ストップ! ファーラーちゃん!
「ふぁいあぼーる!」
プスプスと煙の上がる森の奥。そこには、ファーラーという女の子が居りました。森の中は危険でいっぱい。自衛のために今日も魔法の訓練中です。
「はははは、もっと火力が必要ですねー」
「むむむむ」
ファーラーに親はいません。代わりに大魔法使いの師匠、デネブという男が居りました。魔法使いだからといって、黒いフードを被っているとかそういうのではありません。
ハチに刺されないように、またクマなどを興奮させないために、地味な服装で、腰にはクマよけの鈴を身につけていました。
「こうするんですよー、そーれ」
デネブが指で弧を描くとメラメラと炎が空中に現れます。そしてそれを弾き飛ばすかのように、手で払うと、炎は槍の形になって、一本の木に命中しました。
不思議なことに、燃えることはありません。おそらく加減をしているのでしょう。
「わぁあ、お師匠様すごい!」
ファーラーもさっそく真似をします。
しかし、いくら彼女が指をくるくる回しても、炎は不安定に揺らめき、やがて消えていきます。
ファーラーの魔法はまだまだなのでした。
「修行はこれぐらいにして、お昼にしましょう」
「はーい!」
◇
魔法はとても便利です。
何もない所から水やパン、お菓子を出すことが出来ます。
ファーラーは、デネブのお菓子がとても好きでした。中でも、野イチゴのパイ。これは彼女にとって、格別の味です。
「おいしいねー」
「ですね。私もファーラーと食べるご飯は美味しく感じますよ」
「私がいなくなっちゃったらおいしくないの?」
「ええ。もちろん。だから今日こそは大人しくしていてくださいね」
「はーい、お師匠様!」
にこやかにデネブはファーラーの頭を撫でました。
◇
「なんちゃって……!」
ファーラーはこの森から出たことがありません。
外の世界に興味津々な彼女は、デネブの隙を見て、小屋から抜け出しました。
「はぁ……、またですか」
もちろん大魔法使いのデネブには、そんなことお見通しなのですが。
しかし、彼は簡単に彼女を連れ戻しません。
これも修行のひとつとしているのです。
◇
ファーラーは、泉をのぞき込みながら言いました。
「あー、おとしちゃったー!」
すると、泉の中から魚のうろこのような美しい髪色の少女が出てきました。表情を見る限り、怒っています。彼女は、腕を組んでファーラーを睨みつけました。
「今度は何。鈴? それとも石ころ?」
「遊びに来たよ! シーちゃん!」
「あたしはシーレンス! 用がないなら帰ってちょうだい!」
「あそぼー」
「ホントにアンタ人の話聞かないわね」
「ねぇねぇ」
「何よ」
「外に出る鍵。ちょうだい」
ファーラーの質問に口を開こうとしたシーレンスは、デネブの気配を感じ、口を閉じました。少しばかり気まずそうです。
「一度私に言ったでしょ。この泉の中に鍵があるって」
「それは、その……」
――バキッ……。
荒々しく木の折れる音がしました。
これはデネブの足音ではありません。二人の少し先に見えたのは、大きなクマでした。
「危ない! シーちゃん!」
「……、あたしは泉に潜れば良いだけなんだけどね」
「そんなぁ!」
――ガオォオオオオ!
クマは小さなファーラーの元へ向かって、すさまじい勢いで走ってきます。さすがに混乱したのか、彼女は、
「わぁあああ、お師匠様!」
と叫びました。
――ゴツン!
クマの脳天に、大きな石のようなものが木の枝から落ちてきました。デネブの仕業です。
しかし、それを知っているのはシーレンスだけ。
ファーラーは奇跡が起こったと喜んでいます。
(毎回冷や冷やさせられます……)
デネブは今、姿を消して存在していました。どうして泉に住む彼女にはその気配が読み取れるのでしょう。
それは、シーレンスが特別な魔力を秘めた泉の聖女だからです。
はるか昔に、この森は焼き払われようとしていました。
それを助けたのが大魔法使いデネブなのです。
どうして焼き払われそうになったかというと、人間と森の神との闘いがあったのでした。信仰心を失った人間たちは次々に森に住まう神たちを森から追い出してきました。
最終的に残った聖なる森。
それが、この森。
サーヴァランフォレスト。
◇
「うぅ、おなかすいちゃった」
「じゃあ帰りなさいよ」
「シーちゃん冷たい!」
「あたしはシーレンス!」
「じゃあ一緒にデネブ先生の所に行こ!」
「え?」
少しばかりか目がハートマークになるシーレンス。実にわかりやすい性格です。密かに恋をしているのですね。
でも、彼女は泉の聖女。ここから離れることはできません。
彼女が泉を離れること。それは、森の結界を解くことになるからです。
「見つけましたよー。ファーラー」
「お師匠様……? うぐぅ!」
呼ばれて振り向いた彼女は、軽く鼻をつままれます。
目の前のデネブに少しでも近づこうと、シーレンスは泉をざぶざぶと音を立てて泳ぎます。よく見れば、足ではなく、魚のような尾ひれがありました。
「シーレンス様。ファーラーと遊んでくれてありがとうございます」
「そんな、私は泉の主として当然のことをしたまでで……」
「むー、さっきと態度違うー」
「シャー!」
牙をむき出しにした蛇のような顔でファーラーを睨むシーレンス。
デネブはこの光景をもう何百と見ています。
それは、ファーラーの時間が、ここで終わっているから。
本来なら、彼女はあの時のクマに襲われて死んでいるのです。
デネブは時間操作の魔法をかけていたのでした。
ファーラーの言っていた、泉の鍵。
それは、彼女の命そのもののことです。
◇
「ふぁいあぼーる!」
プスプスと煙の上がる森の奥。そこには、ファーラーという女の子が居りました。森の中は危険でいっぱい。自衛のために今日も魔法の訓練中です。
今日も変わらず、ファーラーは元気いっぱい修行中!