魔王に肩車された勇者
「やあ、村人α」
「ゆ、ゆ、勇者様!」
見上げると、黒いローブに包まれた青白く血行の悪そうな顔をした人相の悪い男に……肩車された若く凛々しい勇者が、朝の日差しを背にして立っている。見上げると……逆光で眩しい。
村人αの視線に気付いた勇者は、少し得意気な顔を見せる。
「ああこれかい? 格好いいだろ」
「なんですか? というか、誰ですか? この人」
「はっはっは、魔王さ。手なづけるのに苦労した」
「……」
魔王と呼ばれた人相の悪い男は、ピクリとも笑わない。一言も喋らない。しかしその顔には屈辱感や怒り、嫉妬といった表情は見受けられず、当たり前のように黙って勇者を肩車し続けている。
顔と同じ色をした両手で、しっかりと勇者の足首を握っている。グラつきもせず安定している――。
「ま、魔王……ですか?」
「ああ」
勇者が白銀のガントレットを装着した右手を差し出し、肩車された状態のまま魔王の顎を「ヨーシヨーシ」とムツゴ□ウ国王のように撫でる。
やはり魔王は無表情のまま、されるがままだった。
誰にも言えないような弱みでも握られているのかしら。
「この辺りにヒコハイムネ城があると聞いて来たのだが、どっちの方角なのだろうか?」
甘い声と優しい表情で勇者に問い掛けられ、乙女は少し頬を赤くしながら答えた。
「……あっちですが、いったい何の御用でお城をお尋ねになるのですか」
指で北西の方角を指し示す。
「仲間を集めて、魔王城を目指すのさ」
「なんのために?」
勇者はフッと笑みをこぼした。
「――僕は勇者だよ。勇者の使命は一つしかない……」
細かな装飾を施された鞘から白銀に輝く剣を引き抜くと、それを空へと指しながら、高らかに誓った。
「魔王討伐さ――」
「……」
ああ――勇者様、何か悪い物を食べたのかしら――。だとしたら、すぐにでもお城で治療、もしくは呪いの解除をお願いしてもらわないと――。魔王が馬にでも見えているんだわ……くわばらくわばら。
「……が、頑張って下さい」
「ありがとう。急いでいるので失礼する」
無言の魔王に肩車されたまま、勇者はお城へと向かった。ぶ厚い生地の白いマントが広がり、魔王に肩車されて去って行く勇者の姿は、村人αには決して格好よく映らなかった。
歩く速度は一人で歩くそれよりも遅い。三輪車の速度くらいだった。
ヒコハイムネ城の門でも些細ないざこざがあったが、王都からの公文書を見せられると、門番はその勇者を通さないわけにいかなかった……。
大きな門を通り抜け、城へと入る。魔王に肩車された勇者は、数十人の衛兵騎士に周りを囲まれながら城内を移動した。
天守閣にある謁見の間に辿り着く勇者。けっして魔王からは下りずに一礼をする。
巻物の公文書に一通り目を通すと、玉座に座った王はため息をついた。
「はあ~。……そなたが魔王討伐を命じられた伝説の勇者なのはよく分かった。だが、いや、だったら、なぜその魔王を……その……やっつけないの?」
「と、申しますと?」
王は白髪の髪をガシガシかく。
「先ほどからずっとそなたがまたがっているのが――魔王だろ?」
王は青白い顔の小太りな魔王を指さす。ここでも無言を貫き通す魔王。頷いたりもしない。
「ハハハ、王様も御冗談をおっしゃる。これはただの――魔王です」
ただの魔王って……。
「いや、冗談を言ったわけじゃないんだけど……」
「それでは急ぎますのでこれにて。腕利きの僧侶や魔法使い、剣士がいれば共に魔王城へと赴き、仲間として戦って欲しいのですが……」
「魔王城で戦う? 誰と」
「魔王と」
勇者の眼差しは真剣であった。
「……好きな戦士を選んで連れて行きなさい」
「ありがとうございます」
ゆっくりと謁見の間を後にする魔王に肩車された勇者。王は魔王が暴れ出すかと思いドキドキしていたのを……少し後悔していた。
魔王城への道は険しかった。草がぼうぼうで、砂利道しかない――。
途中の宿は、どこも勇者一行を快く受け入れてくれなかった――。
仕方なく泊めてもらった違法民泊。勇者と魔王はお風呂も肩車して入るのだが、勇者はほとんどお湯に浸かっていない。魔王は頭の先まで浸かっている。呼吸しなくても数時間は耐えられるのだ。……魔王だから。
寝るときも上下関係はしっかり決まっているようで、一つのベッドに狭苦しく肩車状態で眠る。魔王の手は一時も勇者の足から離さない。
「……おい、今なら魔王を倒せないだろうか」
「寝込みを襲うのか?」
城から連れてこられた仲間たちがヒソヒソと陰謀を企てる。
「……やめとこう。起きたら恐そうだ」
「ひょっとすると目を閉じて狸寝入りしているかもしれない……」
仲間は日に日に一人ずついなくなった。決して敵との戦いで敗れた訳ではない。
ようやく毒の沼に囲まれた魔王城へと辿り着く勇者一行なのだが、
「不思議だなあ。魔物が襲い掛かってこないなんて」
「……」
身長が十メートルを超える巨人や、ヨダレをダラダラと垂らしながら徘徊するドラゴン。物理攻撃がまったく効きそうにない半透明のゴーストや、大きな目玉の親父や鬼太郎……。
中ボスクラスのモンスターが魔王城内にはうろうろしているのに、勇者一向にはまったく危害をくわえようとしてこない。
「罠かもしれない。みんな、気を付けてくれ」
「「……」」
魔王がいるんだから、誰も手なんか出してこねーよとは誰も言わない。最後まで嫌々連れてこられた魔法使いと僧侶とモンク。これからは技や魔術ではなく、「ジャンケン」を鍛えようと真剣に考えていた。
魔王城の最下層、玉座の間に辿り着くが、玉座に誰も座っていないのに勇者は怒りを露わにした。
「魔王がいないじゃないか! 臆したか――どこへ行ったというのだ!」
――その時!
「ちょっと勇者様……、一度下りてもらっていいですか?」
勇者をずっと肩車していた魔王が、初めて口を開いた――! 低くかすれたような声だった。
「え? ああ、いいよ」
魔王がしゃがむと、よいしょっと勇者は魔王から下りる。汗で蒸れていたのだろうか、ズボンの股間の所を引っ張ったりパタパタしたりし、股のコンディションを整える勇者。
凝った肩を腕を回しながらほぐし、魔王は魔王の玉座へ「よっこらしょ」と座った。
そして、一息つくと、急に笑い出したのだ。
「ふははは、俺様が魔王だ!」
「――な、なんだって!」
「――!」
むしろ、驚く勇者の姿に仲間が驚く!
「ま、魔王が魔王だったなんて! き、貴様、僕達をずっと付けてきたのか! まさか魔王に化けていたなんて――卑怯者め!」
「フハハハハ。なんとでも言うがいいわ。俺様から下りた貴様など、どこにでもいる普通の勇者! 普通にやられて死ぬがいい!」
このRPGは普通に終わり、普通にヒットするにとどまるのだ――!
「普通の炎を喰らえ!」
とっさに顔を隠す勇者。イケメンだから顔が命だ。仲間は全員――一目散に逃げ出していた。願わくは……敵と化した魔王城の魔物にやられないことを祈るばかりだ。
玉座の間では、硬直状態が続いていた。
顔を隠していた隙間から勇者が魔王を睨みつける。
「な……なぜ撃たない」
いつまで経っても魔王の手から普通の炎が出てこない。
「……く、ぐぐ」
魔王の手から普通の炎は出ず、青白い魔力だけが行き場を失った静電気のように、掌にピリピリととどまり続ける。
勇者は白銀の剣を鞘から抜くと、一瞬の隙をついて魔王との距離を詰めた――。
「もらったー!」
しかし、勇者の剣も魔王の首の真横でその動きをピタリと止めた――。
「……で、できない! ずっと共に旅を続けてきた魔王を、この手で傷つけるなんて……。僕にはできない。僕は……優しい勇者だから……」
勇者はその場に剣を落とすと、崩れ落ちるように座り込み、涙をポタポタ床に落とした。泣く姿は美しく、涙もキラキラと輝く。
日は西に傾き、外ではカラスが鳴き始めている。
「なあ、勇者よ、俺様の仲間にならないか? 世界の半分を分け与えてやるぞ」
「……そんな「半分こサギ」に引っ掛かるものか」
すっと立ち上がると勇者は床に落ちたままになっていた白銀の剣を拾い上げて鞘へと収めた。
「じゃあ……帰るよ。次に会う時は、――覚悟するがいい」
「待て、勇者よ」
魔王は勇者の前に跪いたのだ。
「俺の肩に乗るがいい」
「ま、魔王……」
しゃがんだ魔王の肩に、今までと同じように勇者がまたがると、魔王はゆっくり立ち上がる。
魔王の膝からペキッと音が聞こえたが、痛くないのだろう……。
「……俺たちは……ずっと一緒さ」
「……ああ」
ゆっくりと歩きだす魔王と勇者。二人の瞳から流れた涙が、魔王の間の赤いカーペットにポタポタと零れた。
王都へと帰り付いた勇者は、大歓声の祝福を受け、王都はこれまでと同じように魔物との戦いが普通に続くのであった。
めでたしめでたし。
読んでいただきありがとうございます!
めでたしめでたし!?
第三話はエピローグ的なお話です。