アルク、キシム、トマル
世界は、人口の半分を人間とアンドロイドでできている。
隣りにいる人間は本物なのかもわからないほど、人間に類似したモデルが増えた。
骨格の上にサーボモーターと毛細筋肉をを使い、冷却のために血管のようにクーラントを流し、皮膚のような金属で熱を放出する。
この金属、昔すずがみという金属があったが……それが元なのかはわからない。
むしろ、このモデルは数年前から流行りだしたものだからあまりメンテナンスをしたことない。それに、僕はこのモデルより旧型のモデルのほうが好きだ。
A型やF型があるが、僕的には一番無骨なH型が一番好きだ。
シンプルな構造でありながら可動範囲とデバイスの多様性の高さ。 そして感情理論がないところだ。
外観が人間に近くなっていくと、次は中身まで同じにしようになっていった。
感情アルゴリズムを取り入れた――とか言われても、所詮は機械なんだ。
与えられた仕事をこなせばいい。
だってそうだろ?
これ以上”人間”に近づけて何がしたいんだよ。
そんなことをしたら……
今隣りにいるのは何なのかわからなくなるだろ?
修理師として休日返上で働いて、月替りに一ヶ月間の休日をもらったのはいいが、忙しい間はとにかく「休みたい」って願望しか出ないのに、いざ休みになるとやることが全くない。
とりあえず、家で寝るのも飽きたので、街を歩くことにした。
クリスマス前というのもあって、街は忙しそうにしていた。アンドロイド達も業務に勤しみ人間を支えている。
そんな中に、一体のアンドロイドが目に入った。
脚部のトラブルだろう。
右足を引きずるようにたくさんの荷物を持っていた。
後ろからきたカップルがぶつかると、そのまま荷物を地面に広げて倒れた。
カップルは目もくれずそのまま人混みに消えていった。
アンドロイドは這いつくばりながら荷物を集めていた。
誰も見えていなかった。
それもそうだ。
街はこんなにもきれいなんだ。
足元にある”ゴミ”に目もくれない。
文句も言わず、必死に荷物を集めるアンドロイド
僕は、目を奪われていた。
体は動かないのに……
「良かった……踏まれなくて」
壊れた足を無理させて立ち上がると、自分の体より先に荷物の心配をしていた。
そして、また引きずるように歩き始める。
「急がないと、待たせる訳にはいきません」
待たせる?一体何を……
気がつけば、あのアンドロイドを追いかけていた。
ゆっくりと足を引きずりながら歩くアンドロイドは、街外れの洋館に入っていった。
「あそこは確か……」
その洋館はとてもきれいで、街外れだというのに今も貴族たちが住んでいるかのように手入れが行き届いていた。
庭の木々は生き生きとしており、花々は喜々としていた。
なのに、洋館からは人の気配がしなかった。
「……」
気がつけば、玄関の前でインターホンに手をかけていた。
ボタンを押すとアナログな音楽が鳴る。すると奥から声が聞こえた。
「はーい、少々お待ちくださいね」
数秒待つと、玄関がゆっくり開いた。
先程のアンドロイドが出迎える。
「あのー、どうかなさいました? あいにく、主人は外出中でして……」
「あ……いえ、その……」
言葉が濁る。
用なんてない。
だけど、このアンドロイドのことは気になった。
たぶん、それを察したのか。
「どうぞ、ここで立ち話も何ですし」
となかへ招かれた。
室内はとてもきれいで、ホコリ一つない。
しかし、人間味もない。
「あの、お口にあうかはわかりませんが……」
とテーブルの上に紅茶とアップルパイを置いたアンドロウドは、まっすぐ私を見た。
「それで、何か用がありますか?」
こうも逃げられない状態で言われると困るものだ。
「その……足を引きずっていたので……」
「足? ……あぁ、このトラブルは随分前からですから……問題はありませんよ」
ありがとうございます。
と言いたげな表情をこちらに向け、一礼した。
H型特有のドラム缶のようなヘッドに球体のカメラユニット
なぜだろう
戸惑ってるような感じもした。
「あの……僕で良ければ見せてもらえないですか?」
今考えると、なぜあんな事を言ったか。今でも理解できなかった。
ただ、唯一分かっているのは……
彼の力になりたいと思った。
「――っと、これでどうですか? 応急処置ですけど……」
「ほう……ありがとうございます。 歩行だけでしたら問題なくできるレベルです」
「そう、良かった。でも、早めに交換した方がいいですよ。相当古い部品ですし、アッセンで交換した方が後々トラブルが減りますし――って、ごめんなさい!! いつもの癖で」
お店でやるセールストークをそのまま使ってしまって我に返った。
こんなこと、休みの日にも言うなんて……これは仕事病が悪化してるなぁ
「いえ、いいんですよ。人と話すのなんて久しぶりですから……」
「え……そ、そういえば、あなたの主人は外出中と言ってたけど、いつ帰って来るんですか?」
すると、少し困った顔をして
「わかりません。一週間ほど前に出たっきり……」
「そうですか……」
「あの……」
「はい。何ですか?」
「お名前を伺ってもよろしいですか? ここまでしていただいたんです。何かお礼がしたいので……」
と言われても……
「そんな……僕は大したことなんてしてないので――」
「いいえ、大したことです。私は自己修復はできません。あなたのお陰で、私は業務を全うできるのですから……」
「そ……そうですか? あまり言われ慣れてないので……その……はずかしいです」
目をそらしながら言葉を濁していく。
すると、彼は僕の肩を掴み力説した。
「慣れていないのなら、慣れるまで言います。あなたは素晴らしいです。私にできないことができるんですから……」
「誰にだってできるよ。慣れたらかんたんだし……あ……でも、君のマニュピレーターじゃたしかに難しいかもしれない。でも、専用のマニュピレーターを使えば――」
「いいえ……いいえッ!! そんなことはないです!! あなたは素晴らしいです。あなたは――」
どうしてだろう……彼はなぜこんなに必死なんだろう。
出会って間もない人間に、なぜこんなに必死なんだろう。
何より、どうして彼はこんなにも”人間”なんだろうか。
「……ッ!!」
恥ずかしいことを面と向けられると流石に困る。
真っ赤になる顔を下に向け
「あ……あの……えっと……」
言葉に詰まる……先が出ない。
「あ……そうですね。まずは私から名乗らなければ失礼ですね。」
彼はそう言うと……
「私の名前はエヴァーグリン。 ホーエンハイム様に仕えるH型アニムスの78年式モデルです。まぁ、名前は呼びにくいでしょうから、お好きに呼んでいただければ……」
そう、彼は名乗った。
彼の真っ直ぐなツインアイ
「僕は……」
あれから一週間、僕は毎日彼の家に向かった。
彼の足も……彼の体も気になるし……
「あら、いらっしゃい。今日もお早いですね」
朝七時ごろに彼の館へ向かう。
彼はいつも庭の花を手入れしていた。
「えぇ、家にいても暇なので……あの、何か手伝うことありますか」
「いえ、そんな……客人に手伝わせることだなんて……」
彼は大げさに手を振ると、ゆっくり立ち上がり、僕の前に歩いてきた。
泥だらけの体を見て、僕はため息をついた。
「はぁ……君は防塵加工もされていないし、耐水性も低いって前に言った気がするんだけど……何してるのかな?君は……」
「え? ……えーっと……お仕事ですよ……」
問い詰めると、彼は顔をゆっくりと背けていく。
肩を掴み更に問い詰める。細い骨格のわりに、しっかりとした印象を受ける。
現在使われている合金よりもっと太く、脆い金属だ。
錆びやすく、劣化しやすく、ヒビの入りやすい。
だからこそ、僕は言う。
「バカヤロー!!」
カァァァン!!
甲高い金属音が鳴り響いた。