第33話 空から暗黒が落ちてきた
天気のいい午前中。
アオイが家の周りを散歩していると、近所の人から「昨日、あんたのとこにドラゴンが降りていったように見えたけど……なんともなかった?」と聞かれた。
あれだけの巨体が飛んできたら、誰か目撃者がいて当然だ。
アオイは冷静に「気のせいじゃないですか?」と答えた。
「そうか……まあ、ドラゴンが本当に来たなら、あの屋敷だけじゃなく、この辺一帯が破壊されてるもんなぁ」
彼はそう納得して去って行った。
それからアオイが家に帰ると、金髪の女性がメイド服姿で玄関先をホウキで掃いていた。
「あら、アオイくん。お帰りなさ~~い」
彼女こそ、昨日やってきたドラゴンの人間形態である。
さっきの人に「ドラゴンは見間違いじゃなくて、綺麗な女の人に変身しちゃいました」と正直に説明しても、きっと信じないだろう。
「エメリーヌさん、ただいま。別にゴミがたまってるわけじゃないし。掃除なんていいですよ」
「うふふ。私が好きでやってるだけだから気にしないで~~」
そう微笑むエメリーヌは、実に優しげだった。
趣味でメイド服になったと昨日言っていたが、誰かのお世話をすること全般が好きなのかもしれない。
「アオイくんが帰ってきた! 冒険者ギルドに行こう!」
二階から声がした。それに返答する前に「とうっ!」とクラリッサが窓から飛び降りてきた。
「……はしたないですよ、クラリッサさん。スカートの中、見えてました。恥ずかしくないんですか?」
「見えてもいいやつ履いてるから恥ずかしくないもーん」
と、クラリッサは澄まし顔だ。
「はあ……見えてもいいやつ……いわゆる見せパンってのですか。そういうのって、どうして恥ずかしくないんですか?」
「え?」
「だってスカートの下の布ってのは一緒じゃないですか。なのに『これは見られても恥ずかしくないやつ』って触れ込みで売られてたら、実際に恥ずかしくなくなるって変だなぁと思って。どういう理屈なんですか?」
「り、理屈なんかないけど……そういう風に言われると恥ずかしくなってきた……」
今更スカートを手で押さえてモジモジしだす。
「そうですよね。見せパンって普通のパンツよりちょっと面積が広いだけで、肌の露出が極端に減ってるわけじゃないし。見せパンが平気なら普通のパンツを見られても平然とするべきだし、パンツが恥ずかしいなら見せパンでも恥ずかしがらないと理屈が通らないですよ」
アオイは思いついたことをツラツラと語ってみた。
するとクラリッサは「わ、私は今まで見られても大丈夫だと思って、とても恥ずかしいことを繰り返してきたのでは……!」と頭を抱えてしまった。
「アオイくん。女の子を虐めちゃ駄目よ~~」
エメリーヌがたしなめてくる。
「虐めたつもりは……疑問だから聞いただけです」
「けどクラリッサちゃんはとっても困ってるじゃない。いいの? クラリッサちゃんが変なことで悩んで活発さを失っても」
「それは……困ります」
元気がないクラリッサなど、もはやクラリッサではない。
ようやくアオイは、自分のデリカシー不足を認識した。
そもそも下着の話など、男でも大きな声で語るものではない。まして女性なら尚更だ。
恥ずべきなのは、そんな話題をクラリッサに振ったアオイのほうだろう。
「ごめんなさい、クラリッサさん。ボクが間違ってました」
「そ、そうだよね。間違ってるよね。見せパンは見られても大丈夫なパンツで合ってるんだよね! ああ、よかったぁ」
別にそこの間違いを認めたのではないのだが、クラリッサが元気を取り戻せたなら些細な問題だ。
「うふふ。二人が仲直りできてよかったわぁ。それじゃ、おるすばんは私に任せて。冒険者ギルドにいってらっしゃ――」
エメリーヌはのんびりした声でアオイたちを見送ろうとしていた。が、途中で言葉を止める。
理由は聞かなくても分かった。
上空に、なにか恐ろしい気配があるのだ。
見上げると暗黒のオーラが隕石の如く、この屋敷に迫っていた。
エメリーヌはホウキを、もの凄い勢いで投擲する。
すると暗黒のオーラの一部が変形して、触手のように伸び、ホウキを殴りつけた。
へし折るだけなら、そこらの一般人でもできるだろう。しかしホウキは木っ端微塵になる。破片が落ちてくることもなく、細かい塵になって消えてしまった。
ただ振り払っただけでこの威力。尋常な力ではない。
アオイの全身に怖気が走った。
どんなことをしようと勝てる気がしなかった。
そして同等の力を持つ気配が、地上にも現れた。
エメリーヌである。彼女は口を開き、一条の光を放った。
レーザーブレス。
その眩さは、空の暗黒を打ち払った。
暗黒が消えたあとには、黒衣の少女がいた。
赤い瞳。黒い翼。
不敵に笑う口の端から鋭い犬歯が見える。
アオイは『吸血鬼』という単語を連想した。




