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1話「タイムトラベル・ヒーロー」






「では今の宇宙の情勢について簡潔に――なんやかんやあって人類は宇宙進出に成功しました、世はまさに宇宙大航海時代! ――以上です」


「説明が雑すぎないか?」


「人に説明を求めている身で何という高望みを……」


「あー……すまない、確かに失礼だった」


「謝らないでください、おちょくる張り合いがない人ですね」


 しれっと愚弄していることを宣言された。東雲ツルギは灰色の髪を指で掻きながら、このどうしようもなく胡散臭い少女に何を問うべきか迷った。

 整理しよう。まず自分は地球から遠く離れている別銀河の彼方にいて、どうやらこの少女の所有する宇宙船に拾われた。彼女の口ぶりからして、相応の年月が経っていると見ていい。


 一体どれほどの時間が流れたのかは――想像したくもない。

 それにしてもわからないのは、どうして少女の頭から角が生えているのか、である。何らかのコスプレ趣味なのか、そういう病気なのか、それともインプラントによる人体改造の成果物なのか――下手に尋ねるのも無神経な気がする。


 そんなツルギの葛藤を見て取ったのか、やれやれと少女は肩をすくめた。

 そして自分から重い腰を上げるように、口を開いた。


「世界はあなたによって救われたのですよ、英雄殿。今は西暦四一二〇年――つまりあなたが世界を救ってから二〇〇〇年後ということになりますね」


「二〇〇〇年後……?」


 想像を超えた月日が経っていることを思い知らされて、思わず、ツルギはぽかんと口を開けてしまう。

 そういえば自己紹介がまだでしたね、と少女は言って。



「わたしはエンダー・カレルレヤ。あなた方、地球人が最初に遭遇した異星体〈禍つ光〉――その末裔たる種族シェオルグです」



 さらにとんでもないことを言い始めた。

 〈禍つ光〉の末裔。つまりはその眷属の類と言うことか。いや、わけのわからない地球侵略してきた妖星が、目の前の美しい少女と頭の中で繋がらない。

 すっかり混乱しきっている東雲ツルギを横目に、エンダー・カレルレヤはくすくすと笑う。


「つまり、わたしはあなたの宿敵ですよ、東雲ツルギ」


 相変わらず何を考えているかわからない微笑みを浮かべて、エンダーを名乗る少女はツルギの方を見てくる。

 何を言うべきか迷った末、ツルギは考え得る最も間抜けな質問をした。


「つまり君は……宇宙人ってことなのか?」


「心外ですね。まるで地球人が宇宙の中心であるかのような物言いです」


「じゃあ異星人……?」


「その言い直しに意味が?」


「いや、特にないな……」


 自分で言っていてもアホらしくなってきたツルギだった。

 とはいえ、何も話さないのも気に障るので、とりあえず無難な話題をひねり出そうと試みて――自分の話題の引き出しが絶望的に少ないことに気づき愕然とした。


 相手が人ならざる〈禍つ光〉とはいえ、主に戦っていた相手は人語も解さぬRB――レイディアント・ビーストどもである。化け物相手の戦争では、コミュニケーション能力が鍛えられることはあり得ない。

 絶望的だった。

 お手上げ状態になったツルギは、正直に現状を口に出すことにした。


「困ったな。異星人と話すのは初めてなんだ。話題とかあるかい?」


「…………他に言うことはないのですか?」


 いぶかしげな視線――どうやらもっと敵意とか疑心暗鬼とかが飛んでくるのを想定していたらしい。困惑しているエンダーの様子に少し笑いながら、ツルギはこう応じた。


「さっき君が自分で言っていたんじゃないか――世界は救われたんだろう? つまり〈禍つ光〉を僕はどうにか倒した、そういうことなら、君を僕が警戒する理由はない」


「わたしは敵の残党で、復讐を目論んでいるかもしれませんよ?」


「復讐か。この迂遠で僕をおちょくる会話もその一環かな――まあ正直な話、君の話が本当かどうかも僕はわからない。なのに君を邪険にするのは気分が悪い」


 エンダーは小首をかしげた。


「気分が、悪い? それだけですか?」


「ああ、大事だよ気分は。疑心暗鬼になるのは向いてないって懲りてるんだ」


「……変な人ですね、あなたは」


「君にだけは言われたくないな」


 ツルギはやや引きつった顔でそうのたまった。

 思わぬ反撃だったのか、腰まで伸びた青銀の髪を揺らして、角ある少女はツルギをにらみつけた。


「くっ……変人云々はともかくとして、わたしほどの文化人はこの銀河にそういませんよ。そう、例えば中国文化にとても詳しい」


「へえ。具体的には?」


「チャーハンを作れます――」


「…………文化に詳しい……?」


 東雲ツルギは馬鹿らしくなって笑った。エンダーは琥珀色の瞳でじっとこちらを見ている。

 あ、不味い。ちょっと怒ってるなこれ。


 調子に乗りすぎたことをやや後悔しつつ、東雲ツルギは彼女の顔を眺めた。

 青みのかかった銀の髪。切れ長の目。少し尖った笹の葉っぱのような耳。白い頬。すっきりと通った鼻梁(びりょう)。可愛らしい桃色の唇――なるほど、美少女を自称するだけある造形美だった。


 ツルギはうんうんと頷いた。


「君は美少女だ、カレルレヤさん」


「雑な褒め言葉で誤魔化すの、一番心証悪いですよ?」


 ダメだった。


 それからツルギは、思いつく限りのいくつかの簡単な質問をした。

 例えば何故、二〇〇〇年後にもかかわらず二人の間で言語によるコミュニケーションが通じているのか、とか。

 それに対するエンダーの答えは簡素であった。


「わたしは特別な翻訳や細工をしていませんよ。なのであなたの方が、今の世界に適応しているんでしょう」


「適応……? つまり、僕が勝手に君の喋っている言語を既知の言語だと認識しているってことか?」


「わたしは脳科学の専門家ではありませんので、あなたのような超人の脳がどうなっているかまではわかりません」


「僕の脳みそはずいぶんと都合がいいなあ……」


 つまり詳細不明らしい。

 ふと気づいた。


「そういえば、どうして君は僕の顔と名前を知ってるんだ?」


「気づくの遅くないですか?」


「衝撃的な事実が多すぎてまだ考えがまとまらないんだ。ええと」


「あなたは有名人ですよ。児童向けの教科書にも残っているぐらいですし、それに――」


 一瞬、エンダーは何かを言いかけたが、すぐに目を逸らして黙り込んだ。


「……続きは?」


「いえ、悲惨な現実と向かい合うのはあとでいいでしょう」


「気になるな、それ本当に気になるな!」


「では先ほどの話題の続きですが――」


「びっくりするぐらい強引な話題の切り替え方だ……」


 ツルギのぼやきは無視された。


「まず、わたしはあなたとは異なる種族、シェオルグです。証拠はこのように」


 すっと差し出された少女の掌は、まるで宝石のような結晶体で構築されている。見たところ、少女の手は二対四本の角と同じく、透明感のある青みがかったガラスのようなものでできていた。ぴたり、とツルギの手を取った指は、少しひんやりとしていたが柔らかかった。

 彼は少しドキドキして――なんということだろう、自分には美少女にドキドキする情緒が残っていたらしい――思わずこう言った。


「……距離、近くないか?」


「何か問題が?」


「いや……カレルレヤさんがそれでいいなら構わないけれど」


 思えばあの特攻紛いの作戦を敢行する前は、びっくりするほど素直な浮いた話がなかったな――とちょっと遠い目になる。自国の戦力として東雲ツルギを取り込もうとする、有象無象の国家群のハニートラップなら飛んできたが。


 思い出すだけで嫌になる。

 おかげで金髪碧眼の美女とかを見ると警戒心がバリバリ湧いてくる身体になってしまった。悲しき条件反射、パブロフの犬を笑えない境遇である。

 ちなみに祖国である日本政府の残党――そう呼ぶほかないほど東アジア地域は壊滅的な被害を受けた――もろくでもない手管を使ってきたので安住の地はない。


 今にして思えば、世界中を飛び回って〈禍つ光〉の送り込んでくるレイディアント・ビーストと戦っていた時期は、癒やしだったかもしれない。人助けをして感謝されるのはとても精神衛生にいいのである。

 逆に、一仕事を終えて向かった宿泊施設に、知らない女人がスタンバイしているのはちょっとしたホラーだ。思い出したらちょっと具合が悪くなってきた気がする。


「むっ、顔色が優れませんね英雄殿。少しお休みになりますか?」


「あー、ならちょっと離れてくると助かる。僕の精神衛生上、その方がいい」


「ほほう」


 意味深な「ほほう」だった。

 エンダー・カレルレヤ――見た目は精々、十代半ばに達しているかどうかだ――はベッドに腰掛けていたが、にこりともせずに彼から距離を取ると、腰を浮かせて立ち上がった。


 こうして立ち上がった姿を見ると、少女は思いのほか小柄だった。

 純白のドレスはコルセットのような器具で腰のあたりで絞られており、エンダーの折れそうなほどに華奢な腰つきを露わにしている。


 所作と顔立ちが大人びているから、当初の印象では、少なくとも肉体年齢は自分より少し下ぐらいかと思ったが――もしかしたらツルギの見立てより、幼い肉体なのかもしれない。

 そもそも相手が異星人シェオルグなのだという話も忘れて、ぼんやりとそんなことを考える東雲ツルギだった。







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