第19話 無限収納は珍しいらしい
「ゾンビを浄化する魔法? そりゃ光属性だね」
魔法道具屋の老婆はそう答えた。
「その魔導書、ありますか!?」
「ないよ。入荷すらしたことないね。『死体を一時的にゾンビとして操る魔法』と『毒を浄化する魔法』ならたまに入ってくるけど」
ゾンビと浄化。
その二つが合わさった魔法が欲しいのであって、バラバラでは意味がない。
「……いや、待てよ」
アオイはビルダーのスキルを持った魔法師だ。
なにかとなにかを組み合わせるのはお手の物。
上手くいくか確信はないが、試してみる価値はある。
「その二つの魔導書って、次はいつ入荷しますか?」
「さてね。レベルを上げて、自分で取りに行ったほうが早いかもしれないよ。洞窟のモンスターがたまにドロップするのさ」
老婆は、どのモンスターからドロップするのか教えてくれた。
「けど、レベル10になるまで洞窟に行かないほうがいいよ」
「あ、それは大丈夫です。すでに洞窟でモンスターを倒したことありますから」
「そうなのかい? さすが転生者は強いんだねぇ。そっちのお嬢ちゃんも転生者かい? 一緒にこっちの世界に来たとか?」
老婆はクラリッサに視線を向ける。
「私は違うけど。でもレベル21だから洞窟に行ってもへっちゃら!」
彼女は自慢げに胸を反らす。
「へえ、大したものだねぇ……」
と、老婆はクラリッサを見つめてから、アオイに視線を戻す。
「あんた。ああいう胸が大きい子が好きなのかい?」
「胸?」
アオイはなんのことか分からず、ポカンとしてしまう。
確かにクラリッサは胸が大きいほうだと思うが、それを好き嫌いで考えたことはなかった。
「ちょ、おばあさん! なんてこと言い出すの!?」
「おお、ごめんよ。子供にはまだ早すぎる話だったね。そして……お嬢ちゃんはまんざらでもないみたいだね。ひひひ」
なにが面白いのか、老婆は顔を更にシワシワにして笑う。
クラリッサは「むぅぅ」と頬を膨らませる。
どうやら十三歳の子供には分からない、大人の会話であるらしい。
顔を赤くしたクラリッサは、アオイの手を引いて魔法道具屋を出て、そのまま町を飛び出し、なんと洞窟の前まで来てしまった。
「あの。手を繋いだまま潜るんですか? さすがにモンスターと遭遇したとき危ないと思うんですけど」
「は! いつの間にこんなところに!」
「ボンヤリし過ぎです。しっかりしてください」
「年下の子に真顔で怒られた……」
いくらクラリッサが適正レベルの倍以上も強いとはいえ、油断は死を招きかねない。
そこまでいかなくても、あまりボーッとしていたら迷子になる。
適度な緊張感は大切だ。
「さて、と」
ようやく両手が自由になったアオイは、鞄から杖を取り出した。
「アオイくんの鞄って、見た目より沢山入るよね。いいなぁ、そういう系のアイテム。私も欲しいけど、なかなかドロップしないし。売ってるのは高いし」
「ああ、この世界って、こういう系のアイテムが普通にあるんですね。よかった。無限収納がすっごく貴重だったら、あまり人前で使えないなぁと思ってたんです」
クラリッサには完全に気を許しているので、油断して使ってしまった。が、本当は彼女相手でも慎重になるべきだった。
しかし、どうやら無限収納は普通に知られている存在らしい。なら、人前で使っても安心――。
「む、無限? それ無限に入るの!?」
彼女は目を丸くし、大声を出した。
「……あれ? 無限は珍しいんですか?」
「そりゃそうだよ! だって無限だよ!? 無限ってことは……つまり無限に物が入るわけでしょ、その鞄……凄すぎる!」
「つまり……見た目より多く収納できるアイテムは一般的だけど、無限に入るアイテムはあまりない?」
「あまりじゃなくて、まるでない! 少なくとも私は聞いたことないよ!」
「これが無限収納鞄だと知られたら、大騒ぎになっちゃいますか?」
「なるなる! 私が悪い人だったら絶対に狙うね! そんでついでに『おっ、可愛い子がいるじゃねーか、ぐへへ』ってアオイくんを鞄に入れて連れ去っちゃうね!」
そんな悪い人はクラリッサしかいない気がする。しかし、無限収納鞄の存在を知られたら、多くの人に狙われるのは確かだろう。
外見よりも収納空間が広いアイテムは普通に知られているようなので、人前で物を出し入れすることそのものは問題なさそうだが、中が無限なのは隠さなければ。
まあ、自分から教えない限り、そうそうバレないはずだ。
「分かりました。気をつけます」
「うん。連れ去られないようにね。あんまり可愛さ振りまいちゃ駄目」
「いや、そっちじゃなくて、鞄です」