第1話「呪縛」
今思い返すと、あれは絶対にミスだったなと思う。
特に用もなく、ショッピングモールに出かけたのが運の尽き。
普段チラシを読んだりしないし、近隣のニュースには疎い身のため知らなかったのだ。その日に、新しく占いのお店がオープンしていたことを。
惹かれるように僕の脚はそのお店に向かっていき、結果お客様第一号と化していた。
……といっても、それはあの占い師がついた嘘かもしれないが。
サークル紗代子という名前のその占い師は、お代を渡した僕の手をジロリと見て、続けざまに占いの結果と思われる文言を呟き始めた。
占い師の言っていたことはほとんどが誰にでも当てはまるような事柄で、2000円も払ってしまったことを後悔しそうになったけど、最後にプレゼントをもらえるという話になった。
「特別サービスとして、より運気の上がる品物をプレゼントします。受けとっていただけますか?」
正直いらないと思ったし、若干怪しげな雰囲気も感じたため断ろうとしたのだけど、お代に見合った対価として先ほどの占い結果だけでは不十分な気もしたのでいただくことにしたのだ。
でもそれこそが最悪の始まり。この日の選択を僕は一生経っても全肯定しきれないだろう。
「こちらがその品物となります」
「これは…箱、ですか?」
「はい。お客様への誕生日プレゼントです」
「え」
この瞬間、僕は目の前の占い師が本物なんじゃないかと思い始めたのだ。
僕は僕についての情報をこの占い師に話していない。特に聞かなくても占えるから、と向こうから断ってきたのだ。
名前はおろか、生年月日なんて教えていない。なのにこの日が僕の誕生日だと当てられた。
誕生日に占いに来た、という風に推測することは不可能じゃないだろう。
だけど前触れなく断定するように「誕生日プレゼントです。受け取ってください」なんて告げて、間違っていたら占い師としては未熟この上ないだろう。悪評すらたてられてもおかしくない。
だから、この占い師の言葉は余計でしかない。普通に考えればリスクのはずの言わなくてもいいことを言ったのだ。
そりゃあ、占い師の言葉にリスクがないとは思わないけど…。
「あの、さっそく開けてみてもいいですか?」
誕生日について特に触れず、そのまま箱を受け取って彼女に尋ねた。
占い師が頷いたので、リボンの装飾をほどいて蓋に手をかけた。
その時だった。
「あ!ま、待ってください!それじゃなk――――――」
「――――――――え」
占い師は慌てて制止するように呼び掛けてきたが、既に遅かった。
既に開いた箱の中身は、不穏な文字が羅列されたお札だった。
何と書いてあるのかが全く分からない。筆でぐちゃぐちゃに塗りたくっただけのようにすら見える。
ただそれでも、その物体が何かまずいものであることはすぐに分かった。
……ただまあ、分かったところでどうすることもできなかったのだが。
「え?え?な、なんですかこれ!!」
本当に信じられない光景だったんだけど、そのお札は独りでに光り出したのだ。
薄暗い空間に怪しい光を放ちながら、今にも動き出そうなお札。
だけど、そんなはずもなく。10秒も経たずに、光は止んだ。
ただその結果、箱の中に残ったのは、さっきまで確かにあった文字の羅列が消えたお札だけだった。
「えっと……。なんなんですか、これ」
「…………やっちゃった」
「は?」
「封印が、解けちゃった」
占い師は目に見えて落胆しており、こちらへ非常に申し訳なさそうな表情を向けると続けて言った。
「ごめんなさい。あなた、呪われたかもしれない」
「は?」
意味不明な状況に対する苛立ちだったり不安よりも疑問を口にしようとしたその時だった。
頭の中に、無機質な声が流れ始めた。
加えて声に沿うように、文章が脳裏に勝手に浮かぶ。意識しなくても勝手に、頭の中にあるホワイトボードに文字が描写されていくようだった。
【達成期限:1時間以内】【達成目標:自宅へ無事に帰り着く】
【ペナルティ:翌日体調不良(ペナルティの記載は初回限定です)】
「もしかして今、頭の中に変な言葉が羅列されたりしてない?」
「な、なんなんですかこれ」
「あまり時間はなさそうだから、簡単に大事なところだけ説明するわ。いい?それは、ある呪いによって無差別に勝手に設けられる目標と期限なの。達成できなかったらペナルティを課されるし、ペナルティは期限の猶予期間の長さによって重くなる」
「なんでそんな詳し━━━━━━━━」
「質問はまた今度!いい?今は目標を達成することだけ考えて」
言いながら彼女はスラスラと紙に何か文字を書いていく。10秒も経たずしてペンを置くと、その紙を僕の方に向けるのだった。
「これ私の連絡先。こうなった以上私に責任あるし、最初の目標を達成できたら教えてちょうだい。説明はその時にするから」
こりゃ今日は閉店ね、とため息をつくように店を締める?用意をする彼女に、開いた口が塞がらない僕。
いや、とりあえずここは彼女の言うとおり、というかこの頭の中にある目標とやらの指示通りに家に帰ろう。
よく見ると達成期限の欄がカウントダウンに変わってるし……。
どうやら、あと55分で帰らないといけないらしい。
「話はまた後で聞かせてもらいますからね」
そう言って僕は占い師の元を去った。
と、まあ、こんな感じでおかしな呪いをかけられた僕なのだが。
この後どうなったのか、結論だけ。
55分で家にたどりつけませんでした。
電車は人身事故で一時的な運休、万年金欠でタクシーは論外、バスもちょうど数分前に出ていったばかりで待つより走って帰る方がギリ早いと判断したのが間抜けだった。
5月の気温とは思えない猛暑で体がもたなかったのである。せめて飲み物を何かしら買って出発していればまた違ったのかもしれない。
家に着くのはショッピングモールを出てから約1時間以上経った後だった。
帰宅できたは良いものの、占い師から渡されたメモのことなど頭から消え去っていた僕はそのまま、明日の体調不良というペナルティがこの1時間の無理が祟ったものなのだろうなと思いながら、逆らいようのない眠りに落ちるのだった。
これが、ゴールデンウィークの最終盤。
5月5日。僕の誕生日に起きた出来事である。
息抜きに描き始めたものですが、筆が止まるまでは進めようと思います。