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誓いのネックレス

ご覧いただき、ありがとうございます。

8月9日の夜遅く、健太とエリスは就寝前のひとときを健太の布団の上で過ごしていた。


クーラーをガンガン効かせた部屋の中はかなり涼しく、二人とも上半身は裸で下半身は下着のみという姿なので、そのまま布団に寝転んでいると体が冷えてしまうため、タオルケットを掛けて冷気が体温を奪わないようにしていた。


二人は毎日眠る前に最低でも30分は健太の布団で一緒に過ごす事にしている。この日も一時間近くイチャイチャしていたが、そろそろ眠らなければならない時間になっていた。


互いの体を触り合う時間は終わり、二人同じ布団で密着してお喋りをしていた。


「健太は明日は誕生日でしょ? 地上界では誕生日にはケーキを食べて、プレゼントを貰う日らしいわね?」


「そうだよ。俺も明日で29歳か……」


翌日、8月10日は健太の29回目の誕生日であるが、もう誕生日が嬉しい年齢ではない。


「じゃあ、明日はケーキを買っておくわ」


エリスが健太に覆い被さるようにして、乳房を健太の顔の前に見せて、健太に乳房を触らせながらエリスが言った。


「プレゼントは?」


エリスの巨乳を目の前に、ニヤケ気味の健太が尋ねた。


「ちゃんと、プレゼントも考えてるわ」


エリスが健太の顔に自分の乳房を近付けながら言った。


「私自身をプレゼント、っていうのでもいいな」


健太がいやらしい笑みを浮かべながらエリスに言うが、その言葉を聞いたエリスはクスクスと笑いだした。


「私、健太にはそれを毎晩プレゼントしてるわよ。このうえ何をさせたいの?」


「改まって言われても困るなぁ。考えてなかったよ」


健太も苦笑いしながら言うしかなかった。


「そういえば、エリスの誕生日っていつ?」


健太はエリスの誕生日を聞いた事がなかった。


「そんなのないわよ」


「自分の生まれた日がわからないの?」


健太はエリスの言葉に驚いた。


「生まれた日はわかってるわよ。でも日付が地上界みたいに何月何日ではなく、天上界が出来てから何日みたいな感じなのよ」


エリスが誕生日を知らない理由を説明するが、健太はあまり理解出来ない。


「よくわからないなぁ。天上界では今日はどういう日付なんだい?」


健太は天上界ではなく、部屋の天井を見つめながら尋ねた。


エリスは健太に覆い被さっていたが、上半身裸のまま健太の横に胡座をかいて座った。健太は寝転んだままエリスを見つめた。


「今日は……41072581日になるわね」


エリスは少し考えてから答えた。


「4107万? ずいぶん、難しい暦だなぁ」


健太が呆れたように言った。しかし、エリスは驚いたような表情を見せた。


「地上界の方が暦はややこしいわよ。何年何月何日とか」


「でも、何でそんな暦なんだよ?」


エリスは地上界の暦は年月日があってめんどくさいようであるが、なぜ天上界はそんなシンプルな暦なのか俺には理由が思いつかない。


「天上界には一年とかいう考え方が無いのよ」


「なんで?」


「地上界の一年って、地球が太陽の周りを一周するって意味でしょ? 天上界は太陽の周りを回ってないし、春夏秋冬みたいな季節もないもの」


エリスにとっては常識を述べているのだろうが、健太にとってはイマイチよく意味がわからない。


「でも、エリスは18歳って言ってたけど……」


「それは、生まれてからの日数をこちらの一年に換算したら18歳になるのよ。正確には少し違うけど……」


「生まれてからの日数がわかっているんだから、そこから計算して地上界の暦に当てはめたら誕生日がわかるんじゃない?」


「天上界の一日は地上界の時間だと、だいたい25時間だからそのまま日数を当てはめられないのよ」


健太はここまで聞いて、わけがわからなくなった。エリスが事もなげに自分は18歳と言ってたので、天上界と地上界で暦が違うなど思いもよらなかったのだ。


「だから、天上界には誕生日を祝う習慣なんてないから、私の誕生日は気にしなくていいわよ」


エリスは笑いながら言うが、健太としてはエリスにプレゼントをあげる機会が一つ減った事が残念だった。


話はそこで終わってしまったので、健太とエリスは布団とベッドに分かれて眠る事になった。


翌日、健太は仕事なので午前中に出勤した。仕事が終わって帰るのはだいたい21時頃だった。


仕事を終えた健太は、寄り道せず真っ直ぐ帰宅した。アパートの駐車場にクルマを停めて、速足でアパート内に入って行った。


(エリスはどんなプレゼントを用意してくれてるのかな)


健太はエリスから貰える誕生日プレゼントが楽しみにしていた。自室に着いて、玄関のカギを開けて中に入る。


「ただいま〜」


健太の声に居間からエリスが出て来た。


「おかえりなさい」


エリスが健太の背中に手を回しキスをした。これは帰宅時必ず行われる儀式である。


「さぁ、早く晩ごはんを食べて。その後ケーキもあるから」


いつもは時間をかけてじっくりと舌を絡めたキスをするのだが、エリスは早くケーキを食べさせたいのか、早々にキスをしていた唇を離し居間へと向かった。


晩ごはんを食べた後、エリスがケーキを運んで来た。二人で食べるので、それほど大きくはないが、それでもちゃんとしたデコレーションケーキである。


エリスが買って来たケーキはイチゴが乗ったシンプルなものであるが、健太とすればあれこれ乗っているよりシンプルな方が食べやすくて良い。


エリスが手際よくケーキをカットして小皿に載せて健太の前に出した。エリスは自分が食べる分もカットしてから、コーヒーを入れに台所に向かった。


ケーキをカットする前に、ローソクを立てて火をつけてから吹き消す儀式が省略されているが、天上界には誕生日を祝う習慣そのものがないので、エリスがそのような儀式を知らなくてもしかたないところである。健太も29歳になって、誕生日が嬉しい年齢でもないので、そのあたりは気にしなかった。


「残りは明日に食べましょう」


エリスは残ったケーキを冷蔵庫にしまった。


「残りはエリスが食べればいいよ。ケーキ好きなんだろ?」


「ホント? 嬉しい」


エリスは本当に嬉しそうな顔になった。地上界の女性と同じく、エリスも甘い物は別腹という感じで、ケーキやお菓子などが大好きなのである。


やがて、ケーキを食べ終わり、お待ちかねのプレゼントタイムである。


ケーキとコーヒーの食器を片付けたエリスは、クローゼットを開けてごそごそしていたが、お洒落なデコレーションが施された容器を取り出した。


その容器はアクセサリーを入れるような高級感があり、健太には縁が無いものなので、中身が何か想像がつかなかった。


「一生に一度だけ……大切な人へのプレゼント……」


エリスがぎこちなく言いながら、そのアクセサリーを入れるケースのような物を健太に渡した。なぜか顔を赤らめている。


(一生に一度というのは、エリスは来年の今頃はここにはいないので、誕生日プレゼントを渡せるのは今回だけという事だな)


エリスは一年間限定で健太のところに居候しているので、誕生日プレゼントを渡すのは今回限りだと健太は考えた。


「ありがとう」


健太は優しい笑みを浮かべながらお礼を言った。


「開けていい?」


「ど、どうぞ……」


エリスは更に顔を赤らめている。


(誕生日プレゼントを渡すだけで、こんなに照れるなんて可愛いな)


健太はエリスがこういう場面に慣れていないので、照れているのだろうと思った。そして、ゆっくりとケースを開けた。


「これは……ネックレス?」


銀色のチェーンにリング状の物が付いたアクセサリーが入っていた。


健太はアクセサリーを付ける習慣がないため戸惑った。


(ネックレスとか付ける気はないんだけどなぁ……)


健太はエリスからプレゼントされるなら何でもいいと思っていたが、アクセサリーを装着する気がないので、内心困ってしまっているのである。


しかし、エリスが顔を赤らめてプレゼントしてくれた物を前にして、嫌な顔など見せるわけにはいかない。


「あ、ありがとう。綺麗なネックレスだね?」


健太は精一杯の作り笑顔でエリスに礼を言った。健太に礼を言われたエリスは、相変わらず顔を赤らめてながら緊張した表情で健太を見つめている。


「どうしたの?」


健太はエリスがやけに緊張しているのが気になった。まるで、バレンタインデーに片想い中の憧れの男子生徒にチョコを渡す女子生徒のようである。


(ひょっとして、天上界には誕生日プレゼントというより、プレゼントをあげる事自体、そんな習慣がないのかもしれないな)


健太はエリスが緊張しているのは、プレゼントを渡す事自体初めてなのではないかと考えた。


「あ、あの……」


エリスがもじもじしながらつぶやいた。普段なら、エリスが健太に話し掛ける時はハキハキと話す、しかし、今は健太をまともに見詰められないのか、視線はあちこちに泳ぎ、両手も不規則に震えていた。


「健太がネックレスを付けない事くらいはわかってるわ」


エリスが意を決したように、一度大きく息を吸ってから早口で言った。


「い、いや、なかなか立派なネックレスだね。俺にも少しはお洒落しろって事だよね。嬉しいよ」


健太はエリスをガッカリさせないために、精一杯フォローした。


「いえ……こ……こ、このネックレ……」


どうも、エリスの様子がおかしい、相変わらず顔は赤いし、こんなにカミカミに話すエリスは見た事がない。誕生日プレゼントを初めて渡すにしても、ここまで恥ずかしがる事などあるだろうか?


更に健太が気になるのは、このネックレスの出所である。見たところ、全金属製で宝石は入ってないので、何十万円もするような物ではなさそうだが、何千円で買えるような安物にも見えない。エリスは健太に貰ったお金で買い物をしているが、このネックレスを買うお金はどこから出て来たのだろうか?


(ひょっとして、普段の買い物の時に残った小銭をコツコツ貯めていたのだろうか?)


このネックレスは重みからして、それなりの値段はするだろう。数万円、場合によっては十万円くらいするかもしれない。日頃、小銭をコツコツ貯めるにしても、そんなに貯まるとは思えない。


健太はこのネックレスについて、エリスからちゃんと説明してもらう必要があると考えた。


「ねぇ、エリス」


「は、はい……」


「このネックレス、どこで買ったの?」


健太はエリスに尋ねた。エリスは落ち着かない様子だったが、健太の問いに意を決したかのように、ゴクリと唾を飲み込んでから話始めた。


「これは、天上界から持って来たの」


エリスの言葉は健太にとって予想外だった。


「天上界からは何も持たずに来たって言ったよね?」


「ええ、そうよ。でも、これは特別」


エリスは話出して少し落ち着いてきたのか、普段の口調に戻っていた。


「天上界では、こちらでいう18歳から結婚出来るの。結婚出来るようになった女は、必ず自分がデザインしたネックレスを二つ作る習慣があるの」


エリスは感情を込めず淡々と話す。健太にはそれが逆に大きな感情を抑えているのではないかと思えた。


「経済的に恵まれている人は豪華なネックレスを作り、私みたいなそんなに豊かな家庭で育ってない人はそれなりのを作る事になるわ」


「うん、それで?」


健太が相槌を打ち話の先を促した。


「何にせよ必ずネックレスを作り、それを大切に持っておくの」


エリスはここで一旦話を切った。ここからが大事な部分なのだろう。しかし、健太には疑問があった。


「そんな大事なネックレスを誕生日プレゼントに貰ってもいいの?」


どうやら、このネックレスは天上界の女性にとってはかなり大切な物らしい。そんな物を貰ってもいいのかという疑問は当然である。


「このネックレスはね、二つ作るってのがポイントなのよ。生涯を共に歩んで行きたいという男性が現れたら、そのネックレスをその男性に渡すの……」


ここでエリスは再び顔を赤らめた。


「あぁ、こっちでいう婚約指輪みたいな感じだね。婚約指輪は男性から渡すんだけど」


健太はなるほどという感じにうなずきながら言った。まだ、話の意味を理解していないようである。


「貰った男性はその女性と生涯を共に歩んで行きたいなら、ありがたく受け取り大切にする。そうでないなら、その場で女性に返却するの」


「へぇ、天上界ではそういう習慣なんだ」


健太は能天気に納得していたが、エリスはいたたまれなくなったのか突然立ち上がった。


「私、シャワー浴びて来るわ」


エリスは赤い顔のままバスルームに行ってしまった。


居間に取り残された健太は改めてそのネックレスを見詰めた。


(生涯を共に……か)


健太は天上界の女性にとって、それほど大切な物を貰う意味を考えた。そして気付いてしまった。


(これって、プロポーズ!?)


エリスがこのネックレスを健太に渡すという事は、エリスが生涯を共に歩む相手として健太を選んだという事になるはずである。


(でも、これを受け取っていいのか?)


エリスは天使になるための試験期間である一年間は健太と一緒に暮らせるが、それ以降は地上界に居るにしても、天使としてあちこちを飛び回る事になるはずである。都合よく日本に赴任出来るとは限らない。エリスはそのあたりをどう考えているのだろうか?


しかし、エリスは非常に聡明な人物である。一時の感情や、行き当たりばったりでこのような重要な事柄を決めたりはしない。エリスなりに考えがあると健太は考えた。


(エリスもそのあたりは考えているはずだ。俺は俺の気持ちだけ伝えて、後はエリスに任せるしかないだろうな)


健太はあえてその事を追及せず、エリスがどうするのかは本人に委ねる事にした。これはエリス自身の問題であるから、健太が口出しはしない事でエリス自身の判断を尊重するのが良いと考えた。


そんな事を考えているうちに、エリスがシャワーを浴び終えてバスルームから出て来た。普段はバスルームから出て来た時は、全裸かせいぜいパンティのみという格好なのだが、今日は珍しくパジャマを着ている。


普段と行動が違うあたり、エリスも緊張しているのだろうと健太は思った。


「あ、あの……その……」


エリスは何を言っていいのかわからない様子である。まだ顔が赤いのはシャワーを浴びたからだけではないだろう。


エリスは白人なので、顔が赤くなると余計に目立つ。どんな時も落ち着いているエリスが、言葉を発する事すら困難なくらい緊張している。


(このネックレスを俺に渡すのは、相当に勇気を振り絞ったんだろうな)


健太はそう考えると、エリスがとてもいとおしく思えた。


「ありがとう、このネックレスは大切にするよ」


健太は自分の気持ちを伝えた。エリスがかなり緊張しているので、更に緊張させないように淡々とした口調で言葉を紡ぎ出した。


これでエリスには全て伝わったはずである。


「…………」


エリスは言葉は出なかったが、両目に涙をにじませながらうなずいていた。心なしか緊張がやや解れ、ホッとしたような表情である。


健太もうまく自分の気持ちを伝える事が出来てホッとしている。今日で生まれて29年、このようなシチュエーションは初めてである。健太自身もエリスに負けず劣らず緊張していたのである。


すると、エリスがいきなり健太に抱き着いて来た。そして、健太を床に押し倒した。天上界の人間は地上界の人間に比べ力がかなり強い、エリスは感情が昂っていたため力を加減していなかった。健太の体は抵抗する間もなく床に叩きつけられた。


(うわ、痛ぇぇ!)


健太は相当に痛かったが我慢していた。エリスは健太の胸に顔を埋めた。


「ネックレスを返されたらどうしようと思ってたの、私、緊張してうまく健太に気持ちが伝わらなかったらどうしようと思ってたの……」


エリスは健太の胸に顔を埋めたまま言った。


「よく頑張ったね」


健太は一言だけ言って全身が痛いのを我慢しながらエリスを抱き締めた。


「……ねぇ、健太」


エリスが顔を健太の胸から離して言った。普段の口調に戻っていた。


「どうした?」


健太は尋ねた。


「汗臭い、さっさとシャワー浴びて来てよ」


エリスは健太に覆い被さっていた体をどかしながら言った。今は8月、夏真っ盛りである。


「わかった、わかった、すぐ浴びて来る」


健太は痛い体を引きずりながらバスルームに向かった。


「体、痛そうだけど、どうしたの?」


エリスはきょとんとした表情で健太に尋ねた。自分が押し倒した時の力が強すぎた事は忘れているようだ。というよりも、自分がそんなに力を入れて健太を押し倒したとは思っていないようである。


「何でもないよ」


健太は苦笑いしながらバスルームに消えて行った。これも後々笑い話として振り返る日が来ると思うと、痛みが逆に心地良かった。


健太はシャワーを浴びながら考えていた。


いずれエリスの試験期間が終わる。その時、二人の関係はどうなるのだろうか?


エリス自身がどう考えているのかはエリスが話してくれるのを待とう。


試験期間が終わればネックレスを返せと言われるかもしれないが、その時はその時である。今はエリスの気持ちを知る事が出来て幸せである。その幸せを精一杯噛み締めようと健太は考えていた。

次回は健太とエリスは旅行に出掛けます。

お楽しみに

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