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ないないパニック

夕食を終えてマンションに戻った健太とエリスは、とりあえず今後の方針について話し合う事にした。


エリスはお金を1円たりとも持っていない事はすでに知っている。これから、全国あちこちに何度も旅行するにあたり、金銭面の不安はあるが、健太も鉄道以外の趣味もなく、衣食住に贅沢をしないタイプなのでそれなりに貯金はあった。


しかし、エリスの生活の面倒もみるとなると余裕たっぷりとはいかないが、こんな美味しいシチュエーションを逃す手はないと考えていた。


さて、今後であるが、全国の都道府県庁所在地に行くにあたり、健太自身の仕事の休みの日でないと出掛けられないのだが、一年間の時間的猶予があるので数都市ずつ訪問する事にした。


さしあたり、健太の次の休日に近場の都市を訪問してみようという事になった。


健太とエリスがこのような事を話し合っているうちに、時間は過ぎて行き、そろそろ午前0時になろうかという時刻になった。


健太は翌日も仕事であり、出社は午前7時30分であるから、そろそろ眠っておきたい。


「もう、そろそろ寝る時間だけど」


健太は立ち上がりながらエリスに話しかけた。


「そうね、ずいぶん時間がたってしまったわね」


エリスが返答すると、健太は部屋の真ん中に置かれていた座卓を部屋の隅に立てかけた。そして、座卓を立てかけた方とは反対側の部屋の隅に畳まれていた布団を敷いた。


しかし、ここで問題が起きた。


健太はワンルームマンションに独り暮らしをしている。つまり、誰かと一緒に暮らす事は考慮されていないという事であり、寝具も例外ではない。


「布団が一人分しかない…」


健太は呆然として言った。


「俺は床に毛布を敷いてその上に寝るから、エリスは布団で寝てくれるかな?」


健太は咄嗟に考えついた事を言った。


「そうはいかないわ。私が床で寝る」


エリスはそう言ったのだが、さすがに健太も女性を床で寝かせるほどデリカシーの無い男ではない。


上記のような問答を数回繰り返した後、健太が床で寝る事で落ち着いた。健太は床に厚手の毛布を敷き、座布団を折り畳んで枕の代わりにする事にした。更に掛け布団を出して毛布の上に置いて寝床の設置は完了した。


「寝る前にシャワーでも浴びたいんだけど、お先にどうぞ」


健太はエリスにシャワーを勧めた。


「あっ!?………ええ…ありがとう…」


エリスは歯切れの悪い返事をした。


「ん?……あぁ、そうか」


健太は何かを思い立ったように言った。


「着替えは台所ですればいいよ。着替えてる間は台所の方は見ないからさ」


健太はエリスがシャワーを浴びるために、服を脱ぐ事を恥ずかしがっているのだと思った。


「いえ、あの………そうじゃなくて」


エリスはまたも歯切れが悪い。


「実は着替えを持ってなくて…」


エリスは困ったような表情で言った。


「えーっ!?着替えが無いのかい?」


健太は驚いた。


とはいえ、深夜0時に営業している洋服屋や下着屋があるはずもない。


「今日はどうしようもないか…明日にでも買わなきゃな」


「一日くらい着替えなくても大丈夫よ。試験のために地上に降りる時には、何も持って行ってはいけないルールだから…」


「そんなルールがあるのかよ…」


健太は呆れたように言った。


「とにかく、シャワー浴びて来てよ」


「えぇ、ありがとう。じゃあ、お先に…」


エリスは台所の方に行った。


健太のワンルームマンションは居間と台所が繋がってはいるが、その間には出入口があるので厳密には1Kに分類されるのかも知れない。ただ、その出入口に扉はないので健太はワンルームだと考えている。


エリスは台所の出入口の脇に入り、健太の方から姿が見えない場所で服を脱ぎ始めたようだ。健太はその間自分の寝床の上に座り、台所に背を向けていた。


健太は絶対に台所の方を見ないようにしているものの、そのような事をすれば余計に意識してしまうものである。どうしても、服を脱いだエリスの姿を想像してしまう。


そのうちに我慢しきれなくなり、チラチラと台所と繋がる出入口の方を見てしまうのは男なら仕方ない事だろう。


(これはいかん。タバコでも吸おう)


健太は気を紛らわすためにタバコを吸う事にした。部屋の隅に置かれていた灰皿を取って来て寝床の脇に置いた。タバコを取り出し、口にくわえて火を付けた瞬間


「ねぇ、ちょっと!」


いきなり、後ろから声をかけられた。


「ぶはぁー!あっ、熱っ!」


思わず、タバコを着ている服のちょうどお腹のあたりに落としてしまった。


エリスはその時着ていた服を全て脱いだ状態で、左手で股間を、右手で両方の乳房を隠していた。


「な、何だよ!?」


健太は心拍数が通常の何十倍にも上昇したのではないかというくらい、心臓をドキドキさせながら言った。しかし、視線はちゃんとエリスの肢体を観察していたのである。


「バスタオルはどこにあるの?」


エリスはそんな健太の視線に気付いていないのか、気付いているがスルーしているのかわからないが、平然として尋ねる。


「バスタオル…あぁ、バスタオルね。予備のを出すよ」


健太はもう少しエリスの裸体を眺めていたかったが、そんな気持ちに気付かれてはならないと、わざと急いでクローゼットに向かい予備のバスタオルを探しだした。


健太は忘れているようだが、エリスはそばにいる人間の思考を読める能力がある。当然、健太が考えている事は全てお見通しだったのだが、あえて気付かないフリをしていただけである。予備のバスタオルを何とか見付けた健太はすぐにエリスに差し出した。


「はい、これ使って」


「ありがとう」


エリスはバスタオルを受け取るが、乳房を隠していた手で受け取ったため、胸があらわになってしまった。


「………!」


健太は絶句したが、視線がどうしてもエリスの胸から離せない。


「あっ…」


エリスも胸があらわになった事に気付いたが、平然とユニットバスに消えて行った。


(これじゃ、理性を保てという方が無理ってものだろ)


健太は先ほどのエリスの乳房が目に焼き付いてしまい、平静を保つ事すら困難な状態だった。


心の中では冷静になれと自分自身に呼び掛けてはいるが、下半身が反応してしまう。


女性慣れしていないだけに、このような時にいかに振る舞うかがわからない。とはいえ、時間は勝手に過ぎていき、エリスはシャワーを終えて台所に出て来たようだ。


「シャワーお先に失礼しました。バスタオルはどうすればいい?」


「洗濯物を入れるカゴが台所の隅にあるから、そこに入れといて」


まだ服を着ている途中らしく、健太から見えない位置からエリスが尋ね、健太も台所との出入口に背を向けたまま答えた。


「お待たせ」


エリスが台所から戻ってきた。


健太は振り向く。ひょっとした、全裸とまではいかないまでも、下着姿くらいあるかもと少しは期待していだが、エリスは昼間と同じTシャツにジーンズの服装だった。健太は先ほどエリスの裸を見たために、妙な気まずさを感じていたが、エリスはあっけらかんとしていた。


「じゃ、行って来る」


健太はそそくさと台所へと向かう。そして、エリスから見えない位置で服を脱いで、さっさとユニットバスへと入って行った。


(いい歳して、女の裸を見たくらいで何をドギマギしてるんだか)


エリスは苦笑してしまった。エリスは自分のスタイルに自信があるので、裸を見られてもそれほど恥ずかしくはない。恥ずかしがるのはスタイルに自信がない者のする事だという考えなのである。


エリスは健太がシャワーを浴びる間は特にする事もなく考え事をしていたが、ふと気付いた事がある。


(慌ててユニットバスに飛び込んで行ったから、着替えの服もバスタオルも忘れてるわ)


エリスはシャワーに向かう健太が手ぶらだった事に気付き、着替えの服を探したのだが、健太が寝る時にどんな服を着て眠るのかわからない。


エリスはとりあえずトランクスと肌着を見付け、それからバスタオルも見付けてからユニットバスの方へ向かった。


健太はユニットバスでシャワーを浴びていたのだが、なぜか内側から扉のカギをかけていた。


わざわざカギをかける理由もないのだが、なぜかカギをかけていたのである。強いて理由を挙げるなら、先ほどエリスの裸を見てしまい、異様に元気になった下半身に健太自身が罪悪感を感じていたからである。


罪悪感はあれど、性欲が勝ってしまい、健太はシャワーを浴びながら先ほどのシーンを繰り返し脳内再生するのであった。


しかし、いつまでもシャワーを浴びながら悶々としているわけにもいかない、そろそろ、ユニットバスから出ようかと思っていたが


「ねぇ、健太。バスタオル忘れてるわよ」


ユニットバスの外からエリスが健太に呼びかけた。


「外に置いといて」


シャワーカーテンを開け、顔を出して扉越しに健太が返答した。


「ダメよ。それじゃ、台所がビチャビチャになってしまうわよ。バスタオル渡すわ」


エリスがそう言ってから、扉を開けて中に入ろうとした。


「何よ!?カギがかかってるじゃない。健太、扉のカギを開けるのよ。開けなくても入るわよ」


「……?」


健太にはエリスがカギを開けずに、どうやって中に入るつもりなのか、どうしてもわからなかった。


エリスは扉の前で右手で「パチン」と指を鳴らしてから、扉に向かって歩き出した。


これは『壁抜け』という天使としては初歩的能力である。『壁抜け』は要塞のような分厚い壁は無理だが、普通の家の壁くらいは余裕で通り抜けられる。ユニットバスの入り口など何の問題もない。


「はい、バスタオル。あと、着替えは扉の外に置いたから」


「うわっ!」


健太は驚愕した声をあげたのだが、いきなりエリスが目の前に現れたので、隠すべき場所を隠せずエリスと相対する事になってしまった。


「あ……」


健太は今さら隠したところで手遅れであり、何もする事が出来ず茫然としていた。


エリスはそんな健太の下半身をチラリと見て、ちょっと呆れたような笑みを浮かべた。


「どうやって入って来たの?」


「『壁抜け』よ。これも天使の能力なの」

「へぇ、そんな事が出来るのか。あぁ、だから、俺が仕事に行ってた間に、カギのかかった部屋に入れたわけか」


健太は全裸のまま何も隠さずエリスと相対していたが、『壁抜け』により、なぜエリスが部屋に入れたのかわかり納得していた。


「ちゃんと体を拭いてから出て来てね」


エリスはそう言ってから、身をひるがえし再び指を鳴らし扉を抜けて出て言った。


取り残された健太は「フーッ」とため息を吐いた。


(俺より一枚も二枚も上手だな。いろんな意味で…)


これからのエリスと暮らす日々は、いろいろと大変そうだなと覚悟を決めるしかない健太であった。


シャワーから出て来た健太は、いろいろと気まずさを感じていたが、エリスは平然としていた。


健太はトランクスと肌着だけしか着ていなかったので、部屋の隅に置かれていたパジャマ代わりのジャージを着た。


「湯冷めしないうちに寝ましょう」


エリスはそう言うと布団に潜り込んだ。


「私を受け入れてくれて本当にありがとう。あなたに叩き出されたらどうしようかと、とても不安だったのよ」


エリスは布団に入り際に神妙な顔をして言った。


「いや、まぁ…叩き出すなんて……これから試験なんだろ?頑張ろうな」


健太はちょっと照れたような笑顔を見せて言った。


「えぇ、頑張りましょう。でも、明日は仕事でしょ?それなら、もう寝なくちゃね」


「うん、おやすみ」


「おやすみなさい」

健太は部屋の蛍光灯を消して床に敷いた毛布に寝転がり、掛け布団を体にかけて目を閉じた。


エリスの突然の来訪に疲れていたのか、健太はほどなく眠りに落ちていった。

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