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第34話 アオイはロリータを着る

 黒衣の少女は矢のように庭に落ちてきた。が、着地の直前、背中の翼を広げて急制動をかけて静止。それからふわりと地面に足をつけた。


「久しぶりじゃな、エメリーヌ。二十年ぶり、といったところか」


 その口調は生意気ではある。だが敵意は感じなかった。

 あまりにも気配が恐ろしくて気づかなかったが、こうして落ち着いて見ると、少女はとても小さかった。

 アオイと似たような背丈だ。顔立ちも相応に幼い。しかしクラリッサやエメリーヌに負けず劣らず整っている。


 髪は銀色。ツインテールとストレートヘアを組み合わせたような髪型……確かツーサイドアップという名前だ。

 服装はゴシックロリータ。吸血鬼的な容姿にとても似合っていた。

 それにしても背中の翼はどうやって出しているのだろう。それ用の穴が開いているのだろうか。と、不思議に思っていたら、翼は溶けるように消えてしまった。どうやら、それもオーラの一部だったらしい。


「二十年? もうそんなに? 月日が経つのは早いわねぇ。それで、私になにか用かしら。イリス?」


「ふふん。別にお前に会いに来たわけではない。この町の近くに『澱み』を感じたゆえ通りかかったら、エメリーヌの気配がしたので挨拶しに降りてみたまでじゃ。それにしても……なんじゃ、その恰好は?」


「うふふ、メイド服よ。可愛いでしょ。マイブームなの。恰好だけじゃなくて、このお屋敷で家事してるのよ~~」


「なっ! 強大なドラゴンたるお前が……まさか人間に仕えているというのか? そこの小娘二人はエメリーヌを屈服させるほどの力を持っているのか!?」


 アオイとクラリッサを無視していた少女だが、ここでようやく視線を向けてきた。


「いや、屈服はさせてないけど……なんか昨日、この家に来て……なんとなく一緒に住むことになった、みたいな?」


 クラリッサは真実をありのままに語った。

 しかし、その説明は銀髪少女のお気に召さなかったらしい。


「なんじゃそれ! こ、こいつは何百年という年月を生きるドラゴンなのじゃぞ。しかも個体数が少ない光属性! そんな高貴な存在が、なんとなく人間の家に住み着いて、メイド服を着て家事をしているなど……あり得んじゃろ!」


 そんなことを言われても、あり得たんだから仕方ない。


「エメリーヌ! お前、ドラゴンとして恥ずかしくないのか! もうちょっと威厳を大切にしろ!」


「え。そっちに怒るの? 私の話、疑わないの……?」


 クラリッサは拍子抜けという表情になる。


「……ほかのドラゴンならともかく、エメリーヌはそういう奴じゃからな」


「あー。昔からなんだ。想像つくぅ」


 クラリッサは納得した様子で頷く。


「それが私だもの。ドラゴンの威厳って言われてもね~~」


「だからってメイドになるこたぁないじゃろ! 人間如きの家政婦に成り下がって……さすがに看過できぬ! 力尽くでも連れて行くぞ!」


「えー、嫌よぉ。私、この家が気に入ったんだもの。それにイリス。人間如きって言うけど、人間は強いわよ。そこにいるアオイくんとか、ドラゴンにも吸血鬼にもできない凄い能力を持ってるんだから」


「ほう……あの小娘が……」


 イリスと呼ばれた少女は、アオイを睨んでくる。


「どんな能力でエメリーヌを懐柔したか知らぬが……そんな小手先の技では、我ら超常の存在には敵わぬと思い知らせてやろう。さあ、小娘、どこからでもかかってこい。真祖吸血鬼イリスが相手してやろう」


 イリスはなにやら攻撃を誘ってくる。

 とても大きな誤解をされてしまった。

 エメリーヌを懐柔したつもりはないし、アオイは小娘ではない。


「え、この子、真祖吸血鬼なの!? エメリーヌさん、なんで相手を煽ってるの! アオイくんがピンチ……わ、私が守らなきゃ!」


「大丈夫よ、クラリッサちゃん。イリスはあんなこと言ってるけど根はいい子だから。人間に本気で危害を加えたりしないわ。アオイくんの能力を見せれば、その凄さを素直に認めるはずよ~~」


「ふん! この我が人間を認めるものか!」


 イリスはエメリーヌの言葉を真っ向から否定する。

 しかしアオイは、エメリーヌが正しい気がした。

 あくまでフィクションから仕入れた知識だが、イリスのような性格の人は割とチョロかったりする。


 とはいえ、敵対心を剥き出しにしている相手を納得させるのは、現実的には難しい。

 アオイの能力を見せろと言われたが、攻撃魔法などはこの世界の上位の者たちには遠く及ばないはずだ。

 なら見せるべきはビルダーとしての力。


(どんなものを作れば、納得してくれるかな?)


 別にイリスに勝ちたいとか、尊敬されたいとか思っているのではない。たんにエメリーヌを強引に連れ去って欲しくないだけである。


(イリスさん。あんな着るのも動くのも面倒そうな服を着てるってことは、ああいうのが相当好きなんだろうな……なら、あれ系の服を作れば気に入ってもらえるかも……?)


 ゲームにもロリータ的な、ひらひらした服がいくつかあった。

 アオイもレシピを持っている。それは防御力がほとんどない、お洒落のためだけの装備だが、見た目は可愛い。きっとお気に召すはず。


「えっと。まずは今着ているのに近いダーク系の……紫色のドレスはどうでしょう?」


「む! むむむむっ!? お前、それをどこから出した! いきなり手に持っていたように見えたぞ。いや、それよりも……素晴らしいデザインじゃぁ!」


 イリスはアオイに近づき、そのドレスを手に取った。

 文章にすればそれだけの行いだが……目で追えないほどの速度だった。

 もし戦闘になれば、アオイは為す術なく敗れるだろう。

 しかし今のイリスは、紫のロリータドレスに夢中で、戦意も敵意もまるで感じなかった。


「気に入ってくれたみたいで嬉しいです。じゃあ次は真逆にピンク色のはどうでしょう?」


「おおっ、それもいいなぁっ! しかし我は吸血鬼。闇夜を統べる者。やはり暗い色を好む。我がこっちを着るから、お前はピンクのを着るといい」


「え。ボクが着るんですか?」


「だ、駄目か……? やはり普通の者はロリータドレスとか嫌いか? 貴族がパーティーで着るようなドレスに似てるくせに微妙に違う半端な服とか思っとるんじゃろおおおおおっ!」


「誰もそんなこと言ってないですよ……」


 心のなにかに触れてしまったらしい。彼女は涙目になって叫んだ。

 攻撃されるのが一番厄介だが、泣かれるのもそれはそれで困る。


「アオイくん。着てあげなよ。可哀想じゃん」


 ついさっきまで真祖という言葉に怯えていたクラリッサだが、半べそのイリスを見てすっかり緊張感を失ったようで、話に加わってきた。


「うーん……分かりました。それでイリスさんが満足してくれるなら」


「わーい、なのじゃ! 我、背丈が近い者とロリータファッションで合わせてみたかったのじゃ」


「アオイくんがそんなフリフリの服を着る……可愛いに違いない! くぅぅ、今から心臓が止まらないように心の準備をしておかなきゃ!」


「あら~~。二人に喜んでもらえてよかったわねぇ、アオイくん」


 確かに、自分の行いで誰かが喜んでくれると、こちらも嬉しくなってくる。

 着替えるだけで二人も喜ばせることができるなら、お安いご用だ。


 イリスはさっきの暗黒のオーラで身をまとう。その中で着替えるようだ。

 アオイは屋敷で着替えた。


「なんと! 我ほどではないが、なかなかの逸材ではないか。エメリーヌが推すだけのことはあるのじゃぁ」


 すでに着替え終わっていたイリスが褒めてくれた。


「うふふ。アオイくんのよさが伝わってよかったわぁ」


 エメリーヌは自分のことのように誇らしげだ。

 しかしこういう場合、真っ先に反応するはずのクラリッサが静かだ。

 まさか具合でも悪いのかと思って視線を向けると、本当に具合が悪そうに胸を押さえていた。


「く、苦しい……アオイくんがかわゆすぎて胸が苦しい……! 抱きつきたいのに、恐れ多くて近づけない……!」


 なんだ。いつもの調子だ。心配して損した――と、アオイは苦笑する。


「いやぁ、最初は失礼な態度をとって済まなかったのじゃ。我とロリータ友達になって欲しいのじゃ。女子会を開いて、優雅に紅茶を飲むのじゃー」


 イリスはアオイの腕に抱きつき、甘えた声を出す。


「あの。友達になるのは構わない……というか光栄ですけど……その……」


「やはりロリータは抵抗あるのか……?」


「いえ。そうではなく……ボク、男なので女子会は無理です」


 アオイが勘違いを指摘すると、彼女の表情は凍り付いた。


「う、嘘をつくな! こんなに可愛いのに……男のわけないじゃろ!」


「そう言われても……」


「我は吸血鬼! 血を飲めばそいつが男か女かくらい分かる! 少し指先をチクッとさせるのじゃ。眷属にしたりせぬから! ほれ!」


「はあ……チクッとするくらいなら」


 イリスはアオイの指先を犬歯で噛み、血を数滴啜った。


「ぴょえええええっ! こやつ、本当に男じゃ……! 二百年以上を生きてきたけど、こんなの初めてじゃ……ここまでロリータが似合うのに……血の味は男……脳が混乱するのじゃぁぁぁぁっ!」


 などと叫びながら、イリスは目を回してひっくり返った。


「あらあら。イリスったら人生経験が足りないのねぇ」


「アオイくんって本当に男の子だったんだ……確定したら更に尊くなってきた……うっ、胸が苦しい!」


 エメリーヌとクラリッサも、思い思いの感想を言う。

 アオイはただ着替えただけなのに。リアクションが大げさな人たちである。

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