またまた予期せぬ来訪者・前編
今回は短めの話です
8月もそろそろ終わりとなり、間もなく9月を迎えようかというある日の朝、健太とエリスは朝ごはんを食べているところだった。
この日は平日であるが、健太が仕事が休みなので、朝は健太もエリスもバタバタする事なくのんびりとしていた。
これが健太の仕事のある日の朝だと、エリスは朝ごはんの準備に加え健太に持たせる弁当作り、更に健太の服の用意などで戦場のような慌ただしさである。
しかし、今日のエリスは朝ごはんを食べた後に洗濯物を洗濯機に放り込んだ後は、健太とテレビを見ながらくつろぐ余裕があった。
ピコーン……ピコーン……ピコーン……ピコーン……
突然、アパートの部屋に電子音が鳴り響いた。健太は反射的に自分のスマホを確認したが、健太のスマホは作動していなかった。それ以前に、健太のスマホは着信音もアラームもこのような音に設定していない。
ピコーン……ピコーン……ピコーン……ピコーン……
「嘘……そんな、まさか……」
「エリス? どうしたの? 」
エリスがこれまでに見せた事がないような驚愕の表情でクローゼットを見つめている。健太もつられてクローゼットの方を見るが、確かに電子音はクローゼットの中から聞こえて来るような気がする。
「いったい何なのよ……」
エリスが慌ててクローゼットを開けて、私物が入ったハンドバッグの中からスマホかタブレットのような物を取り出した。エリスが取り出した機械からは、先ほどから部屋に鳴り響く電子音が発せられている。
「それ、何?」
健太がエリスに尋ねたが、エリスは健太の声が聞こえないくらい慌てているようで、その機械を急いで操作している。
「ロゥワン? ドゥリズ、アンスクリィ、エレイッシェ・ロウッバン。グライ、ジャインリズ、ロゥワン?」
エリスが何やら機械に向かい話しているが、健太には何を話しているのかわからない。エリスが話している言語は健太が今まで聞いた事がない言語であり、エリスが発した単語の一つすら何を意味するか理解出来なかった。ただ、エリスが自分の名前を名乗ったような気がしていた。
(天上界の言葉かな? 天上界の言葉で話すという事は相手も天上界の人って事だよな?)
健太が横から見る限り、エリスが操作している機械はおそらく天上界の携帯電話のようなものだと想像しながら様子をうかがっていた。
やがて、エリスが操作している機械から『ピピッ』という音がして、エリスは機械を床に置いた。そして、その機械の上に小さな立体映像が投影された。
「クィラーラ、グライ、ジャインリズ、リーダ?」
エリスが映像に向かい天上界の言葉で話しかけている。映像として映し出された人物は白人の女性で、見た目はエリスより少し若い感じで、なかなか可愛い女の子である。
「フクヤマダーチ」
映像の女の子が言った。それを聞いたエリスは、映像に向かい健太が聞き取れないくらい早口で何か言ってから、床に置いた機械をポケットにしまってから突然立ち上がった。
「健太、クルマを出してくれる?」
エリスが焦りの表情を見せながら健太に言った。
「あ、あぁ、もちろんいいよ」
健太はエリスの言葉を聞くと、返事をする前にクルマのカギを入れた小銭入れを手に取っていた。そして、そのまま玄関に向かって行った。エリスも健太の後を追って玄関に向かう。
健太はエリスのただならぬ様子に事情を尋ねるより、まずは行動すべきと判断して真っ直ぐ駐車場に向かいクルマに乗り込んだ。エリスが助手席に座るとエンジンをスタートさせた。
さて、いよいよ発進という時になって、健太は重要な事を聞いていない事に気がついた。
「それで、どこに行けばいいんだい?」
慌てて飛び出して来たために、どこに行くのか聞いていなかった。
「駅に行ってちょうだい」
「駅って、福山駅か?」
「そうよ」
健太はクルマを発進させた。アパートから駅まではクルマなら5分もあれば着く。健太は駅に着くまでに何が起きたのか少しでも情報が欲しかった。
「エリス、何があったんだい?」
「駅まではすぐ着くから簡単に説明するけど、妹が福山駅に来てるのよ」
エリスが状況を察して簡潔に説明した。
「さっきのあれは天上界の携帯電話なの?」
「まぁ、そんなものね。あれは地上界のスマホみたいに色々使えるから、天上界の人はみんな持ってるの。私はお金も何も持たずにこっちに来たけど、あれだけは持って来てたの」
エリスが説明するうちにクルマは駅に着いてしまった。健太は駅の近くのコインパーキングにクルマを入れた。
「ちょっと行って来るから健太は待ってて」
エリスは一人で行こうとしたが、健太はこれまで見た事がないようなエリスの慌て方が心配だった。
「俺も行くよ」
健太もクルマを降りてエリスの後を付いて行った。
エリスはキョロキョロしながら駅に向かって歩いていた。健太もキョロキョロしているが、エリスが探しているという彼女の妹とは面識がないため、とりあえず白人女性らしい人物を探していた。
駅に入りコンコースを歩いてみるがそれらしい人物は見当たらない。そこで、駅前のバスターミナルを探したのだがそこにもいなかった。
「エリス、天上界の携帯電話は持って来てる?」
「ええ、持ってるわ」
「それで妹さんに電話してみたら?」
「それは……」
健太としては一番確実な方法を提案したつもりなのだが、エリスは乗り気でないようで困り顔でうつむいてしまった。
「天上界の携帯は地上界の人目がある場所では使いたくないし、天上界の言葉で話すのも聞かれたくないわ」
エリスも電話が出来るならとっくにしている。そんな事は、健太に言われなくてもわかっているのであるが、天上界の決まりで、天上界の機械類は地上界の人間に見られてはいけないし、天上界の言葉も地上界の人間がいる場所では話してはいけない事になっている。
そのため、天上界から地上界に転送を許可される条件として、地上界の言語を最低でも一つは習得し、試験にパスしなければ地上界へ行く許可は下りない事になっている。エリス自身も日本語と英語を習得していた。
「妹さんは人目につかない場所に隠れているんじゃないかな?」
健太はまごまごしていても埒があかないのでとりあえず意見を言ってみた。
「人目につかない場所って?」
エリスは地方都市でやや寂れているとはいえ、駅前はそれなりに人手がある。人目につかない場所が近くにあるのかわからなかった。
「例えば……」
健太もとりあえず言ってみた意見なので言葉に詰まってしまった。
健太とエリスは駅前のバスターミナルでどうすれば良いか考えつ立ち往生している。時間はどんとん過ぎて行き、エリスが焦りの表情を見せ始めた。
「健太、どうすればいいの?」
エリスは健太をジッと見つめながら尋ねた。健太はエリスの表情が抱き締めたいくらい可愛く見えたのだが、もちろん、今はそれどころではない。
その時、誰かが後ろからエリスの肩をポンと叩いた。
「キャッ!」
驚いたエリスが飛び上がるようなかっこうで振り向いた。健太も何事かと驚いて振り返る。
そこには金髪のセミロングが美しい白人の少女が立っていた。
「ダレイ」
少女はニッコリ笑って天上界の言葉で何かを言った。
「ダレイってのは、日本語で『やぁ!』みたいな意味よ」
エリスが少女の言葉の意味を健太に教えた。
「日本語で話したら?」
エリスが少女を睨みつけながら言った。
「はいはい、エレイッシュ久しぶり」
少女は楽しそうに笑いながら、エリスほどではないがなかなか上手い日本語で話した。
「こっちではエリスよ」
エリスが不機嫌そうに言った。なぜかエリスはずっと不機嫌である。
「……」
少女はエリスから健太に視線を移してジッと見つめて黙っている。話しかけてよいのかどうか判断に迷っているようだ。
「彼なら大丈夫よ。私の協力者だから。健太、ここじゃゆっくり話せないから、アパートに帰りましょう。あなたも付いて来なさい」
エリスはスタスタとクルマに向かって歩き始めた。それを見た少女は一瞬だけ苦笑いをして見せてからエリスに続いた。わけのわからない健太も二人の後を追った。
健太は先ほどからエリスが不機嫌なのが気になっていた。
次回はこの話の続きとなります。
お楽しみに




