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第1話 背後から卑怯ですよ

「うわあああああああ!!!」


 一人の男子生徒が膝から崩れ落ちていた。顔は涙でグシャグシャになり、赤く腫れ上がった眼でジュリアーノお嬢様を睨んでいた。野次馬達は声を潜めていた。その輪の中に入っていた私は彼らの言葉に耳を傾けていた。


「うわー、またジュリアーノ様の逆鱗に触れちゃったの?」

「うん。今回は前を横切っただけで火の魔法を放ったそうだ」

「あー、だから、頭の上がハゲ上がってて、焦げ臭いんだね」

「そうそう。でも、運の悪い奴だよ。偶然彼が教室のドアから出ていくのを目撃したんだけどね。出てきた直後はジュリアーノ様はまだ廊下の隅にいたんだ」

「え? じゃあ、その距離から撃たれたの?」

「うん」

「うわー、やっぱり卑劣なのは本当なんだね」

「あぁ、噂通りの人だよ」


 お嬢様の悪口を聞いているのは気分が悪かったが、あまり騒動を大きくさせたら後々怒られてしまうなと思い、無礼な二人に睨むだけに留めると、再びジュリアーノお嬢様の方に視線を向けた。


「私の前を通るなんて……恥を知りなさい」


 お嬢様はルビーのようにきらめく瞳で彼を睨みつけた。一声話しただけで場の空気を張り詰めさせるのはチース公爵の血筋だけある。


「ど、どどうかっ! どうかお許しをっ!!」


 頭頂部ハゲ頭の生徒は額を床に擦り付けると言わんばかりに頭を下げていた。その拍子に彼の焼け野原を垣間見たお嬢様はクスッと笑った。


「前よりかっこよくなったじゃないの。そっちの方がお似合いだわ」


 お嬢様は人差し指を立てた。爪先にろうそく並みの小さな炎が揺らめいていた。


「二度と私の前を横切らないと誓う?」

「で、でも、かなり離れ……」


 自分は充分配慮した事を訴えたのが気に食わなかったのか、小さな火玉を窓の方に投げた。その威力は絶大で破片が粉々になってしまった。激しく割れる音に何人かの生徒が悲鳴を上げていた。男の顔はみるみるうちに青ざめていった。


「この私に言い訳なんていい度胸ね。あなた、貴族?」

「い、いえ、平民です」

「そう……平民のくせに私に口答えする権利は百年早いわ」


 ジュリアーノお嬢様は吐き捨てるように男に言った後、背を向けて歩き出した。赤いサイドツインテールが軽く揺れた。囲んでいた野次馬達は慌てて端によって道を作っていた。


「あ、が、ぐ、ぐ……」


 男はゼンマイが切れたおもちゃのような声を出していた。大勢の生徒達が見る前で頭頂部の髪の毛を死滅させられた上に、自分の身分を嘲笑われたという恥辱で彼のプライドは破壊されてしまったのだろう。


「こ、この……」


 彼の身体がワナワナと震えていた。私は嫌な予感がした。これがお嬢様の運命を断つ前兆か。


 私は変装用にかけていた眼鏡を外した。彼の右手がうっすらと光っていた。


「この……悪魔がぁあああああ!!」


 男の叫び同時に私は野次馬を掻き分け、壁を蹴った。天井に吊るされている小さめのシャンデリアを掴んだ時、男の手から火の熱線が放たれていた。お嬢様は気づく素振りはなかった。


 私は軽くシャンデリアを揺らして助走を付けると、大きく傾いた所で手を離した。お嬢様の背後に見事着地した。目の前に巨大な炎の壁が迫ってきていた。


「吸収」


 手をかざして唱えると、手のひらの中心に吸い込まれるように炎が集中した。熱さは感じなかった。体内に入る訳ではなく一つの塊となった。それを掴むと腕を高く上げて、思いっきり投げた。


 致命傷を与えるはずだった炎の魔法が小さな塊に変わってしまった事に唖然としていた。その空いた口に火の塊がすっぽりと入った。


「あが、がががが……」


 彼の口から小さな炎が出ていた。野次馬達は「逃げろ!」「爆発するぞ!」と大騒ぎで廊下を駆けて行った。私は背を向けてお嬢様の後を追った。


 ジュリアーノお嬢様は視線だけ私の方に向けて何も言わなかった。すると、背後から凄まじい爆発音と悲鳴と熱波が来た。男の頭部が爆破したのは容易に想像できた。周囲の人達は大災害が起きたみたいに恐怖の染まっていた。が、私とお嬢様は表情を一つ変えずに歩いていた。


「どう? 消えたかしら」

「少々お待ちください」


 私はポケットから一枚の折りたたまれた紙を拡げた。『火だるまになって死ぬ』と書かれた文字が徐々に消えていき、白紙になった。


「はい。これでお嬢様の死亡は無くなりました」

「そう。これでもう私は安心して眠れるのね」

「いえ、また占い師の所に行かないといけまんせん」

「えー?」


 お嬢様は顔をしかめた。


「なんでよ。あいつ、胡散臭いし、けっこう遠いから面倒なんだけど」

「では、お姫様抱っこして行きますよ」


 私がそう提案すると、お嬢様は急に沈黙して「いいわ。早く馬を呼んでちょうだい」と早口で命じてきた。『悪魔の令嬢』と呼ばれている彼女もさすがに公衆の面前でお姫様抱っこしているのを見られたくはないのだろう。


(かわいい人)


 心の中でそう呟いた後、周囲に視線を配った。

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