虚言癖女
遠い昔の春、まだ若かりし頃の僕は、理由も思い出せないまま会社の花見に参加していた。満開の桜の下、若い同僚たちの賑わいの中で、一人缶ビールを傾けていた。その時、確かに彼女はそこにいた。しかし、お互いの記憶に残ることはなかった。まるで、春の陽炎のように、淡く消え去った出会いだったのだ。
数週間後、後輩の結婚式で、あの時の顔ぶれが再び集まった。華やかな会場で、僕は隣に座った美しい女性に心を惹かれたが、彼女の視線は冷たく、話しかける勇気は湧かなかった。所在なく過ごしていると、向かいの席の女性が話しかけてきた。花見にもいたような気がするが、特に印象はない。結婚する二人の噂話で時間を潰し、式の終わりに、僕たちは社交辞令として連絡先を交換した。その時の僕は、この軽い気持ちの行動が、後に恐ろしい事態を招くとは想像もしていなかった。
一週間後、彼女から突然電話がかかってきた。「ストーカーに困っているんです」と、震える声で訴える彼女に、僕は親身になって話を聞いた。しかし、今思えば、警察に相談するように強く勧めるべきだったのだ。
後になって知ったことだが、彼女は少し変わった女性で、嘘を平気でつく虚言癖があった。そして、あの結婚式で話しかけてきた僕のことを、実は怪しい人物だと疑っていたというのだ。ストーカーの電話は、彼女の作り話だったのかもしれない。
さらに恐ろしいことに、彼女は僕への疑念を、会社のイケメンの同僚にも相談していた。彼女の言葉巧みな嘘によって、僕はすっかり悪者扱いされ、会社内で冷たい視線を浴びるようになった。祝福の場であるはずの結婚式は、僕にとって悪夢の始まりだった。
幸いなことに、しばらくして彼女が相談していたイケメンの同僚が、より良い条件の会社に転職していった。彼の退職と前後して、彼女も会社を辞めたため、表面的には騒動は収束した。しかし、女性社員たちの僕を見る目は、依然として冷たいままだった。
あの春の日の出来事を思い返すたびに、僕は苦い思いに駆られる。女性に気軽に話しかける権利は、イケメンだけにあるのかもしれない。それが、あの恐怖の虚言癖女との出会いから得た、僕の唯一の結論だった。