歯ブラシ
「じゃ、また今度。」
「うん!お仕事頑張ってね!」
健気な彼女。俺のことを一途に愛してくれる、優しい人だ。
でも俺は君に1つ、嘘をついていることがある。
俺は君のことを愛していない。
「よ。」
帰ってきても、玄関まで迎えに来ることなんて滅多にない。
「遅い。」
ここはこいつの家。
短気なこいつは、いや、こいつも、俺の彼女だ。
「悪い。」
俺はジャケットを脱ぐと慣れた手つきでラックに掛けた。
ソファーに座ってスマホをいじれば、隣に来るこいつは俺の愛する人。
始まりはこいつの浮気だった。
それを知ったと同じくらいの時期に、君に告白された。
返事を待ってもらってる間にこいつと話をつけるつもりでいた。だけど、なかなか話せなかった。忙しかったんだ、お互い。そう思いたかった。
だから、俺は先に君に返事をした。俺でよければって。君は嬉しそうな笑顔でよろしくお願いします、そう言ったんだ。これであいつの事もあきらめられると思っていた。
でも俺の愛は想像以上に強固なものだったらしい。
それからしばらく経って久々にあいつと会った。真っ先に別れ話をするつもりでいたんだ。だけど、別れよう、たったこれだけが喉につっかえて出てこない。
自分でも驚いた。こいつなんて、すぐに諦められると思っていた。
いざ目の前にすると、今まで気づかなかったこいつの魅力にどんどん惹かれて…
「で、話って何。」
何も気にしていないようで、いつも飄々としていて、滅多に甘えない。
俺にだけ甘えていてほしいと、君のことなんてどうでもいいと、そう思ってしまった。
それでも、問わずにはいられなかった。もしもこいつが本当にその浮気相手のことが大好きなら、俺は別れる覚悟でいた。
「…浮気、してるだろ。」
俺はこいつの目を見れなかった。
どんな顔をしてるだろうか、次はなんて言うだろうか、そんなことばかりが過ぎって、不安でいっぱいだった。なんだか女々しい気分だった。
「そーだよ。」
でもこいつは、何を言うでもなくただ認めた。
「でももう別れた。」
これでいいでしょ?そう言いたげにこちらを見る。
「…そっか。」
俺はそれしか言えなかった。たとえ浮気をしたとしても、俺はこいつのことが愛おしくて愛おしくてたまらなかった。
それから、こいつにも君にも、俺は嘘をつきながら生きている。今度は君と早くケリをつけなきゃいけないらしい。
「じゃ、また今度。」
「うん!お仕事頑張ってね!」
かっこよくて、優しくて、大好きな私の彼氏。
いつもふらっと来ては私の家に1泊だけして帰っていく。
でも私は知ってるよ。君が私を好きじゃないこと。
きっかけはある休みの日。
私は休みの日は外に出て買い物するタイプだから、いつもの休日と同じように、とあるショッピングモールで買い物をしていた。
いつものように、気になるお店見て、いい物があったら買って。
いつも通りの日になるはずだった。
そしたら、君の姿が目に入って、偶然だなって思って、声かけようと近づいた、気づかれないようにね。
でも途中でやめたよ。だって女の人といるんだもん。
その人はすごくかっこよかった。凛としてて、大人っぽくて。
私なんかとは大違いでさ。
それに君の顔も、全然違った。
私といる時なんかよりずっと楽しそうで、幸せそうで。
勝ち目なんてなかった。
きっと君は優しいから、私の告白を断りきれなかったんだと思う。
それからは、いつ別れようか、そんなことばかり考えて。
毎日のように悲しくなって。
でもいざ会った時には別れようなんて言えなくて、もう今日で5回目だよ。別れようって言わずに終わったの。
「わかってるのに、なんで早く振ってくれないの…」
閉まったドアの前でそう呟いた。
涙ももう出なくなったよ。強くなったのか、はたまた脆くなったのか。
時刻は午前8時。今日は日曜日だから仕事も休みだ。
「もう1回、寝ようかな…」
そんなことを考えながら洗面所を通ってトイレへと向かう。
ふと、気づいた。
いつもは置いていっているはずの君の歯ブラシがないことに。
「また来るんでしょ…」
涙が零れそうになる。私は分かっていたはずなのに、この恋の結末が急に訪れたような気がして、悲しくて辛くてどうしようもない感情に襲われた。
「また来るなら、歯ブラシ、置いてってよ…」
君からのメッセージ:
「別れよっか。」
俺は、少し迷ったが、
「うん、今までありがと。」
そう返しておいた。
きっと君は気づいたんだろう。
いつかの日に、俺があいつといた事に。
俺が持って帰った歯ブラシの意味に。
fin.
ご無沙汰してます、白蘭です。
夏もいよいよ終わりが近づいてきました!
残暑の季節はすぐそこです!!(?)
最後まで読んでいただきありがとうございました!




