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第3話「独奏」

 この一か月で、一体いくつもの目標をクリアしてきただろう。


 いつしか、目標達成報酬としてこれまでの達成目標の履歴を閲覧することもできるようになっていた。


【達成期限:放課後まで】【達成目標:落とし物を落とし主まで届ける】


 これは、廊下で拾ったウサギのマスコットのストラップを拾った時に表示されたやつ。


 一限のあとの休み時間でトイレに向かう際に拾ったのだ。


 正直二度とやりたくない目標である。


 廊下を通りかかる可能性がある生徒は、僕と同じ二年生の可能性が高いから自クラスはもちろん、他クラスまで聞きに行ったのだ。


 今日落とされたものであるという前提を捨てたくはなかったので、教室の位置関係から一年や三年の可能性は低いと断定しての動きだった。


 落とし物として学校側に届けることで、奇跡的に放課後までに落とし主に届くことに賭ける手も考えたけど、結局は自分で動くことにした。


 期限が放課後まで、という”いつの”放課後なのかを明言してないところにぞっとしたからである。


 いろんな偶然が重なって、結果的にその日の放課後までに落とし主を特定できたのは運が良かったと思う。


「ありがとう伊崎君。大事なものだったから…」


「い、いや良かったよ。届けられて。まさか落とし主が三枝さんだったとは……」


 昼休みの終わり際、隣接したクラスへの聞き込みを終えた僕が教室に戻ると浮かない顔をしていた女子生徒の姿が目に入ったのだ。


 正直、他の女子だったら気づかなかったと思う。


 これは隠すようなことでもないけど、一年のことから僕は三枝心波のことが気になっていたのだ。


 だからまあ、思い切って声をかけてみた。一緒に落とし主を探すような事態になったらラッキーとか思いながら。


 そしたら、落とし主の正体が三枝さんだったのだ。


【目標達成:三枝心波(さえぐさみなみ)がクラスメイトから友人へと変わりました】


【目標達成報酬:三枝心波の好感度がアップしました】


【目標達成報酬:達成目標の閲覧機能が解放されました】


 これが、だいたい一週間前のこと。


 紗代子さんから話を聞いたあの日から一か月が経った今になって分かったけど、この時の三枝さんの落とし物の達成目標は、かなり高難易度のものだったようだ。


 達成目標の複雑さはもちろんだけど、難易度の指標としてはやはり期限の長さが適しているように思うからである。分単位や時間単位でない期限の目標は今のところこれだけだった。


 さらにいうと、これまでの目標がどんなだったかを閲覧できる機能の開放、という未知の報酬に関して紗代子さんもあまりピンと来ていないようだった。


『私は報酬とかなかったけど、目標を達成すること自体が自分の利益になっていた感じかな。例えば、試験で好成績を収める、とかだといい成績だったおかげで目標とは関係なくご褒美が家族からあった、みたいな』


 正直、学校が休みの日でもお構いなしに目標が課されるもんだから、いつしか数えるのをやめてしまっていた。


【達成期限:10分以内】【達成目標:栄養ドリンクを飲む】

【目標達成報酬:体力をストックしておきます】


 今となっては既に見飽きるくらい表示されてきた目標である。

 

 休日は間違いなく表示されるうえに、平日も朝目が覚めたとたんに表示されるもんだから最初は慌ててたけど今はもう寝る前に自室へ栄養ドリンクを置くようになってしまった。


 正直、体力をストックというのはよく分からない。


 体に何か変化が起きているわけでもないし、ペナルティ対策として使えたらいいなくらいにしか思っていない。


 それこそ、何の確証もないわけだけど。


 ―――――ただ、誤算がなかったというわけではなかった。


 僕がこれまで、人目を気にせずに目標達成に奔走してきた結果、必要以上に人目を浴びるようになってしまったのである。


「よっ、お人好しの伊崎くん!」


 教室に入れば毎度、こんな風に声がかかる。


 正直、しんどかった。


 結果的に人助けになっていた目標が多かったのは事実だけど、打算があってやってきたわけじゃないしあくまで自分のために、自分が罰を受けないためにやってきたことだから放っておいてほしい気持ちも大きいのである。


「ふふっ。おはよう、伊崎くん」


「お、おはよう、三枝さん」


 三枝さんと普通に話せるようになったのは、非常に嬉しい誤算でもあった。


 6月の中頃。梅雨入りが近づいてきているという担任の話に耳を貸しながら、授業を受ける。


 そして昼休みに入った時である。今日もいつも通り、目標が表示されるのだった。


【達成期限:10分以内】【達成目標:屋上へ向かう】


 なんじゃこりゃ。


 期限が短すぎる上に、そもそも屋上は封鎖されているはず。


 まあでも、向かうだけで達成できるなら良いかと何の気なしに席を立つ。


 時間の余裕があるわけではないので足早に階段を上っていく。


 運動能力に自信がないわけではないけど、階段高速移動はやっぱり疲れるものだった。


 上り終えて屋上の扉の前についてすぐに違和感を覚えた。


「なんで半開きなんだ…?」


 そーっと開けるつもりでドアノブに手をかけたつもりが、思いのほか扉が軽かったせいでスッと開いてしまった。


 普段は入れないはずのその場所に、思いもしない人影があった。


「あれって桂木さん、か?」


 一人は女子。それもとびっきり有名な女子生徒だ。


 名前は桂木優里(かつらぎゆうり)


 間違いなく、疑いようなく、この学校に通う生徒の中で一番とびっきりの美人である。


 在校生徒の間で学年・性別の隔たり無くファンクラブじみたものが存在するレベルの人気者。


 人当たりが良くて成績も優秀、困っている人を見捨てない人格者。僕のような独善とは違い、本物の善人だ。


 本人がそれを認識しているかどうかは知らないが、間違いなくそれは実在する。噂みたいな不確かな情報ではなく、確実に存在しているのだ。


「もう一人は…一年生?男子みたいだけど……」


 この学校に通う生徒は学年ごとにネクタイ・リボンの色が異なる。


 ネクタイの色が青いってことは一年生ということである。顔に見覚えがないので一年生である可能性が高いって言う根拠もある。


 一年男子と桂木さんは何やら言い合っているようで、遠目でも二人は仲の良い男女という風には見えなかった。むしろその逆、互いにいがみ合っているような…。


 それから一分も経たずして、男子の方が桂木さんの腕をつかむ。


 どう考えても、それが嫌がっているようにしか見えなかった僕は思わずその場に歩みを進めていた。


「離して!」


「じゃあセンリさんとのことを認めてください!」


「誰があなたみたいな―――――」


「あの…」


 繰り出した僕の声に、2人とも固まってしまった。


 人が来るとは思っていなかったのだろう。二人の表情が言葉以上に驚きを表現していた。


「とりあえず、桂木さんが嫌がってるから手を放そうね」


 言いながら僕は素早く男子生徒の手をつかみ、硬直していた隙をついて桂木さんから引きはがす。


「だ、だれだよあんた!まさか桂木さんの――――」


「いやそうじゃなくて。えっと……そうだ、先生から頼まれちゃってさ。屋上の鍵がなくなったからさがしてくれって」


 咄嗟についた嘘だったけど、鍵を勝手に持ち出していたからだろうか、男子生徒は特に反論する様子もなく引き下がる。


「そうか、あんたのことか。最近なんでも屋みたいに困りごとを解決してる偽善者っていうのは」


「―――――――え」


 ちょっとひどくないかそれ。偽善者て。


 僕は目標を達成するために動いてるだけなのに。ってそういえば目標はどうなった?


 達成目標の文字列は表示されたまま。目を凝らせばよりくっきりと表示させることもできた。


 達成の文字列で上書きされてない以上、まだ継続中ってことか。何かトリガーがあるのか…?


「桂木さん、今日のところは引き下がりますけど、俺諦めませんからね。絶対認めさせてやりますから」


 そういって男子生徒は屋上を去っていった。


 なんで僕にはため口で桂木さんには敬語なんだよ。礼儀がなってない後輩だなまったく。


「その、伊崎陽太くん……だよね。ありがとう、ちょっと危なかったかもだから、助かっちゃった」


 正直、すごく驚いた。


 面識はなかったはずなので、あの桂木さんに名前を知られているということが少しうれしかったから。でもすぐに目が覚める。それは、この頃僕が動き回っていたからだろうことは容易に想像できたから。


 なんでも屋、偽善者か…。こんな形で名前を知られるなんてなあ。


「さっきも言ったけど、屋上の鍵を探しに来ただけだからさ。さっきのことは黙っとく。誰にも言わないから心配しないで」


「ふふっ。大丈夫だよ、伊崎くん。嘘つかないでいいんだから」


「え?」


「屋上の鍵はね、私がちゃんと先生に許可をもらって借りたんだから」


 これは。一本取られてしまったようである。


 たしかに、彼女ほど影響力のある、人望もある生徒であれば封鎖されている場所に入れる鍵も借りられるのかもしれない……ってそんなわけあるか!?


 事実だとしたらどれだけすごいんだよ彼女…。


「きっと、偶然?通りかかってくれたんだよね。そして、助けてくれた」


「……ま、まあ、成り行き上ね。たまたま屋上に行きたくなったというか」


「ねえ、相談したいことがあるんだけど…今日の放課後、空いてる?」


「へ?」


 僕のしどろもどろな回答につっこむわけでもなく、彼女は自分のペースを崩さずに会話を進めてくる。


 言葉の隅々に凛としたものを感じさせるような、ずっと耳を傾けていたくなるような、そんな感覚。僕は、本当に同年代の女の子なのか疑わしくなるほど人間としての格の違いを感じていた。


 これで容姿から能力から何から何まで完璧っていうんだから、とんでもない存在である。


「ほ、放課後は空いてるよ」


「じゃあ、約束だからね。門の前で待ってるから」


 そう言って、彼女もまた屋上を去っていく。


 残された僕の掌の上には、屋上の鍵が確かに残されていた。


【目標達成:桂木優里と知り合いになりました】


【目標達成報酬:桂木優里の好感度がアップしました】


【※桂木優里を知り合いになったため、以下の機能が解放されます】


【目標達成報酬EX:禁域侵入許可】【桂木優里とともに行動している場合のみ、通常は入れない場所に入れるようになります】


 次々に上書きされていく達成報酬の文字列。


 この時僕はそっちにばかり気を取られていて、最後に表示されたものについて目を向けることができていなかった。


【達成期限:期末試験まで】【達成目標:桂木泉里を助ける】


 これが、プロローグの終わった瞬間だった。

次回「最長期限」に続きます。

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