9話「カタストロフィ・ウォー」
この銀河を支配するのは一つの巨大星間国家である。
恒星間統一国家、地球帝国――その起源は西暦二〇二〇年から二一二〇年までの一〇〇年間続いた〈破局大戦〉にまでさかのぼる。
当時、数多の国家に分かれて群雄割拠に分かたれていた地球諸国は、異星体〈禍つ光)来訪後も一つにまとまることができないでいた。レイディアント・ディザスターから降り注ぐ流星雨によって地球各地が壊滅的被害を負ったあとも、人類のまとまりのなさは変わらなかった。
いっそのこと〈禍つ光〉が人類にとってわかりやすい悪の宇宙人だったなら、一丸となって戦うこともできたかもしれない。だが実際のところ、人類が初めて遭遇した地球外を起源とする敵意ある存在は、言葉を話すこともなく、また戦いやすい距離にいるような存在でもなかった。
地球から四五万キロメートルの距離は到底、二一世紀当時の人類にどうにかできるような距離ではなかった。頑張って核弾頭を乗せた巨大ロケットを打ち上げ、軌道に乗せてぶつけるだけでも一苦労なのである。
はっきり言えば、〈禍つ光〉は邪悪な人類の敵というよりも、降って湧いた自然災害のような存在だった。
事態が変わってきたのは、流星雨の降り注いだ跡地から怪物が湧き出したときだった。レイディアント・ビーストと呼ばれるそれらは、速やかに人類に団結の必要性を思い出させた。
重力を操り、全身に兵器を蓄え、都市を蹂躙する怪獣の群れを前にして、人類はようやく反撃のための組織を結成することに成功する。
これだけでも歴史的快挙と言っていいだろう。何か一つ、歯車が違えばずるずると内ゲバに明け暮れたに違いない獣の末裔にしては上出来といえるかもしれない。
ともあれ、こうして結成された地球統一軍が、後の地球帝国という政体の起源になったのは言うまでもあるまい。
〈破局大戦〉はその名の通り、あらゆる国家と文明を衰退させ、滅亡に追いやっていった。西暦二一二〇年のオペレーション・バルドルの成功による〈禍つ光〉の撃破まで、ずっと戦争状態が続いたのである。むしろ人類が存続していただけマシといえる状況だろう。
そして〈禍つ光〉の脅威が去ったあと、思い出したように人類はろくでもない同胞との殺し合いを本格化させた。元々、人類共通の脅威があるからこそ、余力を注ぎ込む暇がないだけの団結だったのだ、ともいえる。生き残った人々が、汚染されていない土地や資源を求めて、他者と相争うのは歴史的必然だった。
完全に機能不全を起こして解体された国際連合に変わり、地球統一軍は主体的にこれらの争いの管理に乗り出した。幾度となく流血が繰り返され、その過程で尊い人命が失われていったが、それでもなお戦争が止めることはなかった。
この不毛な争いに決着が付いたのは、救い主であるシェオルグ――〈禍つ光〉より生まれた人型種族――の登場が要因として大きい。
血で血を争う凄惨な内戦の舞台となっていた北米に降臨した彼ら――来訪者シェオルグはこのように述べて、人類との和解を申し出た。
――我らの罪にあがないの機会を。
彼らはあらゆる奇跡を起こした。戦場を飛び交うミサイルと砲弾の嵐がぴたりとやんだ。今まさに起爆されたはずの核爆弾が土塊に変わった。放射性物質と重金属に汚染された土壌を浄化し、豊かな実りあるものに変えた。
シェオルグは神話の御使いのごとく、清浄で光ある世界をこの世にもたらした。人々の争いを調停し、虐殺を阻止し、およそ考え得るあらゆる人の愚かさを善導せんとしたのである。
そのような出来事を経て、人々の心が動かぬはずもない。
かくして西暦二一三八年。
人類は異種族シェオルグとのファーストコンタクトを、友好的に終えることに成功したのである。
彼らの助けを借りた人類は飛躍的な発展を遂げ、復興を成し遂げ、その過程でボロボロになった小国群を吸収し、巨大な統一政体への歩みを進めていくことになる。
それが、地球帝国の誕生だった。
その地球帝国の起源に関わっているシェオルグの一人が、エンダー・カレルレヤであった。
今、角ある少女――彼女は二〇〇〇年の時を生きる長命種であり、人類とは根本的に成り立ちが異なる生き物だ――は、地球帝国宇宙軍が所有する軍艦〈アトランティス〉に連行されていた。
〈カロンデルタ〉の一般宇宙港が今回の事件で甚大な被害を受けたこと、〈カロンデルタ〉市内は殺気だった市民がいることなどから、軍港に停泊中の〈アトランティス〉が尋問の場に選ばれたのだ。
〈アトランティス〉はエリュシオン級高速巡洋艦に分類される艦船である。全長一二〇〇メートル、船体中央ブロックから四方向に兵装ブロックが突き出した独特の形状をしている船だ。単独での長距離空間跳躍が可能なワープドライヴを搭載し、高速巡洋艦の名に相応しく非空間跳躍航法での通常推進もかなり足が速い。今時の宇宙船らしく人工重力の発生装置も完備しており、長期間の航海にも耐えうる高い居住性を獲得している。
難点としてはあくまで武装は巡洋艦の仕様に準じるものであり、本格的な艦隊戦では心許ないことが挙げられるだろう。
このようなスペックの詳細を彼女が知り得ているのは、開発主任としてエリュシオン級一番艦――つまりネームシップに当たる船――に関わっていたからだ。今から六〇年ほど昔のことである。優秀で拡張性に優れた船体はかなり長持ちで、艤装の近代化改修を経て半世紀を経た今も使われ続けている。
まさかそのエリュシオン級に、自分が虜囚として囚われることは想定していなかったけれど。
尋問のための取調室――軍艦の中の一室を借り切ってのそれは、思いのほか悠々自適な空気で進んでいた。大体、エンダーが自由人だからなのだが。
「流石はエリュシオン級です、こうして囚われの身になっても快適そのものですね」
涼しい顔でそんなことを言っていると、エンダーの向かいにいる尋問官が困ったような顔になった。階級から言ってまだ年若いらしいその士官――抗老化処置が普及している地球帝国では、外見年齢で実年齢を計るのはとても難しい――は、弱ったような声で彼女に話しかけた。
「まさかシェオルグの……それも科学技術省の初代長官にお会いできるとは光栄です」
「もう退職した身ですよ、そうかしこまらないでください、あなたの前にいるのは、ただ宇宙をふらついているだけの野良シェオルグです」
「は、はぁ……」
ひらひらと手を泳がせるエンダーに困惑して、年若い士官は眉をひそませている。彼の立場では、自分はひどくやりづらい相手だろう、と思う。エンダーのようなシェオルグは、地球帝国の法においてある種の特権が認められている。
つまるところ一介の平の軍人にとっては、太陽系コロニー群に住まう超富裕層――いわゆる地球貴族並みにやりづらい相手のはずだ。
シェオルグ特権は、〈破局大戦〉後の混乱期の人類を支えた功績に対する人類からの対価だ。しかしこれが明らかに法の下の平等に反しているのも確かなので、年々、シェオルグへの人民の不満は溜まる一方である。それが実際のところ、真の意味で彼らの生活を苦しめている特権階級、地球貴族から不満の矛先を逸らすためのスケープゴートに過ぎないのも彼女は承知している。
つまり自分も人類を冷ややかに見下しながら、特権を手放そうとしないシェオルグというわけですねと思いつつ、エンダー・カレルレヤはすっと背筋を伸ばした。
「それで、わたしにどんな質問があるのでしょう?」
「……今回のテロ事件では怪獣兵器が使用されました。あなたはその運用に関わっていますか?」
「いいえ。怪獣兵器に使用されているいくつかのテクノロジーを過去に人類へ提供しましたが、それは今回の件とは無関係です」
「それはいつ頃の話ですか」
「一五〇〇年前ですね」
「……なるほど」
青銀の髪を持つ少女は、どっと疲れた様子の尋問官を見て小首をかしげた。
「では、あのシノノメ・ツルギを名乗る男とあなたの関係は?」
「ヒモです」
「はっ?」
「住所不定・無職の哀れな男を飼っているのです。可愛いでしょう?」
「…………なるほど」
尋問官は本気で嫌そうな顔で頷いた。お互いに苦労しますね、エンダーも頷き返す。
冗談みたいに胃が痛い空間はその後、三〇分以上続いた。