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**05**

 



 *******


 風にさわさわと木々の葉が揺れる。

 木漏れ日がところどころさしていて、光の当たった草が生き生きとした色になる。

 穏やかで心地よい空気、森のにおい。

 特に用があったわけではないけど、あまりに天気が良かったので何となく森を散歩したくなった。

 ぼんやりと歩きながら空を仰ぐ。

 木々の間から見える空は青天。

 どこまでも透き通るような青。

 その木々の間の青を遮ぎるように現れたのはにんまり口。

 ……口!?

 驚いて目をこすりなら瞬きを二度ほどして目を開けた先にはにやにや笑った少年が木の上にいた。

 ……気のせいだったのだろうか、一瞬口だけに見えた……いやいやまさか。

 ……ヤマネと同じくらいの歳、かな。

 訝しげに少年を見ていると、彼の頭の上にぴょこぴょこと動く猫のような耳があるのが見えた。

 ……猫、耳?

 先ほどのように目をこすり瞬きをしてみるが、今度は見直してもばっちりそれはある。

 見間違いではないらしい。

「やあ、アリス」

「私を知ってるの?」

「もちろんさ」

 以前の私はずいぶん愉快な知り合いがいたもんだ。

「ごめんなさい、私あなたのことを覚えてないの。ええと、名前は?」

「チェシャ猫だよ」

「……チェシャ猫……くん?」

 ああ、だから猫耳、っていやいやいやおかしいでしょう。何で名前まで猫なの。

「くんはいらないよ、猫だからね」

「…………そう」

 ……あまり深く考えるのはやめておこう。

 以前の私は愉快な、改め不可思議な知り合いがいたもんだ。

 だけど……このにんまり口、覚えがある気がする。

 そう思い当たったのを見抜いたのか、チェシャ猫は

「この前はウェントさんがいてゆっくり話ができなかったね」

と、何ともいいタイミングで言葉を発した。

「この前森で私を呼んだのはチェシャ猫だったの?」

「そうだよ」

 にんまり口の笑いが深くなる。

 耳がひょこっと揺れ、目がすぅっと細められる。

 器用に木から降りてきて間近で私の目を覗き込む。

「よく眠れているかい?」

「は?」

 唐突な話題に頭がうまく切り替わらず返答できなかった。

 それでもチェシャ猫は気にした様子もなく続ける。

「毎日楽しいみたいだね」

「え、ええ、まあ」

 二、三歩後退りながら答える。

 チェシャ猫は変わらずにんまりしながらその分の距離をすぐに詰めた。

「夢も見ないほどによく眠っているようだね」

 ……たしかに、夢は全然みていない気がする。

 覚えていないというより、みていない。……何故かそんな気がした。

「よく眠っているのに、最近、よく眠くなるのは、どうしてだろうね」

 どきりとした。

 何故彼は知っているのだろう。

 最近やたら眠気に襲われることが多い。

 あくびもよく出るし、気づけばうたた寝をしていることもある。

 どうしてだろうと言われても、気候が良くて、春眠暁を覚えず的なものかと思っていた。……思い込んでいた?

「……何をしている」

 胸がざわついたのと同時に背後から声がした。

「やあ『ハッターさん』」

 チェシャ猫はにやにやしながら妙に強調して声の主を呼んだ。

 振り向くとハッター先生が不機嫌そうに立っていた。

「何が可笑しい」

「いいやあ、なにも?ハッターさんも毎日楽しそうでいいね」

「よけいなお世話だ」

「楽しいのはいいことだけど、正しいこととはまた違うよ?」

「アリス、帰るぞ」

 チェシャ猫は話の途中であることもまるで意に介さず相変わらず笑いながらひらひらと手を振った。

「またね、アリス」

 振り返ることを許さないかのようにハッター先生は強く私の手を引く。

 速い歩調につんのめるように歩きながら胸のざわつきを落ち着かせようと息をした。



「眠っている時は夢をみるものだよ、アリス」


 さあっと風が通り抜けるのと同時に、チェシャ猫の声が耳をかすめたーーーー。




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