ノベル:この世界というものは
『私はここに宣言します。私、平菱イアナは……お母様と今後一切接触しないことを。もう二度と……『平菱登和子さん』に屈しないために』
言った。ついに。
これで目にもの見せてやることができた。あの憎い女に。
あんたにとって「道具と思っていた娘に反抗される」ことは最大の屈辱に違いない。平菱イアナが解放された今、私達の復讐が完結する……!
『……なんじゃ。話は、それだけかね?』
……『それだけ』?
今のしわがれた声……「熊井重工」の会長、熊井兼端のものだ。一体、どういうこと……?
『イアナちゃん。ワガママ言わないで、家に帰りなさい。いいね?』
『まったく、何の騒ぎかと思ったら……とんだ茶番』
『私は帰らせてもらいます。こんなくだらないことに時間を割いていられるほど、私達は暇じゃないのでね』
『イアナ君、よーく聞きなさい。この世界というものは、それが当たり前でね。表沙汰にこそならないが、産みたくない相手の子を産んだ女子などいくらでもいる。そうして一人の妻として、女として、生涯努めてきたのさ』
『それが世の理。それが……少女らの世渡り術だったのじゃよ』
イヤホンから、株主達の信じられないような言葉が次々と耳へ入ってくる。
『そういうことよ。さて…………平菱トレードカンパニー社長、平菱登和子が命じるわ。今すぐ私の娘を返しなさい。さもなくば……。よろしくて? 専務?』
『わ、わかりました。今すぐ社長とコンタクトをとり、身柄引き渡しの手続きを……!』
『菜琴、車の準備をしなさい。私は他の株主の方々と、今後こんなことが起こらないようにすり合わせをしておくわ』
『かしこまりました、登和子様』
そんな、馬鹿な。
私、裏見晴朱は愕然となり、全身から力が抜けていった。
「せっかくの計画が……」
◆
天寿本社ビル、その地下駐車場。
このご時世としては古臭いであろうプッシュホン付きの折り畳み式携帯電話で、わたしは伊ヶ崎社長直通電話へコールした。
「……申し訳ありません。作戦は失敗しました。ええ……ええ、まさか株主連中があのような反応をするとは思わず。不覚でした。もう手立てはありません。わたしは姉と共にこの身を貧しい子どm………………え? 想定内? プランB? ……かしこまりました。この世桂菜琴、必ずや、遂行してみせます」