ノベル:棘の向こうには別の棘
俺の名前は権座令州成也。「権座令州フーズ」の御曹司であり次期社長の椅子が約束されている、いわば人生の勝ち組だ。
そんな俺には、綺麗で物腰の柔らかい……そしてきっと身体も柔らかい妻がいる。妻の名は平菱イアナ。平菱トレードカンパニーのご令嬢だ。彼女もまた、俺と同じく人生の勝ち組。お互いにセレブでリア充な毎日を謳歌している。
「成也様、登和子様がいらっしゃいました」
「登和子様」とは、イアナの母親であり俺の義母となった人物だ。
「わかった。今行く」
扉越しに知らせてきたメイドに返事し、読んでいた百合漫画を鍵付きの引き出しにしまったあと、俺は書斎からリビングへと向かった。
◆
リビングの扉をメイドに開けさせると、登和子さんは既にロングテーブルとセットになっているたくさんの椅子のうちの一つに腰かけていた。
「やあ、登和子さん」
「うふふ。ご機嫌なようね、成也さん」
「ええ、今とても魅力的な書物を読んでいたもので」
「あらそう。……ところで、イアナの身体はどうだったかしら?」
毎日会っている彼女と俺の会話は、必ずこの話題から始まる。
「いえ、それはまだ」
「……そう。まったく……。あの子はいつになったら、大人の階段を上るのかしらねぇ……」
毎回の如く、この反応だ。相当、イアナの懐妊を待ち望んでいるらしい。
俺も一人の成人した男だ。異性としてイアナを魅力的に感じるし、彼女の産んだ子なら安心して二つの会社を任せられる。
「とにかく、早いところやるべきことをやって頂戴。時間は有限。のんびりしている暇はないの。あなた達二人が交わって良かったとか良くなかったとか、そういうのは関係ないのよ。あの子がどんな愚器だとしても、機能は変わらないでしょう? 産めればいいのよ。産めれば」
「まあ、それはいずれ。俺も雰囲気というものを大事にしたいので」
「成也さんの気持ちが決まったら、すぐにやってしまっていいわ。イアナの気持ちになんて構わなくていいから。そこについては保護者である私が認めるわ」
「わかってますよ」
「…………ただいま帰りました。お母様。成也さん」
……っと。噂をすれば、当人が帰って来たらしい。今日の話は、ここまでか。
「おかえり、イアナ」
俺が微笑んで言うと、イアナは「ええ……」とか細く返した。
……「イアナの気持ちになんて構わなくていい」か。とても血の繋がった娘に対する親の発言とは思えないな。まあ、俺もそのつもりだが。
けれど、俺にもこだわりというものがある。
どんなに生の状態で美味な素材でも、やはり調理した方がより美味しくなる。百合好きの俺にとっての調理とは、ずばり「イアナと彼女の恋人と三人で」というシチュエーションだ。
俺とイアナだけでも、人類の神秘は起こるだろう。さらにそこに「イアナの恋人」が足されることで、人類の神秘は奇跡へと昇華する。そうしてイアナは完成する。素晴らしい芸術品となるんだ。
イアナ、君に同姓の恋人はいるかい?
もしYESであれば、俺は全力で二人を応援しよう。邪魔者だって排除してあげよう。
俺が……ふふ、二人まとめて幸せにしてやるからな。