生ける缶コーヒーは灰皿扱いされたくない
俺は缶としては悟ってる方だからよ、缶生なんて儚いもんで、買われて飲まれて捨てられて終わりだと思ってたんだ。
なのにどうしたことだよ。タバコの吸い殻突っ込まれて、灰皿として長生きするはめになるたぁよ。俺の缶生計画にはなかったっつーのに。
あ? なんで缶コーヒーに自我があるのかって?
んなこたどうでもいいだろ。俺からすりゃ、所詮タンパク質の塊に過ぎない人間に自我がある事だって十分不思議だぜ。
俺を買った人間は、ボサボサの髪をしたおっさんだった。コンビニ袋に詰められて、重たく引きずる様な足取りのおっさんに持ち帰られる。
おっさんはやけに広い一軒家に住んでいて、散らかった机の上に空になった俺を置くと、灰皿がわりに使い始めやがった。
タバコ吸って酒飲んで、飯はろくに食ってない。そんなシケたおっさんとの同居生活なんて、最悪の缶生だ。
とうとう吸い殻で体がパンパンになったころ、おっさんの元へ電話がかかってきた。
「え……、目が覚めたんですか!? はい、今すぐ行きます!」
やたら慌てたおっさんが、珍しく身綺麗にして家を飛び出していった。その拍子に、机の上に積み上げられた本が俺の上へ落ちてくる。ちっ、俺の自慢のボディが凹んじまったじゃねーか。
『交通事故完全対応マニュアル』
『不眠症の治し方』
『植物状態ー奇跡の復活事例集ー』
本は全部、何度も読み込んだかの様にボロボロだった。特に最後の一冊は、表紙を強く握りしめたのか形が歪んでいる。人間は何かにすがりつく時、拳ってやつに力が入るらしい。
おっさんは帰ってきてから、慌ただしく掃除をしはじめた。シンクに積み上げられたカップ麺の容器も、ズラリとならんだ酒の空き瓶も、そして吸い殻の詰まった俺も。中身を洗われ、分別してゴミ袋に詰められる。
大量のゴミ袋を抱えてゴミ捨て場に向かうおっさんの足取りは、今にもスキップし始めそうだった。
ようやくこれで俺の缶生も終わりか。なぁおっさん、前に最悪の缶生だったなんて言ったが、撤回するぜ。
何故だか今は、悪くねぇ気分なんだ。もしまた缶コーヒーに生まれ変わったらよ、またあんたに買われるのも面白いかもな。今度会うときゃきっと、あんたの嫁さんにも会えるかもしれねーからな。