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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

英雄闇奇譚(ダークヒロイズム)

作者: 雪河馬

人間というのは奇妙な生き物だ。

動物が命を奪うのは生きるためだ。

吸血鬼(ヴァンパイア)も生きるため、眷属(グール)を増やすために吸血し、時には命を奪う。

しかし人間は遊びのために生命を弄び、退屈しのぎに命を奪う。

時には同属すらその対象となる。


鉄の処女(アイアンメイデン)という拷問器具を知ってるか?

内側に針のついた人形の中に人間を閉じ込めるって代物だ。

その頭部にはご丁寧に顔までついている。

作った奴のこだわりなんだろうが、何が嬉しいんだか俺にはまったくもって理解できない。

時々吸血鬼(ヴァンパイア)よりも、人間の方が化け物に見える時がある。


深夜、人通りのない路地裏を歩く男女。

女は男の腕に手を回し豊満ななその胸を押し付け、男は期待に満ちた表情で暗がりへと向かう。


そして俺はというと、その光景を建物の屋根の上から寒風に震えながらストーカーしている。

なにも覗き趣味に目覚めたわけでもないし、パパラッチに転職したわけじゃない。

男は吸血鬼の眷属(ヴァンパイアグール)で、興味があるのは女の胸じゃなく首筋だってことだけだ。


俺がさっさと奴を始末せず観視しているのは、女の方もどうやら”訳あり”だから。

俺は鼻が利くもんで、十数メートル離れたところからでもその女が緊張しているのがわかる。

それも鉄錆の匂い、

女は死の恐怖を感じている。

つまりだ・・・、

女は男が化物だということを知っている。

それを知ってあえて誘い込んでいるということは、何か目的があるということだ。


吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)はこんな手口は絶対使わない。

だとしても、そろそろ動く頃だろう。


突然前方から2人の黒服の男が現れ、ひとりがに向けてクロスボウを撃ち、射抜かれた眷属(グール)は崩れ落ちる。

女はその様子を見届けて、走り去り姿を消した。


あれだけダメージを与えるということは銀の矢尻なのだろう。

急所を外した上、ロープが伸びているということは生捕りにする気だ。

それに、さっきから耳障りな音がブンブンしている。

高出力の超音波発生器ウルトラソニックジェネレータも使っている。

聴覚というレーダーを奪われた吸血鬼(ヴァンパイア)は飛べなくなるし、感覚全体が低下する。

男たちの表情はマスクに隠されて読み取れないが、淡々と事務処理をしているように見える。

いずれにしても、よく訓練された連中だ。


もうひとりの男が聴覚を封じられた眷属(グール)の無防備な背中から近づき、網を被せ絞り込む。

そして首筋に針を突き刺すと眷属(グール)は動きを止め、まるで人形のように棒立ちとなった。

何かの神経毒を使ったようだ。

男たちは動きを止めた眷属(グール)を簀巻にし、かついで連れ去ろうとしている。

大通りに停めてあったセダンのトランクに抛り込み走り去る。


俺も後をつけることにし、停めておいたオフロードバイクに飛び乗り追跡した。

普段は乗り物を使わない俺だが、今日は正解だ。さすがに100キロオーバーで走る自動車を走って追いかけるのは少々疲れる。


男たちの乗ったセダンは高速にのり郊外へと向かい、俺は限界ギリギリまで距離をとって尾行する。

人里離れた郊外のインターチェンジを降り、山間の側道に入っていく。

このあたりは高級別荘地で夏場は賑わっているが、晩秋の秋は人の気配もない。

セダンはやがて、一軒の洋館の敷地に姿を消した。


捕まったのは吸血鬼だ。

生きようが死のうが俺には関係のないことだが、何の目的で眷属を生捕りにしたのかには興味がある。

場所を確認し、その日は引き上げることにした。


翌日の深夜、俺は準備を整えて屋敷に侵入した。

調べによるとこの洋館の所有者は大手製薬会社で、数年前に元の所有者から購入している。

表向きの用途は従業員の研修施設ということだが、それにしては物々しい警備だ。

洋館の周囲には赤外線警備システムが張り巡らされていたが、俺にはなんの役にもたたない。


大広間には人の気配がないが、俺は匂いをたどって隠し扉にたどり着く。

かなり旧式のダイアルキーだ。耳をあて、音を頼りに数字を合わせる。

解錠し扉を開けると、地下に向かう石の階段が現れた。


俺は犬歯を剥き出しながら苦笑する。

ここまでして隠す以上はさぞかしロクでもないことをしてるんだろう。

俺は音をたてずに階段を降りていく。


地下室には血の匂いが充満していた。

それも随分前からの匂いだ。

前の持ち主とやらも、随分と悪趣味だったようだな。

地下に広がる広大な空間には鉄格子付きの部屋が並んでいて、100年以上に渡って陰惨な出来事が起きたと俺の嗅覚は伝えてくる。


吸血鬼の眷属(ヴァンパイアグール)の匂いは奥の部屋へと続いている。

石造りの牢獄が並ぶ中、その部屋だけが近代的な造作で、扉は固く閉ざされ、中の様子を覗き見ることはできない。


ここまで引き返して出直すというのもなんだ・・・正直面倒くさくなってきた。

俺は一番手っ取り早い方法、ドアをぶち壊した。

一瞬身をかがめて扉に向かって右足を蹴りだすと、厚さ50cmはある扉がまるで紙のように簡単に吹き飛ぶ。

轟音に驚いた男たちが一斉に俺の方を見た。

白衣の男が5人に、例の黒服の男が1人。

男たちは俺に向けてすばやく銃口を向けた。

きっと銀の弾丸なんだろう、俺はとりあえず両手を挙げる。


見回すとそこはどうみても病院の手術室なんだが、手術室らしくないものも転がっている。

壁際には巨大な水槽がいくつもあり、中には吸血鬼の匂いのする臓器が浮かんでいた。

そして手術台の上には吸血鬼の眷属(ヴァンパイアグール)が横たえられていた。

もうだいぶんと解体が進んでいるようだが・・・・。


「お前さんたち・・・。なかなか趣味の悪いことをやっているなあ。」


「なんだね、君は。この吸血鬼の仲間かね。」

白衣の男たちの中で一番偉そうな男が俺の方を睨みつけながら言った。

妙に青白い、顎ひげをはやした男だ。


青髭は俺の方を侮蔑した表情で見つめながら言った。

「まあ、どうでもよい。検体がひとつ増えただけだ。」

「君たちの弱点はわかっている。極紫外線の照射により細胞の不活性が起こる。耐腐食性の金属も有効だ。」


極紫外線がなんだかわからないが、よく研究しているようだ。それが俺に効くのかどうかは試してみる価値があるだろう。


「で、結局のところ、先生たちは何をされてるんですかね。是非ご教示いただければとおもうんですが。」


青髭は乗ってきた。この手のやつは自慢したいのだ。髭を右手で弄りながら話し始める。


「君に話す理由もないが、よかろう。我々は吸血鬼の能力の研究をしている。高い運動神経に物理法則を無視した飛翔能力。そして細胞の回復能力だ。」

「数多くの実験を重ねて驚くべきことが分かったのだよ。吸血鬼どもの血液細胞は僅かひとつを除いて我々と同一だったのだ。吸血性細胞が彼らの能力の根本であるという結論に我々はたどり着いた。私はそれを、紫血球と命名した。」


俺は興味が湧いてきた。このマッドサイエンティストどもなら俺の呪われた運命から解放してくれるかも・・。

いや、ダメだダメだ。実験動物として解体されるだけだ。

奴らには倫理というものがない。あるのはただ、学術的好奇心だけだ。


青髭は身振り手振りを交えながら語り続ける。

「ということはだ、この紫血球を人間に輸血すれば、能力を付与することができるのではないか?」

「ここから問題だった。輸血されたものたちは確かに能力を手に入れるのだが、脳にまで影響が出る、これでは使い物にならん。」

「我々はこう考えた。脳に影響を及ぼす因子があるなら、そもそも脳のコントロールを無くしてしまえばよいと。」


俺は話を遮った。

「先生、脳と身体を切り離したら身体のコントロールができないんじゃないか。」

青髭はうなづいた。

「ふむ。そこが一番苦労したところであり、弱点でもある。この紫血球が影響を及ぼすのは人間の感情であり、運動神経などにはまったく影響を及ぼさない。


青髭が、黒服の男の髪を持ち上げると額に縫合跡があった。


「ロボトミーか・・・・・。」

青髭は満足げな表情を浮かべる。

「そのとおりだよ。この男は私の指示通りに動くロボットだ。」


そういうことか。

「つまりだ。お前さんたちは、恐怖を知らない無敵の兵士(ソルジャー)を造るための研究をしてるわけだな。」

「まあ、その通りだ。知られては困るが、君は問題なかろう。もう・・・死ぬのだから。」


青髭が合図をするのと、俺が跳躍し襲いかかるのはほぼ同時だった。

黒服の男の銃は正確に俺の心臓を撃ったが、俺はおかまいなく男に飛びかかる。

そんなことは予想済みで、軽量の防弾チョッキを着込んでいた。

強度に欠ける銀の弾丸では防弾チョッキを突き破れない。

俺はそのまま男の首筋に強力な手刀を食らわす。

何かが砕ける音がしたが、まあ大丈夫だろう。死なない程度に手加減した。

こいつが人間か吸血鬼かというと微妙だと思うが、俺は人間は殺さない。

たとえそれがどんな悪人でもだ。

目の前にいる青髭どももそうだ。

いままでこいつらがやってきた人体実験を考えると胸糞悪いが、俺には人間を裁く権利はない。

人間を裁くことができるのは、人間だけだ。


俺は青髭に語りかける。

「俺から言わせればあんたは狂っている。吸血鬼(ヴァンパイア)どもの能力はあんたら人間に制御できるもんではないと思うぜ。」


青髭たちは青くなっていた。

優位性が一気に崩れたので仕方がないか。

青髭以外の白衣の男たちは立ちすくみおろおろしている。


さて、どうしたものか。これは俺の範疇ではない・・・・。吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)に任せるか。


さっきまで冷静だった青髭は震えていた。

「き、貴様・・・、とんでもないことをしてくれたな・・・・。」


俺は背後から殺気を感じて飛び退く。吸血鬼の気配だ。

間一髪で俺の腕の肉をわずかに抉り取られるだけで済んだ。

このくらいの傷はすぐに回復する。


その殺気の主はそのまま青髭と白衣の男たちに突進し、彼らを瞬殺し血溜まりに変えた。

俺はそいつの変わり果てた姿を見た。黒服の男だ。

全身の筋肉が異様な形に膨張し、耳は悪魔のようにするどく尖っている。

そして、2本の牙が口元から生えていた。


制御はロボトミーだけではなく、脳が侵食されないよう、なんらかの装置を埋め込んでいたようだ。

俺はそれを壊してしまったらしい。

やつはもうそのもの、吸血鬼の眷属(ヴァンパイアグール)

理性を失った最悪の悪鬼と化している。


男は満足げに血をすする。

青髭も例外なく、悪鬼の食糧となってしまい、生気を失い濁った瞳が俺の方を恨めしそうに見ている。


先生、あんたのその頭脳が正しいほうに使われてたら、吸血鬼の眷属(ヴァンパイアグール)を治療することもできたかもな。


空腹を満たした悪鬼は俺の方を見た。

悪鬼は俺に対して興味を持っていない。

人間ではなく、狼男の俺はやつにとって食糧ではないのだろう。

少なくとも、今は・・・・だ。


俺にとってはそういうわけにもいかない。

俺は吸血鬼は一人残らず抹殺しなければならないのだ。


結局、俺も人間と同じ化物か・・・・。


俺は犬歯を剥き出し、銀のナイフを構えて悪鬼に向かって跳躍した。


ストーリー的には失敗作かなと思いますが、まあ読み切りなので・・・。

当初のストーリーでは人間が人間を殺す現場に直面した時、主人公はどういう行動をとるかということを書きたかったのですが。それはまた次とします。

人間の善悪というのはすこぶる相対的なものですし、世代によっても立場によっても変わってきます。

もしこの世に吸血鬼なるものがいたとして、彼らは生きるために血を吸うのなら是か否か?

これは是かもしれません。今時血液の入手方法なんていろいろあるので。

じゃあ、種族を増やすためには?

人間から見ればだめなんでしょうねえ。




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