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ゆかなり

作者: 和知つばき

 河合達也は大学二年生だ。

 四月末から五月初頭にかけて母方の祖父母の家へ向かっていた。GW(ゴールデンウィーク)に何故こんな辺鄙な田舎へ向かっているのか。

 SNSを覗けば、やれ海外だの国内温泉地だのと旅行に浮かれた知り合いが、自慢するかのように流れてくる。

「ふん、気色悪い……」

 達也はスマートフォンから見える「嘲笑した男女」に向かって悪態をつく。

 達也の学生生活は最初こそ楽しいものだった。派手ではないが気の合う友人達、女友達もそこそこいた。 だが同じサークルの内山菜那に思いを寄せ、サークルのみんなで夏祭りに行こうと誘ったとき達也の学生生活は変わったのだった。

 同じサークルで一学年上の藤井翔真が達也の醜聞を広めたのだ。理由は分からないが恐らく彼も内山菜那を狙っていたのだろう。

 「達也はヤリチンだ、女を食おうとしている」と方々へ触れ回った。最悪な事に達也がそれに気がついた時には、ヒソヒソと聞こえる自らに対する噂が増長した後だった。

 不誠実な男らしい、からいつの間にか不誠実な男だに変わり、達也の周りにいた友人たちも段々知り合いへと変わっていった。

 あれから一年経っても周りの印象は「ヤリチン達也」のままだ。



 GWに自分を知らない場所へと逃げたくて達也は電車を乗り継ぎ、バスを乗り、30分歩いて祖父母宅に着いた。

「谷屋、……ここだ」

 錆びた表札に母方の名字が見える。達也はここでGWを過ごすのだ。最終日である五月五日には母が実家への挨拶と共に達也を迎えにやってくる。それまでの六日間、達也は一人だ。

 祖父母とは長らく会っていない。お盆帰省は父母だけで行っているのだ。達也は久しぶりに会う祖父母に緊張していた。

「こんにちは」

 少し引っかかる引き戸を開け挨拶をする。中の空気を吸い込むと埃とお香の混じった独特な匂いがした。

「……達也か?」

 すると、廊下の奥からペタペタと音をさせて白髪の男性が歩いてきた。

「お爺ちゃん、達也だよ」

「おーよく来た、よく来た。あー母さん、達也来たってぇ!」

 達也を見ると祖父はしわくちゃの顔を綻ばせた。久しぶりに会った孫だ、可愛いのだろう。しきりに「大きくなったなぁ」と呟いている。

 達也は家に上がり、廊下を歩く。床が歩くたびにキィ、と鳴った。居間に行くとその隣にある台所から祖母が見える。

「よく来たね、達也。大変だったろ、今お茶淹れてやんねぇ」

「うん、ありがとう」

 祖母が南部鉄器の急須でお茶を入れている。開けた窓から聞こえる虫の声と、お茶が注がれていく音だけが聞こえる。

 街の喧騒とも、知り合いたちの口にするヒソヒソ声とも違う。達也はそれだけで心落ち着いた。

「ゆっくりしてけぇ」

 祖父が達也に言うと麦わら帽子を被って外へ向かう。裏の畑に向かうのだ。この頃四月末でも日照りが続いている。

「お爺ちゃん。俺、畑手伝おうか?」

「いい、いい。これは趣味だぁ、仕事じゃねぇかんな。達也は休んどけ」

 今年七十五歳だと言うのにあまり腰の曲がっていない祖父は、達也の提案を蹴って畑に向かう。

 やはり孫は可愛いのだ。「何時間もかけて来たんだから休めぇ」と祖父は言い残す。

 だが達也は田舎に来たからと言って、何をする気にもなれなかった。周りを見れば平地、遠くには森があるもそこまで歩く気にもならないのだ。

「はぁ〜あ」

達也は次第にぼぅと意識が落ちていった。まるで沼に嵌るように体が怠い。ここに来るまでに四時間かかったのだ、無理もない。

 気がつけば達也は硬い畳の上に寝転がっていた。庭では祖母が剪定をする為に、チョキチョキと音をさせている。

 剪定バサミがチョキ、チョキと鳴らす度に達也の瞼は閉じていった。



 達也が次に起きた時には六時であった。畳の上で寝るのは久しぶりで、体が固くなっている。ぐぐ、と伸びをした達也が周りを見ると身体に二枚の座布団が掛けられている。

 「お婆ちゃん……」

 掛けてくれたのは祖母だろう。分厚い座布団を身体から退かす。

 「あれ?俺、お茶全部飲んでないよな?」

 背の低いテーブルには祖母から出された湯呑みがある。

「空だ」

 だが達也には全部飲んだ覚えがなかった。二口飲んでそのまま寝てしまったはずなのだ。

 達也は少し不思議になりながらも、「どうせお婆ちゃんかお爺ちゃんが飲んだのだろう」と考えた。



 その日の夕飯は畑で採れた葱の味噌汁、ニラと卵の炒め物、ほうれん草の胡麻和え、鮭の西京焼きだ。久しぶりの焼き魚に達也はテンションが上がる。一人暮らしの大学生、焼き魚は滅多に食べない。

「うん、美味しい!」

 達也が久しぶりの笑顔になった。大学であんな事になってから笑顔になることが少なくなっていたが、この開放的な田舎ではどうやら感情が上手く出せるようだ。

「良かったぁ、用意して」

「母さんの料理はうめぇからなぁ」

「全くこの人は冗談言ってぇ、ふふ」

 祖父母のやり取りも達也の気を良くした。嫉妬や嫌悪の感情から程遠い。誰も達也を噂話の的にしないのだ。

 夕飯を食べ、歯磨きをしていると祖母が「お風呂沸いたら入りなね」と言ってくる。外にはこの日本家屋には不釣り合い、それでも型落ちの給湯器が付いているのだ。

 


 風呂場の壁はカビが発生している。少し嫌な気持ちになりながら、達也は風呂に入った。

「うぁー気持ちいいー!」

 乾燥した石鹸、見たこともない商品名のシャンプーまで嫌な気持ちのままだったが、湯船に入った途端それは吹き飛んだ。

「あったかい……」

 指先から胸までじんわり温まる。目を閉じ、お湯の揺蕩う波に身を任せる。お湯に浮いているみたいで力が抜けていく。

 するとキィと風呂場の前の廊下で音が聞こえてきた。床を踏む音だ。

 キィ、キィ

 キィ、キィ

「……ん?お爺ちゃん?お婆ちゃん?」

 達也が声をかけようとも何も答えない。さっきまで可愛がっていた孫の声に答えないなんて変だ、と達也は疑問に思う。

 しかし音はゆっくり近づいている。

 キィ、キィ……

 キィ……

 風呂場の前に止まった気がするも、すりガラスの向こうに人影がない。達也は途端に不安になった。

「……な、なんだよ」

 ………キィ

 声を掛けても返事はない。床の音が一音、鳴る。達也は怖くなり湯船に深く入り直した。肩まで入るも一度恐怖した身体は寒気が止まらない。湯の中だと言うのに鳥肌が立っている。

 ……カタ

 怖くて風呂場の扉から目が離せない。

 「動くな、動くな」と達也はそう祈るも風呂場のドアノブがゆっくり下げられる。

 カタ

 カタタ

 達也の息は、ドアノブが下に回る度に不規則に吸い込む。混乱した身体で上手く呼吸ができない。

「ハッ……ハッ……ハッ」

 動悸が早くなる。目が泳ぐ。指が湯の中で震える。


 カチャ……


 ああ、最後まで回った……


 ゆっくりゆっくり扉が開かれる、と思ったその時だった



 ──ね、たつ──。





「っうわあ!」

 気がつけば達也は自室のベッドに居た。いや、正しくは「一人暮らしをしている家のベッド」だ。

「ハァッハァッハァッ!」

 寝汗が酷い、スウェットが汗で張り付いている。達也は不快感に顔を歪ませた。

「なんで俺ここに……さっきまでお爺ちゃんたちの家にいたはずで、風呂場に何かが!っ、」

 焦る気持ちを抑え、一つため息つく。「嫌な夢だ、そうだ」と落ち着かせるしかない。祖父母の家に向かう道も、夕飯に出された鮭も、湯船に浸かった心地よさも全てが夢なのだと。

「……」

 達也は不快感のあるスウェットを脱ぎ、

シャワーを浴びる為に脱衣所に向かう。鏡を見れば唇を青くした男がいた。

「酷い顔だ」

 先の悪夢がそうさせたのだろう。寝ていたはずなのに目の下には隈もある。「大丈夫、夢だ」と思っていると背後の扉の向こうで『キィ』……音が鳴った。

「!」

 達也は急いで振り返る。脱衣所の扉はそもそも開け放たれている。

「誰もいない……?」

 しかもここはあの日本家屋とは違って床もキィと音はならない筈だ。「じゃあさっきのはなんだったんだ」と達也は身震いする。

 キィ……キィ……キィ

 また、あの音だ。開けっ放しのドアは、何も隠れていないことを達也に理解させる。それでも鳴り続けるあの音。

 キィ……キィ……キィ

 鳴るはずのない音はずっと耳に聞こえてくる。

「な、なんなんだよぉ……!」

 気が触れそうだ、いやもう気は触れたのかもしれない!キィという音が耳から離れない!

 目を閉じて耳を塞ぐもあの音は鳴り止まない。

 

キィ……キィ……キィ……キィ……


「やめろやめろやめろやめろやめろ!」















 キィ……キィ……キィ……キィ





 「──『またね、たつや君』と言ったろう」


 何かの声がする、


 達也が目を開けるとそこには

ホラー的なものです。

途中で終わったように思うんですけれど、読み手の方が思う怖いモノが当て嵌まればそれを見てみたい、と思いこのような終わり方にしました。

読んだ時、何が現れましたか?

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