ゆきぽ
ゆきぽはクッションの上で丸まって眠るのがお気に入りでした。その大きなクッションは人をダメにするとか言う代物で、身を預けると体は沈み込み、雲に包まれているかの様な心地でした。イヌも一瞬でダメにされました。
それにコレはモモが使っていたものなので、彼女の匂いが染みついており目をつむれば抱きしめられている様な気分になって安心できるのです。
ゆきぽがまだ普通のイヌだった頃、前の主はゆきぽの事をあまり可愛がってくれませんでした。
雨が吹き込んでくる軒下がゆきぽの居場所でした。家の中に上げてもらった事はありませんし、エサ以外与えられたものはありません。そのエサも時々忘れられることがありました。お腹が減って鳴くと主から怒られるので、我慢するしかありませんでした。
それよりも苦しかったのは水です。時々、思い出したようにホースで注がれる水をお腹いっぱいになるまで飲みました。次に注がれるのはいつになるか分からないのです。夏の暑い日に喉がカラカラになっても、ゆきぽには軒下のわずかな日陰で耐えるしかありませんでした。
ある時、空から光をなして落ちて来た”何か”にゆきぽは貫かれ獣人として生まれ変わりました。その力によって自分は使命を果たさなくてはいけない衝動にかられました。
『主にこの事を言おうか?』しかし、知恵を得たゆきぽは思いとどまりました。きっと驚かせるだけに違いない。それどころか、獣人になったと分かれば何をされるか分からない。
結局、主とは信頼関係などなかったのです。水の入っていない容器を見つめ、それを理解しました。でも、恨んではいません。イヌはエサを貰った恩は忘れないのです。
ゆきぽは首輪を外し、逃げました。
「ふわーーーぁ、、、」
大きなあくびを1つ。ゆきぽは寝ているうちに昔の事を思い出していたようです。
ディが鼻で笑って言いました。
「いいご身分だな」
まったくです。あの頃では考えられないくらい良い生活をしています。これもモモのおかげです。
ディの嫌味には応えず、ゆきぽはまたクッションに頭をうずめました。このクッションはモモがゆきぽに与えてくれたものでしたが、油断するとサルやキジ、あのオニまでもが座っている事がありました。思わず吠え掛かりそうになりましたが、モモから『みんな仲良く』と言われているのでグッと堪えました。
だからクッションを取られる前にこうして居座って、一日中眠るのです。それでもサルはずる賢いので、ゆきぽが席を立った隙をついてクッションを横取りしようとしてきます。今もそばで日向ぼっこをしながらこちらの隙を伺っているようでした。
「ゆきぽ、散歩いこっか」
モモの声にピンッ!と耳が立ち、尻尾が振れて反応します。すぐさまゆきぽは駆け寄りました。空いたクッションにディはちゃっかり身を沈めました。これはサルもダメにするのです。
ディにクッションを取られても構いません。散歩はモモと2人の時間、こちらの方が大切に決まっています。
「行きます!お供させてください!」
ボンッ!
ゆきぽは獣の姿に戻りました。ゴソゴソと、着ていた服から這い出ます。
「あー、ゆきぽ、またパンツ履いてないっしょ?」
ゆきぽはイヌなのでモモと一緒に外へ出られます。だから獣の姿に戻った時も、人の姿になる時も着替えやすいようにワンピースを上から被っているだけです。
「フッ」
無表情に見ていたきじこに鼻で笑われました。何かとんでもない事を考えていそうでしたが、今は散歩の方が大事です。気にしません。
きじこが勝ち誇ったように言いました。
「きじこは、ちゃんと履いてる」
彼女は獣人であるにもかかわらず、その身なりは整っていました。いつもモモに服を着させてもらい、髪もといてもらっているのです。見た目は地味なはずですが、どこか品がある気がします。
「きじこはちゃんと出来てるねー」
モモがきじこの頭を撫でました。
(羨ましい!撫でるなら私を撫でればいいのに!)
パンツをちゃんと履けばモモは褒めて撫でてくれるでしょうか?
ゆきぽは服なんてとりあえず隠しておくモノ、くらいに考えていました。ガサツなサルでも一応パンツというモノを履いてはいますが、モモから「見えてるしぃ」と、よく指をさされています。あのオニなどはトラ柄のパンツだけでウロウロしているのをモモに怒られています。
何をそんなに気にする必要があるのか、ゆきぽにはよく分かりませんでした。
きじこだけ褒められている事に我慢できず、ゆきぽはその場でひっくり返ってお腹を見せました。絶対服従のへそ天と呼ばれる行動です。
(主よ!私を思う存分撫でてください!)
モモは眉間にしわを寄せて言いました。
「ゆきぽーぉ!背中が汚れるから、めっ!」
怒られてしまいました。しかし怒られていても嫌な気は少しもしません。前の主とは全然違います。それはゆきぽの事を想って叱ってくれているからでしょう。獣人になった今ならそれがよく分かります。
もーぉ、、、と呆れながらモモが首輪をつけてくれました。
「じゃあ、いこっか」
ポンポンと汚れた背中を優しく叩いてくれます。本当は撫でられなくても構わないのです。今は信頼関係を確かに感じているのだから。
首輪を外すつもりはもうありません。




