大道芸人の死
夫を亡くした妻の、最後の別れのモノローグ。
※伊賀海栗 様主催の「インド人とウニ企画」参加作品です。
「それでは、最後のお別れを」
火葬場の職員が重々しく告げた。
喪服姿の私は、幼い息子を抱え上げ、夫の死に顔をのぞき込む。
私の夫はインド出身。元は僧侶で、ヨガの達人でした。
幼いころから山奥で修業を積み、炎神の分霊を宿したと聞いています。
だからでしょうか? 夫は手足を自在に伸ばせるだけじゃなく、炎を吐くこともできました。
あ、念のため言っておきます。夫の頭文字はDじゃありませんよ?
夫とはヨガ教室で知り合いました。
彼はインストラクターで、私は生徒。
そのスレンダーな身体を一目見た瞬間、私は恋に落ちました。
ほら、よく言うじゃないですか。
DNAは、足りない形質を持った相手を一瞬で見抜く。それが運命の人なんだって。
この人がそれなんだ! って思いました。
同じように、夫もビビビッときたって言ってました。
彼ったら、汗ばんだ手でマイクに触ってたんです。
お互いに何かを感じた2人が付き合うまで、時間はかかりませんでした。
私たちは2人で、夢を語り合いました。
夫の夢は、カレー屋を開くことでした。
本場インドのビーフカレーを日本に広めたいと、いつも言ってました。
あ、「インド人って、牛を食べないんじゃ?」と思った人、いますよね?
でも残念! インド人の約15%、およそで2億人は、牛を食べても大丈夫な宗教を信じてるんです。
夫はインストラクターだけじゃなく、ストリートパフォーマーもやってました。
禅を組んで宙に浮き、炎を吐いて見せるんです。
いや、ですから、さっきも言った通り、夫はストリートファイターじゃありませんから。
夫の芸は好評でした。
ですが、同じ演し物ばかりだと、いずれ飽きられてしまいます。
そこで、新しい演し物の練習を始めました。
まさか、それで命を落とすことになるなんて…。
夫は人間ポンプに挑戦したんです。
人間ポンプって、わかりますか? 金魚や電球を丸飲みして、元通りに吐き出す芸です。
基礎をマスターした夫は、無謀な挑戦を試みました。
何を思ったのか、ウニを使ってみたんです。トゲトゲの、生きたままのウニを…。
もちろん、私は止めました。
丸飲みできる小さなウニは、獲っちゃいけないことになってますから。
えっ? 止めるのはそこじゃないだろう、ですって?
ええ、その通りです。
ですが、夫も私も、他のことは心配していなかったんです。
だって、炎を吐ける人間は、体内に火炎袋を持ってるんですよ。
内臓にウニが刺さるなんて思わないじゃないですか!
ええ、丸飲みしたウニは夫の内臓をズタズタにし、命を奪いました。
夫の体内に、火炎袋は無かったんです…。
皆様に申し上げます。
ウニの丸飲みは危険です!
不幸な犠牲者を、これ以上出さないでください!
私は涙声で夫に別れを告げた。
「ありがとう、あなた。ウニが危険なことを、身をもって教えてくれて。この子には、トゲトゲなままのウニは絶対に食べさせません」
牛を食べるインド人がいることに驚き、その数が日本人より多いことに驚きました。
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