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第4話「最長期限」

 屋上から教室に戻る途中で購買の残り物を購入する。

 大したものは残ってないと思っていたが、さすがに何も食べずに午後を迎えたくはなかったのだ。


 残っていた不人気のミニあんぱんを手に、職員室で鍵を返却。

 なぜミニあんぱんが不人気なのか、それは値段とサイズが割に合わないからである。

 150円のパンにしてはミニすぎるのだ。

 でもこれしかいつも残ってない。スタートダッシュに参加できない時点で諦めるしかない。

 うむ、世知辛い。


 そうしてようやく帰ってきた教室。時計の針は昼休みの時間がもう半分も残ってないことを示していた。

 自分の席に腰を下ろして、パンの袋を開けながら視界の文字に意識を向ける。

 達成報酬のあとに表示されていた次の目標について、やっと気を回すことができた。


「期末試験まで…?」


 今は6月の中旬。期末試験までは約一か月もある。


 いくらなんでも期限が長すぎる。もし達成できなかったら……


(いやいや、そうならないように頑張るしかないだろ、これ…)


 一時間や二時間の目標未達成で二日以上寝込むレベルの罰なのだ。一か月クラスとなると、最悪命の保証もなくなるんじゃないのか。


 嫌な予感が止まらない。


(肝心の目標もよく分からないしな…)


 桂木泉里という人物を助けろ、という曖昧なもの。

 その苗字には覚えがあるけど、名前は分からない。もちろん、面識なんてある筈もない。


 紗代子さんのフルネームが判明したときと一緒で、僕が知っている人かどうかなんておかまいなしなのだ。

 困ったものである。


 せめてフリガナくらい振ってほしい。


(桂木さんからの相談ってのも気になるし、考えることがいっぱいだな)


 予想は当然していたことだったけれど。

 午後の授業が始まってからというもの、早々にお腹は悲鳴を上げるのだった。


 重い瞼をこじ開けるように顔に力を入れながら過ごすこと約3時間。

 ようやく放課後を迎えた教室には、帰り支度を進める生徒と部活へ向かう生徒が残っていた。


「やあ伊崎くん。良かったら一緒に――――」


 声をかけてきたのはサッカー部の西浦充(にしうらみつる)

 去年と今年と続けて同じクラスで、しきりに僕を勧誘してくる男だ。

 運動部に入るつもりはないので断り続けてるんだけど、全然諦めてくれない。


(ほんと、全然嫌な奴じゃないから断り続けてるこっちの方がいい加減罪悪感もっちゃうよ)


 呪いのこともあって、自由に動ける時間が減るのは好ましくない。

 尚更部活に入るという選択はできなくなっている、というのが現状だ。


 それに、今日に関しては別件もある。

 西浦くんが言い終える前に僕は断りの言葉を返していた。


「ごめん、今日先約あってさ」


 僕はいそいそと支度を進めると、教室を飛び出すのだった。


 玄関を出てしばらく歩くと、わが校の立派な校門が見えてくる。

 その脇には、本当に桂木さんが立っていた。


 彼女から申し出てきたことだったとはいえ、半信半疑だった自分が居ることに少し自己嫌悪を抱く。


 疑いすぎるのも良くないな、本当。


「ごめんなさい、待たせたかな」


「ぜーんぜん!ちょっと私の方が先に学校を出られたってだけだよ」


(う…待ってはいたんだろうな…)


「ふふ。じゃあ早速行こうか」


 僕は彼女に頷いて、同じ方向に歩みを進めていくのだった。


 彼女の立ち振る舞いはきっとおそらく、特別なものだというわけではない。

 だというのに、何かが違うと思わせるのだ。

 オーラとでもいうのだろうか。それとも、覇気?

 目には見えないはずの存在感。


 テレビ越しに見る芸能人や、ステージ上で輝くアーティストに感じるものと同じようなもの。

 強いて形容するなら、そういうことだと思う。


「着いたよ」


 彼女が言葉を放ったのは、学校から徒歩10分ほどの喫茶店。

 女性店員の制服が可愛いということでニュースになっていたこともあるこの街きっての有名店の一つである。

 正式名称をミューズアクト白木沢店。

 学校終わりの生徒が立ち寄ることも少なくない、たまり場である。


「こんにちはー!」


 扉を開けるや否や、彼女がはっきりとした声であいさつをする。

 声のトーンが良く知らない人に声掛けるときのそれではないように思えた。

 なんというか、関係値が知り合い以上の人にかけるようなテンションというか。


「やあ優里ちゃん。いらっしゃい」


 カウンターにはダンディーなおじさまが立っていた。

 制服を着こなしたその姿は、どこかで執事としての職についていると言われても信じてしまうくらい様になっている。

 燕尾服でも来てようものなら間違いなくお嬢様とかいってそうである。

 まさにライクアバトラー。


「店長、お疲れ様です!今日は奥の席、お邪魔しますね」


「それは構わないけど、シフト入ってない日に来るのは珍しいね」


「ちょっと大っぴらにはできない話を彼としたくて……」


 なんかちょっと誤解を招きそうな言い方になってないかそれ!?

 たしかに相談があるって話だったけど、大っぴらにできないってどういう…。


(というかシフト?ってことは……)


「そういうこと…。では、今日はお客様として案内させてもらいます。ではこちらへどうぞ」


 さすがというか、なんというか。

 彼女から店長と呼ばれた男性はさっと態度を切り替えてしまった。

 モード切替機能でもついてるのかと思うくらいに早かったのでちょっと驚いたのはナイショである。


 席に着いた僕は、メニュー表を見るふりをしながら彼女の様子をうかがっていた。

 彼女もメニュー表を眺めながら、何を頼むか決めあぐねているようだった。


(てか、本当に綺麗だな)


 そんな気は一切なかったはずなのに、見とれてしまっている気がする。

 目を奪われるという言葉はこういう時のために存在していたんだなと理解できてしまったくらい、僕は彼女を見つめてしまっていた気がする。

 実際はそう時間が経っているわけではないはずなのだ。

 だというのに、そういう自覚が生まれるほどに時間感覚がおかしくなっている。

 自覚する度に、メニューに目を戻すというのを何度か繰り返したのち、僕は口を開いていた。


「桂木さん、ここでバイトしてるの?」


「え?あ、ああ。うん、そうだよ。週3日から4日かな、お世話になってます」


 え、僕がそのことを知らなかったのが意外だったのだろうか。

 少しだけ動揺した様子を見せた彼女。

 彼女レベルにもなると、そういったプライベートのことまで周知の事実ってやつになってる証拠ってことか。

 少なくとも、そう何度も聞かれたことのある質問ではないからこその動揺だったように思う。


「すごいね、知り合いの人とか、たくさん来るんじゃ?」


 言いながら、僕の疑問にも答えが出たような気がした。

 この店が学生のたまり場になっている現状から、彼女が働いている姿を目にする機会も少なくないってことになる。

 そりゃそうか。聞くまでもなく、そういう光景を見たことのある人の方が多いってわけだ。

 僕は普段ミューズアクトにはいかないから知らなかったけど。


「まあ、ね。でも不思議と、先生とかに見つかったりしてるのに見逃されちゃってたんだよね。桂木なら大丈夫だろう、って」


「そ、そりゃあすごいね……」


 わが校の規則はガバガバか?在校生のバイトは大っぴらには認められていないはずだ。

 少なくとも、教師に見つかったりしようものなら即生徒指導行きである。ただこれはあくまで無許可でバイトをしていた場合のみの話。

 大っぴらには認められていないだけで、正式な手続きを学校で踏んでいるのであれば話は別である。

 もっとも、その手続きを進めるのが高難易度だという話だが…。


「その時はまだ届け出を出せてなかったから、怒られると思ってびくびくしたんだけどね」


 やっぱりガバガバだったようである。

 これが人間力、ってやつか。

 ただまあ、その時はってことは今はもうちゃんと許可をもらっているのだろう。

 正直それでも、自分が通う学校の教師に働いている姿を見られるというのは、僕だったら寒気が止まらなさそうである。

 別に悪いことをしているわけじゃないのに、不思議な話である。


「前置きはここまで。さっそく本題に入ってもいい、かな?」


「う、うん。もちろん」


 お互いがドリンクメニューを頼んだ後、彼女はようやく相談内容とやらについて話し始めるのだった。


「実はね、さっき屋上に居た男の子―――水城礼人(みずきあやと)って言うんだけど、彼から恋愛相談を受けてて…」


「恋愛相談?」


「そう。私、最近は後輩からよく相談を受ける機会があって…。勉強のコツとかおすすめの部活とか、とにかくいろいろお話することがあったの」


「へぇ……」


 初耳である。

 それは当然として、1年ー2年のネットワークがもう確立しつつあることに驚きだった。いや、入学から二か月経ってるし当然と言えば当然の話なのだろうか。

 

「その中にはいやいや無理だよーって言いたくなるようなものもあったんだけど、無下にできなくて……」


(まあ、桂木さんだって生徒の一人であることに変わりはないし……)


 何でもかんでも叶えられるとしたら、それはもう神か何かだろう。

 彼女が言うには、精一杯協力する姿勢は見せてきたとのこと。

 いくら彼女がどこか浮世離れしてるからって、頼られるにもほどがある気がする。まだ二か月だぞ?

 それでもその全てにできる限り真摯に向き合ってきたというんだから、とんでもない女子である。


(本当に人格まで非の打ち所がないのか、この子は…)


「水城くんからの相談はつい最近、一昨日のことだったの。好きになった女の子との仲を取り持ってほしいって…」


 自分で何とかしろ、という話である。

 少なくとも、上級生に頼るような内容の話ではない気がする。


「私も最初は協力する気だった。できると思ってた。ついさっき、屋上で相手の名前を聞かされるまでは」


「相手の名前?」


桂木泉里(かつらぎせんり)。私の―――――妹なの」


「…………なるほど」


 桂木泉里を助ける。

 その目標に至るまでの第一歩にはどうやら、たどり着けたようだった。

次回「未遂」に続きます。

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