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パンケーキレモン2  作者: 紫いろろ
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パンケーキレモン2

「なんでそんなに長々と言えるくらいの別れる原因があるのに別れないの?」

 恋愛の先生でもないし、いつもは絶対にしないことだから足場がだいぶぐらついているからふらふらと安定を求める。ただ心の振動がそれを阻む。

「あのね、別れれないんですよ。けれどこれは咲穂の言っていることではなく勝手な自分に負わせた責務です。あんなに彼女への嫌なところはあります。けれど俺はそれでも彼女が好きなんです。あのとき初めてデートしたときあの爽やかでけれどポカポカと暖かい感情にさせてくれるのは彼女だけです」

 彼は星矢と言う。彼からその彼女である咲穂さんへの気持ちはまっすぐ一直線で気持ちよくさえ思えた。そして最後には彼女が好きになった理由も気持ちも言ってくれた。浅はかな気持ちで彼女を好きになったわけではない。

 多分今はそう受け止めるのが良いしそれ以外の選択肢がない。彼の目線は今のところずっとまっすぐなのが眩しい。

「それでなんで俺は今こんなところにいるのでしょうか」

「なんとなくだが君は、星矢は二人の関係が今のあのままで良いと思うか聞いてみたい。正直に言ってほしい」

 さっきまでの彼ではなくなったのはここからだ。ハキハキと話す好青年のような感じがしたのは今ではもじもじとした行動をとっている。

 ボソボソと言葉を並べるくらいにもなった。何度も聞こえないから聞き返しているがこれはだいぶかわいそうなことをしているなと自分でもわかってしまうぐらいにこれは感じられた。

「今日のデートがほぼ半年振りなんです。デートの時にしか会えないからあったのも半年ぶりです。ネット恋愛ではありません。普通に近所に住んでいる小学校、中学校の幼なじみです。なのになのに、なんでこうもあう回数が少ないんですかね」

 付き合って一年目が今日で今はその一年記念日としてようやく会えてようやく遊べてと言ったような感じだ。どうも邪魔をした感じが拭えない。けれどやっぱり二人の様子を見ていた違和感は違和感ではなかった。それはしっかりと雰囲気として現実にも足を踏み出すものだった。

「これはもう別れるべきなのでしょうか」

 それは最終定義。別れるも続けるも俺がそれを左右する力はない。

「それは明確に言えないし君がどうにかしないこと。俺はあいにく君たち二人がなんであんな雰囲気なのか知りたかっただけ。けれどどこか見離せなかったからこうして話を聞こうとこう言う場を作っている」

 頼んでもないのにと鋭い視線が向けられたのは言うまでもない。

「彼女に望むこと。君にはあるか?」

「彼女に望むことですか……」

 顎に手を添えていないものの彼は考え始めた。

「まず、パッとすぐ出てきたのは自由であってほしいです。バイトの校則の件も俺はそれが校則になければもちろん盛大に応援しています。だから自由というより過度な自由というか良いことの善悪はつけてほしいですかね」

「君は彼女想いの優しい子なんだね」

 これを言われたらやはり顔が赤くなる。

 "大丈夫"

 君の中にはそんな嘘を吐く細胞すらない。

「他には何かあるかい?」

 少々の沈黙が生まれたが案外すぐに彼は口を開く。

「やっぱりもっとあったり遊んだりしたいです。彼女と結ばれたい、そう思ってやっぱり告白したのですから付き合ってるのに何もしないっていうのが一番駄目なような気がして。けどこう話しているんだから駄目なんです」

「それは何度かお願いしたのか?」

「はい、お願いしました。けれど全部ノーと答えられて、このことを友達に相談したら賛否両論で」

「賛否、どんなのだ」

「彼女もバイトをしていてきっと大変なんだという前向きな意見と、脈なしだから今すぐ手放せと」

 前向きな意見を言ったのは仲の良い友達で彼の恋愛を応援してくれている。脈なしと否定的な意見を言ったのは野次馬らしき人。

「友達からはやっぱり友達という関係だからか保険のように本当の気持ちを言えないんですよね。自分も多分そんなところに気を使ってこういうと思います。けれどそうしたら否定的な野次馬は現実を言いつけている気がするんです。物語がこういう夢があって輝くのと逆で輝かないのは現実です。だから俺は友達に相談をしておいてその相談を参考にしない捻くれ者なんです」

「捻くれ者なら君はいつ別れを告げるつもりなんだい。早く言わないといろいろとやばいのではないか」

 友達にそのこと、結末を催促されたときにはどうもその場にいてはいけない気になるのは予想がついた。

「ちょっと待っててくれ。お水を飲んでくる」

「わかりました」

 一旦席を外すことにした。そして明日奈との情報共有。そう、あのとき彼女の方咲穂さんの気持ちを聞いておくように言ったおいた。

 明日奈はすでに待ち合わせの場にいた。

「そっちどうだった?」

「どうもなにも無理やり付き合わされている感がすごい。けれどなかなか別れることができないって」

 野次馬か、

 やはり現実は現実だった。この二人を結ぶ糸はもう千切れかけていた。その状態を作ったのは間違いなく自分自身。だが悪くはない。

 潮時だ、二人を合わせよう。

 スタッフルームに一人ポツンと座っている星矢くんを呼び出す。今から現実を見せてしまう、楽しみにしていただろう。半年我慢していた彼女との再会、けれどそれを破局へと導く。

 ただ明日奈はそれに猛烈に反対だった。

「星矢くん。もう一回戻って。次は私と話そう」

 星矢くんを追い払った。星矢くんがスタッフルームに戻る背中を明日奈は眺めしっかりとドアが閉まった後に振り返って俺の胸ぐらを掴んだ。

「なに、現実見せようとしているんだよ」

 明日奈は怒っている。

「この二人は笑顔じゃない。今すぐに新しい発見をするべきだ」

 この俺の主張は弾き飛ばされた。弾き飛ばすことを強調させるように俺の頬を名一杯に叩く。その衝撃で俺が何か違う景色は観れるのか、そうはならないがあのカップルに変に首を突っ込んだのは俺だと思い出す。

「私は今少し大智を見損なったよ。だから挽回しろ。男が女の子にこんな思いさせるんじゃねえよ」

 間違えない。明日奈の発言には驚かされた。鉄真を思い出させた。

「はい……」

 どうも弱々しい反応。だけれど見た目によらず想いはしっかりと込めて詰めていた。

 やらなくちゃ、誰の背中を俺は追いかけているんだ。

「咲穂さんかな。ちょっと聞きたいことがあるんだけど時間いい?」

 キッチンからちょこんと顔を出して俺は言った。

「わかってます。良いですよ」

 とりあえず許可はもらったので咲穂さんの前の椅子に座る。

「どうして私がまだ星矢と付き合っているか聞きたいんですよね」

 図星だった。けれどそれなら話は早い。

「そうですよ。星矢さんは咲穂さんと付き合っていて嫌なところもあるけど幸せそうに話してくれました」

「そうですか」

「はい」

 想定外って結構あり得るんだなと彼女の顔を見て思う。付き合った、別れたい。"そうですか"と答える彼女の声は低くく落ち着いて冷静。何の感情も抱かないのかなと思っていたが

顔は笑っていた。感情表現もしっかりと眩しい笑顔で俺にはもったいない。

「星矢くんが咲穂さんあなたに"別れてください"って言ったらあなたはどうしますか?」

 最終的にこれを聞きたかったに違いないのだ。

「彼の言うがままにします」

「ならバイトを辞めてって言ったら辞めるの?」

「それとこれとは違います」

「違くない」

 後ろからさっき聞いた声が聞こえる。耳のついている頭がその声の勢いに押されたような少しふらついた。

 星矢くんだ。後ろに遅れて明日奈が来た。

「というか俺の大切な人に尋問しないでください。失礼です」

 俺は何も言えない。

「何か言ったらどうですか。自分の過ちを認めてください。なにがなんでもやりすぎですし、あなたに言った通り俺はこの半年ぶりの再会を楽しみにしていたんです」

 俺は引き続きなにも言えなかった。ただ彼の姿を見ていて俺は思う。

 "彼こそがきっと彼女の運命の人に違いない"

「咲穂さんよかったですね。こんな素晴らしい人と結ばれるなんて」

 俺は不意にこんなことを口にした。二人にした過ちを正すような状況でもあったから悪い意味と受け止めてしまうかもしれない。

 桜木お爺ちゃんだったっけ、明日奈。桜木お爺ちゃんと彼の想いを受け継いだパンケーキをあげよう。幸せを運んでくれる魔法のスイーツを。

「君たちはきっと幸せになれる」

 咲穂さんの言い分を全て無視した訳ではないがこれは星矢くんのわがままを貫いて二人にとって不平等ではない。だから、

「星矢くんに申し訳ないのですが、咲穂さんに一つ聞きたいことがあります」

 それはなんなのか、俺はなんて言ったのか。大丈夫、二人に絆があるかどうかの単純な質問と誓い。高校生で少し重苦しいし嫌だったかもしれないけれどこれから絶対に幸せになると思っている、心掛けていると感じさせてくれる人にしかこの店の守護の神は対応していない。

 笑っていてほしい。この店に関わった人たちが明日も明後日も明明後日も笑顔で元気に過ごしている未来をどうか、どうか築いていきたい。

 二人は美味しく互いに笑いパンケーキを食べている。二人の様子を見守ることはしないことにした。絶対的な確信がついた。二人の席にパンケーキを運んで入店前までとは比べられない言葉を交わし合っている二人の世界に飛び込むことは嫌だろう。

 半年の我慢、よく耐えた。そして咲穂さん、もう少し星矢くんに付き合ったらどうだろうか。彼はきっとなってくれるに違いない。君を支える最高という言葉では足らない存在・パートナーに。

 "二人であの笑顔を守って"

 

「ちょっと想定外だったわ」

 あの二人が退店した後にレジ打ちを終えた明日奈は俺に言った。

「あんなことできるんだね、大智って」

「そうだね、できるみたい」

 自分でもびっくりした。しかもこれをしようと思った理由が放っとけないと言った単なる個人の感想で個人の価値観。俺は誰かを幸せにできたみたいだ。

「けれど、明日奈の存在も不可欠だったよ。俺一人だけじゃあの咲穂さん多分帰ってた。はっきり言って脈なしな感じがしたし星矢くんがいない間を見計らってきっと」 

 足止めという言い方はよろしくないがまさにそんな感じだった。けれど影ながらのサポートは一つの成功への一つのピースだった。

「いや彼女は彼女でしっかりと彼を認めていたよ。言わなかったんだろう、言えなかったんだろうね」

「それはどういうこと」

「自分の気持ちを打ち明けたい。けれどバイトもしないといけない。校則でできないし、禁止だし駄目なのはわかっているけれど彼と楽しい時間を共有しようとしたらそれぐらいどうってことないってしっかり説明してくれた。私にはわかんないけどこんな彼女さんを男子は大切にしたいんだろうなって思った」

「そんなこと言ってたの」

「そうだよ。で、あのときの尋問って言われてたやつ。あれですごいムキになって私に話しかけてくるからさ。だいぶパニックだったんだね。解放してあげたら一目散に彼女のもとめがけて走っていくんだもん。"咲穂!咲穂!"ずっと言ってたよ」

「なんで気づいてあげれなかったのか」

「本当にね、大智そういうの鈍いよね」

 明日奈がケラケラ笑って俺をからかうようにわざとらしくお腹を抱える。わざとらしく、まさか、そう思って、

「それってなんか俺に気づいてほしいの?」

 空気が凍てつくように固まった。言葉を間違えたか、けれど冷たくはない。セメントかな。なんとなく今ではないようで今だと思った。

「今夜、花火大会見に行かない?」

 凍てつく空気に反し明日奈は頷いた。"いいよ"という声も耳に入った。

 今夜のこともあるがあの二人は本当にこれからだと思った。どこか上手く噛み合わさっていないが各々相手を想い大切にしている行為が見られた。あれだけかもしれない。そういうふうにも思ってしまうがきっと何かあったらあのパンケーキが何か二人の別れ道を繋ぎ合わせてくれる。

 現実でアニメや映画は通用しないけどこれはそうであって欲しかった。

 関係の遮断はないように。これは不要な言葉。

 

「準備できたわよ」

 明日奈はいつもの私服姿。性格にあった服装というか暖かみあるベージュ色の姿。

「じゃあそろそろ行こうか」

 暗い夜道に漏れる街頭の白い灯りは本当の俺を演じさせてくれそうな演出でなんでも出来そうな気にしてくれる。

「ねえ」

 明日奈に声をかけられる。

「私は今から花火だけを楽しみにしていればいいの?」

 表には出さなかったと思うが内心声を出して驚いている。

「うん、そうだよ」

 明日奈にとってこれは楽しいのかはわからない。行き先のわからない船旅、航海を今から楽しいとは俺は言えないから。人はそれぞれ違って繊細で多彩で、星の数ほどのまたはそれ以上の何かを持って発揮し世を生きていく。

 "料理"

 思わずこの言葉が頭に出てきた。神出鬼没のその文字は今のこの俺の複雑な思考回路を示唆している。

 料理って絶対それがその料理とか前食べたこの味とかはない。誤差がどこかしらで生じていて砂糖の量とか小麦粉のちょっとした僅かの差がそれに気づかないうちに響いている。調理工程も同じだ。中火で三分。そのときのキッチンの火力によって火の強さは変わってくるしそれで時間もまた左右される。

 そんな観点から多分こんな言葉が出てきたのだろう。

「そっか」

 楽しみをなくした子供。いつも大人びている明日奈の声かと疑いたくなるぐらいな口調だった。


「花火綺麗だね」

「思っていたより迫力があっていいね」

 河川敷に着いて数分して花火は予告通り上がった。周りを一蹴し今にも包み込んでしまう花は日本の象徴と断言できるぐらい立派でそれは大きさだけにスケールにとどまらないのがまたいい。いろんな形、色を。

 "繊細、多彩って人、料理だけじゃないんだね"

 それらはまたいろんなところへと散らばっていることを夜のお花畑で知らせたくれた。


 先ほどよりも大きな音を轟かせ、そしてたくさんの花が咲き誇る。花火大会もおそらく終盤へ詰めかかっているのだろう。

 忘れるわけがない決断の時が刻々と近づいている。

 "想いを告げる時"

 それは止まらない。時は進み奏でる。

「大智さ、私の話覚えている?」

「話ってなんだっけ?」

 明日奈はどうしてこうもまた急なんだろう。

「幸せのパンケーキ。私はあの都市伝説になりそうな現状を避けたいんだ」

 今の心と頭の状態。出てきたのはあの彼に沿った出来事で、避けたいってことは。頭にあるいろんな単語を次へ次へと探っていき彼の散々な最後を思い出す。

 "交通事故で亡くなった"

「あの交通事故で亡くなった彼のこと?」

「この場にふさわしくない語を並べるんだね」

「すまない、悪気はないんだ」

「大智はそんなことする人じゃないってわかってるから大丈夫だよ」

 俺のことわかってくれてるんだって小さなことだけど嬉しかった。

「私は大切な人、好きな人を守りたいし守られたい。やっぱり女子だからなんとなく男子に守られたいっていう理想をなんか持ってしまうんだよね」

「逆に俺はその大切な人、好きな人を守らなきゃって思っている。逃げる選択肢なんてさらさらないし守られるっていう選択肢ももちろんない」

「お、それはたくましいね」

「だろ」

 会話はなんだかんだで続いていて途中"守られたい"っていう単語が出てきて胸が熱くなる。今はまだ違うけれどのちに想いを告げれたらとあって欲しくはないことだけれどやる気が出てくる。

「結婚しない?」

 時は意外にも止まらず前の時間と同じ通りで進んで奏でている。

 衝撃的な言葉ってやっぱり何語かわからない。親しみ続けて常用語として使い続けている日本語でさえでもこうなるんだから。

 何か返さなきゃと口を開こうとするがすんでのところで口を閉ざす。

 "俺がこのあと言う予定だったのに先を越された"

 こう言うつもりだった。だけどそれだと日本語ではない。

 "俺と付き合ってください"

 このあと俺はこう言うつもりだった。

 "結婚しない?"

 中学の英語のリスニングのときのように何度も頭でリピートする。明日奈が言ったことが何度も頭で流れる。流れれば流れるほど顔が熱くなる。頭の使いすぎかそれとも……。

「それは本当なの?」

「本当って?」

「えっと……け……結婚って……本当に?」

「そのつもりだけど、嫌?」

 嫌だとか無理だとかで丸く収まる話じゃないだろうってツッコむ元気が何故か出ない。状況・場を俺の体は自然と読めているようだ。

「嫌じゃない」

「じゃあなんで……」

「どうも心の準備と……」

「と……その次は?」 

 "俺から言いたかった"が喉の奥で突っかかって出てこない。そうだ、この後俺が二人の間で繋がれている糸を強くするんだ。

「普通、男が言うんじゃないの?」

「別に私から言ったって良いじゃない。誰が男から愛が芽生えるって決めつけたのよ」

「それは……」

「だいたい私の想いにも気づいてよ。こんなシチュエーション、絶対どっちかが恋に落ちてそしてだんだん絆を深めていくんでしょ」

 二人の間で繋がれている糸は"絆"って言うらしい。それを言われてなんとも誇りげで笑みが溢れる。そんなふうに思っててくれたんだ。

「大智からかと思っていたのになんか私が先に恋に落ちるし、気になるし、ずっと視界に入ってくるし」

 ふわふわとしていて元気を貰えるこの声は一つのメッセージ。

「で、どうなのよ。私の人生初告白は成功、失敗どっち?心臓がさっきから止まらなの」

 半分成功で半分失敗。けれどその失敗が成功に変わる未来はそう遠くない。

「俺と付き合ってください」

 どうも日本語がわからないらしい俺は力強く手を差し伸べ言った。

「結婚じゃないんだね」

「やっぱりまずは付き合うが最初だと思う」

「付き合うって二人の"絆"をより深めるものでしょ。もう必要ないと思うけど」

「俺がこの後言おうとしていたこと。ようやく言えた」

「質問なんだから答えで返してよ」

「ごめん。けれど付き合ってしたいことがあったから五分五分にしてほしい」

「五分五分?」

「半分成功半分失敗。俺さ、彼女と一緒に彼のように旅行したかったんだ」

「なんで結婚じゃ駄目なのよ」

 答えは一つ。

「もし結婚してだったら俺は君と離婚して新たな人と付き合ってじゃなきゃそのしたいことができないじゃないか」

「彼女の状態で旅行したいってこと?」

「そうなる」

 これはわがまま?

 いや、都市伝説を忠実に再現しそれを避けるための一つの行動だ。

「君の代で終わらすんだろ」

 最後の花火が打ち上げられた。それは周りを今までの花火よりも明るく照らしてくれた。

 笑う明日奈の顔は世界で二番目に美しくて可愛くて。

 一番ではない。一番はまだこの世にすら存在しないのだから。

「帰ってパンケーキ食べようよ。俺ら幸せでしょ」

「ならいらないでしょ」

 涙が出てたみたいでそれを言いながら涙を拭う仕草が見られた。

「なら君の代でまた変えようよ。今日のあの子たちのこともあるんだ。だから幸せを繋げるパンケーキに変えようよ」

「まさか商品名をそれに変えないようよね。耳に入るたびに恥ずかしくて仕事できなくなるよ」

「なら"パンケーキレモン"で良いじゃないか」

「レモンってそんな意味あったっけ?」

「確か花言葉は"心からの思慕"で相手を恋しく思うような意味だったと思う」

「なら幸せを見つけるって意味っていうパンケーキにしようよ」

「カップル対象の店にならない?」

「大丈夫大丈夫。全員に売るから」

「そういう意味じゃ……」

 ただ無邪気に笑う明日奈を見てそれはまだしなくて良い話だと思った。それをする未来があるにせよすぐに意見がまとまるだろうなって。明日奈はそんな人を区別するようなことをしない人だから。

「これからよろしく、大智」

「それはこっちのセリフだよ。よろしく明日奈」

 周りのものの見方が一風して新しく見るものに見えた。


 いろんな温泉の街を旅行で巡った。流石に温泉は女湯、男湯って別れているから一緒にいることは不可能だけれど足湯なら二人一緒に入ることができた。

 あれから三ヶ月くらい経って秋になってだんだん冬が迫ってくる。だから寒い風が吹き始める。この日はまだ秋だからと言わんばかりに申し訳なさそうに弱く風が吹いてくれてちょっと寒いなって思うぐらいの気候だ。

「足湯、気持ちいね」

「あぁ、ちょうど良いし。てか晴れてよかったな」

「確かにね」

 台風が日本列島に上陸する季節でもあるし最近のニュースもその報道ばっかだ。台風十四号とか十五号がここ十年で最強の威力とか。今日という日が本当に晴れていてよかったと思う。

「ねーねー、まさかだけどあれってあの二人じゃない?」

 明日奈は何もかも本当に急でその度に毎回驚く。あの二人と指差す方向には俺が告白する予定で明日奈に先を越された日に来たちょっとした出来事を起こしたあの二人だ。言われてみれば間違いなく男子の方は眼鏡をかけていて女子の方は落ち着いた雰囲気を醸し出す衣装。

「声掛けようよ」

 そういう明日奈を猛烈な勢いで口を手で塞いでなんとか止める。

「手繋いでるでしょ。あれからきっと上手くいったんだよ。それにほら、見てみなよ」

 あのときがあの出来事がなかったら生まれなかっただろう。互いに顔を合わせて笑って楽しそうで。

 目があった。

「あれ、あのカフェの店員さんじゃないですか?」

 明日奈に強く言い聞かせたくせに自分のせいでバレるとは、ただどこか嬉しいような気持ちにされた。

「久しぶり、あれから順調そうだね」

 さっき拒ませた勢いをぶつけているように感じて真っ先に話し出した明日奈。

「実はねあの後、彼が私を守ってくれたんです」

「守ってくれた?」

 お大袈裟だよ、と言って彼星矢は事を小さくしようとなだめるときにしそうなジェスチャーで表す。

「歩きスマホしてて、けれど片方の手は星矢と手を繋いでいたから。星矢といなかったら前を通った車に轢かれいていました」

「赤信号なのに渡ろうとしただけだから守ったってなかなか言えないし、あと俺がいなかったら咲穂はあそこにいることもなかったって」

「けれど守ってくれたことには違いないでしょ。私が言うんだから素直に受け止めれば良いのよ」

「わかったよ」

 引いて押し負けたように言うのに星矢は笑っていた。やっぱり好きな人から褒められるって誰だろうと嬉しいんだ。

「君の物語は私が大きく膨らますから、安心して」

 咲穂は言う(二人が前よりも大きく成長しているように思えて'くん'やら'さん'がなんだかつけれない)。

「星矢ね、小説家を目指すって私に宣言したんです。"君と最高の物語を作り刻みたい"って。実は私、小説が好きで"なんなら俺が書くよ、咲穂のために"って言ってくれたんです。こんな私に人生までを変えようとしてくれてたんだって思ったらお二人の言う通りになんだか、今更って思うかもしれないですけど私も彼を大切にしなきゃって思ったんです。星矢に尽くすぞー!って」

 顔を手で隠す星矢がなんだか可愛い。その手をどかしたらどんな顔をしているのか、きっと頬が真っ赤で、けれど嬉しいって思う気持ちで心と体でいっぱいなんだ。

「てかどうしてこんなところにいるの?」

 学生時代に目に焼きつくくらいにみた女子の話すところ。女子ってやっぱり誰かと話すのが好きなんだな。

「実は星矢が誘ってくれて、本当はここに星矢の家族だけでくる予定だったんだけど、あの星矢が私を誘ってくれて」

「親に付き合ってることさえ言ってなかったからすっごい恥ずかしかったんだからな」

「けど言ってくれたんでしょ、流石だよ、自分の危険も考えずに突き進む星矢は」

「それは褒めてるの?」

「うん、褒めている」

 星矢の家族旅行がデート(旅行)になった。"良かったじゃないか星矢"。

「そういう二人は新婚旅行か何かですか?」

 咲穂が俺らに問い詰めるように言う。

「残念ながら結婚断られたんだよね」

 明日奈がニコッと表情を浮かべて言う。

「それはいきなり付き合ってもないのに"結婚しようよ"とか言うからでしょ」

「自分の中では付き合っている設定だったんだもん」

 この俺らのやり取りを見て"幸せそうですね"と言う咲穂の声でお互い恥ずかしくなってやめる。

「お互い良い旅行にしましょうね」

「わかってます」

 これを機にして俺らは別れた。

「パンケーキの商品名変えたくなった?」

「んなわけあるかよ」

 足湯から足を出して持ってきたタオルでついたお湯を拭く。この温まった足の上を吹き走っていく冷たい風がなんとも気持ちよくてしばらくは素足のままでいたかったが次に行こうと言って腕を引っ張る明日奈に背くことは到底不可能だった。

 さあ、俺はいつ言おうかな。

 

 温泉街でソフトクリームやらまんじゅうやら温泉卵やらを存分に食べ歩き楽しんだ。どれも美味しくてついおかわりしたくなったが旅館のご馳走を考えてそれようのお腹のスペースを作るのを忘れなかった。

「美味しそう」

 前に並ぶのは海鮮のフルコースでいろんなお刺身や焼き魚が配置されている。

「見てみて、これ透き通ってるみたい」

「それは鯛かな。本当に透き通っているみたいだ」

 日頃回転寿司でしかお目にかからない海鮮たちはどれも味わったことのない次元でどれも文句なしの仕上がりだった。もちろん焼き魚も身がふわふわと舌に乗って小さな身ながら噛むごとに旨みが溢れ出して口の中を満たしてくれる。

「ここに連れてきてくれてありがとう」

 ご飯を食べ終えて明日奈にそう感謝を言われた。

 今なんだろうか、俺はサラッと口にした。

「結婚する?」

 明日奈の声を聞いた俺はまた新しく世界を目に見る。

 今日の夜空は昨日よりも美しいに違いない。


 それから十年の年月が経った。


「すみません、土日と祝日は休みなんです」

「あら、そうなの。残念ねー。本でも持ってきてくつろごうと思ったのに」

 そう言うのは五年前くらいからうちの常連客となったお婆ちゃん。いつも昼時に訪れて暇ができたと思ったら俺か明日奈と話している。

「息子が孫を連れてきたんですよ」

「そうなんですか」

 今日はこんな内容だった。

「子供は休日家にいるので休みになっているんです」

「あらそうだったのね、これ何回か聞いたことあるじゃない」

「そうですよね」

 物忘れがちょっと心配になるけれど人を間違えることはまだ無いしいつも健康そうなお婆ちゃんだ。

「ならまた、来週来るね」

「はい、ありがとうございました」

 お婆ちゃんは店のドアを開いた。

「お母さん、一人でどこにも行かないでよ」

 そんな聞き覚えのある声が聞こえた。

「まさか、星矢ですか?」

 ドア越しにあとお婆ちゃんが最後のお客さんだったからちょっと大きな声を出せた。ドアの向こうに浮かぶ影はふと立ち止まり店内に入ってきた。

「星矢ですか、あなたは」

「星矢は俺の弟だけどどうかしたか」

 ふと頭に映画のように人生が流れる。俺はあのときこんな人と出会えた、俺はあのときこんなことを思った。

「えっと、鉄真?」

「なんで俺の名前わかったの?」

 そういえばこの店で働いていろんな再会があった。

 中学のときの友達がこの店を訪れてきた。

「大智、中学の友達じゃないの」

 こう言われなきゃ俺は気づかなかった。それぐらい彼らの姿は変わっていた。

「あの、蓮と芳昌?」

 誰だという顔を浮かべたのは大して気にならなかった。再開していつぶりだろうか、と最後に会った記憶を、昔の記憶を辿っていく。何十年も経てるはずで自分でさえ彼らが彼ら二人と判断できなかった。ただこうして声を掛けてみるとどこかもの懐かしいあの雰囲気にさせられる。

 そして顔をしっかりと焼き尽くした瞬間、またそれは生まれて俺の目を濡らす。

 雨漏りをしない程度にそれは瞬く間にと……。

 そのあとはあの誕生日プレゼントのことの勘違いを彼らの口から直接聞いてただ謝るけれどそんなこと数十年経ってたら忘れられていた。酷いなとかは思わない。それらは全てあのときの誕生日プレゼントに詰まっていた。丹精込めて贈られた一つの物。

 そして次は高校のあの事件を解決しようと駆けていた時代。

 その一人のメンバー、颯大がお店の端っこで本を読んでいた。雰囲気は変わっていなかったから若かりし頃の俺のセンサーがそれに勘付いて作動する。

 正直、颯大とはあまり話さなかった高校生活だがこのときは楽しく麗しいひととき。こんな未来は存在できてなかった。秀麗に磨かれた今の颯大は今自分の夢であるプログラマーに一筋で、それだけでも時を忘れた。

 別れるのが惜しかったがお互い忙しいことはわかっていた。

「また、あのメンバーで」

 そう言われてなんだか何もいえなかった。柔らかい何かが俺の口に封をした。

 それから数日後に颯大の話を聞き出したそうで結翔が来店。

「久しぶり」

 そう言う結翔の姿は颯大同様何か壮絶な変化はなかった。

 音が消えた瞬間だった。鼓膜がなくなった瞬間だった。周りの音なんてもうなかった。

 俺は仕事中ということも忘れて結翔を抱いていた。

 優しく包んだ記憶がないし力を込めた記憶も薄れて波に流されて白く細々な砂が跡形もなく記憶をさらっていく。夢を見たんだと。

 地平線が見える海、その奥に結翔の姿があった。

 "いってらっしゃい"

 いってはいけないのにそう。俺はもう会えないのだろう。

 あのメンバーから一人抜けた。先に抜けた。

 颯大に謝れよ。可哀想だろ。

 なぜだか俺は笑って今横で手を繋ぐ結翔に問い掛けた。

 優斗が来店してそれを聞かされた。でもなんだか笑みはあって、なぜ笑みと思わずにいられない秒があった。けれどそのときは店が忙しくて話すことはできなかった。

 また会えなくなるんだ、また会えた。凸凹に地面に穴を空けてそれを綺麗に埋めての繰り返し。

 優斗との再会は意外とすぐで奇跡みたいなものだった。

 俺は夜二十二時に目を覚ます。体内時計が異常に狂ったときのことで睡眠が十分に取れない時期だった。いつも通りの二十三時に寝たら起きるのは朝四時。そこからはなかなか眠れず朝七時になると眠いだろうに体は起きていて頭には寝ろという催促で殴られて。

 目の痙攣、立ちくらみ、めまい。

 なんとか仕事を終えて少し座ると寝てしまって目を覚ますと夜遅くて。

 そこで夜道を歩くことにした。静かな夜道は眠りに眠った俺の動物的本能。たまたまコンビニで夜食を買い終える優斗がいたから優斗の家に飲みにいった。

「夜、食べてねえ」

 夜ご飯の有無を聞かれたのでこう答える。彼はさっきコンビニで買ったおにぎりとざる蕎麦を俺に分けてくれた。それと炭酸水と。気を使ってくれてお酒はくれなかったみたいだ。飲みたさそうにしていて申し訳なかったけれど甘えよう。

 蕎麦をつゆにつけて口に入れるが思い通りに流れない。口に残ったようなどうも食べた感の否めない気持ちになる。

 炭酸水を口に流す。口に残った毒が浄化させて流されたみたいだが、舌が痺れる。麦茶を口に流し込む。苦くて痺れが収まる。

「俺らってまだ幼いよな、育児も家事もできないし、全部妻に任せっけりだもんな」

「お前もそんなふうに思うことがあるのか」

「思うわ。てか結婚おめでとうやな」

「それ言われると実感湧くわ。十年前の話だけど」

「ひえー。老いってすぐだねえ」

 今のこの体内時計が狂っているのもどうか老いのせいであってほしい。ペンもないので今机の上にあった箸の入れてあった袋に短冊を書くみたいに書く。

 "妻を大事に"

「なんとなく俺らのしたいことってこれじゃないのか」

 心で呟き、書き、優斗に伝える。

「間違いねー」

 幼い笑いがまた俺を笑わせてくれる。

 

 店の看板商品のパンケーキいきなり五段になった。

「どうしてこんなことに」

「夢に出てきた。理由は言えない」

 明日奈のいきなりの行動は俺だけにとどまらず常連客にも響いて、このパンケーキの売り上げは落ちていき看板商品と名乗っていいのかわからなくなってきた。

 夢を見た。それからパンケーキの段数は四段になった。

 座る仕事だったから。医療に関してあまり詳しくないのでわからないが夢の中で見たあの光景は耐えられなかったのと同時に夜になって本当の自分を曝け出した。

「パンケーキ、四段にしないか」

 明日奈にこう問うと即座に同意してくれた。

 夢で聞いたことのない声を聞いた。

 夢を見た。それからパンケーキが三段になった。

 夢で聞いたことのある声が聞こえた。つい最近聞いたこの声。けれどどこで聞いたか、誰の声だかはわからなかった。

 最愛の妻と子を残した。子が道路に飛び出しそれをかばった。父親として当然の行動なのにいけない行動だとそれを夢ながら目の当たりにしてなかなか野次馬にはなれなかったしその後もなれることはなかった。

 

「それは俺が佐藤大智だから」

「えっと、どなたですか」

 それとあと夢とでケーキは二段になる予定だった。

 俺が残した記憶はパンケーキよりも少ないようだ。パンケーキの方が歴史があった。パンケーキはたくさん思い出を持っていた。

 夢を見た。パンケーキがそのときから三段になった。

 明日奈はこの意見にはもう何も言わなかった。何か言いたげそうな顔だったけれど俺らは、

 "あの星を信じる"

  

 鉄真の弟は星矢だった。高校の鉄真と星矢の苗字は同じだった。

「鉄真は、兄は、記憶喪失になっています。俺の息子と遊んでいて。あれは事故でした」

 家族のことは思い出せるくらいにまでの回復は舌がそれ以上はもう見込めなかった。ただ体だけが残った。

「パンケーキ食べますか?」

 勧めない方が良い気もしたがこれは幸せを運んでくれる。

「幸せの食べ過ぎは体に毒ですよ」

 極夜は暗い。そこに取り残されたい。この地球上で一番の幸せって、この地球上の一番って。ただそれを追い求めるのって。

「俺は今幸せです。咲穂と結婚して子供を授かって。小説家にもなれたんです。なのに、なのに、」

 "これ以上の幸せって必要ですか"

 いつからだろう。俺が俺をなくし忘れたのは。

 胸騒ぎした。胸騒ぎは胸騒ぎのままで、もしくは別のものに。

 明日奈にお迎えが来ることはなかった。

「パンケーキを販売中止にしよう」

 これが功を奏したようだ。明日奈もそして俺らの子供もそして俺もお迎えが来ることはなかった。

 前々から受け継がれてきたものは避けなければ。避けなければならなかったのはこれだったのかもしれない。もっと早く気づいていればよかった。そうしたら高校の友人をなくすことはなかったのかもしれない。

 気づいてよかった、結びつけれた。このどうでもいい星たちのおままごとに幕を下ろすことができて俺は悦ばしい気持ちでいっぱいだった。

「新たな試みをしよう」

 明日奈にそう言った。カフェは跡形もなく消し去った。長らく続いたこのお店は今はどうなったのだろう。九州の大分に俺らは引っ越した。

「俺らって縛り付けられていたのかな」

「私も今そう思ってた。なんだか今はもう体に何もこびりついていなくて」

「お風呂上がりみたいな感じか」

「そうそう、あの無防備な感じ」

「俺も同じだ」

 腕に足に体に。体の中にも張り巡らされた縄をようやく解くことに成功した。ここに来て俺らは普通になれた。全部なくすのは心惜しいしそれはそれで自分自身を変えそうだった。だから明日奈とも一緒にいるし、だから大分に引っ越したんだし。

「温泉行かない?」

「久しぶりだね。いいよ、行こう」

 子供が出来て初めての温泉。あのとき優斗とした"したいこと"を果たす。子供は女の子なんだけど俺は男湯に連れて行くことにした。娘は大変嫌がっていたけれどお構いなしにした行動は周りに迷惑をかけなかった。わかるらしい。俺の考えていることが。わかるらしい。あいつの考えていることが。

 明日奈は今どんな気持ちだろう。男だけの二人だけの約束を知らない明日奈は今どんな気持ちなんだろう。

 また夢を見た。だけどこれが最後の夢だと悟ったのは桜木お爺ちゃんが出てきたから。

「明日奈をよろしく」

 俺の両手は……見れなかった…………。

「おはよう」

「おはよう」

 起きて横を見ると明日奈がいた。本当の横は娘だけどまだ寝てたし体が小さいから明日奈の顔がしっかりと見える。

「明日奈、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」

「いいよ」

 朝日に照らされた屈託のない笑顔は元気を分けてくれる。

「この三人の中で誰かが亡くなるとしたら誰を犠牲にする」

 明日奈と対照的な考えと思考を強いるようになったのはあれから治らない。もう自分の原型がない。けれどそれを全部跳ね返すのが明日奈でだから俺は明日奈を選んだのだ。

「向こうに一人、ここに一人にならないようにする。けれどね、時が変わったらその考えが変わるのを忘れないでね。でも大智と過ごす時間は過去よりも何百倍の価値があるんだ。多分それがあるから今私はこう言えるんだと思う。だからね、ありがとう。私に良い未来を見せてくれて。一生ついて行こうと思います」

「俺はなんて言えば良いんだ」

「自分が思ったことを言えば良いんだよ」 

 口に手を当て笑う明日奈は変わらない。俺は思い出してしまった。あのからかっていたときの懐かしい明日奈を。

「じゃあさ、これからもよろしく」

 優斗と言い合ったことが頭をよぎった。俺が死んだら何も出来ないじゃないか。

「俺、明日奈より長生きするから」

「え、私の方が長生きするから」

 これは幸せ。

「ねえ、飲み会に行くのは良いけど時間通りに帰ってきてよ」

「知らんし、部長に言えよ。俺が帰ろうとしたら止めてくるあいつをどうにかしろよ」

 これはある意味幸せ。

 なんだろう、不幸がわからなくなった。


 けれど幸せな死に方ができたから俺は、俺らは幸せなのかもしれない。

「俺たち死んだみたいだな」

「そうだね」

 下を見ると車に跳ねられた二人の高齢者の死体があった。もう一方はずっと俺のそばにいてくれて、もう一方は鏡で出会う方。

「明日奈、これは幸せか?」

「私は幸せだよ」

「けれど一人残してしまったよ」

「大丈夫よあの子は。だってもう一つの家庭を持って三人になっているんだし」

「そうか、自立したんだね」

「パートナーがいるけどね。自立は自立だと思うよ」

「俺は自立できたんかな」

「私がいなかったらできたいなかったに一票入れるよ」

 横を見たら最初に会ったときの明日奈の姿があった。

「君はいつでも可愛かったよ」

「そう言って下心を持って君は浮気をしたんだね」

「してないわ」

「知ってる」

 車に跳ねられた後でも明日奈は笑っていられる。それに釣られて俺も笑っていられる。

 幸せって続かないしそれが続いていても面白いとは思わない。幸せの定理は自分だ。あれだけ自分を失くしたのに自分はしっかりとあった。だから明日奈と楽しいを共有できたときも喧嘩したときも幸せと思えた。

「きっと大智だけだよ」

「何が?」

「あれ違ったかも」

「冗談だよ、大丈夫。わかってる」

 自分を少しばかりどこかに置いていったみたいだ。だから言った。

「明日奈、俺は明日奈のことが好きです。守ってやろうと心から思えた俺の大切な人です。なのに守れなくてごめん。ここまで来てわがままなのかもしれない、明日奈と離れたくなかった。好きなら残すべきだった。けれど友達の件があって別れたらもう次はないのかもしれないって思って。本当に俺は子供だ」

 自分の人生はだいぶ複雑でいろんな機械、機材を用意したまだ誰も見ぬ企画を提案ししたんだ。だからこんな変なことになった。自分自身を少しいじった。

「私は幸せだよ。私の言うこと、希望を叶えてくれた。あの子はもう自立しているから私は一人にならなくて済んだ。連れてきてくれてありがとう。孤独死しなくて良かったよ。それに私だってこど……」

 風が吹いた。明日奈が風に飛ばされる。手を手を繋いでいたはずだ。風の勢いは強かった。手を握っていたからとかでは解決できない。

「明日奈」 

 精一杯に叫んだけれど老いてもろくなった体では限界だったらしい。咳がでた。

 "私は幸せだよ"

 なあ、最後でいいから。これは本当かい。明日奈は幸せだったかい。もう会えないのはわかったから、だからこれの答えだけ聞きたい。

 口の中がレモンで酸っぱかった。

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