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3話「ウェルカム・トゥ・フューチャー」






 もちろん外というのは部屋の外という意味ではなかった。ドアをくぐり抜けてすぐ、病院の廊下を思わせるつるつるとした白い通路に出た。宇宙船というよりもできたばかりの大きな病院という感じの内装だ。どうやら自分を監禁する気はないらしいエンダーは、ツルギに自分のあとを付いてくるように言って、つかつかと歩き始めてしまう。


 寝間着姿なのを気にしたまま、ツルギが歩くこと五分。

 この宇宙船、どれだけ広いんだと彼が戦慄していると、ようやくたどり着いたのはロッカールームのような個室だった。エンダーが手をかざすと、無味乾燥に見えた壁がせり上がって、収納が姿を現す――彼女はそこから服を取り出してきた。


 それはツルギが知るものよりずいぶん簡素だったが、宇宙服のようだった。といってもゴテゴテと機密性を保つような装備が付いているわけではなく、所々が分厚いものの、むしろ見た目はダイバースーツに近い。大きなフルフェイスタイプのヘルメットだけが、宇宙服っぽさを辛うじて担保している。


「……これは?」


「これから船外に出ます。なので宇宙服です」


「すごいな、アニメみたいなデザインだ……」


 二〇〇〇年分、進歩したと言うことなのだろうか。そう思っていると、エンダーは言い訳のようにこう言った。


「まあ……あなたには不要な装備だとは思いますが」


「それはどういう――」


「言ったでしょう、わたしが発見したとき、あなたは全裸だったと」


「…………宇宙空間に全裸で!?」


「はい」


「なんだそれ……いや、僕も大概、人間やめてるとは思ってたけど……そうか、全裸で宇宙空間かあ」


 ちょっと感慨深くなりながら、ツルギはいそいそと宇宙服を受け取って。

 何故かそのまま立ち去ろうともしない少女に困惑した。


「……着替えたいんだけど」


「早く着替えてください」


「僕のプライバシーのために、せめて後ろを向いてくれないか!?」


 押し問答の末、ツルギは少女を個室から追い出すことに成功した。

 間違いなく自分はおちょくられているな、と確信しつつ、寝間着を脱いでインナー姿で宇宙服――むしろダイバースーツに似ているし、着方もそちらの方に近い――を着込んでいく。身体にまとうと自動的に体型へフィットするよう生地が収縮していくのがわかった。


 最後にヘルメットを被ると、ヘルメットと首の隙間が収縮する繊維によって覆われ、カチリ、とロックする音が聞こえた。これで気密が保たれるらしい。

 果たして自分が本当に生身で宇宙空間に適応できるのか、試してみたくもあったが――流石に万一が怖いので、やめておいた。


「準備できたよ」


 そう声をかけると、部屋の外からひょっこり顔を覗かせるエンダー・カレルレヤだった。


「では行きましょう」


「君は着なくていいのかい? その服じゃ危ないんじゃ」


「シェオルグですので」


 流石は異星人である。すごい。自分のことを棚に上げて感心するツルギだった。

 彼女に先導されて向かった先は、エアロックと思しき場所だった。思しき場所、と表現したのは、東雲ツルギに宇宙生活や宇宙船の知識が一切ないからだ。聞きかじったような二一世紀の宇宙開発の常識ぐらいならあったかもしれないが、二〇〇〇年後の未来で役に立つかは大いに疑問である。


 そういうわけでこの船の持ち主らしい――何せ少女との会話に他の船員が出てくることはなかったし、ここまで道のりでもそれらしい人影一つ見ていない――エンダーに任せて、ツルギはエアロックが空気を排出し、ゆっくりと外部との連絡用ハッチが開くのを待った。


 ぶしゅーと空気が排出される音のあと、真空になったエアロック内部から音が消える。続いて重力制御が局所的に無効化され、ふわりと身体が無重力で浮いていくのがわかった。


 果たして本当にエンダーは真空に耐えられるのかと思ったが――美しい少女は長い青銀の髪をふよふよと浮かべ、彼にウィンクしてきた。

 余裕らしい。

 外部に繋がる連絡用ハッチが開く。


 エンダーが地面を蹴った。その反作用で前に進んだエンダーは、開いたハッチに手をかけると、こちらへ向けて手を差し伸べてくる。無重力に不慣れなお上りさんへの温情、とでも言いたげな表情。


 ツルギは大人げない――彼は見た目こそ十代半ばだが、実年齢は一一七歳なのだ――ことに、それを無視すると決めた。

 代わりに肉体の深奥に眠る自身の異能を発現させ、その頭上に光り輝く光輪が浮かぶ。


 極めて局所的な重力制御――外へ向かって落ちるイメージ。

 ツルギの身体は連絡用ハッチに手をかけたエンダーの横をすり抜け、宇宙空間へと躍り出て。


 がしっとエンダーにその足を捕まれた。思いのほか強い力だったため、慌てて重力制御の展開をやめる。

 結果、加速した分の運動エネルギーが足首にかかっている。常人ならばこれだけで骨折していたかもしれない。


「うおわあああ!?」


 ツルギが悲鳴をあげると、心底、馬鹿馬鹿しそうな表情で唇一つ動かさずにエンダーが言葉を伝えてきた。

 ヘルメットに内蔵された通信機が、直接、彼女が発している電波に反応しているらしい。


『このまま宇宙空間に放り出されたいのですか? 慣性制御フィールドの外に出れば、この船と距離が開いて永遠の迷子になりますよ?』


「それ先に言ってくれないかな……」


『あなたがここまで愚かだとは思わなかったので』


「くっ……!」


 エンダー・カレルレヤはといえば優雅なものである。

 ツルギの身体にかかっていた運動エネルギーが完全になくなったのを確認したあと、エンダーはそっとその手を離して。


 その青銀の長髪をふわりと宙に浮かべて、彼女は宇宙船の白い外壁にすとん、と乗った。彼と同じく重力制御なのか、それとも靴に電磁石でも仕込んであるのかは定かではないけれど。


 どういう理屈によるものなのか、少女の履いているスカートの裾は無重力空間でもめくれあがることなく、彼女の意のままに動いているようだった。どうやら普通の布地ではなく、そういうウェアラブル・デバイスの類らしい。


 まるで舞踏会に来た貴婦人のように、エンダーは白亜の外壁に足を乗せて、履いたブーツの踵を何度か外壁にぶつけて、彼を手招きした。

 先ほどの事故があった分、今度はツルギは慎重だった。重力の方向を足下に向けて設定し、宇宙船の外壁にそっと足を乗せて。


 一歩、二歩、三歩。

 恐る恐る歩いた末、東雲ツルギはエンダーの傍まで近寄ることに成功した。

 そこでようやく彼は、足下から顔を上げて、外の景色――つまりは無限に等しい広大な宇宙へと目を向けることに成功した。


 宇宙は真っ暗ではなかった。

 視界いっぱいに広がるのは、数え切れないほどの星の光。

 そのすべてが、はるか彼方で燃える恒星の放つ煌めきなのだと、ツルギは今、生まれて初めて実感した気がした。

 オペレーション・バルドルのときは、ゆっくり宇宙空間を眺めている余裕などなかった。


 今、彼が見上げている景色は、地球から二五〇万光年離れた別銀河の景色であり――東雲ツルギがこの世界にとって異邦人である証左だ。

 そんな彼の感傷を知ってか知らずか、エンダー・カレルレヤはツルギの顔を見上げて。



『――巡礼船〈光輝号〉にようこそ、英雄殿』



 艶やかに微笑むのだった。


「ここは本当に、僕の知らない世界なんだな……」


『ええ、そうですね。そしてあなたの当面の住まいがこの船になります』


「……君はどうして、僕によくしてくれるんだ?」


『巡り合わせですよ、英雄殿――人類のため戦ったあなたに、報いるものが一人もいないなんて寂しすぎるじゃないですか』


 エンダーはそう言って、彼を煙に巻こうとする。だが、そこに悪意が感じられないから、ツルギはならいいかと思ってしまう。


「困ったな。僕は君に何も返せないと思うけれど、それでもいいのか?」


『――では、一つだけ代償を求めましょう』


 何を言い出すのかと思って、緊張でツルギが身を固くしていると――エンダー・カレルレヤは青銀の髪をふわりとたなびかせて、彼に笑いかけた。


『これから先、あなたに生きる理由、将来の夢……そういうものができたならば、わたしに聞かせてください』


 まさか捨て身の自爆同然の作戦をした直後に、こんなことを言われるとは思わなかった。東雲ツルギは呆気に取られたあと、からからと笑った。

 まったくこの少女は、自分の予想を何度も裏切ってくる。

 面白いじゃないか、と思った。


「それ、特攻同然のことした僕に言うのかい?」


『うっ……それは、そうかもしれませんが……でも、あなたにも前向きな理由は必要じゃないでしょうか』


 ちょっと失言を後悔したらしいエンダーだったが、彼女の言うことにも一理ある。

 東雲ツルギは、彼女の提案を了承することにした。



「わかった、約束する――僕の生きる理由ができたら、君に聞かせるよ」



 他愛のない約束をした二人を、星の光が優しく照らしだしていた。








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