってきた時間は十分弱。もう駄目かもしれない――私の頭の中にはその言葉で溢れていた。
見舞いに来る人はいなかった。恐らく授業中だから寄りたくても寄れないのだろう。あるいは別に看病に来なくてもいいと思っているのだろうか。どちらにせよ、今は一人でじっくりと自分が犯した過ちを咎めたい。
なぜこのような失態を犯してしまったのだろう。私は一体どうしてお嬢様を殺そうなどと。
誰かが魔術をしかけたのだろうか。それとも無意識に? 無意識になぜお嬢様に殺意を? 常日頃から罵倒されているから?
いや、そもそも根本からおかしい。私はお嬢様を愛している。なのにどうして殺そうとしたのだろう。
一体なぜどうして? 私の頭の中が混濁していた。それを打ち消すために壁に頭を打ち付けた。
何度も、何度も、何度も。
壁に血痕が付いてきた。恐らく割れてしまったのだろう。だが、私はお構いなしに何度も壁を打ち続けた。壁に血がベッタリとくっついていた。
意識が朦朧としてきた。私の視界はボヤけ、足元がふらついてきた。誰かが私を呼んでいる。いや、気のせいかもしれない。足元がもつれ、私は硬い床に叩きつけられた。
すると、不思議なことが起こった。天井がみるみるうちに変わっていくのだ。燭台かららシンプルな円の光に変わっていった。
「アユミー! 起きさなーい!」
アユミ? そんな人物は知らない。
でも、なぜだろう。非常に懐かしい心地がした。すべてが早送りだった。
殺風景な机。壁には肖像画らしきものが飾られていた。マリーとルーリ王子が正面に堂々と描かれ、側にはお嬢様と私の絵が描かれていた。下の方に『マリーお嬢様の大逆転劇』というタイトルだった。
その隣にはお嬢様の絵が飾られ、『最推し♡』と手書きで書かれていた。その隣には私が貼られていたが、ナイフらしきもので顔をズタズタに切り裂いていた。『裏切り者』と赤い文字で恨めしく書かれていた。
明晰夢を見ているような感覚でベッドから降り、ドアを開けるとこれまた殺風景な廊下に出た。進んで階段を降りていくと、少し若い女性がエプロンを着て私の方を見ていた。
「ほら、アユミ。早く食べちゃいなさい」
この声に聞き覚えがあった。母だと直感した。いや、私には母はいない。私は生まれた時から天涯孤独の一匹狼で流れ者だ。
しかし、私は白い塊と茶色のスープとオレンジ色の焼き魚を二本の細い棒で食べていた。瞬く間に食べ終えると、母(?)に行ってきますと挨拶していた。
私は見知らぬ――いや、見覚えのある道を進んでいた。高速の黒や白の塊が行ったり来たりする道。そこには奇妙な格好をした人間達が並んでいる。
私は赤い光を見ていた。それが青に切り替わると、皆一斉に進んでいった。
すると、馬が猛り狂うような音が聞こえてきた。大勢の人間の悲鳴も聞こえてきた。何かが迫っていると感じ横を見ると、怪物と思うくらい不気味な壁が人々をなぎ倒していった。
逃げようとしたが普段通りの力は出ず、そのまま壁の下敷きになってしまった。
思い出した。私が今いる世界は――遊戯のために創られた世界だ。




