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秋津冴作品集

幼女テイマー奮闘記~転生しましたが、優しい魔導師様とモフモフたちに囲まれて、新しい家族を手に入れました!~

作者: 秋津冴

挿絵(By みてみん)


「もう――本当に、このコたちったら、食欲の塊みたい! ヴァレス様、なんとか言ってくださいよ!」


 前世で廃ゲーマーとして千時間近くプレイしたVRMMO「パーシウム・オンライン」の世界に転生して、はや3年。


 当時は5歳だったあたしは、宮廷魔導師ヴァレス様に拾われて弟子となり、8歳になっていた。

 女神ユーノスのおかげで転生した当日にいきなり十数匹の魔獣と従魔契約を果たしたあたしを見て、ヴァレス様は大変驚かれていたのを覚えている。


 季節は初夏。

 太陽がさんさんと照っていて、気候も穏やかな昼過ぎ。

 あたしたちはヴァレス様の工房がある辺境の森に、ピクニックに来ていた。

 今日連れてきた従魔は2匹。


 千歳を超す最高ランクの魔獣、ミスリルフェンリルのアジストと鉱石を食べるクリスタルスライムが進化したクリスタルラビットのラビルトだ。

 どちらも鉱石を主食としているのに、人間の食事であるハンバーガーやサンドイッチに興味津々で、十人分は用意してきたはずの食事は、着実に減り続けている。


「ちょっと、あなたたち遠慮しなさいよ。ヴァレス様とあたしの分が無くなるでしょ!」

「うむ、美味だ。これは好きだぞ、われはまだまだいける」

「キュキュ!」


 巨大な魔狼アジストが頭上から、小柄なクリスタルラビットのラビルトは下から返事をしてくる。

 あたしはヴァレス様の分を守るので精いっぱいだ。

 そんなあたしと従魔たちのやり取りを見て、ヴァレス様はにこやかに微笑んでおられる。

 まだ24歳なのに時として賢者のように達観した表情をする彼はわたしの自慢のお師匠様だ。


「まあまあ、僕は後からでいいよ。少しあれば、また夕食まで我慢すればいい。夜は僕が作るから」

「ファムがやりますから! お師匠様はそういうことしちゃだめです」

「まだ8歳なのだから、無理はしなくていいのだよ、ファム。それに、今夜は僕がする当番だ、だろう?」

「――そうですけど。ファムも頑張りたいです」

「今はその気持ちだけで充分だよ。このサンドイッチもとても良くできている。美味しいよ」

「‥‥‥ありがとうございます」


 褒められるとあたしは途端に頬が熱くなる。 

 赤面しているのが自分でもわかってしまう。

 美男子の笑顔は本当に罪だ。

 そんなあたしの様子を見て、アジストがくくくっと皮肉気に笑ってくる。


「面白いな、人間は。飽きることがない」

「なによお……。アジストだって最初のころは孤独だって寂しがっていた癖に」

「さて、どうだったかな?」


 魔狼は知らん顔を決め込む。

 あたしは彼の前からまだ残っていたハンバーガーをそっと引いて後ろに隠した。

 ヴァレス様がそういえば、と思い出したように言う。


「ファムとアジスト、ラビルトたちはどうやって知り合ったんだい?」

「え? それは転生してきた初日に――」

「ふむふむ」


 初夏の陽射しが森の枝葉の間から木漏れ落ちる。

 それをまぶしいと思いながら、あたしはこの世界に転生してきた三年前のことを思い出していた――。


*****



「楓さんは16歳、高校生並みの知能がありますよ」

「ほう、それはすごい。となると――」

「成績次第では大学への飛び級も夢じゃありません。数学と歴史、化学に適した才能があるようです」


 いつものように自室のベッドで寝ていると、父親と家庭教師の会話が聞こえてきた。


「ふうん、あたしって知能が高いんだ……。普通の5歳ってどんなんだろう」


 と、考える。

 父親は会社の役員で育児を放棄している。いわゆる、ネグレクトというやつだ。

 母親は生粋のフランス人だったけれど、早くに死んでしまって他に家族はいない。


 いるとすれば兎のぬいぐるみ、ラビルト君だけだ。

 でも、彼は語りかけても返事をしてくれない。

 孤独に耐え切れないときもあるけれど、そんな時は配信を見る。


 インターネットを通して推しのVライバーたちがやるゲーム配信を見ていると、面白いほどに時間が経過していき、いつも夜中が朝になりあたしは疲れて寝てしまう。

 いつしか、昼がいつで夜がいつかなのかわからない生活をしていた。

 弁当を食べ、ごみはまとめておくと父親が出してくれる。


 配信を聞き、ねだって買ってもらったPCでネトゲをやり、配信を聞いて時間を過ごす。

 ゲーム内ではみんなとチャットしたり、ボイチャをするがSNSはやらない。孤独が良い。投稿して反応を得るのは最初は楽しいけれど、数ヶ月すると飽きた。どんなにつながっても、そこには画面の向こうという空白がある。


 反応が戻ってきても、ただ虚しいだけだった。

 やりこんでいるゲームは「パーシウム・オンライン」というオンラインゲームだ。

 家庭教師の先生が誘ってくれて(5歳の幼女をゲームに誘うのはどうかと思うけれど……)始めた。キャラクリ、パーティーを組んでのダンジョン攻略。


 どれも面白いけれど、やはりそこは画面の向こう。

 常に孤独がつきまとう。

 あたしの興味はやがてこのゲームの特製の1つである、ワールドリメイクへと向いた。

 ワールドリメイクとは、課金するとサーバーの一部を貸与してくれるサービスだ。


 天空や地下、塔などを作り出し、さまざまな罠やイベントを作成できる。好きなようにリメイクして、自分好みの空間をチョイスすることができるから、ぼっちになりたいあたしには、優れたサービスだった。


「物理学者とか?」

「まあ、将来的には望めるかもしれませんね」

「では、どこかの有名進学校に行かせるか。あいつの母親が寄宿していたフランスの全寮制学校なら、小学生から高校まで面倒を見てくれる――」


 そうか、この部屋から出れるんだ……外に行って、誰かと一緒に、とそこまで考えて、ぞくっとした。

 自分はぼっちなのだ。孤独が嫌なのに孤独と向き合って、孤独でいることにメリットを感じて、世間に出る勇気を奮い起こせない。


「あたし、生きて行けるの?」


 ぽつりと将来に対する不安が口から洩れた。

 それは心に染みをつくり、どんどんと空虚な穴が胸にぽっかりと大きく空いていく。

 胸から腹へ、腕や太ももから手足の先へ。頭のてっぺんまで、ぐるりと孤独が覆う。世界から隔絶されたとはっきりと自覚した


 逃げなきゃ、ここから逃げなきゃ。

 でも――窓の外は嫌だ。痛いのはいやだ。

 逃げたい、どこかへ。あそこへ――自分が作り上げたパーシウム・オンラインの世界へ――!


 手を伸ばし、画面へと救いを求める。

 本当なら画面によって弾かれるはずの両手は、向こう側から出てきた両手によって包まれた。

 大人の女性の手。ふくよかな、忘れていた愛情を与えてくれる優しい手。

 ふんわりとした心地よい感覚が眠気を呼び覚ます。


「もう大丈夫、女神ユーノスの名において、貴女の望みを叶えます。新しい家族と愛情、そして自由を手にしなさい」


 安心感に包まれて、目を閉じる。


「ユーノス……女神、様?」

「そう。貴女は今からパーシウムの民、ファムとなるのです。おめでとう、楓。わたしはずっと貴女を見ていました」

「うそ、さみしく……ない?」

「ええ、必ず。貴女には新しい幸せが待っています。まずは我が眷属、彼と会いなさい」


 うとうととしながら、そんな会話を交わす。

 女神ユーノス。一瞬だけ垣間見た彼女の姿は、金髪碧眼で母親を想起させる。

 お母さん……。あたしはそう言って、ユーノスに抱き着いた。

 そして――。




「おい、ちょっと――おーいっ!」


 気づくとあたし――村瀬楓はファムという少女になっていた。

 ユーノス曰く、これは異世界転生だという。


 ファムに過去はなく、あたしが転生するにあたって疑似的に生み出された存在だそうだ。

 ひんやりとした地面、天井からは無数の突起物が突き出していて、鈍い光を放っている。

 八角形や六角形の直錐形をしていて、まるで鉱石の華が咲き誇っているようだ。

 これの正体をあたしは知っている。


「ヘルゲイム鉱石群……」


 闇の中で紫色の発光する鉱石で、太陽の下で照らしてみると蒼穹の空のような青さを持つ、希少な鉱石だ。

 ゲームの中では北部山脈の一部に鉱床を持ち、地下3百メートル以下のダンジョンなどでないと発生しない。


 ここが仮にパーシウム・オンラインの世界だとしたら、いま、あたしことファムは地下3百メートルにいることになる。


「えーっと……どうしたらいいの、これ。眷属って?」


 ユーノスは彼と会え、と言っていた。

 眷属とはなんだろうか。

 考えてしまう。

 ゲーム世界でユーノスとは大地母神の名前だ。


 魔族の庇護者で、フェンリルたちを多く従えており、千年前に地上世界から多くの眷属を連れて地下の魔界へと移動した、と資料にはあった。

 となると、魔狼フェンリル? 

 純白の毛皮をした巨大な魔獣が出迎えにくるのだろうか?


 一瞬、そんな毛皮ならくるまったら楽だろうな、と思ってしまい、すぐに寒さに身震いする。

 そこいらに何かないかと手探りしたら、近くにあった鉱石群に手が触れた。

 指先がちょこんと当たったくらい。すると、鉱石が震えた。

 ぶるぶる、ぶるぶる、と身震いする。まるで生きているかのように。


「え、なに、これ――」


 数百時間プレイしてきたあたしでも、こんな怪現象は知らない。

 青い塊が目の前に立っていた。

 背の高さはあたしとほぼ同じくらい。

 目線の先には、可愛がっていたうさぎのぬいぐるみとよく似た、真っ蒼でそこかしこが鋭角な兎がいる。


 鉱石……うさぎ? いいや、違う。これは魔獣だ。


「クリスタルラビット!」


 しゃがんでいた態勢から、思わず後ずさり。

 後ろに鋭利な功績が合って手の平を浅く切ってしまう。


「いったあ‥‥‥」


 ぼやいて手を目の前にやると、なぜかつぶらな瞳だけは真っ赤なルビーのようにまたたく。まあるい、愛らしい印象を受けた。


「キュイイっ」


 と、可愛らしい声でクリスタルラビットが鳴く。

 ちょこん、と首をかたむけた仕草は愛らしいうさぎそのものだ。

 でも惑わされてはいけない。こいつは最低ランク、F級モンスターなのだ。


 幼女なんて簡単に撲殺されてしまうくらいの戦闘力を秘めている。

 逃げなきゃ、と思ったけれど足がすくんで立ち上がれない。

 そうこうしているうちに、周囲で「キュイイ、キュイイ、キュイイ」と鳴き声がこだまする。


 見たらあちこちにある鉱石がクリスタルラビットに変化している。

 なんだ、なにをしてしまったんだ、とあたしは焦った。

 もしかして、彼等の縄張りに侵入した外敵を排除しようとしている――?

 なにかないか、なにか――クリスタルラビットの攻撃を避けれそうなやつ――!


「ステータス!」


 思わず、単語を叫んでいた。

 視界の左隅に長方形のウィンドウが開く、レベル、HPなんだかんだと流れて行き――『ユーノスの加護』という単語を無意識に選び取っていた。

 女神のご加護。なんとかなるに違いない。


「これっ!」


 視線の先で選択し、YESが瞬く。

 じわり、と身を縮めて飛び掛かる攻撃態勢を取り始めていたクリスタルラビットたちが、いきなり警戒を解いた。


「キュキュッ」


 小さく仲間内で合図をしあい、それぞれが元いた場所に戻り鉱石に変化していく。

 最初にあたしが触れた1頭だけが、残っていた。


「お前……」


 そいつはあたしの怪我した手の平に口元を寄せると、ふっと舐めるように息を吐きかける。

 痛みがなくなり、見た目にも怪我そのものが消え失せる。


『治癒魔法の効果』


 とピコンと視界に展開してるステータス画面に表示が出た。

 ついでに『テイムスキル獲得』とお知らせが入る。


「えっと……触ったからテイムした、的な?」

「キュ?」


 こちらの意図を理解しているのか、クリスタルラビットは不思議そうに顔をかしげる。

 ステータス画面を確認すると『従魔』の欄にクリスタルラビットと出た。

 ああ、そういうことなんだ。でも、面倒くさいなこのステータス画面。


 あるとついつい、そちらに目がいってしまう。

 追加事項や必要なことだけ通知される設定にして、画面を閉じてしまう。

 だって、もし街中でこんなものを開いて確認ばかりしていたら、周囲の人には頭がおかしな少女、と見えるに違いない。


 それは嫌だ。あたしは普通に生きたい――普通、いやそれよりも従魔、か。

 ゲームをプレイしていた時、従魔に名を付与するとレベルアップする効果が高まった。

 主人とのつながりが堅固になるので、魔力を受け取りやすいからだ。契約したプレイヤーがレベルアップすると、名付けされた従魔もレベルアップを果たす。


 ここはゲームの慣例に習っておかない手はない。

 あたしは大人しくこちらの指示を待つクリスタルラビットに指先を突き付けた。


「じゃあ……あなたは、ラビルト! ラビットだからラビルト……あっさりしすぎかな」

「キュ――ッ!」


 命名した途端、ラビルトが甲高い声を上げて青く光り輝く。


「なっ、なに!?」


 思わず手で顔を覆う。光が収束して消えると、そこにはさきほどの角ばったラビルトじゃなくて、細やかな丸みを帯びたラビルトがいた。

 近寄って来るので、そっと撫でてみる。 


 ふわふわしていて、心地が良い。暖かい。寒さに凍えていた四肢で思わず抱き着いてしまう。

 ラビルトは嬉しそうにじゃれついてくる。うさぎというより、まるでハスキー犬のようだ。甘えたいが前面に押し出ている。


「でも1頭だけだと背中が寒い――」


 思わず愚痴をこぼす。

 ラビルトはルビーの瞳を薄くする。

 そうしたら、周囲の鉱石がまたクリスタルラビットになって、あたしの身体を取り囲んだ。

 十数頭のクリスタルラビットたちが次々と発光し、従魔契約が履行されていく。


「え、なにこれ。全部に名前……いる?」

「キュウ……」


 契約した全魔獣に名前がいるのかと思ったら、ラビルトは低い声で鳴いた。

 自分以外には名付けて欲しくないような、そんな悲しい声だ。


「あ、だめってこと? 特別が良いの?」

「キュっ」


 ラビルトは1つうなずく。

 やっぱり意思疎通が出来ているらしい。

 どの程度の知能かはわからないけれど、これはこれで便利だ。

 嫉妬を焼いているのだ、と理解する。


「可愛いね、おまえ。わかった、名づけはなしね。でも全員を連れて行くのはどうかなあ……」


 ふわふわの羽毛が重なり合い、身体が温かさに包まれる。

 この毛皮をはいだら、いい靴や毛皮になるなあと思わず考える。

 そんなことしないけれど、元が鉱石なら変化はできるのもしれない。


「服とブーツ、毛皮のジャンパー、寒くないように襟巻も欲しい」


 なんて願ってみる。

 いまのファムは寝間着のままだ。これではいずれ凍えて死ぬ。

 どうにかならないかなあ、とラビルトを見つめると彼は大きく命令するように鳴いた。

 ポンっ、ポンポンっ、と可愛らしい破裂音がする。

 2頭、3頭のクリスタルラビットたちが、あたしが想像した通りの衣服に変化していた。


「おおー……すごいっ。ラビルト、あなた最高ね!」

「キュイイイっ」


 抱きしめてやると、彼は得意そうな顔をして満足気そうに鳴く。

 早速、服を確認する。


 厚手のくすんだ黄色のジャンパースカート。胸元に大きなポケットが付いていて、丈もひざ下くらい。真っ黒な膝上まである革製のブーツ。暖かそうだ。

 ウール素材のような生地で編まれた紫色の厚手のセータ。真っ白いマフラーとニット帽子と手袋はラビルトと同じ青色。


 サイズもぴったりで、彼は満足か? と目を瞬かせる。


「ありがとう、ラビルト! これで寒くないよ!」

「キュキュ」


 嬉しそうにはしゃぐ彼? 仲間たちはその後ろに整列していて、どこかの衛兵さんのように規則正しい。

 試しに歩いてみると、粛々と後をついてくる。まるで女王様になった気分を味わえる。

 さて、なにをするべきだったっけ……? と寒さから解放されたあたしは考える。


 するとラビルトが服の裾を噛んでくいくいっと引っ張った。

 ラビルトの簡単な思考が脳裏に流れ込んでくる。


『彼、深い、近くにある。行く』と、告げてきた。


 なんだろう、彼? もしかしてと思い「彼? ユーノスの加護の彼?」と訊ねると、フンフンと可愛らしく頭を上下させる。

 そんなに簡単でいいの? とあたしが困惑してしまう。


 ラビルトを先頭にあたしが中間、後にその他クリスタルラビットたちが続く。

 まるでうさぎの大名行列だ、と思いおかしくなる。クスクスと笑い声が漏れる。

 こんな余力、心のどこにあったんだろう。

 愛くるしいうさぎさんたちに感謝しなければ、と思った。



 1時間近く歩き、ようやく目的地に到着する。

 そこは先程の場所より緩やかに下った場所。

 クリスタルラビットたちが変じていた鉱石よりもはるかに巨大で数十メートルはありそうな、漆黒の鉱石が1本だけ地面から生えていて、周囲には深い穴がいくつも空いている。


「すごっ。落ちたら這い上がれないね」

「キュー」


 覗こうとするあたしをラビルトが制止する。

 落ちたら大変だ、と思っているらしい。大丈夫だよ、そこまでドジないから。

 そこで気づく。あたしの知能は高いらしい。16歳前後だとか家庭教師は言っていた。

 しかし、見た目は5歳の幼女なのだ。


 あらためて自己を見返してみる。

 漆黒のクリスタルの表面に全身と投影してみると、七色……緑に近い不思議な光沢を持つ髪と、苔色の瞳。深い湖の底のような目をしている。


 だけど、猫のような垂れ目は前世のままだ。

 そこはもっと切れ長にして欲しかったんだけど、仕方ない。

 いまさら外観の仕様変更なんてできないだろうし――でも、手足が長い。

 鼻も高く、堀も深い。のっぺりとしたアジア人特有の過去の顔と比較すると、驚きだ。


「うっわあ……可愛い。やば」


 幼女趣味の人が見たらずっと傍に置いて愛でたくなる気持ちもなんとなく理解できた。美しいは罪だ。でも、いいのかなーと思う。

 あたしだけ、こんな特例扱いで。


「ギュウ」

「へ?」


 ラビルトが鉱石に映った自分を見つめているあたしのお尻を強く押してくる。

 早く触れろ、と言いたそうだ。

 これに触れたら、また彼らのときのように何かの魔獣に変化するのだろうか?

 ここはステータス画面を利用しよう。

 何か変化があれば――もし、ろくでもない結果ならすぐに逃げ出さないといけないから。


「これって、本当にだいじょうぶなの、ラビルト?」

「キュっ!」


 ぐいっと背中を押され、あたしの両手はぴったりと黒い鉱石に張り付いてしまう。

 今度は輝きとか起こらずに、鉱石の表面が生きているかのようにぐにゃりっと変化した。

 柔らかい球体の表面を抑えつけたような感触だった。

 それはぐるぐると円を描き、ごつごつとした鋭角を収縮させて宙に浮かぶとまんまるいボールみたいになってしまった。


「え、なにこれっ」


 あたしは驚いて手をひっこめようとするが、球体に吸い付いたかのように離れない。

 足先で球体を蹴りつけて、手を引き抜こうとするがまったく効果がない。


「えっ、嘘。やだ、抜けない、どうしよ――ちょ、ラビルト! なんとかして、やだ、離して――ェ!」


 ふんぬっと頑張る。

 全身に力を込めて抵抗する。

 しかし、黒い球から両手を引き離すことはできない。


「やだっ、助けて……」


 いきなり巻き起こったトラブルにあたしは涙目だ。

 しかし、ラビルトは助けるどころか、後からぐいぐいっと押し出す始末。

 従魔契約をしているのに、主人のピンチを助けないなんてとんでもない不良従魔だ――と心で叫んだときだった。


『従魔契約だと? われになにを望む、小娘!』


 と、鋭い声が広い洞穴内に響きわたった。

 ゴゴゴゴゴっと地鳴りがして、球体の下にあった地面から複数の鉱石がせり上がってくる。

 そいつらはあたしとラビルトを天井高く持ち上げてしまう。

 あたしはいきなり問われた内容に、思わず「女神ユーノスの加護を!」と考えもなしに叫んでいた。


『女神ユーノス様だと!』


 と、また声がした。

 三十代、父親よりも年上の男性の声だった。

 腹の底に響く低くて、重苦しい、だけどどことなく威厳のある声だった。

 球体があたしの手から離れ、足元にあった鉱石群がパァンッと音を立てて砕け散る。


「ひゃっ!」

「キュキュキュ」


 足場が崩壊し、あたしとラビルトは天井高く放り出されてしまう。

 あっという間に地面が迫ってきて激突……という寸前で、あたしたちの落下は止まった。

 夢の中で空を飛んでいる感じ。


 テレビで見た宇宙ステーションのなかで、宇宙飛行士が無重力空間で浮いているような――水中で浮かんでいるような浮遊感。


「いだっ!」

「ギュム!」


 と、思ったら重力が復活してあたしはラビルトの真上に落下した。

 天然のクッション機能が功を奏して、少しの痛みをお尻に感じただけだ。

 ごめんね、ラビルト。

 彼はあたしの下敷きになってじたばた暴れていた。


「話をきこうか、小娘。ユーノス様の加護とは?」


 ラビルトの上から退くと、真上に大きな顔があった。

 犬の顔だ。いや、狼? 実物は視たことないけれど、youtubeとかでは見る機会があった。あんな感じ。でも真っ黒だし、皮膚は硬質でつやつやしているし、さっきの鉱石のような光り方をしている。

 おまけに額には菱形の宝石を携えていて、何かの紋章のようにも思えた。


「あ、あああっ……ミスリルフェンリル――」


 どこかで見た印象。

 そうだ。ゲーム世界でも最上位ランクのフェンリル。

 その中でもさらに上位に位置する、ミスリル鉱石を主食とするミスリルフェンリル。


 黒曜石のような肌、漆黒のエンブレム、そして金色の瞳。

 全高3メートルはありそうな巨体でこちらを見下ろしていて、どこから発しているのか人間語で問いかけてきた。


「ほう、われを知っているのか。人間が珍しい」

「べっ、べんきょう、した――っから――!」

「ほう、勉強。それは感心。で、女神ユーノス様の加護とは?」


 ずずいっと鼻先を近づけてくるミスリルフェンリル。

 黒い鼻先から熱い吐息を受けて、あたしの頭は真っ白だ。

 問いかけにもうまく答えがでない。


「だ、だから、その――転生して、ユーノスがこっちに連れて来てくれて、加護をくれるって、彼に会えって……そう言って、消えた、の……」

「ふぅん? 転生? また珍しいモノを拾ったものだ、我が女神は」

「めずらしい、モノって……。人をモノ扱いするのは――良くない……って習った」


 あたしは言いたいことがいえず、しどろもどろになる。

 フェンリルは頬を持ち上げて笑っていた。

 人間なら皮肉気な微笑をする、といったところだろうか。


 つまり、小ばかにされている……?

 しかし、この威圧感。言葉を間違えたら、即、あの顎で砕かれて殺されるに違いない。

 そう思うと、震えがこみ上げてきて、涙ぐむ。

 じわりと、目頭が熱くなった。


「彼に会えって、そう言われて! でも――いきなりここに放り出されてどうしていいかわからなくて、寒くて、ラビルトと出会って――! 酷い、こんなのひどい!」


 なんとか言い返してやろうと思って頑張っていたら、もうめちゃくちゃだ。

 考えなしにあたしの身体は動いていた。

 なんとフェンリルの鼻先めがけて苛立ち紛れに拳を振るい、ぽかすかと殴りつけていたのだ。

 ふんっ、と鼻息荒く彼が顔を押し出すと、あたしはあっさりと後ろに放り出されて、転げた拍子に顔を地面に打ち付ける。

 もうなにもかもがどうでもよくなってしまい、抑えていた感情が堰を切ってあふれ出ていた。


「ふっ、ふえっ……最悪、なんで、こんなこと――うわああああんッ」

「キュ、キュキュッ!」


 あたしが泣いているとラビルトがフェンリルとの間に出て、強く鳴いた。

 抗議の声だった。

 あたしに対する対応が横暴だと彼は言っていた。

 ラビルト、そんなに小さいのに身体を張ってあたしを守ろうとしてくれている。


「ラビルト……」

「キュ――ッ!」


 泣きながら、彼の行動にあたしは驚いた。

 なんとラビルトは長い前歯を突きだして、フェンリルを威嚇していたのだ。

 それは他のクリスタルラビットたちも同じく、あたしを囲んで守ろうとしていた。


「小うるさいやつらめ、どけっ」


 だが、多勢に無勢。

 フェンリルが放った前足の一撃で、彼等はみんな蹴散らされてしまい、てんでほうぼうに飛んで行く。


「あっ、あああっ……!」


 これはだめだ。命の危機……あたしは生まれて二度目に命の危機を感じた。

 すると、視界の片隅で閉じておいたはずのステータス画面が瞬いているのに気づいた。

 視線で開いてみると、そこには『テイム完了、ミスリルフェンリルとの従魔契約完了』との文字がまたたいている。

 しかし、ラビルトたちを蹴散らした巨大な前足が迫ろうとしていた。


「とまれ――っ、ミスリルフェンリル!」


 あたしは思わず叫んでいた。

 ぐんと視界に黑い前足が広がる。

 巨大で鋭利な爪先が、あたしの鼻先寸前で停止した。


「――ちっ、気づいたか……」

「止まった……」


 視界のはるかに奥、天井に近い部分からちっと、舌打ちが聞こえた。

 こいつ――従魔契約が終わったこと知っていてやった……? まさか?

 そう思うと、無性に腹が立ってきた。


「ちょっと、チッ、て何! チッて! 気づていたってこと? 従魔になってたなら、どうしてこんな危ないことするのよ、あたしは主人なのに!」


 真上を見上げて精いっぱいの声を振り絞り、抗議する。

 こんな命がけの危機なんて、冗談じゃない! 絶対に許してやるもんか、と怒っていた。


 ミスリルフェンリルは前足を上げ、ペロペロと舐め始める。

 本物の犬みたいな仕草に、あたしは毒気を抜かれた。


「別に? 気づく前に叩き潰せば自由になれると思っただけだ。高貴なわれが、人間ごときの従魔になど、冗談ではない。馬鹿にしているにも、ほどがある」

「ちょ、そんな! それはあたしのせいじゃないわ、女神様が!」

「だからその女神にも間違いがあるかもしれんだろ。試しただけだ、許せ」

「許せって、気楽に言う、普通!? どうせあたしは高貴じゃないけど……女神様がくれたんだもん」


 高貴。

 身分差別。

 下劣で下等な人間。

 まあ、その意味はなんとなくわかった。


 彼?が従魔を望まずにそうなってしまったことも。

 でも、文句なら女神ユーノス様に言って欲しい。

 あたしは連れて来られただけなのだから……。


 この魔狼にはなにを言っても聞いてもらえないのだろう、と悟ると一気に疲れた。

 もう、どうでもいい。

 この暗くて寒くて深い地下世界で、このまま消えてしまっても誰も困らないだろう、と諦めが入る。

 どうしてこんな風になったんだろう、なんだか失敗したのかなあと後悔していたら、気楽そうにフェンリルは言った。


「で、われの仲間はどこだ? みな、ここに眠っていたはず」

「‥‥‥は?」


 ミスリルフェンリルは高い位置から周囲を見渡して、怪訝そうな顔をしている。

 いきなり話を分断されて、あたしは混乱した。

 知っている情報をそのまま口にする。


「ミスリルフェンリルは千年前に、女神ユーノスとともに魔界に降りたわよ」

「なんだと――っ!」


 洞窟内に轟音が走った。

 大気がびりびりと震え、あたしとラビルトたちは思いっきり鼓膜を音に直撃されてしまい、ふらふらになってしまう。


「だっ、だって――そういう設定……だった……から――あ、もう、むり……」

「キュイ……」


 限界だ、もういろいろと限界だった。

 本当にもう無理。あたしとラビルトたちは意識が吹き飛びそうになる。


「なっ、こら、人間! 勝手に気を失いうな――っ、おい、こら! われの話を――!」


 ミスリルフェンリルの声が洞窟内に響き、あたしの脳裏にこだまとなって消えて行く。

 薄れゆく意識のなかで、「われは孤独になってしまったのか……」と彼が嘆くのを聞いた気がした。


*****


「で、それからどうなったんだい、ファム」


 ヴァレス様が優しく問いかけてくる。

 最悪だったミスリルフェンリル――アジストとその後名付けた――との出会いはこんな感じだった。


「アジストがあたしとラビルトたちを地上に出してくれて、ヴァレス様と森のなかで偶然、お会いした形です」

「なるほど、僕と君たちとの邂逅は偶然でなく必然だったのかもしれないね」

「それはどういう意味だ?」

「キュ?」


 頭上からアジストの、右下からラビルトの疑問が飛んでくる。

 彼らはあたしが作ったハンバーガーを美味しそうに食べていて、口のまわりにはケチャップがたくさん付いている。


 あたしはアジストが下げてきた口元を、布ナプキンで拭きながら、ヴァレス様の返事を待った。


「だって、あれから3年経過した今でも僕らはこうして暮らしている――ファムのティムがあったとはいえ、まるで家族みたいだろう? 僕は血のつながりはなくても、ファムのことを実の娘のように感じているよ」

「‥‥‥ヴァレス様。ファムも師匠のことをお父様のように感じています」

「キュキュ!」

「一番年齢が上なのはわれなのだが――まあ、孤独とは無縁になったな。そこは間違いない」

「だろう? 疑似家族かもしれないが、こうして団らんができている。僕は喜ばしいことだと思うよ。みんな、これからも仲良くやって行こう」

「はい、これからもよろしくお願いします! ヴァレス様!」

「まあ、短いつきあいだが――せいぜい、数十年。われには短い」

「キュー!」


 どこか否定的なアジストの発言に、冷たいこと言うなよ、とラビルトが突っ込みを入れる。

 あたしは異世界にきて、初めて本当の家族を手にしたようで、とても嬉しい気持ちになっていた。


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