第55話 力を合わせて
「そうか! アオイくんのあれなら……!」
「うむ。やってみる価値はあるのじゃ」
アオイたちが話し合っていると、ケルベロスがこちらを見た。
いや、どちらかというと、アオイたちの後ろにある町の城壁を見たような気がする。
そしてケルベロスは地を蹴った。その巨体に似合わない急加速だった。
最初に反応したのはエメリーヌだった。
正面からケルベロスに体当たりし、ケルベロスの加速を止める。
しかし相手のほうが遙かに大きい。体格差を考えるとエメリーヌはよくやっているほうだが、それでもジリジリと押し込まれていく。
ケルベロスは真ん中の口を開いて、そこから炎を吐いた。エメリーヌは炎に包まれる。が、分厚いウロコがそれを防ぎ、無傷だった。
そしてエメリーヌも口を開き、ケルベロスの口内にレーザーブレスをお見舞いする。
ケルベロスは痛そうに呻いた。だが、それは真ん中の首だけだ。
左右の首は痛覚が別なのだろう。
平然と動き、エメリーヌの首に左右から噛みつこうと牙を見せる。
「させるかぁ!」
「エメリーヌを倒すのは我ぞ!」
クラリッサとイリスの攻撃が、ケルベロスの頭をぐらつかせた。
大したダメージにはなっていない。
だが、一瞬の隙を作るのには成功した。
「えいっ!」
エメリーヌが気合いの声を出す。
自分の倍はあろうかというケルベロスの体を空に投げ飛ばした。
今だ――。
「マナバースト!」
アオイは杖を空に向け、魔法を発動させる。
体中から魔力が抜けていくのが分かる。
杖の先から白い光の球が飛び出し、空中のケルベロスに吸い込まれるように命中する。
一瞬後。大爆発が起きた。
地上まで爆風が来る。
冒険者たちは顔を覆って、それに耐える。
アオイは倒れる。MPを消費しきって疲れたアオイは、もう自力で立っていることができなかった。
気絶しそうだ。
せめてケルベロスを倒せたか確認してから意識を失いたい。
しかし眠くて仕方なかった。
「アオイくん!」
アオイの背中が地面に落ちる前に、柔らかく包まれた。
クラリッサが走ってきて抱きしめてくれたのだ。
彼女の体温を感じるだけで、全ての不安が消し飛ぶような気がした。
そして――。
アオイが目覚めると、自室のベッドだった。
窓の外には星空が広がっている。かなり長いこと寝ていたらしい。
クラリッサとイリスが左右に添い寝していた。エメリーヌも布団に突っ伏して寝ている。
アオイがもぞもぞと動くと、三人とも反応して目を開けた。
「よかったぁ! 目を覚ましてくれて……本当によかった……」
そう言ってからクラリッサは泣き出してしまった。
「あの……マナバーストを撃って気絶したのは前と同じです。どうしてそんなに心配を……」
「ふん。アオイよ。お前、ケルベロスを倒したのが今日だと思っているじゃろ。昨日じゃぞ」
「え。それじゃあボク、一日以上寝ていたんですか……それは……ご心配をおかけしました」
「ふん。我は心配などしておらぬぞ。心配していたのはクラリッサとエメリーヌだけじゃ。我はアオイがそのままでも……うぅ……安心したら我も涙が出てきたのじゃぁ……」
「あらあら。二人とも泣いちゃったわ。その隙に私がアオイくんを独り占めしちゃおうかしら~~」
「あ、エメリーヌさん、ズルい! アオイくんは私のなの!」
「別にアオイは誰のものでもなかろう。我だってアオイに抱きつく権利があるはずじゃ!」
と、三人はアオイにしがみつき、布団の上を転がった。
かつては手も足も出なかったケルベロスを倒せた。
ケルベロスといっても、この世界のとゲームのとでは別の存在だ。それでもリベンジを果たせたという気分になる。
しかし、それ以上に嬉しいことがあった。
自分を心配し、無事を喜んでくれる家族が三人もいるのだ。この三人と力を合わせてケルベロスを倒し、町を守った。
そのことが、この上なく嬉しい。
次の日から、またアオイの日常が始まる。
クラリッサと一緒に冒険者ギルドに行き、ロザリィから仕事を請け負う。
家に帰るとイリスがゴロゴロしていて、エメリーヌが夕飯を用意してくれている。
代わり映えがしないけど、幸せな日々だった。
あの王国軍たちの顛末が、風の噂で聞こえてきた。
彼らは、受付嬢や冒険者たちに失礼な態度をとられたと国王に訴えたらしい。が、敵前逃亡して国の信用を失墜させたと国王に怒られ、減給処分。更に、鬼教官のところに送られ、過酷な訓練で一から鍛え直されているとか。
冒険者たちは「ザマァ」と喜んでいるが、アオイは割とどうでもよかった。
この町が無事で、誰も死ななかった。それ以外は全てどうでもいい。
「アオイくん。今日はスライム狩りに川に行こうよ」
「分かりました。それにしてもクラリッサさん、嬉しそうですね」
「嬉しいっていうか、優越感?」
「誰に対する優越感ですか?」
「エメリーヌさんとイリスに。だって家族の中で私が一番、アオイくんと一緒にいる時間が長いんだもん。うひひ、やっぱりアオイくんは私のだ」
「まあ、お互い冒険者という同じ職業だから、一緒にいる時間が長くなるのは当然で……」
アオイはそう言いかけて、少し考える。
「……別の仕事をしていたとしても、クラリッサさんと二人きりの時間が欲しい……気がします。エメリーヌさんとイリスさんも好きですけど。クラリッサさんが一番特別な気がします。どうしてか分かりませんけど」
「えへへへ……そっかぁ、アオイくんもそうなんだぁ。嬉しすぎてニヤけるのを止められないよ。ギュッてしちゃお! えいっ!」
クラリッサは冒険者ギルドの前で抱きついてくる。
これはあくまでクラリッサが勝手に抱きついてきているのであって、自分がそうされたいわけじゃない――アオイは、誰に向けたのか分からない言い訳を思い浮かべながら、されるがままになる。
道行く冒険者たちは、生暖かい目をしながら通り過ぎていった。
アオイは少々気恥ずかしくなったが、クラリッサから離れたいとは思わなかった。
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ここで一区切りです。読んでいただきありがとうございました。
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続きは未定ですが、そのうち書くかも?




