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14話「アンチヒーロー」






「なんだ?」 



 時間を持て余して〈光輝号〉船内の自室で寝転がっていたツルギは、ふと、自分のポケットが光り輝いているのに気づいた。起き上がってポケットの中をまさぐってみると、そこにあったのはエンダーからもらったペンダントだった。迷子防止にと預けられたものだったが、それがちかちかと光っている。

 掌の上にのせて怪訝な瞳でそれを見やると、いきなり不意打ちのように光が投射された。

 立体映像の投影だった。


「エンダー……?」


 投影されたホログラムのエンダーは何故か床に倒れていて。

 その衣類はボロボロになっていて。

 声が、聞こえた。


『――ルギ、たすけ――』


 瞬間、東雲ツルギは走り出していた。部屋を出る。通路を駆け抜ける。エアロックの扉を開けて、締めるが早いか、減圧を待たずに外部ハッチを叩き壊した。内部の空気が爆発するように流出し、ツルギの身体も一緒に吸い出される。

 その嵐のような乱気流の中、東雲ツルギは呟く。

 頭上に天使の輪を出力しながら。


「――変身」


 爆発的にその体躯の体積が、質量が増大していく。身長一八〇センチにも満たなかった少年の身体が、全高二〇メートルを超える巨神のそれに置換されていく。

 その五指は鋭いかぎ爪に成り果てて。漆黒の装甲を身にまとった巨神〈ケルベノク〉が、〈光輝号〉の船体外壁を蹴って、その反作用で前に進む。同時に巨大な光背を背負い、重力制御推進に切り替える。


 目標は眼下のエネルギープラント〈ジェネシス〉だ。自身の表皮をなでつける太陽風を感じながら、黒の巨神は降下艇の辿った道のりを正確にトレースして。

 宇宙船と〈ジェネシス〉の間の距離、約三〇キロメートルを二〇秒足らずで飛翔。そのまま急激な減速をかけて〈ジェネシス〉に着地した。

 衝撃。


 施設全体が震えるような乱暴な着地のあと、〈ケルベノク〉は両手のガントレット・ジェネレーターからブレードを展開し、それを振り上げた。

 巨神が入れるような出入り口はないが、ないならば作ってしまえばいい。RBの外皮をバターのように切り裂く彼の刃ならば、実験施設の外壁程度、容易く切り裂いてしまえる。


 変身時、身に帯びていたペンダントは今も彼の中にある。それが教えてくれるのだ――この方角にエンダーがいると。

 距離的に彼女を巻き込む恐れはないから、〈ケルベノク〉は遠慮なくブレードを振るうことができた。

 だが、次の瞬間――足場が一瞬で崩れ落ちた。

 〈ジェネシス〉の外壁が飴細工のように溶けて、巨神の姿勢が崩れる。そこに向けて何かが飛んでくる。


 瓦礫ではない。

 一条の光としか呼べぬ何か。

 触れた物質を瞬時に蒸発させながら、圧倒的な運動量を持って迫り来る一撃――超高温のプラズマの塊――それがまるで投げ槍のように飛んでくる。

 白く燃えたぎるプラズマの槍が直撃した。爆発。自身を構成する外殻が瞬時に気化し、プラズマ化して膨張、爆発を起こしたのだと理解する。


『ぐおおぉぉ!』


 激痛が走った。凄まじい熱量に〈ジェネシス〉を構成する知能化建材の積層外壁が溶け崩され、バラバラになっていく。

 そのミルフィーユのような積層構造をぶち破りながら機動して、〈ケルベノク〉は重力制御によって槍の発射地点目がけて移動する。

 削岩機のように重力場によって〈ジェネシス〉内部構造を破砕する。二〇メートルの巨神が通れる空間を無理矢理にこじ開けて。


 巨神〈ケルベノク〉は飛翔する。

 攻撃の正体はわからない。

 だが自分を攻撃しうるもの、敵になりうる個人の名を、彼は一人しか知らない。

 あらゆる周波数の電波に乗せて叫んだ。


『――やめろ、撃ってくるな!』


 積層構造の〈ジェネシス〉内部をぶち破った果てに、〈ケルベノク〉はその最深部に到達した。

 そこは高層ビルのように巨大なオベリスクが林立する空間だった。ドーム状の広いその場所に、彼女は――否、彼女だったものは立っている。

 もうもうと立ちこめる粉塵による煙の中、黒の巨神の複眼は見た。



――赤の巨神を。



 それは一目見ただけで〈ケルベノク〉と同質の存在だとわかる巨神だった。まるで刃を引き延ばして甲冑にしたような細身の外骨格――紅蓮の装甲の隙間には、黄金に光り輝くエネルギーラインが血管のように走っている。

 その上下で二股に分かれたカブトムシのような頭部が、じっと彼を見つめているのを感じる。


『……リリィ、君なのか』


『巨神〈アトラトール〉。あたしの戦う力です、ツルギさん』


 電波による会話――お互いが相手の正体を確信する。

 〈ケルベノク〉の複眼はエンダーを見つけた。ぐったりとして動かない青銀の頭髪が、〈アトラトール〉の左の掌に包まれている。

 全身の血が沸騰しそうだった。

 彼はそれでもまだ、理性的でいようとした。胸の中で弾けた激情を押し殺して、そっと語りかける。


『君の事情を僕は知らない。今ならすべて忘れてもいい、エンダーを返してくれ』


『あなたの身の安全と今後の生活は地球帝国が保障します――退いてください、〈ケルベノク〉』


 考えるまでもない条件だった。交渉決裂だ。


『断る。僕は彼女と約束をしたんだ、地球帝国の指図は受けない』


『……ならば』


 戦う以外に、道は残っていなかった。

 互いの距離は二〇〇メートルほど。巨神の機動力ならば一瞬で詰められる間合いだった。黒の巨神と赤の巨神が向かい合う中、崩落した天上から光が差し込む。焼け付くような光は、水星を照らし出し白熱する太陽の輝きだった。


 〈ケルベノク〉が両手のブレードを構える。その胴体は高密度プラズマの直撃で溶解しかけていたが、彼の戦意が衰えることはない。

 同時に〈アトラトール〉は左手で握ったエンダーを庇うように後ろ手にして、残る右手を頭上にかざす。その右手の中に光り輝く超高温プラズマが発生した。

 電磁力によって精密制御されているプラズマの塊は、やがて細長い槍のような形を取って。


 綺麗な投擲のフォームと共に、投げ槍(ジャベリン)がぶおん、と投射される。

 投げ槍器(アトラトル)の名に相応しい一撃――ほとんどピストルの早撃ちじみた投擲であった。

 そしてこのとき、すでに〈アトラトール〉の手の中には二射目のプラズマ・ジャベリンが出現している。


 回避すれば二射目が確実に仕留める。そういう攻撃である。自らの急所目がけて迫り来るプラズマの投げ槍に対して、〈ケルベノク〉が取った行動はシンプルだった。

 ただ愚直に真っ正面から突っ込む。確かに外骨格にダメージは喰らうが、装甲を貫徹されるほどの威力はない。ならば正面から受けるだけでいい。

 それが〈ケルベノク〉の割り切りだった。

 直撃を避けるようにブレードで切り払うが、それでもなおエネルギーの奔流が身を焦がす。


『うおおおおおぉお!』


『なっ――』


 正面から突っ込んで来られるのは想定外だったらしく、一瞬、〈アトラトール〉の動きが乱れた。その一瞬さえあれば十分だった。確実に首を刈り取るべく、踏み込んで。

 〈ケルベノク〉の刃が閃いた刹那。

 背中を焼け付くような苦痛と光が襲った。

 それは荷電粒子ビームの光――艦砲射撃である。


『ぐがっ!?』


 エリュシオン級高速巡洋艦〈アトランティス〉の支援砲撃が、極めて精確に〈ケルベノク〉を狙い撃っていた。それは針の穴を通すような一撃――二人の激突で生じた崩落の開口部を通した砲撃であり、〈アトランティス〉が〈アトラトール〉を援護すると決めたのは、艦長の独自判断によるものだった。

 ともあれこの横やりは、劇的に二体の巨神の戦いの流れを変えることになる。着弾の衝撃に耐えきれず、前のめりに倒れ込んだ〈ケルベノク〉の隙を見逃す〈アトラトール〉ではなかった。


 刺突であった。

 プラズマの槍が突き出され、黒の巨神の装甲を穿つ。膨大な熱量が〈ケルベノク〉の胴体で弾けて、その体組織を焼き焦がしていく。

 灼熱に刺し貫かれ、〈ケルベノク〉はその手足を痙攣けいれんさせたあと。

 ぱたり、と動かなくなって。


 完全に脱力して地面へ崩れ落ちた。その生命を示すかのような青のエネルギーラインの輝きが消えていき、やがて、完全に光を失った。

 それを確認した〈アトラトール〉は、数秒間、彼が立ち上がるのを待ち望むように動きを止めていたが――黒の巨神がもう動かないことを悟ると、左手の中の小さな少女を見つめた。


 エンダー・カレルレヤ。

 彼女が地球帝国の大義のため持ち帰るべき重要人物。

 もう〈アトラトール〉は迷わなかった。赤の巨神は地面を蹴って、大穴が開いた〈ジェネシス〉から飛び立った。


 母艦である〈アトランティス〉へ帰投するために。

 あとにはただ、知能化建材でも埋め切れないほど大穴――直径一八〇メートルはあるだろう――が開き、静かに亀裂が拡大し始めた実験施設〈ジェネシス〉が残されるばかりで。

 地面に崩れ落ちた黒の巨神は、力尽きたように動かなかった。









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