とき 3
知らない土地の知らないお寺で一人取り残されてもしょうがないので、渋々付いて行くと輝さんが話し始めた。
「鬼門は知ってる?」
「・・・・・・」
先ほどのパワハラを受けた抗議の意味で黙っていたが、構わず話してくる。
「寛永寺は皇居から見て鬼門の方角に当たるわ。元々皇居は江戸城が建っていた場所で、この寛永寺は徳川幕府安寧の為に鬼門封じとして建てられたの」
「・・・・・・へぇ」
なんか妙な空気になるのも嫌だし、変に意地を張っても子供っぽいかな?と思っていたところに、お坊さんがやって来た。助かった。
「あら、その方が新しい退魔師さん?」
「ええ」
輝さんの視線がこちらに向き、自己紹介するようにと促してくる。
「あ、退魔師の坂田十時といいます」
まだ退魔師と名乗ることに抵抗があるので嚙みそうになった。それよりも退魔師って言っちゃったけどよかったかな?向こうが退魔師の事を聞いて来たんだから大丈夫だよね?
そんな事を考えてどぎまぎしていると、それを察してくれたのかお坊さんは優しく笑ってくれた。
「ごめんなさいね。こんな事、聞いちゃいけなかったわね。これからお勤め、よろしくね。十時さん。」
「はい。」
目の前のニコニコしていた顔が曇った。
「大変だろうけど、」
(大変なのかぁ、、、)
「では、」
また愛想よく会釈してお坊さんは去って行った。
「あの人はここで私達、退魔師のお世話をしてくれる方だから覚えておいて」
気になったので聞いてみた。
「今の人って、、、男?」
「あの人は女性、尼さんよ」
(やっぱり)
頭を剃り上げていたので判断がつかなかった。それにお坊さんってなんだか中性的なイメージが私の中にはある。
「これから向かうお堂は男子禁制なの。彼女が管理を任されているわ」
「そうなんですか」
「ここでは私達、退魔師は男性と喋ることも禁止されているから、そのつもりでいて」
「はい」
そのお堂に到着した。扉の正面に立っただけで嫌な気配をひしひしと感じる。輝さんの方は背筋を伸ばし毅然とした態度で落ち着いていた。
「鬼門というのは邪気が流れ込みやすい方角を言うの。古い町なんかには必ずと言っていいほど鬼門である北東方向に神社やお寺が配置されているわ」
それは知っていた。だからお寺ではそこに集まる邪気を祓う為の祈禱を上げるし、うちの神社でもおばばが毎日お祓いをしている。でないと邪気がたまって、うようよ動く姿がホコリの様に目につくのだ。
「鬼門の北東は十二支で言えば、丑寅の方角。だから鬼は牛の角を生やし、トラ柄のパンツを履いて現れるのよ」
輝さんが私に微笑んでくれた。緊張しているのをほぐそうとしてくれたのかもしれない。こういうとこ大人だなぁ、、、もうパワハラの事は忘れることにした。
「そうだったんですね。なんでトラ柄なんだろうと不思議だったんです」
「邪気というのは人間の思念から発生するものなのよ。だから私達、人間が思い描くイメージに影響されやすいの。誰かが作った鬼のイメージが一般に広まって、鬼もそのイメージに囚われているのよ。アナタ、見えてるのよね?」
「はい」
私が見ている邪気はうようよとしてまとまりが無く、アメーバのような存在だ。それが部屋に溜まらない様、ホウキでいつも掃いている。箒で掃くという行為が邪を祓い清める行為そのものだからと、おばばが教えてくれたから。邪気がイメージに囚われると言うのであれば、そういう迷信めいた行為もあながちバカにできない。
だとしたら、そのうちホウキじゃなくても掃除機で邪気を吸い取れるようになるんじゃないかな?映画に出てくる幽霊退治の話ではないけど、一般人に邪気は掃除機で吸えるという認識が広まって固定すればいいんだから。
「普通、邪気は目に見えない。それが寄り集まって濃くなれば私達の様に鋭い者は認識できるようになる。そして更に濃く、凝縮されると鬼と呼ばれる存在になるわ。そうなると人に仇名すことも可能になるの」
「やっぱり、この中にいるんですよね?、、、オニ」
「この中にいるのは鬼になりかけの存在。まだ確固たる意志を持っていない出来損ないの様なものよ。鬼として誕生してしまうと退治するのは格段に厄介になるから、出来損ないのうちに祓ってしまうの」
「なんでこんな禍々しくなるまで放っておくんですか?ココお寺なのに、、、祈禱すれば」
「祈祷くらいじゃ祓いきれないのよ。ここ寛永寺は東京の鬼門。言わば東京に住んでいる人達すべてが吐き出す邪気が集まってくる場所なの」
東京中という言葉に背筋がゾクッとした。人の少ない田舎にあるうちの神社だって毎日お祓いして清めなければ数日で邪気が溜まるというのに、それが大都会東京では比べようがないくらいの邪気が流れ込んでくるんじゃないかな?
「それに、このお堂は寛永寺の中でも北東に位置する最鬼門。ここに邪気が集まるようにお堂のすぐ裏手には小さな門もわざわざ設置してあるわ」
知らなかったので聞いてみた。
「門?」
輝さんが頷く。
「門は招き入れる場所。それは人だけに限らない。邪気も流れ込む場所よ。だから陰陽道では家の北東に門や玄関を置くことを良しとしない。邪気が家の中に流れ込んでくるからね。逆にここ寛永寺ではわざと門を設置することで邪気を呼び込んでいるの。邪気を一か所に集める装置みたいなものよ」
「へーぇ」
少し気のほぐれた私の事をもう一度引き締め直す様に、輝さんが静かにそして力強く言う。
「じゃあ、いくわよ」