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エクストラエピソード(1)

「ふわぁ〜〜……」

 

「ずいぶんお疲れみたいだなぁ菜摘さん。大丈夫か?」

 

「あー、うん。だいじょーぶだいじょーぶ」

 

「全然大丈夫そうな声してないんだけど。悩みでもあんなら相談乗ろうか?」

 

「いや、ガチでそーゆーんじゃないから」

 

 

 バイトが無いからと学校帰りに保育園に寄って、弟を連れて我が家にやって来たギャル。冷蔵庫の中身をチェックしながらも、怠そうにあくびを漏らす様子は、気掛かりでならない。

 本来ならば俺がやるべき家事を、率先して請け負ってくれるのはとても有難い。しかし無理してやるくらいなら、大人しく帰って休んでてくれた方が、こちらとしても安心できる。まぁ、自宅に()()()()()で悠太の子守りとかあるから、彼女自身は休めないのかもしれないけど。原因くらい知っておくべきか。

 

 

「やっぱ他人の家での家事が重荷になってるんじゃないか? 勝手が掴めないだろ?」

 

「ううん、もうけっこー慣れたよ?」

 

「じゃあ普通に体力削られてる感じか」

 

「違うって。2週間後にテストあるから、勉強してて寝不足なだけだよ」

 

「なっ……お前さん、ギャルだよね!?」

 

「だからなにさ?」

 

 

 予想外の理由に、驚きを隠せない。

 テストに対する姿勢なんて、ほとんどの学生が2パターンに分かれる。日頃から勉強を(おろそ)かにせず、テストが近付いたら早めに復習を始める生徒。そして基本的に勉強への自主性がなく、テスト直前に詰め込むタイプの生徒だ。全く何もしない奴は論外なので考慮しない。

 さて話を戻すと、2週間前にして対策を始めてる菜摘は、限りなく前者に近い。根が真面目なのは分かっている。それにしたって、金髪で長めのウェーブした髪に、ピアス開けてて目元から爪までしっかり飾った外見では、机に向かう姿とミスマッチだろう。見た目で判断するのは良くないとしても、オシャレから家事と育児、その上勉学にも力を入れるなんて、人間業ではない。こうした要素を踏まえれば、外見的特徴から判断するのは当然である。

 

 

「頑張り過ぎじゃないか? 今からそのペースで勉強してたら、本番まで持たないぞ?」

 

「……1日1時間ちょっとしかやってない」

 

「マジか。それでも疲労が溜まるなら、テスト終わるまでは来なくても——」

 

「やだ!! それじゃ意味無いし!」

 

「どこに意味を求めてるんだよ。気持ちは嬉しいけど、無茶されたら俺が負い目だぞ?」

 

「………せっかく楽しみが増えたのに、やめたくない。助けられた感謝もあるから、自分のことも言い訳したくない。少し寝不足するのなんて、テストが終わるまでだから」

 

 

 俺はここで首を傾げた。1時間強のやるべきことが増えた程度で、削られる睡眠時間は微々たるもの。こんなあからさまにくたびれるだろうか。

 だが彼女のスケジュールを考えれば、あっさり答えに行き着いた。

 

 

「もしかしてさ、悠太を寝かしつけてから勉強してんの?」

 

「家事ならゆうちゃん見ながら片手間でできるけど、勉強は集中しないと捗んないし」

 

「ごもっともで。つまりあれか、ここ最近の君は学校行った後に俺ん家の家事かバイトをこなして、自分家の家事やって悠太の面倒見て、それから勉強まで本腰入れてたと?」

 

「あたしがやりたくてやってんの! 邪魔しないで!!」

 

「あぁ、邪魔はしない。でも明日からうちに来る時は、教科書を持って来い。多少なら教えてやれるし、俺が子守りをしていれば、その間に勉強できるだろ?」

 

「……なんか恩着せがましい」

 

「なんとでもどーぞ。過労で倒れられても、俺は止めたとしか言いようがないからな」

 

「あんたって理数系得意?」

 

「んー、専門は経済でバリバリの文系だが、統計学もかなりやり込んだから、数字にはそこそこ強いぞ?」

 

「ひとりでやってても手応えないから、数学とか教えて。あと………心配してくれてありがと」

 

 

 逆ギレしたかと思えば俯いて、更にそこから上目遣いで感謝を述べるって、なんというギャップだらけの応酬。眠過ぎて精神が安定してないのかも。でもこの子頑固だから、休めと言っても聞く耳を持たないだろうからな。

 俺の懸念とは裏腹に、作り始めたら見事な手さばきで、あっという間に手料理を完成させる。食事中も半分瞼が閉じていて、意地で仕上げたのだろうと察するけど。

 そんなことを考えながら飯を口に運んでると、傾いたギャルの体が一向に止まらない。膝の上には2歳児も乗ってるのに、このままでは二人共椅子から落ちてしまう。焦った俺は立ち上がり、雪崩(なだれ)る菜摘と悠太を同時に()き止めた。

 

 

「………ふぁ?」

 

「あっぶね〜。悠太、一旦降ろすぞ?」

 

「あーう!」

 

「おい菜摘、寝るならソファにしてくれ。フローリングに落ちたら痛いだろ?」

 

「ん〜………朝ァ?」

 

「完全に寝ぼけてんな。ったくもう」

 

 

 うわ言を呟く前から、目は閉じてしまっていた。これ以上座らせておくのは危険だと判断し、背もたれと背中の隙間に右腕を挟み込む。もう片方の手はスカートの下にある膝の裏まで伸ばして、両腕と足腰にグッと力を入れた。浮き上がった女子高生の体は思いのほか軽く、本人は脱力してるのに別段しんどくもない。

 所謂(いわゆる)お姫様抱っこと言うやつで移動し始めると、小さな口が微睡(まどろ)みながら動いた。

 

 

「も〜、毎日はムリぃってー……ゆってんじゃん……」

 

「なんの夢を見てんだか」

 

「ぁんのゆめぇ……? ん? えっ、ちょっと、何してんのっ!??」

 

「お、揺れて起きちゃったか」

 

「いや離してっ!! なんでこんなことになってんの!?? いいから離してよ!!」

 

「おい、降ろすから暴れんなって」

 

 

 突然目を覚ました菜摘は、俺の腕を振りほどこうと、反抗期のガキんちょの如く手足をバタつかせる。呆れてものも言えないが、とりあえず足先が着くように左腕を慎重に下げた。解放された彼女は自身を抱くようにして、壁際まで後退(あとずさ)りする。おぞましいモノを見るような眼差しが腑に落ちない。

 説明しようとしたところ、ようやく意識がハッキリしたのか、食卓に目を向けながらギャルが呟いた。

 

 

「あれ……? もしかしてあたし、ご飯食べながら寝てた?」

 

「悠太共々落下しそうで、ヒヤヒヤしたぞ」

 

「ごめん。リビングに運んでくれてる途中だったんだ……」

 

「謝らなくていいさ。元はと言えば、俺が負担を増やしたせいなんだから」

 

「ふ、負担じゃないし! イヤだったらとっくにやめてるし、こんなに頑張れない。玖我さんに喜んでほしいから……!」

 

「ん? 喜んでほしい?」

 

「あ……いや、なんでもない。違くて、自分で決めた恩返しだし、やり通したいじゃん」

 

「それ終わりが見えてなくないか……?」

 

「終わりは………分かんないけど……」

 

「すまん、意地悪な指摘だったな。君が満足するまで甘えさせてもらうから、キツくなったら協力させてくれ。どうせならお互い気分良くやりたいだろ?」

 

「………ハハ、もう一生満足できなそ」

 

 

 最後のボヤキは聞かなかったことにして、この日から数回に渡り、専属の家庭教師をやる羽目になった。100万円でギャルを買った月が、もう間もなく終わろうとしている。


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