17話「巨神〈ケルベノク〉」
単独での長距離巡行は初めてだった。
これほどの速度での加速は、地球から四五万キロの彼方――〈禍つ光〉へと突撃したとき以来であった。いや、距離にして軽く四八光分――光の速さでも四八分間はかかる天文学的距離を移動してきたわけだから、あのとき以上の超高速移動と言っていい。
正直なところツルギ自身、ここまで速く移動できるとは思っていなかった。三〇〇トン以上の質量の塊であるツルギが、これほどまでの加速を行うためにかかるエネルギー量は考えるのも馬鹿馬鹿しいほどである。
おそらく真っ当ではない理屈で、真っ当ではない経路から自分が力を得ているという実感があった。だが、それでも構わない。
エンダーを助け出せるならそれでいい。彼女から渡されたペンダントは今も、ツルギに進むべき道を指し示してくれている。彼の視界に映っているのは、あまりにも巨大で圧倒されるガス状惑星だった。
遠い昔、何かのニュースで見たことがある。これはたぶん木星だ。星間物質の密度が極めて薄いため、ツルギと目標は障害物がなければ遠方からでも互いの姿を目視できる。
すなわち〈ケルベノク〉の視界に宇宙艦隊――中央の一隻を守るようにして無数の船が防御網を敷いているようだ――が映ったときには、向こう側からも観測されていることを意味した。
最初に感じたのは自身の外殻が熱されているという感覚だった。照射型のレーザー兵器だった。文字通り光速で飛んでくるレーザー光線を避ける術はない。
だが、超遠距離で焦点を合わせ続けるのも容易なことではあるまい。
〈ケルベノク〉が身をよじるように回避運動を取った瞬間、こちらに向けて飛んでくる飛翔体を複数感知。膨大な運動エネルギーを帯びたそれは、白く爆ぜるプラズマの光を伴っていた。
互いの相対速度と距離の関係上、まだ直撃するような事態にはなっていないが、そのプラズマの光を東雲ツルギは知っていた。
『リリィか!』
目を凝らす。射点を割り出す。恐るべき〈光の槍〉――プラズマ・ジャベリンの担い手。
赤の巨神がこちらに向かってきていた。まるで一振りの剣を引き延ばして人型に形作ったかのような優美な巨神――黄金のエネルギーラインを輝かせ、〈アトラトール〉が直進してくる。
すでに敵艦隊との距離が縮まっていた〈ケルベノク〉は、必然的に減速をかけるしかなかった。今回の彼の目的は片道切符の特攻作戦ではなく、あくまでエンダー・カレルレヤの救出が目的なのである。
そしてそれは、リリィの巨神〈アトラトール〉に肉薄されることを意味していた。互いの輪郭まではっきり見えるような目視距離だった。その両手から次々とプラズマ・ジャベリンを投射してくる赤の巨神は、その優美な手足をしならせながら〈ケルベノク〉の背後を取ろうとしてくる。
強烈な電磁力制御の兆候――その軌道がねじ曲がって、誘導弾のごとくこちらを追尾して飛来する無数のプラズマ塊――ガントレット・ジェネレーターから展開したブレード〈炎の剣〉で、それらすべてを切り捨てていく。
何故、彼女が敵対してくるのか東雲ツルギは知らない。だが状況から判断して地球帝国の意向が背後にあり、その尖兵である彼女が逆らえないのは察していた。
その姿に過去の自分を重ねて、ツルギは叫んだ。
『もうやめろリリィ! 僕と君がやり合う理由はない!』
電波による呼びかけには、同じく電波で言葉が返ってくる。
『あたしには理由があります! エンダーさんの犠牲があれば……情報局の兵器が、分離主義のテロを止めてくれます!』
『兵器による平和!? 世迷い言に惑わされるな! そんなものはただの圧政だ!』
『戦争やテロがない世界を願って、何が悪いんです!?』
ツルギはリリィの事情を知らない。あのバカみたいに明るいヒーローオタクの少女が、本当はどんな願いを抱えているのか、知りもしないし知る暇もない。けれど一つだけ知っていることがあった。
『大方、〈カロンデルタ〉のテロも情報局とやらの差し金なんだろう? リリィ、顔も知らない誰かの犠牲を求める平和なんてものは、たとえそれが安定していたとしてもあってはいけないんだ!』
『何故です!』
プラズマ・ジャベリンが回避運動を取るツルギ目がけて連射される――互いの距離はおよそ五キロメートル、重力制御と慣性制御で自在に宙を駆け、コの字を描く戦闘機動を取りながら互いの尻を追いかけ合うドッグファイト。
それは超高速で射出されるプラズマの槍にとって、ほぼ一瞬で到達する距離であることを意味する。動体目標である〈ケルベノク〉に対するプラズマ・ジャベリンの命中率は低い。だがそれを、リリィは手数で補っていた。一度の投射で一〇発以上もの子弾に分裂するプラズマ飛翔体が、まるで生き物のように黒の巨神を追尾する。
体外に強力な電磁力制御のためのフィールドを展開できる〈アトラトール〉は、一度、投射したプラズマ・ジャベリンに誘導をかけることが可能だった。この強力な電磁力フィールドを利用し、非実体型の電磁レールを形成、弾体を加速させるのが〈アトラトール〉のプラズマ・ジャベリンであった。
その一撃一撃が宇宙戦闘艦の艦砲射撃に匹敵し、誘導と連射が効く。これほどまでに小型で高性能な艦砲は未だ、存在していない。通常、賊徒が駆る宇宙戦闘機や戦闘艦では手も足も出ずに撃破されるほどに強力だ。しかし初戦のときと異なり、プラズマの槍は〈ケルベノク〉にとって致命傷にならず、接近する端から容易く切り落とされていた。
明らかに彼は、〈アトラトール〉の攻撃に対する反応速度が向上している。
『あたしの攻撃に……適応して!?』
『君が僕と同じだと言うのなら! 平和っていうのは、見知らぬ誰かの笑顔のためにあるはずだ!』
『なに、を――』
黒の巨神の言葉に動揺を隠せない〈アトラトール〉は、その動きに精彩を欠いていた。
しかし今さらリリィは止まれなかったのだろう。赤の巨神は両手の〈光の槍)を束ねて、巨大な極太のプラズマの塊を形成した。
先端が鋭く尖ったそれは、例えるならば投げ槍ではなく突撃槍。直径一〇メートル以上、全長六〇メートルにも及ぶ長大な超高温プラズマの槍を構えて、〈アトラトール〉が突っ込んでくる。
〈ケルベノク〉は逃げなかった。慣性制御によって推進方向を反転させ、真っ正面から立ち向かうことを選択。
『君の寝言をなんと呼ぶか教えてやる――』
互いの速度が加算される圧倒的な相対速度――両手のガントレット・ジェネレーターからブレードを展開した黒の巨神が、赤の巨神に接近する。だが両手のブレードを構えた〈ケルベノク〉に対して、〈アトラトール〉の突撃槍はその間合い、破壊半径共に勝っていた。
あるいは直撃していれば、〈ケルベノク〉の頑強な装甲すら破砕・蒸発させていたであろう一撃。
――だが、しかし。
その一撃が黒の巨神を捉えることはない。一撃必殺を指向した〈アトラトール〉を嘲笑うように、〈ケルベノク〉は自らの正面に重力場の盾を出力。
彼が背負った光の輪――光背がまばゆい青の光を放ち、赤の巨神が形成した超高温プラズマの突撃槍を霧散させていく。それは太陽のごとき〈光の槍〉を蹴散らす、ブラックホールのごとき空間の歪みであった。
『――不正義だ!』
交錯する二体の巨神――刹那、刃が閃いて。
すれ違い様の一閃。
赤の巨神の胴体を、〈炎の剣〉が深々と切り裂いていた。
左の横腹に刃を通され、左腕を切断された〈アトラトール〉の巨体が、黄金に輝く粒子をまき散らして痙攣する。
『あぁあぁあああああ!』
悲鳴を上げるリリィの巨神を置き去りにして、〈ケルベノク〉は敵艦隊へと吶喊した。
背後からの追撃はない。重傷を負ったらしい〈アトラトール〉は弱々しい光を放ちながら、高速で宇宙を漂う残骸となって、〈ケルベノク〉から離れていった。
切り捨てたことに後悔はない。
あるいは自分に巧みな弁舌があれば、彼女を説得できたかもしれなかったが――今となってはどうでもいいことだ。
思考を切り替え、ツルギは前方に展開している敵艦隊を見やる。
目視できる限りでは数は二〇隻あまり、おそらくは駆逐艦と思しき小型の艦艇が一二隻、巡洋艦と思しき中型の艦艇が七隻、それらに守られるようにして中央に陣取る大型艦が一隻。
エンダーから渡されたペンダントの反応は、中央の大型艦を指し示していた。彼の推測を裏付けるように、距離を詰めれば詰めれば詰めるほど砲撃は激しくなった。
大量の照射型レーザー兵器と、荷電粒子ビームが豪雨のように降り注ぐ中、黒の巨神はただ愚直に真っ直ぐに突っ込む。先ほど〈アトラトール〉の攻撃を逸らした重力場の盾を用いて、敵艦の攻撃を防ぎながら直進した。
不意に中央の敵艦から通信――聞き慣れない男の声が聞こえた。
『止まりたまえ〈ケルベノク〉、いいや、東雲ツルギ少将』
『知らない間にずいぶんと出世したみたいだ――二階級特進って本当に嬉しくないな』
荷電粒子ビームを蹴散らし、両手のブレードで切り払いながら前進し続ける〈ケルベノク〉――その鬼神のような勢いに気圧されて、肉薄された艦隊の布陣が乱れる。駆逐艦と巡洋艦の防空網はすでに食い破られつつあった。
目指す先は艦隊中央に位置する母艦と思しき大型艦のみ。駆逐艦が放ってきたミサイルの群れ――目視できただけで一〇〇発近い誘導弾を、重力場の盾でねじ切りながらツルギは笑う。
『今になって命乞いか?』
『命乞い? いいや、君に対する説得だよ――私は地球帝国情報局長官のイアータ・トゥルガムだ。君は今、人類とその安寧に対して罪を犯そうとしている。我々の進める〈プロジェクト・セラフィム〉にはそれだけの価値がある。ことは太陽系特権階級の既得権益などには収まらない、これは恒星間ネットワークによって維持される銀河系二〇〇〇億の民の平和に関わるのだよ』
『エンダーをさらったことと何の関係がある!』
ツルギの問いに対して、男は率直に話を進めてきた。〈ケルベノク〉は駆逐艦の一つ――全長一五〇メートルほどの小型艦だ――に取り付き、その船体を盾にしながらレーザー兵器の砲塔を叩き潰した。艦艇を沈めるまでのことはしない。
だがしばらくの間、黙らせるぐらいのことはする。
『〈プロジェクト・セラフィム〉は高密度アカシャ・セルを用いた絶対兵器の開発計画だ。既存の兵器をはるかに上回る機動力と圧倒的な破壊力により、銀河のあらゆる場所へ迅速な戦力の展開が可能となる。わかるかね、愚かな分離主義者やテロリストに対して宇宙艦隊が出動し、数多の血が流される時代は終わる! そして〈プロジェクト・セラフィム〉の制御中枢には高密度アカシャ・セルの演算ユニットが必要になる――』
『要するにエンダーを生け贄にしようというんだろう――そんなふざけた話があるか!』
『何故、人類の守護者である君が、〈禍つ光〉の末裔にそうも心を寄せる? アレはシェオルグだ。我々、人類にその身滅びるまで贖罪を行うだけの種族なのだよ』
『エンダーを拉致したりせず、協力を求めるだけでよかったはずだ。彼女の知恵があれば、あなた方の抱えている技術的ハードルなんてあっさり解決したんじゃないか?』
ツルギの問いかけに対して、トゥルガム長官が返してきたのは乾いた笑いだった。
『すでに多くのシェオルグが分離主義運動に加担している。そして彼らの知的活動が如何に破壊的に用いられようとしているか。我々はよく存じているとも。この状況下でたった一人のシェオルグの善意にすがるなど――夢見がちな若者の戯れ言だ』
『分断と不和。大昔から帝国と呼べるような国が崩れ始めるときの常套句だよ、相手を信じられないばっかりに、話し合いで済むようなやりとりを血なまぐさい陰謀にしてしまったんじゃないか?』
ここにあるのは不信と疑心に凝り固まった結果、垂れ流される悪意に満ちた流血だけだ。いいや、あるいはと言い置いて――イアータ・トゥルガムは彼の愚直さを揶揄するように笑う。
『それも同病相哀れむというやつかな、東雲ツルギ少将』
『何だと?』
もうとっくの昔に意味がないであろう大昔の地球軍の階級を当てこすりながら、トゥルガムは朗々と歌うように喋った。
〈ケルベノク〉の真実を。
『――巨神騎士とは元来、アカシャ・セルに自我を転写された意識の複製体に過ぎない。おそらく君の体組織は高密度アカシャ・セル、シェオルグと同じくRBの亜種だ。厳密にいえば人間としての君は死んでいるんだよ、〈ケルベノク〉――君は自分を東雲ツルギだと思い込んでいるアカシャ・セルの塊、自我を写し取られた紛い物だ』
それは今まで東雲ツルギが知り得なかった真実だった。自分が本質的にはシェオルグやRBと同質の存在だと知らされて、彼が真っ先に感じたのは衝撃ではなく奇妙な納得だった。
どうして自分だけが生き残って、どうして自分だけが超人となったのか。アカシャ・セルの流星雨が降り注いだあの日、人間としての彼は綺麗に蒸発してしまっていて、ここにいるのはその意識を引き継いだ別人だというのならば。
今まで感じていた自分の存在への違和感すべてに、綺麗に決着が付くのだ。
『……そうか、そういうことだったのか』
彼の呟きをどう受け取ったのか、トゥルガム長官はねっとりと絡みつくような声で彼にささやきかけてくる。
『旧世界の道徳や倫理で行動する必要はない、東雲ツルギ。君には然るべき地位と待遇を与えよう、この世界で我々と共に生まれ直すいい機会ではないかね?』
新しい地位。新しい生活。厳密にいえば一七歳の少年・東雲ツルギとは連続性がないという自分の存在――寄る辺ない男にとってそれは、願ってもいない申し出のはずだった。
だが、彼の心は動かない。
何故ならば――そんな自分に手を伸ばしてくれた少女の微笑みが、脳裏をよぎっていたから。
迷うことなく答えを出した。
重力制御の出力を引き上げ、重力波推進システムを最大加速にセット。
駆逐艦の船体を蹴り上げ、宇宙空間を飛翔する。自らの背から展開している光背、重力制御器官の青い輝きと共に中央の大型艦へ向けて突撃を駆ける。
ツルギの答えは決まり切っていた。
『――ならばなおのこと、エンダーを助けたくなってきたな! 同類なら放っておけないだろう?』
次の瞬間、それまでの猫なで声が嘘のような怒声が返ってきた。
『亡霊が……! 地球帝国の秩序を阻むか!』
『知ったことか、僕が心惹かれる正義の一つも用意してから抜かせ!』
飛び交うレーザー攻撃も、荷電粒子ビームも、誘導ミサイルも怖くはなかった。そのすべてを重力場の盾で逸らし、装甲で弾き、両手のブレードで切り払って。
とうとう〈ケルベノク〉は敵艦隊の防空網を突っ切って、敵艦隊中央の巨大艦〈インクレメント〉に到達する。超高速の運動エネルギー弾と化した飛び蹴りが、まるで砲弾のようにその船体表面に突き刺さる。
それはバリアや防護フィールドの守りを容易く貫通する一撃だった。
衝撃。
あるいはここが地上であれば、衝撃波だけで死人が出たであろう。
〈ケルベノク〉に激突された船体の一部が軋み、装甲板がひしゃげて剥離する。その爆心地でたたずむ黒の巨神は、まるで悪魔のように強大であった。
数秒後、忌々しげな通信を〈ケルベノク〉の感覚器がキャッチする。
『……いいだろう、古き英雄よ。君には〈プロジェクト・セラフィム〉の全貌を知る権利がある。演算ユニットを〈セラフ〉にドッキングさせろ』
『やめろ――』
それがエンダーにとってよくない意味を持つことはツルギにも理解できた。
だが、神ならぬ彼にそれを止める術はない。
あの口ぶりでは、エンダー・カレルレヤはこの船のどこかに囚われており、これからその絶対兵器とやらに利用されるらしいが――焦る気持ちを抑えきれぬまま、〈ケルベノク〉は右手のブレードを振り上げ、船体に叩きつける。
斬撃。格納庫ブロックの装甲表面に切れ込みを入れると、そこに両手の指を引っかけて、めきめきと押し広げていく。押し広げられた亀裂から空気が流出し始める中、黒の巨神は内部を覗き込んで。
そして見た。
青銀の髪、二対四本の竜の角、抜けるように白い肌――エンダーが透明なカプセルに収められているのを。全長二メートルほどのカプセルの中は何かの溶液で満たされており、その中の少女が目を覚ます様子はない。
少女の背後には白銀の球体が鎮座しており、不気味に蠕動し始めている。大きい。直径八〇メートルはあろうかという球体である。
焦ってツルギは叫んだ。
『エンダー! 目を覚ませ、君はこんなところにいちゃいけない!』
押し広げた装甲の隙間から手を伸ばす。
ああ、けれど。
彼の腕が届くことはなくて――エンダーが収まったカプセルは、唐突に彼の視界から消え失せた。否、飲み込まれたのである。彼の目の前でそれは起きた。銀色の球体の表面がめくれ上がり、内部からぬらぬらと光る金属色の触手が伸びて、カプセルごとエンダー・カレルレヤの身体を飲み込んでしまう。
まるで捕食だった。鶏の卵のような形状のそれは、ごくんと彼女の身体を飲み干して。
『貴様ァ――!』
咆哮する。まき散らされる電波の叫びを嘲笑うように、銀色の球体の表面がめくれあがっていく。
ぶるぶると震え始めたそれは、兵器と呼ぶにはあまりに生物的すぎたし、生き物と呼ぶには金属質な見た目過ぎた。めくれあがった表皮はまるで鳥類のそれのように、羽を持った翼となって開かれていく。それはあまりに大きすぎた。卵のような球体はそうして、三対六枚の天使の翼を展開して。
そうして露わになった内部構造は、昆虫の繭にも似た異形であった。まるで血のように赤い深紅のエネルギーラインを発光させ、禍々しい光を周囲に放っていくそれ。
これまでの敵兵器と桁違いのエネルギーが、その全身から放たれているのを感知して――〈ケルベノク〉は格納庫の亀裂から身を翻し、退避する。
次の瞬間、格納庫のあったブロックの外壁が溶け爆ぜた。超高出力のレーザー兵器の照射によって、一瞬で装甲材が破砕されたあとに気化し、プラズマ化して大爆発を起こしたのだ。
先ほどまでのぬるい艦砲射撃とは出力の桁が違った。ふわりと浮かび上がり、ボロボロになった格納庫から飛翔する異形の天使――特殊工作艦〈インクレメント〉は内部から格納庫をズタズタに破壊されていたが、通信から聞こえてくるイアータ・トゥルガムの声は勝ち誇るかのようだった。
『これこそが絶対兵器〈セラフ〉――単独で超長距離空間跳躍を行い、惑星を制圧しうる地球帝国の守護者だ』
〈インクレメント〉から離れた〈ケルベノク〉を追いかけて、〈セラフ〉が飛来する。
周囲をなぎ払うように照射されたレーザー光線は、文字通り光速で飛んでくる必中の攻撃だ。重力場の盾で防ごうと試みる。しかし光を歪曲させようと試みても、出力が強すぎて防ぎきれない。瞬時に〈ケルベノク〉の黒い装甲が加熱され、赤熱化していく。灼熱の痛みに耐えながら〈ケルベノク〉は叫んだ。
『エンダー! 僕がわからないのか!?』
『無意味な問いかけだよ、〈ケルベノク〉――この〈セラフ〉には怪獣兵器のそれを発展させた遠隔操作装置を埋め込んである。エンダー・カレルレヤは意思なき演算ユニットに過ぎない』
ぺらぺらとよく口の回る男だ、と思う。だがそのおかげでやるべきことははっきりした。腕部ガントレット・ジェネレーターから伸びた一対二本のブレード〈炎の剣〉を構えて、〈ケルベノク〉――東雲ツルギは決意を口にする。
『――今、君をそこから解放する』
祈るように。