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16番目のオラショ

※必ず、『はじめに』を先にお読みくださいませ。

「大阪のばあばが死んだ」


 ばあば。俺にとっての曾祖母。御年102歳であり、寿命を全うしたといっても過言ではない年齢である。かなりの長寿であったが、意外にも強い認知症などを発症することもなく、常に健康に気を遣っていたのもあって、一年に一度しか会う機会がなくとも、いつも元気で逞しい人であった。だから、亡くなる、だなんて思わなかった。まさに寝耳に水。

 ばあばとの記憶を思い出す。虐めが辛かった小学生の時、都会から離れ、曾祖母の大阪の家に長い間お世話になったことがある。記憶は朧気だが、ただただ長いだけの歌を一緒に歌った記憶が思い起こされる。


「父さんたちは、今から大阪に向かうけど、お前はどうする?」

「俺も今から一緒に行くよ」


 俺はそう答えた。



*****



「ばあちゃん、俺だよ。まこと。久しぶり」

「おお、誠司せいじか」

 車いすに乗った祖母は俺に満面の笑みを浮かべそう言う。

「誠司は俺」父さんがあきれ顔でばあちゃんにため息をつく。「誠だよ。まーこーと。母さんの孫だよ」

「おお、誠司の友達か」


 ばあちゃんは、ばあばとは違いかなり認知症が進んでいた。もう俺の顔も名前も何も覚えていない。自分のことすら分かっていないのではなかろうか?こりゃ駄目だ、と父さんと目を見合わせる。


「それにしても、クリスチャンでも最後は火葬なんだね」

「ああ。ここは日本だしな」


 ばあばの告別式は終わった。

 壮大なオルガンの演奏に、牧師の聖書朗読。そして、口パクで乗り切った讃美歌。牧師の話が終わり、今は火葬場である。


 ばあばはクリスチャンだった。大阪の隠れキリシタンの里に住む信者。俺たちの家系では最後の信者になる。


「お母さんを、お母さんを、おばあちゃんと同じ墓に…」

「分かってるよ、母さん」

 ばあちゃんは父さんのスーツにしがみつき、そう懇願する。

「でも、あの墓…」俺は思い出す。「墓荒らしにあったんじゃなかったけ?」


 俺たちの先祖の墓のある寺。確か俺が高校生の時に、墓荒らし事件があった。なんと寺にある50基全ての墓が掘り起こされていたのだ。墓荒らしの犯人の目的は分からない。ただ、なぜかクリスチャンの人たちの遺骨が全て盗まれてしまっていた。それは俺たちの先祖の墓も同様で、墓はあれど、もう誰の遺骨もあの墓には納骨されていない。ただの空っぽの墓石。


「ばあばはあの墓に?」

「ああ、先祖代々あそこに入ってるしな。寂しくないだろう」

「でも、墓荒らしの後、誰も入っていないんじゃない?じいじの遺骨も盗まれただろう?」

「遺骨は無くても魂があるさ」


 尤もらしいことを言って父さんは話を終える。


「誠!」振り返ると、俺を鋭い瞳で睨みつけてくるばあちゃんがそこにいた。「16番目のオラショじゃ。そこに皆眠っとる!そこへ行くんじゃ!!」



*****



「で、まだ悩んでるの?」


 このところ大学の授業が全く身に入らない。ずっとばあちゃんの言葉が頭の中をぐるぐるとしているからだ。あまりにもボーっとしていることが多くなったから、彼女の香織がこうして俺の授業にまで参加してノートを代わりに取ってくれる。なんて出来たいい彼女だ。

「おばあさんに聞いたら?16番目のオラショって何?って」

「聞きたいのはやまやまなんだけど…。認知症が進んじゃって、もう全然会話にならないんだよ。問いただすと、『そうじゃ!16番目じゃ!!』ってそれだけ言って、騒いで暴れてさ…」

「お父さんも知らないって?」

「ああ。『先祖の墓に納骨したんだから問題ないだろ』って、それ以上取り合ってくれないし…。けどなぁ~」


 ばあばとの数少ない記憶。あれは小学生の時、そう、墓荒らし事件が起きるよりずっと前のこと。ばあばはいつも、『私が天に迎えられたら、お母さんに会えるのよ。だからトネ(誠の祖母)に言ってるの。16番目のオラショを早く息子たちに伝えなさいって』と俺に言っていた。

『16番目?』

なぜか当時は〝オラショ〟という言葉には何も疑問が浮かばず、ただその数字に対し疑問を持っていた。

『ええ。そこに先祖様皆が眠っているの。ばあばの両親も、お父ちゃん(誠の曾祖父)も。誠もね、もしクリスチャンに改宗するなら…』


 改宗するなら何だったのだろう?教えてくれたのだろうか?ばあばの続きの言葉が思い出せない…。


「そもそもオラショって何?」

「さあ?俺、覚えてないんだ」

 香織の素朴な疑問に、俺はそっけなく返答する。


「オラショはラテン語のoratioから来ている。祈りって意味だよ」


 俺と香織は振り返る。げ。そこにはUMAとか秘密結社とか、オカルトのような良く分からない都市伝説的なものが好きで有名な、少し変わりものの高山重友がいた。キラキラした目をしながらこっちに話しかけてくる。正直なところ、あまり関わりたくない相手…。


「君たちの興味深い話が聞こえてきて、つい聞き耳を立ててしまった。ごめんよ」

 ついでに話し方も気に食わない。

「はぁ」取り合えずため息をついてその場をやり過ごそうとする。

「君の曾祖母さんはカクレキリシタンだったのかい?」

「あ、まぁ…」

 でも食い下がってくる高山。

「墓荒らしの話も本当かい?」

「あ、うん…」

 というか話をより深堀してこようとする。まるで少年のように、その瞳はキラキラと輝いていた。

「そして墓荒らし後、墓石には誰の遺骨もなかった。しかもキリシタンの家系の墓のところだけ。あっているかい?」

 一体どこからコイツは話を聞いていたんだ?俺はコクリとめんどくさそうに頭を縦にふる。

「そうか。うん。分かったよ」

「「え?」」

 香織と声がかぶる。

「分かったって何が?」

「お寺の墓はきっとフェイクだね。もともと遺骨なんて入っていなかったんだ」

「どういうことだよ」

「君たちこそ、ちゃんと歴史を勉強したのかい?」不思議そうな顔をする高山。「カクレキリシタンだぞ?時代が時代なら見つかったら殺されていたさ。曾祖母さんの時代なら、きっと踏み絵の話を誰かから聞いたこともあるのかもしれない。だからきっと先祖代々、墓を分けて守っていたんだよ。寺にあるフェイクのものと、本当のキリシタンの墓と、をね」


 少し考える俺。確かに高山の言っている事は一理ある。

 何せ曾祖父の遺骨もその墓の中に入っていたはずなのに、墓荒らしの事件を聞いても、曾祖母は誰に対しても怒ることもなかったし、取り乱すこともなかった。むしろ、少し安心した顔をしていたような。


 『まっちゃんのお母さんのところ、ちゃんと帰れたのね。よかったわ』


 もし、元々あそこに誰もいなかったとしたら?そしたら全てつじつまが合う。ばあばが墓荒らしの事件に対し怒らなかったことも、何度も何度も、『先祖の墓に入りたい。お母さんと会いたい』と口酸っぱく言っていたのも。寺の墓ではなくて、本物の墓に入りたい。その願いをずっと口にしていたのだとしたら?


「でも、じゃあ墓はどこにあるっていうんだ?」

「それが16番目のオラショに記載があるんじゃないか?そのオラショの文献に本物の墓の場所が記載されていると私ならそう推測します」

「香織、俺大阪もう一回行ってくるわ」

 俺はいてもたってもいられなくなった。

 何故だか高山の話が現実味を帯びてくる。もし高山の言うことが本当ならば、どうしてもばあばをちゃんとした先祖の墓に入れてあげたい。母親とじいじと、再会させてあげたい。お世話になったひ孫代表として、俺が行かなきゃ、俺が探さなきゃ。俺はばあばに助けられたんだから。

「テストはどうするの?期末もうすぐよ?その後にしたら?」

と心配し、提案してくる香織に対し、

「是非私も、一緒について行かせてください!」

と前のめりになる高山。

「テスト…。でも一刻も早くあの暗くて寂しい独りぼっちの墓から救い出してあげたい!香織もそう思わないか?」

「全く思わない。だって仮にそれで留年しちゃったら、ばあばさん泣いちゃうよ?テスト後なら一緒にいけるからさ。それにそもそも誠、車の免許ないじゃん」

「私も大阪に行く日開けておきます。ちなみに何市ですか?」

「茨木」

 留年は確かに困る。でも、ずっと昔から俺はばあばに頼まれていた。なのにその願いを叶えてあげられず、暗くて寂しいただの空っぽの墓の中に一人でいるのかと思うと胸が張り裂けそうな気持ちになる。

「テストまであと数週間じゃん!その後でも大丈夫だよ!それにほら、誠免許持ってないでしょ?私がついて行ったら、車で色んなところ回れるから、行動範囲も広がるよ?ね、よく考えて?一人より二人の方が絶対にいいから!」

「おお!私と同姓同名の大名がいらっしゃったところですね!運命を感じます。これは是がひとも私も同行しなければ」

「もう、うるさいよ。高山。俺は今香織と話してるんだから!」

 でも、俺の言葉を高山は無視して話を進める。

「まあ、私は香織さんに賛成です。私自身もテストを欠席するわけにはいきませんし。それに言うでしょ?三人寄れば文殊の知恵って。二人より三人です。三人で行きましょう!」



******



「で、結局このメンバーなのな…」


 香織の【期末テスト後に大阪に行く】という提案に折れた俺は、しぶしぶテストが終わり夏休みになるまで大阪に行くことを我慢していた。そして夏休みに入ったと同時に香織と共に大阪へとやってきたのだが…。

「私、初めてなんです!大阪!」

 何故か嬉しそうな顔をした高山も俺たちの旅についてきた。

「まずは、大阪城にでも行きます?」

 あろうことか俺たちの旅行の先導を切り出す。

「茨木市に直接向かうに決まってるだろう。元々その予定で、そこの茨木の駅チカのレンタカーを予約してるんだし」

「ではその後に、車で高槻城跡にでも向かいましょう!」

「あのなぁ、高山。その後はばあちゃんに会いに行くんだよ。老人ホームの面会、既に予約してあるんだから」


 そういってとりあえず新大阪から新快速にのり、この不思議な三人組でまずはばあちゃんの待つ、茨木市の老人ホームに向かうことにした。




******



「本日14時から面会予約していた、堀田です」

「え~っと、あ、トネさんね。ここで手を消毒して、マスクを着けて、あちらのお部屋で待っていてください。連れてきますから」


 きれいなお姉さんにそう案内され、近くの小部屋へと入る。

「おばあさん、私たちみたいな知らない人が来てもパニックにならない?」

 心配そうな顔で俺の顔を覗き込む香織。

「もうだいぶ認知症進んでるから。誰が誰か分からないよ。大丈夫だろ」


「トネさ~ん。ほら、お孫さんが来てくれましたよ~。では、また時間になりましたら声かけますね」


 車いす姿の祖母。曾祖母の葬儀の後、一度だけ両親とここに訪れたのだが、その時よりもずいぶんと痩せ細り、弱り切った顔をしていた。


「おお、誠司か」

 そしてやっぱり俺を父さんと間違える。

「元気?」誠だよ、ともう否定はしなかった。言っても無駄だから。俺は何食わぬ顔で、さっそく話題に入ろうとする。「ばあちゃん、その…ばあばの墓のことだけど…」

「初めまして。トネさん。私、高山重友と申します」

 が、突然高山が話に割って入ってきた。俺と香織は驚いて二人で同じタイミングで高山へと顔を向ける。

「お?右近さん?」

 ?俺は首をかしげ、高山を見る。

「高山右近、このあたりを治めていた大名だった人の名前ですよ」

 こっそりと俺に耳うちしてくる。

「そうです。私、この右近さんと同じ名前を気にいっているんです」

「そうじゃろ、そうじゃろ。母さんが生きとったら、喜びそうな名前じゃ」

 ん?誠の頭にはハテナが躍る。

「実は私たち、クリスチャン研究部で」適当なことを言う高山。眉間に皺寄せ睨む俺に、まあまあ、と口パクをし俺をなだめる。「大阪のカクレキリシタンの里を調査することになったんです」

「そうか…。でもわしゃあ、クリスチャンやないからな。オラショを暗唱するのが苦手で苦手で…。母さんには悪いことした。息子たちもクリスチャンやないし…」

「そうなんですね、お母さまで宗派はとぎれたのですか…」

 なぜだろう?

 俺や父さんが話しかけても、ばあちゃんはあちこちへと話が飛んで、全く会話になんてならないのに、なぜか高山と話すばあちゃんはスムーズに会話ができているようだ。しかも認知症であることを忘れそうになるくらい、はっきりとした口調で。しっかりとした受け答えで。

「あ、でも、誠はオラショを暗唱しとったぞ。あの子は賢いからのう、お、誠!来とったか、さ、右近さんに教えてあげんさい」

 加え、突然ばあちゃんは俺のことを父の誠司ではなく、本当に誠、〝俺自身〟だと理解しはじめる。嬉しい反面戸惑いもあった。

 と、いうか…。一体全体どういうことだ?俺がオラショを知っていた?暗唱していた?全く記憶にない。


「ええ、私は既に彼から聞きました。すごいですね、全部覚えているなんて…。ただ…」コイツすげえな、と俺は感心する。よくもまぁ、口からでまかせをポロポロ言えるもんだ。「16番目を覚えていないようで…」

「なんと、まぁ!」ばあちゃんが口に手をあて驚く。「誠、母さんから聞いとったんか?」

「え、あ…」

 どもる俺。

「息子らに、わし、伝えそこねたんやけど、そうか、そうか」なぜか瞳に涙を溜め、喜ぶばあちゃん。「母さんは無事に先祖の墓に?」

「ええ、ちゃんと。ご安心ください」

 適当なことをいう高山。もはや詐欺師だ。でも例えばあちゃんが騙されていようとも、その顔は満ち足りた表情を浮かべていたから、高山を叱るに叱れないでいた。

「そうか、そうか。わしゃあ、この足じゃからもう行かれへんやろ?よかった。母さんがちゃんと墓に帰れて…。お父ちゃんとまた会えて…」

 皆、顔を見合わせる。おばあちゃんはその場所に行ったことがあるのか?一体ばあちゃんはどこを指してそう言っているんだ??

「ねぇ、ばあちゃんの足じゃ行けないってどういうこと?お墓、もしかして山にあるのか??」

「ちょっと、堀田君!」

 つい興奮して大きな声を出してしまう。畳みこむようにばあちゃんに質問する俺を制止しようと、つい高山も大きな声を出してしまった。

「誠司!」ああ。なんということだ。また誰が誰なのか分からなくなってしまった、のおばあちゃんに戻ってしまった。「喧嘩はあかん!謝りなさい!」再度俺を父親と間違えてバンバンと机を叩きながら声を荒げる。

「大きな声を出しちゃだめだよ…」ため息をつく高山。

「あ~あ~あ゛!!!!!」

 俺が謝ろうとしても、急に大きな声を出して喚きだすおばあちゃん。すっかり細くなってしまった手足をバタつかせ、暴れ始めてしまう。

「大丈夫ですか?」香織が優しく声をかけ背中をさするも、もう手が付けられない。その細い体に一体どこに力が蓄えられているのか。それほど激しい暴れっぷりだった。

「トネさん~?大丈夫~?」

 ばあちゃんの喚き声が部屋の外にまで漏れてしまったのだろう。すっかりと空気が変わってしまったこの部屋に、どこからともなく先ほどの受付のお姉さんが戻ってきた。

「ちょっとびっくりしちゃったかな?」そして俺たちを悲し気に見る。「ごめんなさいね。今日はこの辺で…」


「分かりました」

 そう言って3人でこの小さな部屋から外に出ていこうとした時だった。


「あ、堀田さん?」お姉さんに急に呼び止められる。「トネさんね、『筒の中に16番目のオラショが!』とか、『もう誰もあの墓に行くことはないから、オラショも筒と一緒に先祖の墓に』…ってここ最近ずっと仰っていて…。でそれを、『息子たちに早く伝えてくれ!』って頼まれているんだけど、これ、誠君に言って分かるかな?」


「大丈夫です。分かりますので、私たちが責任を持って、堀田君の両親に伝えさせていただきます」


 高山は俺の代わりに静かにそうお姉さんに返事して、俺たちはこの老人ホームを後にした。 



*****



 老人ホームをでた俺たちは、レンタカーに颯爽と乗り込む。


「次、どうする?」

「高槻城は?」

 高山の返答に、どれだけ行きたいんだよ…。心の中でツッコむ。

「早いけど、先、荷物置きに家行こっか」

 とりあえず高山の提案を無視した俺は、運転席に座る香織にそう声をかける。ばあちゃんから特に有力な情報も得られなかったので、とりあえず先にばあばの家に行くことにした。ナビに住所を打ち込み、香織の安全運転でそこへ向かう。俺たちがしばらく泊まる予定の宿泊先へと。





 ばあばの家。今は父の兄、誠一おじさんがその家を管理している。おじさんは少し離れた町に住んでいるので、ばあばの家は今は厳密にいえば空き家ではあるのだが、少しでも旅費を浮かせたい俺はおじさんに相談したところ、二つ返事でばあばの家に宿泊することに同意してくれた。


「おじさん!」

「おお、早かったな。今布団取り入れているんだ。手伝ってくれ」


 ばあばの家は、美しい緑色に輝く田園風景を少し進んだところの、山道を少し上った場所にある。そこへ向かうと、二階の屋根に干してあった布団を取り入れているところの、誠一おじさんと目があった。庭に車を止め、おじさんを手伝う俺たち。


「「お世話になります」」


「いや~てっきり、誠が彼女と二人で旅行に来るんだと思ってたけど…」


 誠一おじさんは高山の姿を見て、少し困惑した表情を浮かべながらそう言葉を落とした。


 

 外に干してあった布団類を取り入れる手伝いを終えた俺たちは、伯父の案内に従い居間へと移動する。


「居間はこっちの部屋。荷物置いてくつろいどき。今お茶持ってくるから」

「あ、手伝います!」

 パタパタと香織が伯父を追いかけていくスリッパの音をBGMにしながら、高山と二人で先に居間へと足を踏み入れる。立派な木の置物、数々の写真。ところどころ痛んでいる畳や柱は、この家がかなり年季の入ったものであることの証明である。

「広いですね…」

 高山が辺りをキョロキョロさせながら感嘆の声を上げる。

「ほれ、誠。鍵」香織と一緒にお茶と茶菓子を持ってきた伯父はそう言って俺に鍵を手渡す。「てか、どのくらいおるんや?」

「う~ん。分かんない。とりあえず、墓が見つかるまで、かな」

「まだ言っとんか。頑固やな~。とりあえず、布団は干したし、軽く部屋も掃除しといたけど、気になるんやったら自分らでし~や。あ、後、帰る前には一言か声かけてな。鍵返してもらわなあかんさかい」

「分かった」

「こちらこそ無理言って急に押しかけてしまってすいません…」高山は深々と首を垂れる。「来た時よりも綺麗にして帰りますので。何から何までありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」

 高山の声に香織も慌ててペコリと頭を下げる。

「そういえば、少しお香の香りがするようですが…」

 俺はクンクンと鼻で辺りを嗅ぐ。確かに高山の指摘する通り、カビ臭い匂いを消すためか、少し白檀の匂いがした。

「あ~。いや、お香やなくて線香やねん」そう言って居間にある棚へと向かいその上の棚を開ける伯父。「いくらクリスチャンや言うても、仏さんになにもせんわけにはいかんしね。ただ、俺はクリスチャンちゃうから、どないするんが正解なんか分からんくて…。で、普通に線香を炊いただけや」

「にしても少し変わった棚ですね」香織は言う。



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(↑パソコン推奨)




 棚の周りには15の引き戸で囲われていた。また棚自体は仕切りで上下に分けられており、上の段にはキリストのはりつけの木像が飾ってあった。先ほどの伯父の言葉通り、そのキリストの磔の木像の前には線香がたかれていた跡の少しの灰が残っている。

 この居間には部屋には合わない少し大きくて奇妙な形をした棚。俺にとっては見慣れたモノではあるが、どうやら初めて目にする香織や高山にとっては変わった棚であるようだ。

「少し見てもいいですか?」

「わ、私も。あと、私もお線香をあげさせていただいても?」

「おお。ちょっと待ってな」

 伯父はそう言って線香立てを用意する。香織と興奮気味の高山はそれぞれ棚に近づき、線香をあげ、静かに手を添える。

「縦に6。横に5」

 ふと高山がそう言葉を落とす。でもその声を聞いて俺は何だか違和感を感じた。

「違うと思うよ」俺は良く分からないが、ふとそう声が自然とでてきた。「確か、5、5、5で数えてた気が…」記憶が定かでない。でも、5・5・5の方がしっくりくる。

「5、5、5??縦に5。横に5。また縦に5、と数えるのですか?それで計15……。一体全体どういう意味なんです?」

「さあ?」俺は両手を上げる。よく覚えていない。

「でも、その棚は15よね。16ではないわ」

「16?」

 伯父の眉がピクリとあがる。

「ええ、確かおばあさんが、お墓は16番目のオラショにあるって言ってたって聞いたんですけど…」

「誠。まだ、それを言っているのか??」

 伯父はため息をつく。呆れた表情を浮かべて。

「しょうがないだろう。気になるんだから」

「あの…これらの引き戸、一つずつ開けてみてもよいですか?」

 相変わらず高山は我が道を行く。

「おう、ええで。ただな、そこに入っていたもんも、しょうもないもんやったから、全て片付けてしまったんや。やから、今はもう何もないんやけど…」

 高山は一番左下の引き戸から順番に棚を開ける。確かに何も入っておらず、中身はどの戸も空っぽだった。

「これは見掛け倒しなのか…?」高山が顎に手を添えながら何やら一人でブツブツ話している。「そういえば、堀田君が昔覚えていたっていう、15のオラショは、何か文献的な形で残っていないのですか?」

 高山は棚に再度近づき、今度は上の段に奉られてある、キリストの像をしげしげとみながら俺にそう問いかけてくる。

「どうだろう?あんまりはっきりとは覚えていないんだけど、小学生の時この棚を触った記憶はあるんだけど、俺はばあばから何か紙だとか、本だとかを一緒に見た記憶が全くないんだよ。絵本ですらこの家で読んだことがあるのか分からなくて…」

 ただ記憶にあること。それはばあばから口伝えで教わった歌を、毎朝あの棚の前に二人並んで…

「あっ!!!」

 思い出した。だが、俺が注意しようと高山に声をかけたタイミングはどうやら少し遅かったようだ。俺の声よりも先に高山が「あれ?このキリストの像の奥に何か角ばったものが…。これが16番目の引き戸か?」と言いながらキリストの磔刑の像を持ち上げてしまった。

「ちょ、ちょっと!!!!」

 香織が悲鳴のような金切声をあげる。

「ご、ごめんなさい!」

 高山も珍しく慌てた声をだす。

「ええよ。ええよ。それはな、なんでか知らんけど簡単に外れるねん」

 そう、高山がキリストの木像を持ち上げた途端、キリストの手足がもげてしまったのだ。伯父は慰めの言葉をかけるものの、高山は意外にもショックが大きかったようで、分かりやすく落ち込んでいた。

「すいません…」

 かなり小さくそう声を落とす。

「高山、そんなに気を落とすなよ。別にお前を庇うわけではなくて、その像は確かに手足が取れやすいんだ」


 俺が小学生の頃もよくそれを触って壊していた。でも、ばあばはそんな俺にいつも声をかけてくれていた。あの時、ばあばは何て言ってたっけ?


「別にホンマによう外れるもんやから、そんな気にせんでええねんで」一気に重たくなった空気。伯父なりに気を利かして話題を変えようとする。「あ、せやせや。そんなにクリスチャンについて知りたいんやったら、史料館行きぃや。なんやぎょうさんカクレキリシタンの遺物保管しとんで。知らんけど」

「どうやっていくんですか?」

 香織も重たくなった空気を破る様にして、つとめて明るくそう返答する。

「え~っと。この家を出た道をずーっと、がーっといって、クネクネ曲がったら着くわ。ま、詳しい道はナビ見!ナビ!」



*****



 と、言うわけで再度香織に運転してもらい、俺たちは早速伯父の提案する史料館に行くことにした。


「ほら、やっぱり私も一緒に来てよかったでしょう?車なかったら、こんな所絶対に来れないわ」

 香織の言葉に俺は無言で頷く。こんな山奥のグネグネした坂道の、しかもバスも通っていないような辺鄙な場所にある史料館。車が無かったらこんなところ来ることなんて不可能だ。香織と一緒に大阪に来てよかった、と感謝することはもちろんのこと、加え、こんな難しい道のりもなんなく運転できる彼女の技術力に心から尊敬もしていた。


「車はここ、かな?」


 坂道の途中。史料館専用駐車場、と雨風でボロボロになった看板があった。そこには、小さな車三台くらいしか止められない小さなスペースがボツンとあり、香織はそのスペースの真ん中に堂々と車を駐車する。


「スマホのナビによるともう少し坂道上るみたい」


 車から降りた三人は、その後急こう配を上る。車ではとてもじゃないけれど通ることのできない細い道。看板を見落とさず車を先に下に置いてきて正解だった、と胸をなでおろす。


「堀田君!これを見て!」高山の明るい声が前から聞こえる。どうやら先ほどのキリストの像を壊してしまった罪悪感からようやく抜け出せたようだ。よかった。素直にそう感じる。「銅像だよ」


 高山の指さす先へと俺は視線を向ける。そこには高山右近の銅像があった。さっきばあばの家からこの史料館へと向かう道中に、こっそりとスマホをみて少し勉強したこの歴史上の人物。彼はこの辺りの地域を統治していたクリスチャン大名。裏切りを許さない熱心なキリシタンであり、キリスト教弾圧で地位を失い、国外追放にまであった悲劇の大名でもあった、らしい…。


「ワクワクしてきましたね」


 少し進むと、教会のような小さな可愛らしい家が見えた。「そうか、ここが…」近くの民家とは違い明らかに外国の装いをしている建物。「ここが史料館…」

 三人で建物に入る。中はステンドグラスの反射した温かな光で包まれていた。俺たちが中に入るや否や、この史料館の管理人らしき人がスリッパを出してくれる。

「あ、ありがとうございます…」

 少しきょどりながら感謝を述べ、三人で建物の中へと足を踏み入れる。想像していたよりもずっとこじんまりとしている史料館。奥の方から人の声が聞こえるが、それはテレビ画面に映るVTR映像の音。どうやら客は俺たち三人だけのようである。

「見て、ザビエル…」

 香織が入ってすぐ左手に見えるステンドグラスを指す。温かな太陽の日差しを感じる場所。その下にはまるで天を仰いでいるかのようなフランシスコ・ザビエルの絵が置いてあった。これは教科書でおなじみの絵と全く同じもの。


「シャビエルですよ。ザビエルではありません」

「「シャビエル?」」

「ええ、学校で習ったでしょう?彼はポルトガルの国王によって派遣されたイエズス会の宣教師。名前の読みを当時のものに変更したって」

「ごめん。俺、ザビエルって名前しか知らない…」

「私も…」

「全く…。しっかり歴史を勉強してください」

 高山はそうため息をついて、颯爽と奥の部屋へと向かう。俺たちもその後を追いかける。


「そっか、踏み絵…。昔勉強したわ。クリスチャンは見つかったら処刑されていたって…」


 昭和初期に撮影されたであろう、当時のカクレキリシタンの貴重な話がDVDで流れていた。教科書の一部分でしか学ばない出来事も、こうしてテレビ画面越しだが、体験を見聞きすると、当時の彼らの生き方がどれだけ命がけで、肩見せまいものだったのが理解できる。香織は手で口を押え、食い入るようにしてその画面を見ていた。


「堀田君、ちょっとこれ見て…」

 一番奥であるものを見つめながら、俺を手招きする高山。DVDから視線を外し、高山の呼び掛ける方へと歩みを進める。そこには当時の遺物が説明書きと共に残されていた。

「これ、ひいおばあさんの家にあったものと同じじゃないか?」

 そこにあったもの。それは高山が壊したと思って罪悪感を感じていたあのキリストの磔の木像と瓜二つのものだった。説明文を読むと、いつでも隠せるように手足の取り外しが可能だった、と記載がある。そしてその横には…「この黒い筒、もしかして君のあばあさんが言っていたものじゃないか?」そのキリストの木像を隠す黒い小さな筒も展示してあった。

「ああ、思い出した」

 何で忘れていたんだろう?『この筒に昔は隠してあったのよ~。お役所さんに見つからないようにね』ばあばが俺に教えてくれた昔の記憶。そうだ。俺も木像を壊して、ばあばに泣きながら謝罪したとき、ばあばは笑ってそう答えてくれたんだ。

 クリスチャンが弾圧されていた時、キリストの磔の木像は手足が簡単に取り外せるようになっていた。抜き打ち検査で役所が訪ねてきても簡単にこの黒い筒にキリストを隠すことができるように…。

「もしかして今はこの中にキリストではなくて、十六番目のオラショを隠しているんじゃないのかい?」

 そうだ。きっとそうに違いない。ばあちゃんも、『黒い筒を探せ』って言っていたし…。ただ、どこに閉まってあったけ?何かばあばが引き戸をいくつか開けて取り出していたのは覚えているんだけど…。

「ねぇ、二人とも、こっちも見て…」今度は香織が俺たちを手招きする。「この絵…、ひいおばあさんの家にあった棚となんだか雰囲気が似ていない?」


 香織がみていたもの。それは、かつてこの土地のカクレキリシタンの家から見つかったある絵のレプリカである。「ほら、この絵、おばあさんの不思議な棚によく似ているわ」


 そこには【マリア十五玄義図じゅうごげんきず】(以下、『茨木市立キリシタン遺物史料館』の説明書き参考)と記載があった。


「えっと何何??この【マリア十五玄義図】は、大きく二つの部分からなっています、と。

 まずひとつは、聖母子を中心として周囲に配置された十五の絵、【聖母子十五玄義】にあたる部分。マリアへの受胎告知に始まる【喜び】の5場面、キリス トの受難を描く【苦しみ】の5場面、そして、キリストの復活とマリアの昇天までの【栄光】の5場面が順に配置されております…。15の各場面に対応して 15のオラショ (祈祷文)があり、それぞれを 10回ずつ、全部で 150回唱えていました」


「おいこれって!」俺たちは互いに目を合わせる。「オラショの起源じゃないか?」


 高山は続きを読み上げる。

「え~っと。つづきは…と。

 この絵の残りの部分を構成するのは、聖母子の下方、聖杯と四人の人物を描写する、【聖体秘跡せいたいひせき】にあたる部分です。聖杯のその両側には、日本に初めてキリスト教を伝導した イエズス会宣教師のザビエル(右)と、同会の創始者であるイグナチウス・ロヨラ(左)〈いずれもキリシタンが崇拝してやまない聖人でした〉、そしてその背後に殉教者として知られる男女の聖ルチア(右)と聖マチアス(左)が配置されています」


「つまり…どういうこと?」

「う~ん…」高山はあごに手を添え自身の考えを述べる。「つまり、周りの15の絵はキリシタンたちが祈りをささげる3つの場面。左下から順番に数えて言って、それが計15。オラショの数と一致。で、真ん中の上下に分かれた二つの絵。上の部分には聖母マリア様と、キリスト。そして下の部分は聖体秘跡という儀式を行う4人の人物に聖杯…」

「つまり…?」

「さっぱり分かりません…」両手を上げ、お手上げです、とアピールする高山。「とにかく、オラショの数がやっぱり15だったという事実だけが分かりました。けど、やっぱり16番目については分かりません」

「この周りの15個の絵をそれぞれ、1つのオラショだと仮定したら、16番目のオラショはきっとこの絵の上下のどちらかだと思うんだけど…」

「私も香織さんの意見に同意します。その16番目をさす部分に、16番目のオラショと黒い筒が隠されていると思うのです」

「でも、16番目だなんて…」

「私がキリストの磔の像を触ったのは、その奥に小さなでっぱりを見つけたからなんです。ただ、引き戸でもなく、棚でもなく…。本当にそこにあるだけ。不思議なでっぱり。丁度この絵の上下の境目辺りにありました。私の勘では、そこが怪しいと思います…」


 三人でう~んと唸る。


「ごめんねぇ、聞き耳を立てるわけじゃなかったんだけど…」

 急に聞こえてきた女性の声に三人で振り返る。俺たちの真後ろに、ここの史料館の管理人のおばあさんが立っていた。「ひいおばあさんがカクレキリシタンの方だったの?」

「ええ…。そうです」

 声をかけられるとは思っていなかったら戸惑う俺。

「そう…。ひいおばあさんの時代ならもう弾圧も何もなかったから大丈夫だったでしょうけど、それでもまだまだ世間の理解は追いついていなかったでしょうし、もしかしたら他とは違う宗教を信仰しているってだけで色眼鏡で見られていたかもしれないわよね…」

 残念そうに、それでいて共感してくれる管理人さん。話しやすい雰囲気もあってか、つい口が緩んでしまう。

「実は僕たち、曾祖母の遺言に疑問があって、それを調べに大阪まできたんです」

「疑問?」

「はい。曾祖母に先祖代々の墓に入れてほしいって遺言があって。お寺に先祖の墓はあるんですけど、どうやらそこではないようで…。真相を知ってるであろう頼みのおばあちゃんも痴呆症が進んでしまって…」

「そうだったのですね。それでここを訪ねられた、と」

「はい。でも黒い筒に16番目のオラショがあるって言われても、この絵にも15個のヒントしかないし…。もうどうしたらいいか…」

 俺の落胆する声に優しく管理人のおばさんは答えてくれる。

「きっともうすぐ真相は解明すると思われますよ。それより、お寺にあるという、ひいおばあさんのお墓はもう尋ねられました?」

「いえ、まだです…」

「なら行ってあげてください。実はカクレキリシタンのお墓にはここに展示されているものと同様、十字架がこっそりとつけられているんですよ」

 三人で管理人のおばさんが指し示す展示品の三姉妹のお墓をみる。薄いけれど、確かに十字架が彫られていた。

「確かに墓参りはいかないと。お家に泊まらせて頂くんだし…」

「そうね。すっかり失念してたわ。手を合わせに行くのは常識よね。ごめんなさい」

 高山と香織も次々に反省の弁を述べる。

「この辺の方なら、〇△寺かしら?数年前に墓荒らしのあった…」

「あ、はい…」

 よく知ってるな、と管理人に関心する俺。

「なら、是非曾祖母さんのお墓だけでなく、墓荒らしにあってしまった皆さんのお墓にも手をあわせてあげてください。きっと真相まですぐにたどり着けると思いますわ」



*****



 こういういきさつを経て、俺たち三人組は次は〇△寺へ向かうことにした。

 先ほどの史料館をでて、近くのスーパーで仏花を購入し、一度ばあばの家まで戻り、車を置く。そして今度は徒歩でばあばの家の近所にある小さなお寺へと向かった。そこに今現在曾祖母が眠っている。

 

「お邪魔します」と、高山。

「わ、意外と広いわ…」と、香織。

「ああ…」と、ぶっきらぼうに相槌をつく俺。


 境内の奥には墓がずらりと並んでいた。多いのかどうか俺は分からないが、この寺には50基近くの墓がある。でも香織の反応を見るに、この寺の規模からすると、少し多いのかもしれない。


「お寺さんがしっかりと管理してくれているのね」

 香織の意見に同意する。もしかしたら故人の親族が定期的に墓参りに来ているのかもしれないが、どの墓にも雑草などはなく、色鮮やかな花が墓石の両側に美しく咲いている。少し珍しい、と俺は思う。


「それにしても、面白い並びですね…」

「そうか?」

「ええ、全て10基づつ。計5列で50基配置すればよいものを、なぜこのような変な並び方にしているのでしょう?」


「両端に桜の木が植えてあるからじゃない?春はきっととても綺麗な場所よ!」


 俺自身とくにこの並びに不思議に思ったことはない。手前から10基の墓が3列。その奥は15基で、最後の列は5基。それに、香織の言う通り、最後の列の5基の墓の両側にはそれぞれ桜の木がそびえたっている。




桜    □□□□□    桜

□□□□□□□□□□□□□□□

   □□□□□□□□□□

   □□□□□□□□□□

   □□□□□□□□□□


手前


(↑パソコン推奨)


「ひいおばあさんの墓はどこだい?」

「奥から二列目の、左から6番目」


 三人でその墓に向かい、ばあばの眠っている墓石の前で手を合わせる。

「ばあばさん、きっとお墓を見つけますから。もう少しだけ待っていてくださいね」

 香織の声に俺はただ後ろで頷くだけ。


「さて、それでは早速っと…」高山はそう言うと「ちょっとごめんなさい」と、ばあばの墓の後ろに回り、何やら墓石を確認しだす。

「な、何してるんだよ!?」

「おお。本当だ!おい、ほら君たち、見てごらんよ」

 驚く俺の声をよそに、高山は笑顔でそう言って俺たちを手招きする。俺は香織と顔を合わせ、困惑しながら高山に近寄った。「見てごらん、ここに×…いや、十字架の文字が刻まれている。あの史料館で教えてくれたおばさんの言う通りだ」

 墓石の左奥に、微かにではあるが、縦横の十字の線が見て取れた。ただその線の模様は古いものなのか、殆ど消えかかっているようにも見える。

「ただ少し傷がついただけではないの?」

 そういう俺に、「君はさっきの史料館でなにを学んだんだ!?」と声を荒げる高山。「墓石にこっそりと十字を付けていたって、史料館の管理人さんも言っていただろう?きっと君のおばあさん…。いや、先祖さんたちはクリスチャンであることに誇りを持っていたんだ。それでこの十字を墓石につけたんだ。この数字を後世に残すために」


 今度は十字架が彫られていた場所の反対。墓石の右後ろを指して真剣な目つきで高山は俺に訴えかける。


「この6の数字を」


 知らなかった。だって墓の裏側なんて見る機会なんて早々ないから。でもそこには確かに漢数字で、六と記載があったのだ。


 三人で顔を見合わせる。

「どういうこと?」

「きっとこれは何かの暗号に違いないよ。ほら見てごらん。隣の墓石にも…。こっちは15。そっちは14。それぞれに数字が彫ってある。さて、私は奥の墓石から順に数字を確認するよ。だから堀田君は手前の墓石を確認してくれるかい?それから香織君は…。念のため、十字架のしるしがついている墓石を確認してくれるかい?」


 そう言って高山は小さなメモ帳を破り、一枚ずつ俺と香織に手渡した。



*****



「おい高山!すげーぞ!本当に全部の墓石に数字が振ってあった!」

 俺は興奮していた。何だか少しずつ真相に近づいている気がして。

「あのね、墓石に十字架が彫ってあったとこ…」香織も同じく少し興奮しているようだ。息を切らせながら笑みを浮かべている。「なんとね、ちょうど15基だったのよ!これってオラショの数と関係あったりするんじゃないかな?」

「よし、じゃあ各々の情報をまとめてみましょう!」




     五九十二八

       三

桜    □□■□□    桜

十二七四十六十三一九十十十八五

    五 四   一二三 

□□□■□■□■□■□■□□□

   五八十二九七十六三一

         五

   □□■□□■■□□□

   十十三八一十四五七二

   三二

   □□□■■□□■□□

   十六二九十七十三八十

         四  一

   □□■□□□■□□■


(↑パソコン推奨)



「とりあえず、十字架が彫られていた墓石は黒く塗りつぶして、その上に各墓石に書かれていた数字を記載してみたんだけれど…」

「よ、良く分からないわ…」

「同感…」

「とにかく今の情報をまとめてみよう」

「十字架が彫ってある墓石もそれ以外にも、全て均等に数字が振ってある」と、俺。

「十字架が刻まれている、恐らくカクレキリシタンのものと思われる墓石は計15」と、香織。

「そして、カクレキリシタンの墓に彫られている数字は、丁度15までの数字が均等にそれぞれ振り分けられている…」と、高山。「もしかして…」

「「もしかして?」」

「大事なのは、カクレキリシタンの墓石に彫られている数字のみで、他の数字はきっとカモフラージュなのかもしれませんね…」

「おお!」と簡単を上げる俺。「それでそれで?これらの数字は16番目のオラショといったいどう関係しているんだ?」

 でも途端、高山はあからさまに肩を落とす。

「そこからが分からないです…。どうしたもんでしょう…。この数字が絶対に関係あるって分かっていても、これからどうしたらいいのか分かりません」

「ならとりあえず、関係なさそうな数字は消してみたら?少し見づらいし…」




       十

       三

桜    □□★□□    桜

   四 六 三 九 十

           二                

□□□★□■□★□■□★□□□

     十  七十

         五

   □□■□□■■□□□

      八一  五

   □□□■■□□■□□

     二   十  十

         四  一

   □□■□□□■□□■


(↑パソコン推奨)



「あれ?香織さん。この星のマークはなんですか?」

「あ、それね。なぜかその四つの墓石だけ、十字架が二つあったのよ」

「十字架が二つ?」

「ええ。墓石の上側と下側に。なぜか…ね。それに、よく見てよ。場所的に何だか法則性がありそうじゃない?だから関係あるか分からないけれど、とりあえずそこの部分だけマークを変えてみたの」

「なんだろう?ここの墓の下に何か隠されている…とか?」

「それなら墓荒らしにあった時に何か盗まれた、と事件にでもなったのでは?でも堀田君の話では、特に何も盗られたものはなかったのでしょう?カクレキリシタンの遺骨が無くなっていること以外は…」

「確かに…一理あるな。でも、それじゃあ、この数字と十字架の法則性はいったい何だろう?」

「そうですね…。他に堀田君、何か思い出せることはありませんか?」

「う~ん。特にないかな…」

「そうですか。それは残念です…」高山は顎に手を添えて話を続ける。「では、私の大胆な仮説を聞いてくれますか?偶然か必然か…、堀田君のひいおばあさんの家にある引き戸と、この寺のクリスチャンの墓の数がオラショと同じ15。と、言うことは、確証はありませんが、ばあばさん家の引き戸とこの墓はきっと何か関係していて、例えば、引き戸の個数や、順番を、この墓に刻まれている何かの法則性に従って開けると、何か仕掛けが作動するとか…」


 でも、あの棚がそんなカラクリの棚なわけありませんよね、と頭を搔きながら笑う高山に、


「それだ!!!」


 と、俺はつい大きな声を上げる。


「そうだよ、高山。俺、何となくだけど思い出した。ほらあの棚、真ん中が上下二段に分かれているだろう?俺が初めてばあばの家に行ったとき、下の段のスペースは広いのに棚も何もなくて、モノを収納できないし、で、『ここ無駄じゃない?』って聞いたことがあるんだ」

「ああ。私が疑っている例のあのスペースのことですね」

「ああ、それだよ。そしたらばあば、『誠には難しいかもしれないけれど、あそこにはカラクリの仕掛けの種があるんだよ』って確かに言っていたんだ!それに、俺、言うの忘れていたんだけれど、ばあばが黒い筒を取り出すとき、決まって引き戸を何個か開けていたんだ。場所は…覚えていないんだけれど…。きっと高山の言う通り開ける引き戸の数か順番で何かカラクリ仕掛けが作動するようになっているんだよ!」

「やっぱりカラクリの仕掛けがあったのですね!」高山が目を見開いて、口をパクパクさせている。「私の考えは間違いじゃなかった!やはりあのキリストの木像の奥は、何かの仕掛けをクリアーしたら開かれるのか!!」

「でも、どの引き戸をどの順番であけるのかしら?次はその疑問の答えを見つけないと、よね??」

「恐らく、香織さんが見つけた二つの十字架が彫られている墓石が関係していると思われます!こうしてはいられません!ちょっと、私、この4基のお墓を少し見てきますね!」



 弾丸トークを繰り出した後、高山はそう言って奥の墓石の方へと走っていった。俺たちも二人で顔を見合わせながら手をつなぎ、高山のあとを追う。



 俺も香織も浮き出し立っていた。ばあばの言う先祖の本当の墓の在処まであと少し。きっと直ぐに高山が答えに辿り着いてくれるのだろう、と心のどこかで期待していた。



 けれど、夕日で寺が赤く染められても、高山も、俺も、香織も。結局、誰も最後の答えにはたどり着くことはできなかったのだ。



*****



「あれ、堀田さんとこの曾孫さん?」


「絶対に何か手がかりがあるはず…」と中々帰りたがらない高山を引っ張りながら、俺たちが三人でこの墓地のある寺を後にしようと思った時だった。寺の外で枯葉を掃除している住職さんに出くわした。


「あ、ご無沙汰しています…」

 ばあばの49日以来に会う、全てを包み込んでくれそうな、優しいオーラをまとう住職さん。名前も何も覚えていないけど、この温かな瞳だけは覚えている。

「お墓参りですか?」

「あ、はい…」

「「こんにちは」」

 香織と高山も同じように挨拶をする。

「堀田君の友人の高山です」

 ようやく高山がすっと立って、自立してくれた。これでもう引っ張る必要がない。よかった。

「あ、香織、と申します」

「初めまして、高山さん、香織さん。お友達と一緒に墓参りだなんて、ひいおばあ様もきっと喜ばれているよ」

 ニコニコ顔の住職さんに照れる俺。

「あ、そういえば…」高山が急に俺と住職さんの会話に割り込んできた。「こちらのお寺で昔墓荒らしがあったって聞いたんですけど…」俺と香織は驚いて高山の方へと振り返る。何で今更そんなことを聞くんだ?

「そうですよ。数年前にね。で、その事件の後から、こちらの正門の方に監視カメラをつけるようにしたんです」

 気が付かなかった。正門の上の方に確かに二台の監視カメラが設置されているのが目に入った。なんだか少しちゃっちくて、噓くさい気もするが…。

「こちらの正門だけにカメラを設置しているのですか?あの…桜の木の奥にあった裏門の方には?」

 そんなのあったけ?よく見ているな、と高山の観察力に感心する俺。

「裏門は今は殆ど使われていませんからね。前の墓荒らしの犯人さんも正門からでしたし、とりあえずは正門だけで」

「そうなんですね。ところで墓荒らしの目的って何だったんですか?」

「それを聞いてどうされるんですか?」

 俺もそう思う。何で急に住職を尋問するようなことを高山はするのか。住職にお世話になっていた分、フツフツと高山に静かな怒りがこみ上げてくる。

「いえ、ただ不思議で…。骨を盗むにしてはメリットもありませんし…。もし墓石の中に高額な財産か隠されていたとして、それが盗まれていたならば、きっともっと大きなニュースになっていたはずでしょうし、堀田君の曾祖母を含め、こちらに世話になっている故人の親族たちが黙っていないはずです…。なので…もしかしてその墓荒らしの犯人も…オラショ…、私たちと同じように16番目のオラショのヒントを探していたのかなって。ただの推測ですが…」

「ちょ、ちょっと!急にそんな事言われたら混乱するだろ!」流石に高山を制止する俺。

「いえ、いえ、良いですよ」でも意外にも住職は寛容な態度をとる。「高山さん、どうぞ推理を続けてください」

「私の勝手な想像なんですけれど、ここのお寺の住職さんが墓荒らしの犯人の動機を知らないわけがないと考えているんです。なのでここからはあくまで私の推測にはなるんですが、恐らく、墓荒らしの事件が起こる数週間前か数日前に、こちらの寺に納骨された人がいた。そしてきっとその人も16番目のオラショというキーワードを親族の誰かに遺言として残したんです。けど、その人たちはその意味が分からず、色々な場所を巡ったんです。そして、私たちと同じようにこの墓の全ての墓石に刻まれた数字を発見したんです」

「ほう」

「私たちは史料館の管理人さんから、墓石の見方・・を教わっていた。だから無駄な数字を無視することができた…。けどきっとその墓荒らしはそのことを知らなかったんです…」

 住職さんは高山の話を注意深く聞く。その瞳はとても真剣なまなざしをしていた。

「墓石に数字を確認できたものの、重要な十六の数字はどこにも彫られていなかった。だから全ての墓を掘り起こしたんです。きっとどこかに16のヒントがあると確信して。でも何もなかった。その人たちがそれからどうなったのかは分かりませんが…。きっとその後に、今後同じように16番目のオラショを探す人達の為に、追加で4つの十字架が墓石に掘られたんです」

「追加で?」

 何のことだ?俺はたまらず言葉を挟んでしまう。

「ええ。香織君の説明を聞いて、私、少し不思議に思ったんです…。どうして十字架が二つ彫られている墓が存在するのか。だって当時はキリシタンであることを隠して生きていたのですから。わざわざ見つかりやすいように二つも十字架を刻む必要なんてなかったはずです。それで、十字架が2つ彫ってある4基のお墓をチェックし直してきたんです。そしたら…。他の墓石に掘られたものと比べ、明らかに十字架の字の形も太さも異なっていた。他のものはどれも元からあった傷と間違えるくらい薄いものだったのに、この4基に関してははっきりと十字架だと分かる、真新しい彫られ方。それは誰かが意図してつけた跡。私はそう確信しています」

「何で意図してそんなものをつけるんだ?」

「キリシタンでない人たちの墓まで荒らされていたから、それに心を痛めて、お墓ないし、お寺の関係者の方がつけたのではないか、と私は推察しています。他の方の遺族が今度きても、どの墓石の数字が答えに必要なものだとすぐに分かる様に、新しく十字架を彫ったのだと。でも、どうしても肝心の数字の順番が分からないのです…。なので住職さん、お願いです。こちらのお寺を管理していて、この数字や十字架の存在を全く知らないわけはないでしょう?私たちにヒントか、答えを教えてください」


 高山の目は本気だった。俺も後ろを振り向いて住職さんへと目を向ける。驚いた。住職さんは高山の推理に怒ることなく、むしろ高山の答えを聞いて少し涙を浮かばせながら、喜んでいたから。


「ハハハ。高山さん。すごいです。もう、そこまで分かっているのですね」住職の第一声に俺は目が点になった。一体全体どういうことだ?やはり高山の推察通り、住職さんは全てを知っているのか?「けれど、すいません。私は答えを知らないのです。なぜなら、人によって、家系によって、先祖によって、どうやら異なるようですので。私から言えること。それは、このお寺に伝わる言葉だけ。【お祈りの最後には、必ず自分の先祖の墓の前で手を合わせることを忘れずに】。これがヒントになるかは分かりませんが」



*****



 ばあばの家に戻った俺たちは暫くの間無言だった。ただ耳に聞こえてくるのは、この広い家の周りにいるカエルの大きな鳴き声だけ。


「住職さん、墓荒らしの犯人さんについて知ってたんだ…」


 ようやくボソリと香織が口を開く。

 俺はなんとも言えない気持ちだった。なんだか全てに騙されていたような、後味の悪い思いを感じる一方で、やっぱり先祖の墓は他にあるんだということに確信を持てた、少し忙しい一日だったから。


「ええ。でも隠していたのはきっとわざとじゃないですよ。彼らなりの正義です」

「でも、本当にあそこまで知ってて、墓のありかも、16番目のオラショのことも何も知らないとかありえるのかしら?」

「どうでしょう…?でも、カクレキリタンを匿い、しかもアリバイ工作に加担するお寺の存在なんて、もし当時役所の人間に知られでもしたら、彼らも処刑や拷問を受けていたと思います。史料館にあった展示品に書かれていた通り…」

「そうかもしれないけれど…それは随分前のとこでしょう?この時代にもなってまだ知らないとかそんなことあるのかしら?それに私、なんだか拍子抜けしちゃったの。もっと早くあの住職さんが誠にそのことを打ち明けてくれていたら、こんなにも色んな人を巻き込んで、色んな場所に赴くこともなかったのにって」


 俺は高山と香織の会話を聞き流しながら、先ほどの墓石のメモを見つめていた。

 俺はこのカタチをどこかで見たことがある。でも、思い出せない。


「あ、そういえば帰ってきたんだし、もう一度お線香を焚きましょう?おじさまから片付けてある場所はきいてあるの。えっと…」

「じゃあ私は棚を開けますね。キリストさんにも外の空気を吸わせてあげましょう」


 高山はそう言って大きな棚の上の段の仏壇の扉を開ける。俺はそちらに目をやる。キリストの磔の木像が目に入った。


「あ」

「ん??」


「おい、高山。そのキリストの像をこっちに持ってきてくれ」

「ええ。分かりました。けど、なぜ?」

「誠、どうしたの?」


 もしかしたら。でも…。きっとそうだ。それならば、この箇所に二つの十字架が刻まれている事にも納得できる。


「いいか、二人とも。まず、このメモを見てくれ」



桜    □□□□□    桜

□□□□□□□□□□□□□□□

   □□□□□□□□□□

   □□□□□□□□□□

   □□□□□□□□□□


(↑パソコン推奨)


「さっきのお寺のお墓よね?それがどうしたの?」

「なんでこんな形になっているのか、疑問に思ってたろ?」

「ええ。不思議だな。と思いました。でも両脇に植えられている桜が原因なのだと、皆で納得したと思ってましたが…」

「この形。全く同じ、とは言えないがこれに似ていると思わないか?」

 俺はキリストの磔の木像を二人に見えるように持ち上げる。ポロリと左腕が落ちた。

「まあ、言われてみれば。磔、というか十字架の形に見えないこともないかな…」

「ま、まさか」高山はどうやら俺の言葉の意図に気が付いたらしい。口元に両手を当て、「そうだ…。本当だ…」とワナワナ声を震わせている。

「どういうこと?」一方で香織はまだ分かっていないようだ。

「よし、香織次はこのメモを見てくれ」



       十

       三

桜    □□★□□    桜              

□□□★□□□★□□□★□□□

   □□□□□□□□□□

   □□□□□□□□□□

   □□□□□□□□□□


(↑パソコン推奨)



「香織が星印をつけたこの十三のところに、このキリストの頭を持ってくると…」

「あれ?確かにこのキリストの像とこの墓石の配置ってよく似ているわ」

「そうだろう?そして、他の星印の場所も、クリスチャンがお祈りを捧げる時にする、十字を描くときの位置とよく似ているんだ」

「十字を描く??」

「ええ。香織さんは耳にしたことはありませんか?【父と子と聖霊のみ名によって アーメン】」

 高山はそう言って、額・胸・右肩・左肩の順に空中に十字を切った。

「え、え、もしかして…」


 香織もようやく理解してくれた。その美しい瞳は今まで見たことがないくらい大きく開かれていたのだ。


「高山、まずはこのでかい棚の周りの引き戸にそれぞれ、マリア十五玄義図と同様に数字を振ろう。」


 678910

 □□□□□

5□   □11

4□___□12

3□   □13

2□   □14

1□   □15


「次に十字を描く時の数字だ」



       十

       三

桜    □□★□□    桜

   四 六 三 九 十

           二                

□□□★□■□★□■□★□□□

     十  七十

         五

   □□■□□■■□□□

      八一  五

   □□□■■□□■□□

     二   十  十

         四  一

   □□■□□□■□□■


(↑パソコン推奨)



「この墓石の通りに読むと、額は十三、胸は三、右肩は十二、左肩は四」

「そして、最後は住職さんの言葉よね」

「「「お祈りの最後には、必ず自分の先祖の墓の前で手を合わせることを忘れずに」」」


「ばあばの墓は、六。よし、その順番に引き戸を開けるぞ」



13→3→12→4、そして…6



 三人とも静まり返る。しばらくの間静寂な時間が続く。

 何も起こらない。もしかして推理が違っていた?そんな馬鹿な。

















 ガタ



 ガタガタガタ…ガチャン


 

 数秒後、上下の段から心地よい音がした。


 互いに目を合わせ、急いで三人で大きな棚の前に集まる。


「おい!みんな、見ろよ!これ!!!」


 キリストの磔の木像が飾られていた奥のただの出っ張りになんと、引っかかりが現れたのだ。俺はその部分に指かけて前に引っ張る。


 パカっと優しく開き、


「あった、筒だ!ばあちゃんが言ってた筒!」


 黒い小さな筒が出てきた。

 そしてその黒い筒を慎重に開けると…。


「見ろよ。紙が出てきた!」


 色褪せた小さな紙が折りたたまれた状態で出てきたのだ。


「もしかして、これがおばあ様の言っていた16番目のオラショじゃない?」

「よし、いいか皆。あけるぞ?」

「待ってください。私には深呼吸が必要で…ああ!」


 俺は高山の声を無視し、その紙を開ける。


「見て、文字が書いてあるわ」




【 マリア様ハ イリエ城ニ ネムル

  ジュスト様ノ 五芒星ヲ マワシ

  開カズノ トビラヲ ススメ

  マリア様ノ 北ニ 壱五 西ニ 七

  ソコ 我ラノ 墓ナリ 】




「なにこれ?」


 三人で顔を見合わす。「これがお墓の情報?」

「ま、我らの墓なり。って書いてるしね。そうだと思う」

「マリア様の墓って、あのマリア様?」

「いや、多分、このマリア様は高山右近の母親。で、ジュスト様は高山右近。どちらも彼らの洗礼名を指しているんだと思う」史料館に向かう時に読んだネットの情報を俺はそのまま香織に伝える。「でも…、確か高山右近の母親の墓は確か違う場所にあった気がするんだけど…」

「ええ、そうですよ。マリア様のお墓は豊能町にあるといわれています。でもただの言い伝え。それが本物かどうかなんて誰も知らない、大阪の七不思議の一つです」

「じゃあ、本物のマリア様のお墓はその豊能町ではなくて、この…イリエ城?にあるってこと?」

「きっとそうですよ、運命です!運命を感じます!!」なぜか急に興奮しだす高山。その目には光るものが見える。「やっぱり私たちは初めからここに導かれていたんですよ!」

 いったい何のことだろうか?

「運命って何言ってんだよ。と、いうかそもそもイリエ城ってどこだよ、それ」

 吐き捨てるように言う俺の肩を高山は掴む。

「本当に分かりませんか?イリエ城。漢字では入り口の【入】に、江戸の【江】で、入江城。












 別名、高槻城です」





*****



「香織さん、早く車を出してください!」

「馬鹿いえ、もうこんなに外は真っ暗なんだぞ!危ないに決まってるじゃないか。明日の朝に行こう」

「陽がでていると、墓探しには人の目につきます。きっと不審者に思われますよ!陽が出ていない、今がチャンスなんです!さあ、香織さん!車のカギをもって!」


 もう外は真っ暗だった。東京の街と違い、自然に囲まれたこの土地には、外は月と星の光と、ほんの僅かな街頭と家から漏れる温かな光のみしかない。こんな暗闇の中、いくら技術があるからって、香織に運転なんかさせたくない。だけど高山は食い下がる。人気のないこの時間が墓探しには持って来いだと言って譲らない。


「誠」香織が優しく俺の名を呼ぶ。「いいよ。行こう?暗くて分からなかったら、また明日陽の出ている時間帯に行けばいいじゃん。私だって、早くばあばさんを、旦那さんやばあばさんのお母さんに合わせてあげたいの。私、スーパー安全運転で向かうから。だから、行きましょう?ね?」



 こうして、興奮している高山と、暗闇を緊張した面持ちで運転する香織と共に入江城、別名、高槻城へと向かうことにした。



*****



「高槻城っていっても、今は何もないのな」

「ええ。150年程前に廃城になり、今は城跡公園として整備されているようです」

 高槻城の城跡に来た。城跡、といっても殆ど何もないただの広い公園である。

「やっと来れました!」と、なぜか涙目で歓喜する高山をよそに、俺は先ほどの黒い筒から取り出した紙をスマホで撮った写真を見る。


「【マリア様ハ イリエ城ニ ネムル】高山君曰く、これはきっと、マリア様のお墓はここの高槻城があった場所のどこかにあるってことよね?」

「ああ。で、問題は、次の【ジュスト様ノ 五芒星ヲ マワシ 開カズノ トビラヲ ススメ】だよな。まずは、ジェスト様。高山右近を探さないと」

「そうね。手分けして探しましょう」

「おう、俺はあっち探すから、香織は高山と一緒に探せよ。もうこんな時間なんだから、絶対に一人になるな。何かあったら高山を盾にして逃げて、俺に電話しろよ」

「ふふ、心配しすぎだって。分かったわ」

  



 俺は広い高槻城跡の公園へと足を踏み入れる。外灯も殆どないこの暗闇の中、俺は当てもなく、【ジュスト様】を探し回った。


「こんなことなら、どこかで懐中電灯でも買ってくるんだったな…」


 スマホのライトだと心もとない。そんな風に独り言を呟いた時だった。


「落とし物?」


 振り返ると、おじさんがいた。ヘッ、ヘッ、と、おじさんの足元には柴犬が舌を出して笑っている。どうやら散歩中のようである。おじさんは、もの珍しそうに俺のことを上から下までジロジロ見ながらそう尋ねてきていた。


「あ、いえ…」


 不審者と思われただろうか?確かに一人でスマホのライト片手に何かキョロキョロしていたら変な人だと思われるに決まっている…。


「ここら辺の子?」


 ああ、やっぱり。変な人だと思われている。おじさんの眉間には深い皺ができており、明らかに敵対心丸出しの顔つきをしていた。


「いや、えっと…。実は俺…高山右近さん…か、それに関係するものを探していて…」

「こんな時間に?」

「あ、はい…。すいません…」


 そらそうだ。突っ込みどころ満載のこの回答。適当に落とし物したとか嘘をつけばよかった。

 だが、おじさんは俺の事を不審がりながらも、ガックシと肩を落とした俺に同情したのか、「こっちに銅像ならあるで。着いてい」と柴犬を連れて俺を案内してくれた。


 「ほら、あそこ。あそこに銅像あんで」


 数分歩くと、少し丘になったところが見えてきた。その丘のところに、まるで公園を見渡すように立っている高山右近の銅像が確認できたのだ。

 「あ、ありがとうございます!!」


 俺は元気よく感謝を伝えて、その銅像のもとへと走っていく。


「あれ?この銅像変だな?」

 銅像の元に辿り着いた俺は直ぐに違和感を感じた。香織に電話し、高山とこの場に来るように指示する。


「誠~!」


 それから更に数分の後、香織が高山と現れた。


「こっちこっち!」と香織の声がする方を振り返ると、暗くて定かではないのだが、香織たちの奥に、ここへと案内してくれたあのおじさんがまだ犬を連れてこの場にいた。どうやら、誰かに電話しているようである。もしかして、俺たちのことを不審者だと思って警察に通報しているのか?ならば、早くここから立ち去るほうがいいか?


「これが右近さんの像ですね。立派です」


 けれど、高山が間抜けな声でそう感嘆し、パシャパシャとライトをつけてこの銅像を写真撮影しだしたのを見て拍子抜けしてしまった。そうだよな。今は一人じゃないし、三人だ。もし警察が来たとしても、ちゃんと説明すれば大丈夫か。何だか高山の呑気な一面に、ほっと一安心してしまう俺。


「で、何がおかしいの?」香織は高山右近の銅像を見ながらそう俺に問う。なにせ、俺は香織に、『高山右近の銅像を発見したんだけど、なんか雰囲気がおかしいんだ。こっちに来てくれないか?』と電話したからである。「変なところなんて何もないけど…」

「なんていうかな…。う~ん。説明が難しいんだけど…」

「香織さんは気が付きませんか?」俺が何と説明しようかと迷っていたら、写真を撮り終えた高山がどや顔でそう香織に声をかける。「という私も今、気が付いたんですけど…。ほら、ここ見てください」


 高山は銅像の左足元を指さす。


「どこにでもある、銅像の説明書き?これがどうしたの?」

「香織さんは読めますか?」

「え?ちょっと待ってよ…」そう言って、香織は銅像に近づこうとするが…「ちょっと何よこの草!草!草!草が邪魔で読めないわ」

「それですよ」

 高山の回答に俺も頷く。

「そうだ、それだ。香織、おかしくないかい?銅像の説明書きなんて誰にでも見れるようにするだろう?それに、銅像と写真を撮りたい人だっているはず。なのにこの銅像はおかしい。何でこんなに周りが植物で草で覆われている必要があるんだ?しかも柔らかいものではなくて、こうして枝が引っかかるような固いものだぜ?確かに公園より少し高めに設置してあるから、子どもが落ちたら危ないっていうクレーム対策でつけたのかもしれない。でも、もしそうなら、この隣の広場のように柵を付けるだけでよかったはずだよ。しかもさ、よく見てみて。この銅像手前の方、結構なスペースがあるんだ。なのにその広いスペースですら全部この草で覆うだなんて…。まるで銅像の周りを隠しているように思えてならないんだ…」

「そうか!堀田君!きっとそれですよ!この草花は地面の何かを隠しているのかも!堀田君!下を照らしてくれますか?」


 俺は手前の草を少しよけ、地面を照らす。枝が絡み合ってよく見えないが、何か文字が掛かれたマンホールのようなものが地面にあるのが見える。


「何の文字?」

「星に見えたけど…」

「もう少し草をかき分けてみますね…。ごめんよ、葉っぱと枝だち…」


 高山は草をかき分け地面をみる。そこには確かに小さな星が掛かれたマンホールがあった。


「星だ…」

「本当だわ。これが、オラショに書いてあった五芒星?」

「いえ、違います。五芒星は星の中に線が書いてあるものを指します。よく見てください。これはただの星にしか見えません。もう少し前の方も確認してみます。堀田君、もう少し前に行くので落ちないでくださいね」


 高山は少しずつ銅像の前へと歩みを進める。俺もその後を追う。

 草花が銅像の周りを囲んでいるものだから、人の通れる道なんて殆どなかった。手足に固い草や枝が絡みついて、正直痛い。それに…。ふと下を見る。ぞわっと鳥肌がたった。足元に気を付けないと、公園へと落ちてしまいそうだ。


「お~い!君たち!何してるんだ?危ないからそこから早く降りなよ~!」


 先ほどの散歩中のおじいさんが俺たちの足元の方へ移動し、俺たちを見上げながらそう注意する。確かに、少しでも足を踏み間違えたら落ちてしまいそうなそんな場所に今俺は立っている。危ない。


 でも、高山はそのおじさんの声を無視しながら、熱心に地面を見る。


「あった!堀田君、ここを照らしてください!五芒星、確かにありましたよ!」


 スマホの明かりで高山の指さすところを照らす。

 確かにそこのマークだけ、星のマークではなく少し変わった模様、五芒星が描かれていた。


「早く降りなさい!」


 なおおじさんの声を無視し続ける高山は、その五芒星が描かれたマンホールへと手を伸ばし、蓋を取った。


「お、この蓋の下、何かあります。堀田君、再度照らしてくれますか?」


 スマホの明かりを近づける。マンホールの蓋の下には、高山の言う通り、何かを回す車輪のようなものがあった。


「勝手に回していいのかな?」と不安になる俺に対し、「【ジュスト様ノ 五芒星ヲ マワシ】と書かれていたんですよ?回すしかないでしょう!」と目をキラキラと輝かせる高山。


 俺はウンと頷いて、その車輪のようなを回す。カタイ。クソッ。何度も力を入れて入れて回す。「俺も手伝うよ」高山も手を伸ばしてきてくれ、一緒に回してくれる。


「おい!こっちだ!早く!少年たちが!!!!」



 おじさんが誰かを呼ぶ声と共に、


 ガタン


 という、何か鈍い音もこの暗闇の公園に響いた。



「何か銅像から音がしたわ!」


 香織がそう俺たちに叫ぶ。


「まだです。堀田君!もう少し!」

「一気に回すぞ、高山!」

「任せてください!」



ガタガタ ガタン



「お、落ちた!ど、銅像の!銅像のあれが…お、落ちた!!」


 銅像から少し離れている俺たちの元まで響く大きな音。それと共に、香織の焦る涙声が聞こえてきた。


「は?銅像が落ちたのか?」

 香織の方へと視線を向ける。だが香織は優しく首を振り、銅像の一点をワナワナ震えながら指で指し示す。俺たちはその方向へ視線を向ける。

「おい。嘘だろう?」



 高山右近の説明書きが下に落ちていた。俺は高山と目を合わせ、下に落ちないように気を付けながら、香織のいるところへと戻る。香織が高山右近の説明書きが書いてあった場所をスマホで照らした。そこには、ぽっかりとあいた空間があり、中をよくよく見ると、かなり急な階段が顔を見せた。


 俺たちはまるで以心伝心しているかのようだった。

 お互いの顔を見つめるだけで、何も言葉を発していないのに誰が何を言っているのか分かったのだ。俺は二人に大きく頷いた。そして、そのぽっかりとした空間へと足を踏み入れようとした………………その時だった。


「ちょっと貴方たち!?」後ろから声が聞こえた。大人の女性の声。やばい、補導される?鼓動がバクバク大きく打ち始める。悪いことをしていないのに…。いやしたか?とにかく、俺たちは少しパニックになる。


「ご、ごめんなさい!これには深いわけがあって!」


 懐中電灯の光で照らされた俺たち三人組。俺はその声の主に謝ろうと振り返る。が、ライトでま、眩しい…。


「あれ?貴方たちは…?」

「へ?」


 俺の顔を認識した女性が声を落とす。え?知ってる人?ワンワンと犬の吠える声も聞こえてきた。だが、顔をライトで照らされているので、その声の主が逆光しており、誰なのか分からない。


「もしかして、お昼間に史料館であった学生さんかしら?ああ、ごめんなさい。眩しいわよね」


 ライトの光が顔から離れた。だが目元はまだチカチカしている。


「あ…。史料館の…」


 少しずつ視力が戻り、暗闇に慣れてきた。ようやく声の主の顔を見ることができた俺たちはその人を視界にとらえて言葉を失う。


 犬の散歩のおじいさんと一緒に現れたこの女性は、あの史料館にいた管理人のおばあさんだったからだ。



*****



 ヴ~ ワン ワン


「ポチ?吠えちゃダメ。このお兄さんたちは悪い人じゃないのだから」

「もしかして、彼らなんか?今日言ってた墓探しの…」

「ええ。そうよ」おばさんは、おじさん、否、彼女の旦那さんと軽く会話した後、俺たちの方へと顔を向ける。「それにしても早いわね。今日中に真相に辿り着けるだなんて…。早くても明日文化劇場の方へ来ると思っていたのに…」

「文化劇場?」

「ふふ。後で説明するわ。それより、人が来ないうちにお墓まで案内しましょう」おばさんはそう言って、旦那さんの方へと振り返る。「それじゃあ、あなた。少し行ってくるから、ここで待っててくれる?ちゃんと説明してきますから」

「この入り口はかなり急になってるから、気を付けて行きや」


 ポチという名の柴犬は大人しくおばさんの声に従い、くぅん、と小さく鳴いてその場にお座りした。一緒に散歩に出かけていたおじさん、こと、おばさんの旦那さんは俺たちに向かって「疑って悪かった」と謝った後、そう言葉を紡ぐ。そして、持っていた懐中電灯を一つ俺に手渡してくれた。


「地下の通路は真っ暗なの。明かりをつけるところまで行くのに少し時間がかかるから、これを使ってちょうだい。数が足りないけれど、我慢してね」


 こうして、おばさん、俺、香織、高山の順番で右近像の足元に現れた魔界の空間へと足を踏み入れることになった。



*****



「かなり急な階段だから。一歩ずつ慌てずに降りてきてね」


 中に入ると、ひんやりとした風に出迎えられた。おじさんに借りた懐中電灯は高山に託し、おばさん、俺、香織、高山の順番で階段を下りる。カツンカツンと階段を下りる靴音がこの小さな空間に響き渡る。


「明かりをつけるところまでどれくらいですか?」

「そうね、階段を下りて少し行ったところにあるの。大体5分くらいかしら」


 心臓がドキドキと高鳴りする。

 行先の見えない暗闇に対する恐怖よりも、ようやくばあばの墓に対面できるかもしれないという期待の方が何十倍も勝っていた。父も、伯父も信じていなかった、先祖の本当の墓。認知症だけれども、ばあちゃんの言っている事を信じて良かった。ばあばにようやく恩返しができる。


「ここから少し歩くわよ?ライトで前を照らしてくれる?離れないように、でも足元には気を付けて。少し滑るかもしれないから」


 おばさんは懐中電灯で壁を照らし、俺たちにこちらの道だと先導する。高山は一番後ろから、おばさんの足元を照らす。みんなが迷子にならないように。足元に気を付けて進んでいけるように。


「このあたりだわ。スイッチを探すから。ちょっと待っててね」


 ボタンを探し始めるおばさん。俺たちも各々スマホを手にとり同様に壁を照らしながら、壁に備え付けてあるであろう明かりをつけるスイッチを探す。


「あった。これですか?」


 直ぐに香織が見つけた。


「ええ、それよ。押してみて」


 パチンという音と共に天井がオレンジ色の光でゆっくりと灯される。光が灯ってもそれでもなお、まだまだ暗いこの地下道。ただ、真っ暗だった時とは違って随分辺りの様子が確認できる。歩きやすくなった。


「それじゃあ、マリア様のお墓に案内するわ。ついてきて」


 そういって懐中電灯を着ることなく、俺たちを案内してくれる管理人のおばさん。俺たちは静かに彼女の後をついていく。人一人分の横幅の狭い道をただ口を閉ざして歩く。


「それにしても、お墓探し、一日で終わったんやね?最近の若い子はすごいね」


 おばさんがようやく口を開いた。

「皆に手伝ってもらったのと、住職さんにヒントをもらったので…。僕自身は何もしてないんですけど…」

 俺はボソリとおばさんにそう言葉を返す。

「そう?それでも、ここまで自力で辿り着けたことは誇りに思っていいわ。前の人たちは、泣きながら史料館に来たのよ?ふふ。それにしても、次にここに来る人たちがこんなに若い子たちやなんて、眠ってる先祖さんたちも嬉しいやろうなぁ」

「あの、つかぬことを聞いてもいいですか?」

 一番後ろから高山が声を出す。その声はこの薄暗い地下道に響きわたる。

「ここのお墓の存在って結局誰が知ってるんですか?」

「どういうこと?」

「ほら、この道整備されている後があるでしょう?と、言うことは私たちが思っている以上にたくさんの人がここの墓の存在を知っているってことです…。だから他に誰が知っているのかな、と」

「誰って、難しい質問やなあ…。カクレキリシタンの人たちの記憶を紡ぐ人たち、とでも言っておこうかしら。後はほんの少しの役所の人」

「役所の人?」

「ええ。ほんの数人だけどね。ここを後世に伝えていくために保管するには、お役所さんの力が必要なの。あと、昔ね、ここに眠る本当のマリア様のお墓で収益化をしないか、という話もでたみたい。でもね、もし、ここの存在が世間に知れ渡ってしまったら、きっとたくさんの観光客が押し寄せる。本当にここに墓参りに来たい人たちは、より一層足が遠くなってしまうし、そんなこときっと先祖様たちも望んでいないからね。だから、老朽化を理由に、ここの存在をオープンにはせず、私たちは、豊能のお墓の言い伝えを否定しないことにしたの。本当のお墓は、ここに眠る方の親族のみ代々受け継いでいけたらいいな、そう思ってね」

 フフフと上機嫌で答えるおばさん。

「あの…住職さんは本当にお墓の場所を知らないんですか?」

 香織が恐る恐る質問する。

「あ~、〇×寺の住職さんの所?そうね、皆、知らないわ。別のところで仏さんは眠っている、とは知ってるけれど、詳しい場所までは誰も伝えてないのよ。きっとお寺さんでもお寺さんの仕来たりにしたがって、代々そう受け継いできているんでしょうね」

「もう一つ質問いいですか?あの右近さんの像の仕掛けって、一体いつからあったんですか?」

「そうね…あの仕掛けはね、実際のところ、時代が代わるごとに、少しずつ変化していってるんよ。今の入り口は、明治初期に高槻城を工事する時、もともとあったお墓への出入り口を閉ざし、作業員にバレへんように、新たに作られた入口の名残。それをまた次の時代の人たちがより分かりずらくするためにあの手この手で仕掛けを変え、手を加えていったの…。変わらないのは、16番目のオラショに従って、入り口の近くに、ジュスト様と五芒星を置いておくこと」


 地下道が二手に分かれた。


「いい?行きは右手。帰りは左手に曲がるんよ。それだけは覚えといてね」

「「「はい」」」


 俺たち一向は右手に曲がる。

 すると、地下道なのに花の香りが奥から漂ってきた。管理人さんが脇に体を避ける。


「ここよ」


 一段と広い空間にでた。たくさんの大きな石が綺麗に並べられている。

 そしてその奥にはひと際大きな石、否、岩があった。


 【マリア ノ 墓】


 俺たちは三人並んで手を合わせる。


「私、ここで待っているから、探してきなさい。おばあ様のお墓を」


 俺はスマホを取り出し、方位磁石のアプリを起動する。

「こっちが北か!」

 そして、走り出した。「北に15、西に7」と唱えながら。








 「あ、あった…」







 マリア様の墓から北の道に入って15番目。そこから西へと7番目に奉られている石を発見した。十字架が彫られたその石には殆ど消えそうな字で【堀田家】と記載があった。途端、俺の目からは涙がとどめとなく溢れてくる。


「よかった。嘘じゃなかった。本当に…。本当にあったんだ…」涙を止めることができない。鼻水もとどめなく出てくる。「ばあば、俺、見つけたよ。嘘じゃなかった。本当にあった…」


「良かったわね。早く、ばあばさんを連れてきてあげないと」


 香織は俺にそっとハンカチを渡し、頭をポンポンと俺の頭を優しく叩く。その優しさが心にしみて、俺の目からはより一層辛い涙が流れ始める。


「うん、う゛ん゛!!じいじ、待っててね。ばあばを直ぐに連れてくるから」



 高槻城跡にあるこの広い地下。


 俺の鼻水をすすりながら泣く音だけがしばらくの間響き渡っていた。




******




「今度は私たちが墓荒らししないとですね」



 管理人のおばさんたちと別れた俺たちは今は帰宅の車の中。真っ暗な道を香織が安全運転で走行してくれている。俺は高山の声を聞きながら外の暗闇へと目を向ける。


「そうだな。ばあばの遺骨を正しい場所に納骨しに行かないと、だしな」


 以前墓荒らしをした犯人たちを思い浮かべる。どんな人だったのだろうか?どんな気持ちで全ての墓を掘り起こしたのだろうか?でもこれだけは分かる。きっとその人の大事な人も無事に正しいお墓に辿り着け、ホッとしたのだろう。今の俺たちと同様に。


「そういえばおばさんが、マリア様の本当のお墓のことはネットにも他の人にも他言しないで欲しいって」

「もちろんですよ。私は貝より口が堅いんですから。任せてください」

「誠もよ?あそこの地下のお墓たちは静かに眠っているんだから、あのまま静かで穏やかな時を過ごさせてあげたいんだって」

「ああ、分かってる。絶対に誰にも言わないよ」

「あ、後ね。ばあばさんの遺骨を納骨する時、予め公園の近くにある芸術文化劇場に来てほしいって。担当者を派遣するってことと、もう一つの関係者以外立ち入り禁止の場所にある、歩きやすい秘密の通路を案内するからってさ。今後、お墓参りしたいときはそこを通してくれ、だって」

「おけ。分かった」



 緊張の面持ちで高槻城へ向かっていた時と比べ、今のこの車内は随分と穏やかな空気で包まれていた。それが俺はなんだか嬉しい。


「それにしても、ロマンですよね。あのお墓は日本の誇る隠された秘密の財産です。しかも我々数人しか知らない、秘密の財産。ねえ、堀田君、香織さん。次はどんなロマンを求めに行きますか?」


 ごちゃごちゃ言う高山を無視して俺は車の窓を開ける。



「ちょっと誠!虫が入ってくるって!!!」



 外は大量のカエルたちが大合唱しているところだった。



 俺はある言葉を叫ぶ。

 ばあばがじいじと、お母さんと無事に天国で会えたらいいな。

 そう願って発した言葉。



「ねぇ、早く閉めてよ。カエルの声うるさいし」



 でも誰にも聞こえていないみたい。

 カエルだけが俺の恥ずかしい心の内を聞いてくれた。



 

 さあ、次は墓荒らしだ。

 いつの夜に決行しようか?



FIN


つたない文章を最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございます。

本当はもう少し旅をさせながら、謎解きをしていく予定でしたが、

とんでもなく長くなりそうだったので、ぎゅっと短縮させてしまいました。


楽しく謎解きをして頂けたら幸いです。

本当に最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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