表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/4

第2話「鏡像」

「今日はありがとうね。時間もらっちゃって」


「いえ、こちらこそ連絡が遅れてすみませんでした」


 5月も中旬に差し掛かるこの頃。


 僕は(普段は立ち寄ることのない)小洒落たカフェで話せないか、という誘いを受けていた。お相手はサークル紗代子、その人である。


 当たり前かもしれないがモールで見た彼女の姿とは打って変わって、占い師然としたローブの衣装ではなく、なぜかオフィススーツに身を包んだ姿だった。


 占い師は副業なのだろうか。


「無理もないわね。ペナルティ、受けたんでしょ」


「やっぱり、あれがそうなんですね…」


 そもそも、なぜ彼女への連絡が遅れたのかという理由がそれである。


 ペナルティ。あの日、頭の中に浮かんだ目標を期限内に達成できなかったことによる罰、ということらしい。


 翌日体調不良と表示されていたものの、実際は3日寝込んだ。


 正直言って地獄だった。インフルエンザよりつらかったと思う。


「いろいろ聞きたいことはあるでしょうけど、まずは要点だけ話すわね」


 連絡をすることにしたとき、聞きたいことがあまりにも多すぎてうまく文言がまとまらなかったのは事実だ。

 呪いとか言ってたような気がするし、不安になって当たり前だと思う。


「あの日、あなたが開けてしまった――――いや、この言い方は悪いわね。私が開けさせてしまったものはいわゆる”呪い”を封じ込めた箱なの」


「呪いって……なんでそんな」


「私の家にだいだい伝わる掟でね。生涯をかけて自らの特異体質を物に封印することを決定づけられているの。そしてそれを肌身離さず持ち続けることで浄化させていく。呪いって言ったけど、実際は私が生まれつき抱えていた、ある特異体質そのものなのよ」


「僕があの箱を開けたから、封印が解けたってことですか?」


「半分正解ってところね。実際のところ、私の封印法が甘かったんだと思う。だからこそ、ひとときも目を離さないように傍に置いていたんだけど…」


 それが返って裏目に出てしまったようね、とごちるように漏らす紗代子さん。


 彼女はただ、淡々と言葉をつづけていく。


 僕はただ、耳を傾けてその言葉を咀嚼するのに精いっぱいだった。


「私の特異体質、それは期限付きの目標が勝手に定められることなの」


「目標、ですか」


 あの日突然脳裏に浮かんだ文字列も同じだったはずだ。


 目標と、その達成期限が表示されていた。自分にしか見えていない文字列が、視界に自動的に表れて、読み終えると表示させつづけるか非表示にするかを感覚的に選択できるのだ。


 勝手に脳裏に浮かぶあの感覚は、少し気味が悪い。


 一度しか体験していないのにもかかわらず、嫌な印象が残っている。


「私の場合、目標がどうあがいても無理な事柄になることはなかったわ。例えば、自力で空を飛ぶだったり、一時間以内に海外へ行く、みたいな物理的に無理なことは定められなかった。その分、ペナルティは常に付き添ってきてたけどね」


「裏を返せば、表示された時点でそれは達成できる範疇ってことなんですね」


 そうね、と相槌をうつ紗代子さん。


 それなら少しは安心できそうだけど僕の場合、あの日の一時間以内に帰宅するっていう目標はどうだったのだろうか。


 運休やバスとのすれ違いなど、不都合が重なったせいで結果的に達成できなかったのは、どうあがいても無理だったわけじゃなく何か抜け道があったって考えられるのか。一番最適解っぽいのはバスを待つという選択だったのかな。思い返してみれば、最初からバス停に一直線だったとすると、普通に間に合っていた可能性が高い。


「あくまで私はね。貴方も同じかどうかは正直に言うと分からない」


「あの日、僕に表示された目標は一時間以内に家に帰り着くというものでした。電車も止まって、バうも発車した直後だったので、結局歩いて帰って間に合わなかったんです」


「それでペナルティを受けたわけね。達成できなかった罰、ってわけだけどその内容が表示されるのは最初だけのはず。今後は実際に受けるまでペナルティの正体は不明である可能性が高いわ」


 ペナルティを避けるよう動くのが第一ね、と彼女はつづけた。


 勝手に定められた目標、それを達成できなかったら罰が下されるなんて…。


「そういえば、箱を開けたとき光を受ける前に文字が見えたんですけど、あれがもしかして―――」


「そうよ。体質っていう、モノとして顕現できないものを20年かけて封じ込めてきた結果生まれたモノ。顕現した私の特異体質そのもの」


 呪いみたいなものなのよ実際、とぼやくように紗代子さんは言う。

 だから、と彼女は言葉をつづけていく。


「普通は、元の体質の所持者である私に戻ってくるはず。なのに、私じゃなくあなたにそれは宿ってしまった。箱を開けたのがあなただから、とかじゃない。私に戻ってきてもまた封印されることをそれ自体が理解してしまっているからなのよ」


「あたりまえですけど僕、封印の仕方なんてわかりませんよ…」


 思いもせず、声が震えてしまっていた。


 未知の感覚、とでもいうのだろうか。自分が追いやられた事態の全てが上手く理解できないでいる。


 急に呪いだの特異体質だの言われても、呑み込めない。


 実際にそれを体験しているのにもかかわらず、理性が素直に受け入れようとしてくれなかった。


 どこか他人事のように思っていた自分が居たのだと、今になって理解できたから。


 紛れもなく自分に降りかかったものであり、今後向き合っていく必要がある”呪い”なのだと覚悟を決める必要があるのだ。


 そのことを理解できても、受け入れる心ができあがっているかといわれると、そうではなかった。


「あなたを脅すつもりはないけど、これだけは覚えておいて。達成期限までの期間が現在から数えて長ければ長いほど、ペナルティは苛烈なものになる。分単位や時間単位のペナルティなんて生易しいと思えるほどにね」


「あれで、生易しい――――ですか」


 不意に顔色が悪くなった気がした。


 冗談じゃないと憤慨したくなる気持ちはある。だけど、それで事態が解決するわけじゃないことも理解できている。


 とんだ誕生日プレゼントだな、本当に……。


「こうなった以上、あなたを見捨てるつもりは毛頭ないわ。一生かけてでも、あなたから呪いを剥がすことを約束する」


「よろしく……お願いします」


 僕はふり絞るように、声を出していた。


 彼女に縋るしかない事態であることが芯に理解できてしまったから。


 正直、ペナルティが無ければと思う自分も居る。あの体調不良が偶然だと思うことはできない以上、罰は必ず下されるのだろう。


 ――――――――と、その時だった。


【達成期限:1時間以内】【達成目標:丸山紗代子を家までおくっていく】


 二回目の目標表示。


(丸山…紗代子ってもしかしなくても紗代子さんの本名?)


 驚いた。この目標表示、僕が知らない情報であってもおかまいなしに、何の前触れもなく表示させられるってわけだ。


「…来ました、二回目の目標表示」


「―――!?どんな内容だった?」


「たぶん、あなたを家までおくっていくことだと……」


「たぶんって…。え!?もしかして何か表示されてるの?」


「その、紗代子さんの苗字って――――」


「みなまで言わなくてもわかった!そうと決まったら帰りましょう!」


 彼女は僕の手を取ると勢いよく引っ張ってカフェのカウンターで会計を済ませていく。


 おごってもらったことに対して礼を言う暇もなく、彼女の車の助手席に乗せられる。


(これ、おくっていくってよりおくられてるの間違いじゃ―――――)


「期限は一時間以内ってところね。問題ないわ、とばすから!」


 そう言って彼女は僕を乗せて車を出発させるのだった。

 

 彼女の家は、ショッピングモールまで車で15分ほどの場所にあるマンションだった。占い師が高層マンションで暮らす印象がなかった僕は結構驚いていた。


 駐車場で車を止めた紗代子さんとともに外に出て、僕は言いそびれたお礼を伝えていた。


「あの、今日は何から何までありがとうございました。おごってもらったのも含めて…」


 いいのよ、と紗代子さんが返した時のことだった。


 視界に表示された達成目標の文字列に、ある文字列がさらに上書きするように表示されていく。


【目標達成:丸山紗代子が協力者となりました】


【目標達成報酬:丸山紗代子の連絡先】


【目標達成報酬:丸山紗代子の好感度がアップしました】


 音がもし出る仕様なら、ピコンという風に鳴っていたに違いない。


 続けざまに表示された文字列の数々は、初の目標達成をお祝いしているようだった。


 これで家までおくった判定になるのか……。案外、緩いのかもしれない。


「目標達成、らしいです。どうやら」


「そう?よかったぁ…」


 紗代子さんが安堵する様子を見て、僕は思わずドキッとしてしまった。


 好感度がアップってなんだよ…。


 連絡先は確かに、もらってたけど、あれ報酬って言えるのか?


(ていうか紗代子さん、報酬についてなんにも言ってなかったような…)


「でもこれで安心しちゃだめだからね」


「は、はい」


「まだ始まったばかりなんだから……」


 そう、始まったばかり。


 物語が大きく動き出すのは、この日から約一か月が経った日のことだった。

次回「独奏」

面白かったらブックマーク、下の評価よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ