秋の短編 緑地公園と2つの甘味
自転車を押し、落ち葉が舞う中を歩いていく。
目当てのベンチは幸いにも空いていた。
荷物カゴから有名洋菓子店の袋を取り出して、逸る気持ちを抑えながら慎重に座る。
ここには邪魔をする者など居ない。
公園内の大きな通路から外れたこの場所は、イチョウ並木を突っきらないとたどり着けない。
通りからの視線を完全に遮る程ではない、明るく開けた林の中に踏み入る者など少ないだろう。居るとしたら、近所のおじいちゃんおばあちゃんか初々しい若いカップルくらいのものだ。
それでも至福の時間を心行くまで堪能する為に、入念なチェックを行っていく。
周りに人影無し。
ベンチの下や裏に、ゴミも無し。野良猫なんかの小動物や、謎に大量発生した虫とかも居ない。
鳥の鳴き声は時折するが──まあ、遠いし大丈夫だろう。雀や鳩なら可愛いものだが、烏はいただけない。わざわざ人が持っている物を狙うことは無いはずだが、まあ気分の問題だ。
すっかり秋めいた赤や黄色の風景を目で感じ、その涼しい空気を鼻から吸うことで楽しみつつ、いそいそと準備に取り掛かる。
持ち帰り用の、見目良い袋の中から取り出したるは──「モンブランケーキ」…!!
近所で評判の洋菓子店○○ー○の、大主力商品!
1個800円超えという、バイト未経験の高校生である俺にとって、決して安い買い物ではない極上スイーツ…!!
それを狂気の2個買い…!!
これを堪能するが為に、わざわざ帰宅後に私服に着替えてから自転車を駆って買いに行ったのだ。誰にも邪魔はさせん…!
俺の数少ない趣味の1つ。それが、「甘味」だ。
1ヶ月に1回、甘い物を存分に食べる日を設定している。家の外で風景を楽しみながら、あるいは清潔感の有る店内のテーブルでBGMを聞きながら、心行くまで口にする。
今日は10月のその日だ。
紅葉が深まってきた緑地公園で、秋の味覚たる「栗」がたっぷりの甘味を食すのが、今日のテーマ。
しっかりと楽しむ為に抜かりは無い。
追加でカバンから出したるは──マイスプーン!&マイフォーク!
店で貰える使い捨てプラスチックフォークも有るが、自分専用カトラリーを使うことで余計な雑事に囚われることなく食べることができる。
これが存外に無視できない差を生むのだ…!!
俺は「スイーツ男子」などと洒落た存在だと思わないが、趣味の娯楽に妥協はしない。
他人から見たら奇異なことをしているだろうと言う自覚は有る。だからこそ、外で食べる時は1人静かに楽しむ場所を確保することにしているのだ。
これで、全ての準備は整った…!
では、いざ…! 実食…!!
頂点に乗った、甘露煮だろう栗の剥き身が落ちない様に、そっとケーキの側面にフォークを入れる。
モンブラン特有の細く絞り出した黄金色クリームをフォークの切っ先が押しのけ、土台のスポンジケーキごと1口大に切り分ける。
それをゆっくりと、焦らず慎重に口の中に運ぶ。
ぱくり… もぐ…! もぐ…!
口の中に入れた瞬間、凝縮された旨味が口の中を怒涛の如く駆け抜けていく…!!
美味い…。美味いぞ、これは…!!
栗の優しい甘み。それを邪魔はせずとも並び立つ、砂糖の甘み。そこに濃厚なクリームの旨みが調和もたらし、渾然一体となっている。
スポンジケーキも非常に良い塩梅だ。小麦やバターの風味は他の味を歪めることなく、柔らかくしかして力強く、モンブラン全体の味を支えている。栗のクリームとの相性を極限まで考えられたことが窺える、最高の1品だ…!
存分に咀嚼しつつも、2口目、3口目を淀みなく口に運んでいく。
モンブラン中心の、栗ホイップクリームの比率が増えるに連れ味に深みが増していく。
まさに、至福…!
ひとしきり味わったら、今度は栗の甘露煮を一気に頬張る。
くぅ~~!!
舌を打ちのめす、甘みの暴力…!! クリームとケーキの調和とは打ってかわった直接攻撃に、完全ノックアウトです!!
ああ、幸せだ…。俺は、今、生きている…! 生きているんだ…。
──────────
さて、1個目の余韻に浸りつつ、2個目にいく前にこの緑地の風景を楽しんでおこう。
モンブランの風味と秋めいた景色が五感に心地よく──
おや…? あっちのベンチに誰か──居る…。
女の子…、だな。
私服だから微妙だけど、歳は俺とそんなに違わないだろう。デートの待ち合わせだろうか?
公園のベンチで推定高校生がデートとか、フィクションと言うか絶滅危惧種レベルの珍しさでなかろうか。
むぅ…。俺が邪魔をするつもりもないし、こちらの邪魔もされたくない。
先に居たのは俺の方だし…、いや、別に公園内に優先権など無いのだが…。
女の子は膝の上に荷物の包み?を乗せているくらいで、自転車も見当たらないから恐らく徒歩で来たのだろう。
いつ現れたのかは分からないが、すぐに退くことはあるまい。
園内ジョギングの休憩にも見えないし、何かここで活動をするのかも知れない。俺の方を気にする素振りは無い様だが…。むむぅ…。
…。
仕方ない、こちらが身を引こう。幸いにも1つ食べ終わったところだし、中断はできる。どこか別の場所を探してぶらぶらしてみるのも、それはそれで乙であろう。まだこの公園内でも腰を下ろせる場所はいくらか──
ん? 余計なことを考えてる間に向こうが動きだしたか?
何かを、取り出して──あれは!?
遠めだし、凝視できないから確定ではないが。
あの袋の色味! あの大きさ! 何より、中から出てきた物の形から推測するに──
あれは甘味だ!
そして、恐らく。○○屋の!「みたらし団子」!
あの子、やりよる…!
秋深まる日本の公園で、日本人が食う物と言ったら「和菓子」…! その中でも「みたらし団子」をチョイスするとは…! その選択、正しくyes!!
洋菓子にかぶれた似非日本人の、敗北であった…!
いや、落ち着け! ○○ー○のモンブランがそこらの和菓子に劣る訳ではない…!!
だがしかし! 向こうは和菓子…!! 甲乙付け難し…!
俺がアホな思考に陥っている間に、女の子は黙々と団子らしき甘味を食べはじめた様だ。
…。
顔ははっきり見えていない。だが、とても。とても、幸せそうに食べていることが分かる。
団子1つを何口にも分けて少しずつ丁寧に味わっている彼女からは、周りのことに気にする素振り等無く、甘味の世界に浸り切っていることが窺えた。
無粋なのは俺の方だったか…。勝手に優劣付けて、勝手に負けたと思い込んで…。
美味しい物に、和だの洋だの、安いだの高いだの関係無い。
美味しく食べる。食材や職人さん達に感謝して、心行くまで堪能する。それでいいではないか。
名も知らぬ女の子、ありがとう。
俺はまた1つ、偉大なる甘味の深奥にたどり着けた様だ…!
彼女は食べ終わるとおしぼりで手を拭き、きちんと手を合わせて食後の挨拶を行った。
そして、素早く立ち上がり、並木の向こうへと歩いていく彼女を、俺はぼんやりと眺めていたのだった。
──────────
再び1人になった雑木林の中で、この後の行動を考える。
…、2個目のモンブラン、食べるか。ここで。
このまま持って帰って家で食べると言う選択は、どの道、論外だ。
まず間違いなく、姉貴か母さんに食われる。んで、ありつけなかったどっちかに「私の分を買ってきて!!」とパシられることが確定する。彼女らに「甘味を分け与える」思考など欠片も存在しないだから。
そんな修羅道に片足突っ込んだ畜生道な場所に、俺の至福を持っていく訳にはいかん。
──だが、ふと。
先ほどの彼女なら。
奪い合いになどならずに、仲良く半分個にして双方が幸せになる道を、選ぶんだろうなと考えて──
「──なんで知らない女の子と、スイーツを分けて食べるんだ…。気色悪いぞ、俺…。」
みたらし団子の彼女のことが頭にちらつきながら、食べたモンブランは。
どこか、苦い様な甘い様な、不思議な味だった──。