健太、一生の不覚なり!
長らくお待たせしました。目の病気でなかなか更新出来ずすみません
7月も終わり頃のある日の事、この日は健太は仕事21時過ぎに帰宅していた。
エリスは健太の帰宅に合わせて晩ごはんを作り、必ず一緒に食べるようにしていた。
健太としては帰宅時刻がまちまちなので、晩ごはんもとうぜん毎日違う時刻になってしまう。エリスはお腹が空いたなら自分だけ勝手に食べてしまってもよいのだが、エリスは絶対に健太が帰るまで一口たりとも晩ごはんに手を付ける事はなかった。
これは、エリスが決めた二人の決まり事であり、朝ごはんと晩ごはんは必ず一緒に食べるというのをエリス自身に課していた。もっとも、独り暮らしの長い健太はそんな事は気にもしていないが、エリスが自分に合わせて食事をするので、特に遅くまで勤務していた時は帰りに寄り道をせず真っ直ぐ帰宅していた。
晩ごはんの後は風呂なのだが、健太のアパートの浴室はユニットバスである。
ビジネスホテルにあるような、狭い浴室に風呂桶と便器と洗面台が並んでいるタイプであり、一戸建てにあるような独立した浴室とは違い、風呂桶の外で体を洗う事が出来ない。
つまり、体を洗うなら風呂桶に湯は張れないので、必然的にシャワーの利用が多くなる。特に夏場は毎日汗をかくので、体を洗いたいところである。したがって、最近は毎日シャワーを使い、風呂桶に湯を張って、湯に浸かる事はしていなかった。
実は、この風呂の順番にも決まりがある。シャワーのみの時は健太が先、風呂桶に湯を張る時はエリスが先と自然に決まっていた。
これは、仕事帰りで疲れている健太が先にシャワーを浴びるべきという理由だが、なぜ、湯に浸かる時はエリスが先なのか?
それは、健太の入った後よりきれいなお湯にエリスを浸からせてあげたいという健太の配慮だった。
二人の人間が狭い空間で暮らすわけだから、食事や風呂であっても、このように色々な決まり事がある。
風呂から出た後は、寝る時間まではテレビを観たりお喋りをしたりして過ごす。
寝る時間になると、居間の座卓を畳んで部屋の隅に立てておく。これは健太がやる決まりになっている。それから健太は床に自分の寝床を作り、エリスは自分の折り畳みベッドを設置する。自分の寝る場所は自分で作るのが決まりである。
寝床が出来たからといってすぐ眠るわけではない。二人は寝る前に最低30分は健太の寝床でイチャイチャする事になっている。イチャイチャの内容や費やす時間は互いの気分次第であるが、必ず毎日30分はやると二人で決めていた。
30分というのは最低時間であり、たいていは30分ではエリスが満足せず更に継続される。健太が『夜のおねだり』と呼んでいるこの延長戦はエリスが満足するまで続く。
もちろん、毎日コンドームを消費するわけではない。せいぜい週に二度あるかないかくらいだろう。しかし、健太の布団で二人でイチャイチャするのは毎日必ず行われる。
その週に二度くらいの日はだいたいは健太は奥手なので、エリスが誘う事が多い。
そんなこんなで、寝る前に二人の濃厚な時間が終わると寝るだけであるが、夜中にトイレに行きたくなる事もある。このトイレの使用についても細かく決まり事が設定されている。
まず、使用時であるが小の時は途中で流さず終わった後に一回流すのみ、これは水を無駄に使わないためである。しかし、大の時は物が出る度にこまめに流す。小の時の理由に矛盾しているようであるが、においを残さないためにこまめに流す事にしていた。
また、大の時は必ずウォシュレットを使用する。特に健太はエリスに対しこれを強調していた。これはトイレットペーパーの節約というよりは健太の性癖が関係している。
健太は簡単に言えばお尻フェチ、詳しく言えばお尻の穴のフェチなのである。イチャイチャする時に健太がその部分を触る事が多いため、トイレではウォシュレットの使用は必須であるし、エリスが風呂で体を洗う時は大股を広げてしっかりボディソープを付けて入念にこするのだった。
エリスにとってはそんな場所をいじられるのはこのうえない恥辱であるから、拒否すれば良いのであるが、性的衝動における行為は拒否しないと二人で決めていたのでエリスは拒否しないのである。
朝起きる時刻は健太の出勤時刻に合わせるのでまちまちだが、6時間は睡眠時間を確保するように心掛けている。
朝食はエリスが作る。健太は独り暮らしをしていた頃には、朝食を抜く事も多かったし、元々大食漢ではなかったので一日二食でも問題なかったが、エリスが一日三食きちんと食べる習慣だったので、健太もそれに合わせるようにしていた。
食事が終わると健太は制服に着替えて出勤する。出勤時には健太とエリスはじっくりと時間をかけてキスをする。健太が帰って来た時もキスをする。このような事は一度やらずに済ませると癖になるので、必ずやるようにしていた。
さて、健太とエリスの日常の決まり事についてはこれくらいである。
この日、健太は仕事が終わりようやくアパートに帰って来た。遅い帰宅なので食事を作って待っているエリスに気を遣い、寄り道せず真っ直ぐに帰宅した。
健太はいつも通り入口のカギを開けて部屋に入った。
「ただいま」
健太は奥の居間に向かって声をかけた。普段ならエリスが満面の笑みを浮かべて現れるはずだ。そして、健太に抱きついて来て舌を絡めてキスをする事になっている。
「お帰りなさい」
エリスが現れて玄関で靴を脱いでいる健太に抱きついて来た。そして、エリスは唇を合わせてから舌を健太の口に侵入させた。健太はキスをしなからエリスの乳房に右手を持って行き、揉みしだきながら柔らかい感触を楽しんでいた。
「ヒューヒュー、お熱いですなぁ〜お二人さん」
居間の方から聞こえた突然の声に健太は硬直した。キスをしていた唇を離し、エリスの乳房を揉んでいた右手を離してから声のした方向を見た。
「お帰り、健太君」
「なんでそこにいるんだよ」
居間と台所を仕切るドアから健太の姉の中野瑞季が二人をニヤニヤしながら見ていた。
「出張で福山に来ていたから寄っただけよ」
瑞季は白のブラウスに紺色のタイトスカートという、見るからにOLという服装だった。どうやら、仕事を済ませてそのまま来たのが見て取れた。
「もう11時になるんだから、早くホテルに戻らないといけないだろ?」
健太は瑞季が嫌いなわけではないが、エリスとの二人の時間に割って入られるのは避けたいので、早くホテルに戻そうと考えていた。
「今夜は泊めてもらうわよ」
「は?」
瑞季の言葉に健太は驚愕した。いくら図々しい瑞季でも、健太とエリスの夜を邪魔するような野暮な人間ではない。普通ならホテルくらい確保しているはずである。
「急遽決まった出張で、ホテルを予約しようとしたけど、どこも満室で予約出来なかったのよ」
瑞季が事情を説明した。
「市内のホテルが全部満室とか、ありえないだろ」
健太は瑞季の言葉が信じられなかった。
「今、芦田川でボート競技の全国大会をやってるらしくて、その関係でホテルはどこも一杯らしいのよ」
「あ、そうか」
芦田川というのは福山市を流れる一級河川である。その芦田川の河口堰付近はボート競技のコースとして全国的に有名である。姉が言った通り、バスに乗務して芦田川沿いを走ると、河川敷には大勢の人がいて、テント等がたくさん設置していたのが見えた。どうやら、ボート競技の大会に関係する人間がたくさん福山市に滞在していたため、瑞季がホテルに泊まれなかったのである。
「という事で、お邪魔させていただくわね」
瑞季は悪びれずに言った。姉が弟の家に泊まるのだからおかしい事は何もない。それに、エリスが来る以前には、瑞季が仕事で近くに来た時は、会社から支給された宿泊費を浮かせるのと健太の世話をするために泊まって行く事が多かったのである。
「あと、エリスちゃんから聞いたけど、あなた明日は休みでしょ? 泊めてもらうお礼に明日はみんなで出掛けない? 私が奢るから買い物でも行きましょう」
「大阪に帰らなくてもいいのか?」
「出張の後は連休なのよ。だから、明日も泊めてもらって明後日に帰るわ。エリスちゃんもゆっくりして行けって言ってくれてるし」
「マジかよ」
健太はエリスが承諾しているのなら拒む理由がない。
しかし、エリスと二人きりの時にしか出来ない事はおあずけになりそうであり、心の中でため息を吐いていた。
「いつまでも立ち話しててもしかたないし、晩ごはんまだなんでしょ? 私は仕事が終わった後に福山支店の人達と飲み会やって、そこで晩ごはんも食べてるから必要ないわ。エリスちゃんもまだ食べてないみたいだし、さっさと食べちゃいなさい」
姉に言われて健太は自分が晩ごはんをまだ食べていない事を思い出した。
「ハンバーグを温めるわ」
エリスが晩ごはんを電子レンジで温め始めた。瑞季も手伝って晩ごはんの準備はすぐに出来た。
健太とエリスは遅い晩ごはんを食べているが、瑞季は晩ごはんは済ませたという言葉通りお腹は空いていないようで、ウーロン茶を飲みながら二人の食事風景を眺めるだけだった。
晩ごはんが終わると風呂であるが、今日はシャワーなので本来は健太が先である。しかし、瑞季がいるので健太もエリスも瑞季が最初にすべきと考えていたため、瑞季からシャワーを浴びる事になった。
瑞季がシャワーを浴びる間に、エリスは晩ごはんの片付けをして健太は寝床を設置する。
しかし、ここで問題が発生した。ここには布団とベッドが一つずつしかない。つまり、二人分の寝床しかなかったのである。
「健太、考え込んでどうしたの?」
晩ごはんの食器を洗い終えたエリスが居間に戻って来て、布団を前に思案にふける健太を見つけて言った。
「いや、寝床が二つしかないから、どうしようかと」
「瑞季さんにベッドに寝てもらって、私と健太が布団に寝ればいいんじゃないかしら」
考え込んでいる健太に対し、エリスは何を今更という感じで言った。
健太とすれば、当然ながらエリスと一緒に寝るところを姉に見られるのは恥ずかしい。しかし、エリスは対して気にしていないようである。
しかし、他に案がないならそうするしかないだろう。
「先にシャワー使わせてもらって悪いわね」
瑞季がシャワーを終えて出て来た。部屋着と思われるスウェットに着替えていた。
それから、健太、エリスの順にシャワーを浴びて後は寝るだけである。
「じゃ、電気消すよ」
健太が寝床に既に潜り込んでいるエリスと瑞季に言ってから、蛍光灯を消して常夜灯に切り替えた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
女二人は気楽なものだが、健太は姉の視線を気にしてしまいなかなかエリスの布団に入れずにいた。
「健太、どうしたの?」
エリスが健太の様子が気になって尋ねた。
「いや、何でもないけど」
健太もはっきりと答えられない。
健太はまごまごしていたら余計に事態が悪くなりそうな気がしたので、思いきってエリスの布団に突進し、サッとエリスの隣に潜り込んだ。
瑞季は目を閉じてじっとしていたが、当然二人のやり取りは耳で聞いていて、心の中で苦笑していた。
布団に潜り込んでしまうと、姉の来訪で余計に疲れていたのか、急に睡魔に襲われてあっという間に眠り込んでしまった。
何時間かたって瑞季が目を覚ました。瑞季は一瞬自分がどこにいるのか思い出せなかったが、すぐ隣から聞こえて来る健太のいびきでここが健太のアパートであると認識出来た。
瑞季は元々睡眠時間が短いタイプであり、普段でも5時間も眠れば充分なのである。しかも、環境が変わるとなかなか寝付けないタイプなので、自宅以外で寝る時は夜中に度々目がさめてしまう。
瑞季はベッドから起き上がった。わずかに尿意をもよおしていたので、横で眠る二人を起こさないように足音を立てないようにそっと歩いて居間を出た。
用を足して出て来た瑞季だが、ベッドに戻っても眠れる気がしなかったので、冷蔵庫からウーロン茶のペットボトルを出してから台所と居間を区切るドアを閉めた。居間はクーラーが効いていて涼しいが、台所にクーラーはないのでドアを閉めると暑くなるのだがそれはしかたない。
瑞季は台所の隅に置かれているスーツケースの隣にあったハンドバッグからスマホを取り出した。そして、床に座り込みウーロン茶を飲みながらスマホをいじり始めた。
スマホに表示されている時刻は4時15分。眠りだしたのが0時半前後だったはずだから4時間弱の睡眠であったが、瑞季にとってはこれで足りている。したがって、このまま起きているつもりだった。
「眠れませんか?」
瑞季がスマホをいじり始めてすぐに居間との間のドアが開き、エリスが声をかけてきた。
「起こしてしまったようね、ごめんなさい」
瑞季はエリスに謝罪した。
「私は昼寝する事もあるので、早く目が覚めるんですよ」
「そうなんだ」
「私も起きてますから、少しお話ししませんか?」
エリスは日頃から早起きなので、このくらいの時間に起きるのは苦にならない。瑞季が退屈しているようなので、話し相手になるつもりだった。
「お喋りしてたら健太を起こしてしまわないかな?」
瑞季は自分達の話し声が健太を起こすのではと心配した。
「大丈夫ですよ。健太は一度眠ったら朝まで絶対起きないですから」
健太は一度眠ってしまうとなかなか起きないタイプであり、日頃エリスが早起きして家事をこなしている際にも、音がうるさくて起きてしまったという事は一度もなかった。
「子供の頃もそんな感じだったわね。変わってないのね」
瑞季は昔を思い出しながら言った。
「ですから、気兼ねなくお話ししましょう」
「そうね」
「ドアを閉めると暑くなりますから、アイスクリームでも出しましょうか?」
ドアを閉めてクーラーから出る冷気を遮断しているので、早朝とはいえ台所はけっこう暑くなる。エリスは家事をこなしている時は暑さは気にならないが、お喋りをするとなると話しは別である。
「いいわねぇ」
瑞季がにっこりしながら言った。
エリスがカップ入りのアイスクリームを二つ出してその一つを瑞季に渡した。更に戸棚からスプーンを取ってきた。
「これで楽しくお喋り出来そうね」
瑞季はアイスクリームを口に入れながら言った。
「今日は仕事がないので、健太が起きるのは早くて8時ですから、ゆっくりお話ししましょう」
エリスもアイスクリームを食べながら言った。
女二人、お行儀は悪いが床にあぐらをかいて座り、アイスクリームを食べている。しかし、お行儀が良くない方が互いに打ち解けるような気がするとエリスは感じていた。
それから健太が起きるまでの間、エリスと瑞季は買いだめしてあったアイスクリームやお菓子をどんどん食べながらガールズトークに明け暮れた。
8時半頃に健太が起きた時には二人で床にアイスクリームやお菓子の容器が散乱していた。
「俺抜きでずいぶん楽しんだみたいだねぇ」
健太は二人の様子を見ながら苦笑いして言った。
「エリスちゃんとゆっくりお話し出来て楽しかったわよ」
瑞季は上機嫌で言うが、健太はエリスが瑞季に聞かれるがまま、余計な事を言ってるのだろうなとため息を吐くしかなかった。
「じゃあ、朝ごはん作るわね」
エリスが立ち上がって床散らばったゴミを片付け始めた。瑞季もそれを手伝い、二人で朝ごはんの準備を始めた。
さすがに、女二人でテキパキと準備したのだから、すぐに朝ごはんが出来上がった。
健太は自分が起きる前に、アイスクリームやらお菓子やら甘い物をたらふく食べたはずなのに、朝ごはんをぺろりと平らげるエリスと瑞季に閉口してしまった。
朝ごはんが終わると、エリスは洗濯物を洗濯機に放り込みバスルームの掃除を始めた。健太と瑞季は居間でエリスの家事が終わるのを待っていた。
健太はともかく、瑞季は手伝いたいところだが、エリスがここで健太と一緒に暮らしている以上、ここでの家事はエリスの領分である。親切心であっても瑞季が手出しは出来ない。女としてそこは譲れない部分でもある。
「エリスちゃんってホントよく働く子ね。日本語も上手いし、きっと凄く頭の良い子なんでしょ?」
エリスがバスルームの掃除をしているのを居間で待っていた瑞季が、やはり手持ちぶさたで居間でタバコを吸っていた健太に言った。
「俺より頭が良い事だけは確かだな」
「あんたと比べるな、真面目に答えなさい」
「まぁ、相当なエリートだとは思うよ」
実際、エリスは天上界のエリートである。そうでなければ地上界に派遣されるはずがない。現代の地上界で例えるなら、宇宙に行けるような仕事に就けるようなレベルである。
「じゃあ、そんな凄い子が何であんたと一緒に暮らしてるのかしら?」
瑞季の疑問はもっともである。健太自身、自分とエリスでは釣り合わないと思っているのだから、瑞季が疑問に思うのは当然と言えよう。
「………」
「答えにくい質問みたいね。じゃあ、質問を変えるけど、エリスちゃんは日本に何をするために来ているの? ただ旅行をするために来ているとは思えないんだけど」
瑞季の質問は健太としては答えられないところである。まさか、異世界から来たとは言えないのだから、うまく誤魔化さなければならない。
「旅行に来てるのは確かだよ」
健太とすれば嘘は言っていない。そして、これが精一杯の答えだった。
「その旅行の目的よ、観光とかじゃないと思うのよね。そもそも、何であんたの家で一緒に暮らし、旅行費用をあんたに負担してもらってるの?」
「まぁ、いろいろ事情があってね」
健太は誤魔化す以外に答えようがない。
「あなたはその事情ってのを知ってるのね?」
「知ってるよ」
「でも、それを私には教えてくれないのね?」
「うん、悪いけど」
健太の答えに瑞季は笑顔でうなずいた。
「そっか……何か訳ありなんだろうけど、あなたがそれを理解しているのなら、私がどうこう言う事は出来ないわね」
瑞季は恋人同士の間に和って入るような野暮な人間ではない。
「あの子も何か大きな物を背負っているんでしょうね。前に来た時、あの子がそんな事言ってたし」
瑞季が遠くを見ながら言った。
「健太君、あなたはその事情であの子とはいずれお別れになるんでしょ?」
「うん」
「ちゃんと別れる事が出来る?」
瑞季の質問の意図はわからないが、健太は真面目に答えていた。
「その時になってみないとわからないな」
健太は別れの時の事は考えないようにしていた。
「フフフ、それ、前にあの子も同じ事を言ってたわよ」
瑞季が以前にエリスに会った時の事を思い出して笑った。
「もし……もしもの話、あの子が自身の事情を全て捨てて、ずっとあなたと一緒に暮らしたいと言ったら受け入れるつもりはある?」
瑞季が真面目な表情になって尋ねた。
「もちろんあるよ」
健太もそうなれば良いとは思っていた。
「ならいいわ。私はその言葉を聞けて満足したわ」
瑞季が優しく微笑んだ。
「それよりさ、あんた達、今度沖縄に行くらしいわね? エリスちゃんに聞いて、私も行きたくなっちゃったから、有給休暇を使って一緒に行く事にするわ」
瑞季が突然話題を変えた。しかも、予想もしない展開に健太はびっくりした表情を見せた。
「一緒にと言っても、ホテルとかどうするんだよ。俺達が泊まるホテルは、こないだ予約した時にはほぼ満室でぎりぎりセーフだったんだから」
「私は別のホテルでいいわ。どこか空いてるホテルが一つくらいはあるでしょ」
瑞季は沖縄に行く気満々である。
「俺達は広島空港からだけど、姉さんは伊丹か関空から乗るのか?」
「たぶんそうなるわ」
健太は肩を竦めた。おそらく、瑞季がエリスとお喋りするなかで沖縄旅行の話になって、瑞季が自分も行きたいと言い出したのだろう。エリスは拒否する理由がないだろうから、ぜひ一緒にと言ったに違いない。
「お待たせしました。コーヒーでも入れましょうか?」
家事を終えたエリスが居間に現れた。瑞季はエリスを見てニンマリとしながら手招きした。
「ねぇ、エリスちゃん。今日はお出掛けするんだから、一緒に水着を買いに行かない? ネット通販で買うって言ってたけど、実物を見ながらの方が絶対いいから。健太に沖縄の事を話してて思い出したんだけど、私も水着を持ってなかったわ」
「私は構いませんが
「じゃあ、決まりね」
健太は二人の会話を聞きながら、どこに買い物に行くか、二人が水着やその他の買い物をする間に自分はどうやって時間を潰すかを考えていた。
「エリスと姉さんは買い物するなら、俺は待ってる間に時間潰しに映画でも観ようかな」
「じゃあ、神辺まで行くの?」
「うん」
福山市北部の神辺町にあるショッピングモールにはシネコンがあるので、健太はそこに行くつもりだった。健太はエリスを連れて行った事はないが、エリスは一人で映画を観るために何度か行った事がある。
「じゃあ、一服したら行こうか」
健太がタバコに火を点けながら言った。
「コーヒーでも入れましょうか?」
「頼むよ」
「お願いね」
エリスの言葉に健太と瑞季も賛同しコーヒーブレイクとなった。
健太と瑞季はコーヒーはホットでもアイスでも常にブラックである。一方、エリスはコーヒーには必ず砂糖をスティック1本入れる。エリスは健太が砂糖を入れないのは知っていたので最初から砂糖は出さなかったが、瑞季は砂糖を入れるのか入れないのか知らなかったので、とりあえずスティックシュガーを1本添えていた。そして、瑞季が砂糖を入れないのを見て、次回からはブラックで出すのが良いと考えた。
「もう、10時近いし、そろそろ出掛けてもいいんじゃない?」
コーヒーを飲み終えた瑞季が言った。
「モールに着いたら二人はどうする?」
「すぐ買い物したら荷物を持ち歩く時間が長くなりそうね。買うのは最後の方にしたいわね。健太は映画観るんでしょ?」
エリスは先に買い物をして荷物を持ち歩くのを避けるつもりのようである。
「俺が観たい『シューティング・マスター』は昼の2時半からなんだ」
健太は腕を組んで考え込んだ。それまで、どうやって時間を潰すか決まっていない。
「私達と一緒に買い物がてら店内をブラブラすればいいんじゃない?」
瑞季が口を挟んだ。
「健太はウインドーショッピングは嫌いなんです」
健太が答える前にエリスが言った。
「映画か……そこの映画館って『ラッキーボーイとアンラッキーガール』ってやってる?」
「やってるよ。エリスも観たがってたから、そのうち一緒に観に行くつもりだったし」
「じゃあ、三人一緒に観ましょう。エリスちゃん、お邪魔虫が一匹混ざるけどいいかしら」
瑞季はエリスが早い時間に買い物をしたくなさそうなので、映画で時間を潰すのが良いと考えていた。自身も観たい作品があったので丁度いい。
「お邪魔虫だなんて、ぜひ、ご一緒にどうぞ」
エリスが慌てて言った。
「そんなもん、上映してる映画館が大阪にいくらでもあるだろ」
健太はわざわざ三人で観なくてもと思っていた。
「コメディ映画は大勢の方が楽しいでしょ。つべこべ言わないの」
「はいはい」
健太が何を言ったところで瑞季に勝てないのは子供の頃から変わっていない。
「じゃあ、出掛ける支度をしましょうか」
エリスが立ち上がり、三人分のコーヒーカップを片付けながら言った。
「そうね。服も着替えなければならないし」
瑞季も立ち上がり、自分のスーツケースを取りに行った。
三人それぞれ服を着替えて、女二人は化粧をしてから、三人で健太の軽自動車に乗って出発した。
福山市の北部にある神辺町まではクルマで20分くらいかかる。三人がショッピングモールに着いたのは10時半を過ぎていた。
まずは三人で映画を観るので、シネコンがある3階に上がってみた。
健太が『ラッキーボーイとアンラッキーガール』の上映時間を調べてみると、11時20分の回があった。
「11時20分からなので、終わるのが1時半頃だと思う。観てから昼ごはんになるけど、それでいい?」
健太がエリスと瑞季に尋ねた。
「いいわよ。昼ごはん食べるにはまだお腹空いてないし、映画の後で丁度いいわ」
瑞季がうなずきながら言った。
「私もそれでいいわ」
エリスも同意した。
「じゃあ、チケット買って来るよ」
健太はロビーの自動券売機に向かった。瑞季が自分の料金くらいは出すと言わないか、健太は少し期待していたが、瑞季は当たり前のように健太に奢ってもらうつもりのようで、結局三人分を健太が負担する事になった。もっとも、この日は水曜日でレディースデーで女性は通常1800円のところを1100円で済むので、少し安く済ませる事が出来た。
上映開始時刻までは約30分くらいあるが特にする事もないので、健太は喫煙所に行き、エリスと瑞季はシネコンのロビーの椅子に腰掛けてお喋りしながら上映開始時刻を待った。
やがて、上映開始となり、三人は館内に入った。平日の真っ昼間とあって観客は少ない。100人くらい入るシアターだが健太達を含めて10人くらいの観客しかいなかった。
映画は人気コミックを実写化したものであり、若手の人気俳優がキャスティングされていて、なかなか面白かった。三人は満足してシアターから外に出た。
「昼ごはんどうする? フードコートで済ませる?」
「私は何でもいいけど。明け方にお菓子食べたのがまだお腹に残ってるから、そんなに食べられないわ」
瑞季はまだそんなにお腹が空いてないので、軽く済ませるつもりだった。
「私はフードコートでカツカレー食べるわ」
エリスはこのモールに映画を観に来た時はフードコートでカツカレーを食べる習慣がある。カレーが大好物であるエリスは食べられる機会があるなら、必ずカレーを食べる。
「エリスちゃん、よく食べるわねぇ〜若い人には勝てないわ」
瑞季が苦笑いしながら言った。
三人はエスカレーターで2階に下りてフードコートに向かった。
「じゃあ、それぞれ食べたい物を注文してここに座ろう」
健太が適当な席を指差しながら言った。
フードコートにはスイーツ店、オムライスとハンバーグ、長崎チャンポン、ステーキ、讃岐うどん、カレーとラーメン、石焼きビビンバ、ハンバーガーと多種多様な食べ物屋が軒を連ねていた。
カツカレーと決めていたエリスはカレーとラーメンの店に真っ直ぐ向かって行った。
瑞季はオムライスの店に向かった。
健太はあまりお腹が空いてないので、ご飯物より麺類の方が良いと思い、讃岐うどんの店に向かった。
セルフ式のうどん屋でざるうどんを注文し、商品を受け取り席に戻って見るとエリスと瑞季が既に席に座っていた。二人はまだ出来上がっていないので、それぞれブザーを持っていた。
「あんたはそんな軽い物で足りるの?」
瑞季が健太のざるうどんを見て呆れたように言った。
「足りるよ」
健太としては、これで充分のつもりだった。
「そんな事だから、風が吹いたら飛んで行くような貧相な男になってしまったのよ」
瑞季が呆れながら笑った。
「スリムと言ってくれ」
健太は元々あまり食べない方である。食べようと思えばたくさん食べられるが、あまり食べなくても苦にならない。貧相な男と呼ばれる筋合いはないが、逞しい肉体を誇るとは言えないのも事実である。
「下手すればエリスちゃんの方が食べるんじゃない?」
瑞季はエリスを見ながら言った。
「朝晩は一緒の物を食べるから、そんなに違いませんが、昼間に私はいろいろ食べるから、全体量だと私が多いかもしれませんね」
「若いって羨ましいわ。私がそんなに食べたらすぐに太っちゃうもの」
瑞季が苦笑した。
『ブーッ、ブーッ』
『ピロロン、ピロロン』
エリスと瑞季のブザーが同時に鳴り出したので、二人はそれぞれ自分が注文した店に向かい、エリスはカツカレーを、瑞季はケチャップオムライスを持って来た。
「じゃあ、いただきます」
「ここのカツカレー、けっこう美味しいんですよ」
エリスと瑞季も昼ごはんを食べ始めた。
健太はざるうどんなので、すぐに食べ終えて食器を返却口に持って行った。そして、戻って来てエリスと瑞季が食べるのを待った。
「健太がこの後観る映画は何時に終わりそうなの?」
カツカレーを食べながらエリスが尋ねた。
「4時半頃じゃないかなぁ」
「水着を買っても、まだ時間が余りそうね」
エリスが思案顔でつぶやいた。
「晩ごはんの買い物をしても、まだ時間が余りそうね。カフェで時間潰しするしかないかな」
今度は瑞季が言った。
「じゃあ、クルマのカギを渡しとくから、クルマで待っててくれないかな」
健太はクルマのカギをエリスに渡して席を立った。
「俺、タバコ吸ってから映画のチケット買いに行くから」
健太は二人に手を振って喫煙所に向かって歩きだした。
「私達も食べたら水着を見に行かなきゃね」
瑞季がエリスに言ってからオムライスを口に入れた。
一方、健太はエスカレーターでシネコンのある3階に上がり、シネコンの脇にある喫煙所でタバコを吸いながらスマホをいじって上映時刻を待った。やがて、上映開始時刻となり健太は館内に入りシアターに向かった。
それから、健太は2時間ほど映画を観てから、エリスと瑞季が待っているであろう自分のクルマに戻った。
「待った?」
クルマに戻ると、エリスと瑞季は既に車内で待っていた。
「買い物も済ませて、カフェで紅茶とケーキを食べてそれから戻って来たところよ」
後部座席に座る瑞季が自分の隣に置いた買い物袋を指差した。
「カフェでゆっくりしてたから、時間が経ってしまって、健太が戻って来る時間だからさっき慌ててカフェを出たのよ」
エリスが苦笑いしながら言った。
「よく食べれるねぇ。じゃあ、帰ろうか」
健太はクルマを発進させて自宅アパートに向かった。
「瑞季さん、水着選びのセンスが素敵ですね」
帰りのクルマの中で、助手席に座るエリスが瑞季に話し掛けた。
「エリスちゃんみたいな、若々しさには勝てないけど、セクシーに決めてみようと思ってね」
瑞季は誉められてご満悦のようである。
「瑞季さんみたいな、大人の色気は私には真似出来ませんよ」
「もう、年齢的に水着で男性を振り向かせるのは無理かなぁ」
「そんな事ないですよ。それに、瑞季さんスタイル良くてビックリしました」
健太は女二人の会話に割り込みたくはなかったが、気になった事がある。
「二人はどんな水着を買ったんだい?」
「私は黒、エリスちゃんは白のビキニよ」
瑞季が答えた。
「瑞季さんの黒ビキニ、セクシーでビックリよ。健太も見たら絶対ドキッとするわ」
エリスは瑞季を誉めているが、健太にはどうにも信じられない。
「エリスは絶対セクシーだろうけど、姉さんはどうかなぁ。もう、いい年齢だし」
「別に弟を誘惑するつもりはないから」
瑞季がムッとして言った。
「実の姉の水着姿でドキドキするわけないよな」
健太は瑞季にそんな色気があるはずないと思っている。
「でも、瑞季さんホントにセクシーなんだから」
エリスが反論した。
「わかったよ。そういう事にしよう」
健太はエリスがお世辞を言ってると思っていたので、とりあえず同意して話を終わらせる事にした。
「晩ごはんの買い物もしたんだよね?」
「ええ、今夜は焼肉よ」
健太の問いにエリスが答えた。
「焼肉か、いいね」
健太は昼ごはんが軽い物だったので、晩ごはんはがっつり食べたい。焼肉というのは理想的だった。
家に帰ったのは17時過ぎで、晩ごはんにはまだ少し早いので、テレビを視たりして時間を潰し、19時頃になってからエリスが晩ごはんの支度を始めた。
やがて晩ごはんは出来上がり、三人で晩ごはんを食べた。焼肉はとても美味しく、満腹になるまでがっつりと食べた。
晩ごはんの後は再びテレビを視て過ごし、22時過ぎに三人交代でシャワーを浴びる事になった。
昨日は瑞季が最初だったのだが、瑞季がスマホをいじっていて、健太に先にシャワーを浴びるように言うので、健太はバスルームに向かった。健太は10分くらいシャワーを浴びてバスルームを出た。着替えはバスルームを出た所に置いてある。普段は裸のまま居間に戻って服を着るが、今日は姉がいるので台所で服を着る事になるが、ボクサーパンツを履いたところでいきなり声をかけられた。
「ねぇ、健太」
振り向くと、瑞季が居間から台所に入って来た。台所に入って来たのは良いのだが、その姿が……
「どうかしら」
モデルのようにポーズを決める瑞季は黒のビキニ姿だった。
「これ、今日買ったんだけど、似合うかしら。ちゃんと見てよ」
健太は瑞季に言われてその姿を見つめた。
(姉さんって、こんなにスタイル良かったのか……)
健太は瑞季を見て息を呑んだ。
瑞季は30は過ぎているが、顔はキリッとした美人であるのは健太もわかっていたが、健太が思っていたよりは胸も大きく、ウエストのくびれもなかなかのものである。健太好みではないがお尻は小さく引き締まっており、無駄な肉はほとんど見られない。もっとも、エリスと比べれば大した事はないのだが、30過ぎの女とすれば充分すぎるくらいセクシーである。
「どう、セクシーでしょ?」
瑞季は不適な笑みを浮かべて話し掛けた。
「そうでもないだろ」
健太は認めてしまえば負けだと思い、絶対にセクシーだとは認めないつもりだった。
「口ではそう言ってるけど、体は正直ね。フフフ……」
瑞季は健太の下半身を指差した。
「あっ!」
健太は瑞季に言われて初めて気付いた。健太の履いたボクサーパンツの股間のあたりは大きくふくらんでいたのである。
「ね、瑞季さん、言った通りでしょ」
居間からこれまた白いビキニに着替えたエリスが現れた。
「エリスまで着替えてたのか」
健太は呆れて言った。
「やったわ、弟を欲情させるなら、まだまだ私もいけそうね」
「瑞季さん、凄くセクシーですから、まだまだ男性の視線を釘付けに出来ますよ」
「ウフフ、ありがとう」
瑞季は楽しそうにエリスとハイタッチをしている。
「わかったから、服を着させてくれ」
健太は羞恥心のあまり、早く服を着たかった。
「はいはい、エリスちゃん戻ろっか。健太君はふくらんだ股間を早く隠したいみたいだから」
「ええ、戻りましょうか」
二人は上機嫌で居間へ戻った。
「クソーッ! これは一生の不覚だ」
瑞季が健太をからかうネタを与えてしまった事を後悔した。
しかし、先ほど、ゆっくりは見られなかったが、少しだけ見る事が出来たエリスの水着姿を健太は思い出していた。
(エリスに白いビキニとか反則だろ)
瑞季とは比べ物にならないくらいボリュームのある胸と、肉付きの良いお尻を包む白いビキニは反則レベルのセクシーな雰囲気を漂わせていた。
「さっきは一本取られ…うわっ!?」
健太はパジャマに着替えて居間に入ろうとしたところ、居間の中から何かを投げつけられた。
「まだ服を着る途中なんだから、入って来るな!」
どうやら、エリスと瑞季が水着から着替える途中らしく、知らずに入ろうとした健太に、瑞季がそばにあった自分の服を投げつけたのである。
「わかったわかった。台所で待ってるよ」
健太は慌てて台所に戻りドアを閉めた。しばらくして、二人は着替えたようで、スウェット姿の瑞季がドアを開けて健太を招き入れた。
「いやぁ〜まさか、健太が私の水着姿で勃つとは思わなかったわ」
瑞季は上機嫌である。しかし、健太とすれば人生最大級の失敗といえる。
「でも、エリスちゃんには勝てないわよ。ロリ顔巨乳のブロンド美少女とか、日本人男性の好みそのままだもの」
女の瑞季から見てもエリスは可愛い。そして、エリス自身もそれは自覚していた。
「視線を釘付けにするのも気分が良いものですよ」
瑞季に誉められエリスもご機嫌である。
「でも、一緒に居るのがこいつじゃ、エリスちゃんの株が下がるわよ。もっと、いい男になるように努力しなさい」
瑞季が健太をからかった。
「健太がいい男になって、女性にモテるようになると私が困りますわ」
上機嫌のエリスが瑞季の言葉に冗談を言った。
「確かにそうだ。アハハハハ」
瑞季が大笑いするのを見てエリスもクスクスと笑っている。
「はいはい、お二人さん、さっさとシャワーに行って下さいよ」
女二人におもちゃにされた健太は、このままだと何を言われるかわからないので、早くシャワーに行かせようと促した。
「はいはい、じゃあね」
瑞季が居間を出てバスルームに向かった。
「瑞季さんって、弟想いよね」
エリスが健太に言った。
「どこが?」
健太とすればお節介で厄介者の姉である。
「わからないの? 瑞季さんがわざわざ泊まりに来たのは私達の事が気になってるからよ。その気になれば泊まれるホテルくらいどうにでもなるでしょ? 福山のホテルが満室でも、近くの町に空いてるホテルの一軒くらいはあるはずよ」
「そういう所がお節介って言うんだよ」
健太からすれば、子供の頃から自分のする事にいちいち口出しして来て、うっとうしい事この上ない姉である。
「健太と瑞季さんのご両親はもう亡くなられてるのよね? 瑞季さんにとって、今は健太がたった一人の家族ですもの、気になるのは当然よ」
「そうかなぁ」
「そうなのよ」
エリスは健太も何だかんだ言っても、瑞季とは仲が良い姉弟だと思っている。
「それに、私でも健太みたいな弟がいたら、心配でほっとけないわよ」
エリスが苦笑いしながら言った。
「どうして?」
「健太って自分の生活に無頓着だもの。ほっといたら、食事だってまともな物を食べないでしょ」
「趣味以外にお金を使いたくないから」
「そんな事言ってるから瑞季さんに心配されるのよ」
エリスは肩をすくめながら言った。
「何かエリスが姉さんに感化されてしまってるみたいだな」
健太が勘弁してくれという様子で言った。
「感化されなくても、健太はだらしないから心配よ」
「まぁ、エリスが来てから生活水準が上がった事は間違いないな」
健太が納得したようにうなずきながら言った。
「そう言ってもらえて嬉しいわ」
エリスが目の前に座る健太に飛び付いてキスをした。健太は後ろに体を倒したので、エリスが健太に覆い被さるような格好になった。
その体勢のまま、エリスは健太に何度も何度もキスをした。健太はエリスの背中に手を回しエリスを離さないようにした。
「あの……いつになったら私がそちらに行ってもよろしいのでしょうか?」
いきなりの言葉に健太とエリスは飛び起きた。瑞季がドアの所に立っており、こちらを見ながら呆れたように苦笑いしていた。
「あっ、私シャワーに行って来ます」
エリスがそそくさと自分の着替えを持って台所に出て行った。
「あらあら、慌てて行っちゃったわね」
瑞季がエリスが入って行ったバスルームの方を見ながら言った。
「でも、あの子ホントにいい子だわ。あんたは浮気なんかするような根性はないから、その点だけは安心ね」
瑞季が楽しそうに健太をからかう。
「根性があっても浮気はしないぞ」
健太がムッとした表情になった。
「はいはい、わかりました。あぁ、そういえば」
瑞季が何やら思い出したようである。
「11月にお母さんの三回忌があるから、お寺さんに空いてる日を聞いてお願いしといてよ。出来ればお盆前に決めて親戚に電話か手紙で連絡しとかないといけないわ」
瑞季が来た理由の一つが法事がある事を伝えるためだった。
「そんな大事な話、早く言えよな」
健太は呆れていたが、瑞季は苦笑いしながら頭を掻いた。
「ラブラブなお二人さんを見てると、つい忘れちゃって」
「そうか、母さんが亡くなってもう二年か……」
「大事な事なんだから、ちゃんとお寺さんに行って決めなきゃダメよ」
瑞季が強く言った。
「わかったよ」
健太はうなずいた。
「あと、エリスちゃんも出席するんだから、服をどうするか考えなきゃ。まぁ、貸衣装でいいと思うけどね」
「エリスは出席しなくていいだろ」
「何バカな事言ってんの。親戚一同にエリスちゃんを自慢するチャンスよ」
瑞季が意地悪そうにニヤニヤしながら言った。
「いや……それは」
健太はエリスとの関係を親戚にわざわざ知らせるつもりはなかったので、戸惑っている。
「いい? エリスちゃんも出席してもらうのよ、絶対に。わかった?」
瑞季が有無を言わせぬ顔で言った。
「わかったよ」
瑞季が強く言う時は健太が反論しても絶対に譲らないのである。
「よしよし」
瑞季が満足したように言った。
「さて、エリスちゃんが出て来る前に寝床を作っちゃいましょ」
瑞季が立ち上がり座卓を畳もうとしているのを見て、健太も座布団を部屋の隅に重ねた。それから、二人で協力してベッドを設置して、更にその横に布団を敷いた。
やがて、エリスがバスルームから出て来た。
「あぁ、熱いシャワーの後のクーラーは気持ちいいわ。あ、布団を敷いてくれたんですね。ありがとうございます。私がやらなきゃならないのに、申し訳ないわ」
エリスは瑞季に礼を言った。
「エリスちゃん、わざわざ私にコンプレックスを植え付けようとしてるのかしら」
エリスはシースルーのブラとショーツだけの姿である。下着姿とはいえ、シースルーなので見え方は裸と変わりない。その姿を見て瑞季が冗談を言ったのである。もっとも、エリスは夏場は部屋では下着姿なので、健太は見慣れているので、驚きはしない。それでも、毎度見とれてはいるのだが……
「そんな事ないですよ。暑いからクーラーに当たって涼みたいんです」
エリスは瑞季の冗談を真面目に受け取りマジレスしたので、瑞季は苦笑いしてしまった。
「あぁ、健太が羨ましいわ。だって、私が白人の18歳の美少年を部屋に住まわせてるようなものよ。白人のイケメンの少年を触り放題なんて、想像しただけで濡れてきちゃいそう」
瑞季が身悶えしながら言った。
「言い方がオバサンになってるぞ。触り放題とかキモい言い方するな」
「だって、それがいいんじゃない」
瑞季はニヤニヤしながら言った。
「あら、瑞季さんにもチャンスありますわよ。年下にモテそうな雰囲気があります」
エリスが言うが、健太は首を振った。
「そんな事はない。年下だと怖がりそうだ」
健太は瑞季はキリッとしすぎていて、年下から見れば怖く見えると思っていた。
「あんたは黙ってなさい」
瑞季が一喝した。
「こういうところが怖いんだよ」
健太が大袈裟に肩を竦めて見せた。
「はいはい、わかったからさっさと寝ましょう。健太、明日は何時に出勤?」
瑞季が健太に尋ねた。
「9時10分から勤務だから、8時半過ぎには家を出るよ。姉さんは何時に帰るんだい?」
「あんたが出勤する時に、ちょっと遠回りして駅まで乗せてってほしいんだけど。新大阪までだから、指定席取らなくてもいいと思うから、適当なのに乗って帰るわ」
「じゃあ、8時半より少し前に出よう」
「わかったわ」
それから、三人は前日と同じく、健太とエリスは布団に、瑞季はベッドで眠った。
翌朝、8時15分に健太は瑞季を連れて家を出た。
「エリスちゃん、またね」
別れ際、瑞季がエリスに手を振りながら言った。
「いつでもお越し下さい」
エリスも手を振り返した。
「さて、行こうか」
健太はクルマを発車させた。アパートから福山駅までは10分もかからない。すぐに福山駅の北口に着いた。
「じゃあ、また」
クルマを降りる時、瑞季が健太に言った。
「あぁ」
「法事の件、忘れないでね」
「忘れないよ」
「じゃあ」
瑞季はドアを閉めて駅の入口に向かって歩きだした。真っ白なブラウスに紺色のタイトスカートという、いかにもOLという服装だが、それが瑞季にはとても似合っていた。瑞季の後ろ姿を見ながら、タイトスカートに浮き出すお尻の丸みがとてもセクシーで、姉でなければお尻を撫でてみたいと思った。
(いかんいかん、何考えてんだ、俺)
健太は慌ててクルマを発進させて会社に向かった。
真夏の太陽がまだ早い時刻にもかかわらずジリジリと照りつけている。今日も暑くなりそうだなと健太は思った。
次回はエリスが初めて地上界の海に行く話です。
お楽しみに




