ノベル:タイムリミットは。
「ねえ、イアナ」
次の日の休み時間、自分、早海麗蘭はイアナに聞いてみることにした。
「なに?」
「自分達、付き合いだしてから一年以上経つけど、お互いの連絡先知らないなって。教えてくれない?」
自分の腕の中で埋まっているイアナが、より深く引っ込んでしまった。よくない質問をしてしまったのかもしれない。
「……ごめん、聞いちゃダメだった?」
「…………いいえ、麗蘭は悪くない。…………携帯は、持っていないの」
「じゃあ、家の電話番号とか」
「家は……駄目。もし麗蘭がかけてきた時に私が出られなかったら…………きっと、悪いことが起こるから」
「……『悪いこと』? それってどういう…………あ、チャイム鳴っちゃったね。急いで教室に戻らないと」
「……そう……ね。じゃあね、麗蘭」
「うん。また、明日の休み時間に」
◆
俺達の愛の巣に、また今日も登和子さんは我が物顔で居座っていた。まあ実際に建築費の大半を支払ってもらっているのだから「我が物」ではないとも言い切れないが。
「ねえ、成也さん」
「どうしましたか? 登和子さん」
「……いつになったら、イアナから報告が来るのかしら」
「報告? ……ふっ、登和子さん。さすがに先を急ぎ過ぎなのでは? 着床するのにも、時間はかかるものです」
「イアナの中にもまだ入っていないのに?」
「…………」
「……私だって鬼じゃないわ。こだわりもあるだろうし、タイミングは成也さんに一任するつもりだった」
「でしたら、このまま俺に……」
「もう待てないわ」
「は?」
「結婚式を挙げてからもう一ヶ月。なにも起こっていないじゃない。これはどういうことなの?」
「ですから、俺にはこだわりが……」
「そう言って実行してこなかった人間を私はたくさん見てきたわ。あなたもそうなのかしら?」
「……気の早いお人だ」
「まあ、そうねぇ…………。……一週間」
「一週間?」
「来週、五月十四日までの一週間、待ってあげるわ。それまでにやるべきことをやっていなかったら……。あなた達二人を取り押さえてでも」
「俺まで自由を奪われるのですか?」
「成也さんがイアナにあなたのその優秀な遺伝子を注いでくれればいいだけの話よ。簡単でしょ? 相手はたかが非力な子ども。抵抗しないようにわざと運動系の習い事もさせていないし、私が十六年かけて用意した据え膳が食えないのかしら?」
「……はじめから、俺の家系が目当てだと」
「最初から分かっていたことでしょう?」
「……まあ、そうですね。我々としても、そのための政略結婚な訳ですし」
「だったら早く、自分からやるか、拘束されてやるか、決断することね。イアナと違って、あなたには少なからず選ぶ権利を与えてあげているだから。遅かれ早かれ、イアナは成也さんとの子を産むの。それは覆されることのない、運命。安心して、期間いっぱいまで考えていいわよ。…………はあ。早く見たいわ、孫の顔が。私の操り人形となる、その顔が」
……まったく、困った義母だ。
……イアナ、君はその日まで知らされることはないだろう。
自らの、タイムリミットを。