表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

00 はじまりとまちがい


 六畳一間で、ふたりは向かい合わなかった。


 閉じた空間に人間が2人いても、何かが起こるとは限らない。

 向かい合って話す必要はないし、仲良くする必要もない。

 触り合う必要もなければ、拒絶する必要もない。

 喧嘩する必要もなく、愛し合う必要もない。

 ただ、同じ空間にいる——それだけだ。


「ぼくはね、どうやら楽しいみたいなんだ」


 少女のような儚い声だった。

 声の主は窓を眺めていた。

 今にも雨が降り出しそうな夏の曇り空だった。

 それを微笑みのまま、眺めている。


「ナギに出会ってから、何かが変わった。変わらない日々を過ごすはずだったのに、つまらない人生を送るはずだったのに。失われた未来と、脆い過去と、確かな現在……それらを比べてみると、はっきりと、そうわかる」


 ふーん、とそっけない返事がした。

 中性的な女性の声だった。


「比べてどうすんのよ。ありもしないこと考えたって、意味はない」


「意味はあるよ」


「ないわよ」


「ある」


「ない」


 ふたりの間を、夏の風が通りすぎた。

 海の生臭さを含んだ、湿った風だった。


「ナギはどうなの」


「どう、とは」


「ぼくと出会って、何か変わった?」


 沈黙。

 セミが網戸に張り付いたが、鳴きはしなかった。

 たっぷりと時間がかかった頃に、セミは飛んでいった。


「あたしは、言葉になんてしない」


「あ、そうやって逃げるんだ」


「逃げてないわよ、別に」


「言葉にできない感情なんて、理解してないことと同じだよ。ヤバイとかと同じだよ」


「あたしは違うわよ。言葉にできないんじゃあなくて、しないだけ」


「ナギの考えはよくわからないな」


 蚊が羽ばたく音。

 二匹の犬の遠吠え。

 遠くを走っている電車。


「ヒダリ」


「なあに」


 同じ空間にいながら、ふたりの呼吸は何度もすれ違う。


「あたし、やっぱりあんたのこと苦手だわ」


 それでも、ふたりは同じ空間にいる。


「いいよ。うん、それでいい。ぼくは違うけどね」


「……変なやつ」


 女子大学生ふたり——御船ナギと佐野ヒダリは、今日も違うことを考える。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ