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讃岐うどんと徳島ラーメン〜青春18きっぷで四国の旅・後編〜

ご覧いただきありがとうございます。

四国の旅後編です。

青春18きっぷを使い高松駅にやって来た健太とエリスは、徳島へ向かう前に讃岐うどんを食べるために駅を出た。


二人は腕を組み駅前の大通りを歩いて行く。数分あるいて、細い路地を入ったところにあるうどん屋に入った。


時間は10時すぎ、まだ客は誰もいなかった。


健太とエリスは店の奥の方のテーブルに向かい合わせに座りメニューを広げた。


「何を食べる?」


健太がエリスに尋ねた。


「うーん……」


エリスは何を食べるか決めかねているようである。


「温かいのと冷たいのどちらがいい?」


どうやら、エリスがメニューに載っているうどんの種類を理解してないようなので、健太は誘導してあげる事にした。


「温かい方がいいわ」


「めんつゆとお出汁、スープはどちらがいい?」


「温かいのをめんつゆに浸けるのはあまり好きじゃないわ」


「具は何がいい?」


「具はそんなに要らないわ。うどんが食べられたらそれでいいから」


「わかったよ。それなら、シンプルにかけうどんにすればいいよ」


ようやく、エリスの注文が決まった。


「すみませーん」


健太が店員を呼んだ。


「肉うどんとかけうどんをお願いします」


健太はうどんを食べる時はたいてい肉うどんを食べるのである。


「エリスはうどんは食べた事あったかな?」


うどんが出来上がるのを待ちながら健太がエリスに尋ねた。よく考えたら健太はエリスをうどん屋に連れて行った事がない。


「福山駅にある食堂でうどんを食べた事はあるわよ」


「その時は何を食べたの?」


「今、注文したのと同じかけうどんってのを食べたわ。一番安かったから」


エリスが答えた。


「うどんには玉子が入ってるのもあるから、気をつけないといけないよ」


「えっ、そうなの?」


エリスは玉子が苦手で食べられないのである。


「月見うどんというのがあって、これはかけうどんに玉子を入れたものなんだ。他にも色々あるから、よくわからない時はちゃんと聞いてから注文した方がいいよ」


「わかったわ。気をつけるわ」


エリスは玉子は避けたいので、素直にうなずいた。


「お待たせしました」


店員がうどんを持って二人の所にやって来た。


「いただきます」


早速、エリスがうどんをすする。


「福山で食べたうどんとは歯ごたえが全然違うわ。スープも美味しい」


エリスは本場のうどんに満足したようだ。一方の健太は猫舌なので、急いで食べる事は出来ない。


「ちゃんと小麦の味がするね」


健太も納得する味である。


「こういうのは家では作れないわね」


「このうどんは麺をこの店でさっき作ったばかりだからね。スーパーに売ってるうどんは工場で何日か前に作られたものだから、作りたてのように美味しくはならないな」


二人はうどんを堪能して店を出た。来た時と同じ道を高松駅に向けて歩いた。


「徳島まで行って、その後はどうするの?」


エリスが尋ねた。


「遠回りになるけど、徳島線というのに乗って、四国の真ん中あたりにある阿波池田という所に行くよ」


健太が答えた。


「来たルートを戻るんじゃないのね」


「だって、来る時に通ったルートの景色は一度見てるからね。別ルートがあるなら、遠回りでもそっちを通るのが普通だと思うよ」


この健太の言葉に対し、エリスは帰るだけなら一番早く帰れるルートを選ぶのが普通だと思ったが、その事は言わなかった。エリスとしても、色んな景色を見られる事に不満はないし、何より健太はエリスのスポンサーだからである。


健太とエリスが高松駅に戻ったのは11時前、これから乗る特急うずしお9号は11時07分発であるが、指定席を予約してあるので慌てる必要はない。二人は車内で飲むお茶を買ったり、トイレに行ったりしてから改札口から中に入りホームに向かった。


すでに2000系と185系併結の2両編成の列車が入線していた。この列車の1号車の前半分が指定席となっている。


二人は列車に乗り込んで予約しておいた座席に座った。指定席部分には二人の他には老夫婦が一組と若い男性が一人しか座っていなかった。自由席部分は半分くらいの席が埋まっており、まずまずの乗車率だった。


健太とエリスが乗車するとすぐに列車は発車した。


「気動車は発車する時のエンジンが吹き上がる音がいいんだよなぁ」


モーターで動く電車とは違い、気動車はバスと同じディーゼルエンジンで動くので、発車の際にはエンジンの回転数が上がり、ガラガラと高い音が出る。


一般人は列車の事を全て電車と呼ぶ人がいるが、健太が今乗っている車両のようにディーゼルエンジンで動かしている列車は気動車と呼ばなければならない。


したがって、気動車を電車と呼ぶ人がいると、健太を含む鉄ヲタと呼ばれる人種はイラッとするのである。電車と気動車の区別のつかない人は、鉄道車両については列車と呼んでおくのが良いだろう。


「エリスもこのエンジン音、いいと思うだろ?」


健太がご機嫌な様子でエリスに言った。


「そうね。エンジン音が高まって、列車がスーッと動き出すのがいいわよね」


「そうだよ。エリス、ちゃんとわかってるねぇ」


健太は嬉しそうにうなずいているが、エリスは健太に話を合わせただけで鉄道には興味がない。エリスは天使になるための試験で全国の駅を巡っているだけで、鉄道が好きだから旅行をしているわけではない。


鉄ヲタに限らず、ヲタクと呼ばれる人種は話が合う人間はみんな自分と同じ価値観を持つと勘違いする傾向がある。健太もエリスが駅を巡る旅をしているので、当然鉄道が好きになってるだろうと思っているが、それは健太の思い上がりである。


もっとも、エリスは利口なので、健太に話を合わせて鉄道に興味があるフリをしているが、車窓から見る景色は好きなものの、鉄道の車両や運用や設備についてはあまり興味がないのが本音なのである。


列車は高松駅を出るとすぐに左に曲がる。高架上を走りながら高松駅の市街地を通り抜ける。


高架上なので、見張らしが良く高松市の街並みがよく見える。県庁所在地とはいえ、街の規模はさほどでもなく、特に人口が密集しているようには見えない、ごく平凡な街並みである。


やがて、健太とエリスが座ったのとは反対側の車窓に森が広がってくる。これが有名な栗林公園である。特急列車は通過するが、栗林公園北口という駅がある。しかし、栗林公園に行く観光客でこの駅を利用する人は少ない。JR四国も観光客に利用させる気がないのか、この栗林公園北口駅は何もない無人駅である。


その栗林公園北口駅の次の駅がうずしお9号最初の停車駅である栗林駅となる。


栗林では乗り降りする客はおらず、列車は栗林を出発した。


やがて、高架線だった線路が地上に降りる。ごく普通の住宅地を見ながら列車は走り次の停車駅の屋島に到着した。


屋島も有名な観光地であるが、実際には観光地の屋島からは離れており、栗林公園同様に観光客が利用するには向いていない。やはり、この屋島でも乗り降りする客はいなかった。


「特急なのに、すぐ駅に停まるのね。乗ったり降りたりする人もいないのに」


屋島に停車中にエリスが健太に尋ねた。


「ここは単線だからね。反対側から来る列車と行き違いをするために停まるんだよ」


健太が答えた。


「ふうん、そうなの」


エリスが理解しているのかしていないかわからないような返事をした。


健太は単線区間の閉塞方式など、話したい事はたくさんあるのだが、エリスが興味があるとは思えないので話したいのを我慢するしかなかった。エリスが「単線区間って、どうやって列車同士が鉢合わせにならないようにしてるの?」と質問してくれたらいいのだが、そんな事はおそらく永遠にないだろう。


屋島を出発すると、列車は高松市の町外れを走る。住宅地には変わりないが、家と家との間隔に余裕があり、車窓から見える住宅もそれぞれに庭と車庫がある造りになっており、このあたりの地価が栗林駅あたりよりはかなり安い事がわかる。


また、このあたりから、電化された線路が付かず離れずといった感じで、並行して走っているのが見えるようになる。これは琴電の志度線であり、うずしお9号が屋島の次に停まる志度までずっと並行している。この琴電はJRよりは駅の数が多いので、庶民としてはJRよりは利用しやすいように見える。


志度駅はさぬき市の中心部にあるが、さぬき市そのものが大きな街ではないためか、駅近くも特に目立つ建物はない。ちなみに、駅からは見えないが、すぐ近くに平賀源内記念館という博物館があるらしい。


志度駅を出発すると列車は住宅地から田園地帯へと進み、山と山との間を通り抜けると新しく造成された住宅地と、目まぐるしく車窓の風景が変わる。


そのうちに、列車は田んぼの中に住宅地がちらほら見えるという、日本中どこでも見られる田園風景の中を走るようになる。都市部のように様々な建造物が見られるわけでもなく、山岳地帯のように地形が変化に富んでいるわけでもない、所謂、退屈な風景である。


そんな田園地帯を走り続けるうちに、時折であるが住宅が密集している地域もあり、そこには確実に駅があった。その、密集した住宅の中に店舗も見られ街らしい風景になると、次の停車駅である三本松駅に着く。


三本松では数人の乗降があり、健太の乗っている車両にも男の幼児を連れた夫婦が乗って来て、彼らは自由席部分に座った。


健太とエリスが座る席より少し後ろなので、二人から彼らの姿は見えないが、会話する声は聞こえて来る。


「子供っていいわねぇ……私も子供欲しいわぁ」


エリスが受けとり方次第ではかなり過激にも思えるような独り言を言った。


「でも、エリスはその前に地上界の歴史の裏側で奔走する天使にならなきゃな」


健太は空気も読まず現実的な事を言う。


「それはそうだけど……」


エリスが頬をふくらませながらブスッとした表情で言った。エリスからすれば、デリカシーの無い健太が「いつか、俺との子供を産んでくれよな」などと言ってくれるとは期待していないが、まさか「子供を作る前に仕事があるだろ」みたいな事を言われるとは思わなかった。これではロマンチックな雰囲気にもならず、エリスは不満顔になるしかなかったのである。


エリスは「私も(健太との)子供が欲しいわぁ」とそれとなく言ったつもりだが、エリスは遠回しに物事を言う傾向がある上に、健太は鈍感なのだからうまく意思が伝わるはずもない。


そうこうするうちに、列車は早くも次の停車駅である引田に到着していた。ここで、数人の乗客を降ろしてすぐに発車した。


引田を出発してしばらくすると、列車は突然山の中へと入って行く、山の木々の隙間から遠くに海が一瞬見えるのだが、いつの間にか海面高い位置を走っている。この山の中をしばらく走ると山と山との間の谷間を走るようになる。ここはもう徳島県だ。


谷間から平地に出て、香川県側でずっと見ていた田園風景が再び広がって来るが、やがて住宅地に入り板野駅に停車する。


板野から先もやはり田園風景であるが、住宅地もそれなりに広がっている。そして、すぐに池谷駅に停車した。


池谷駅は鳴門へ向かう鳴門線との乗り換え駅であるが、乗降客はいないようで、ドアを開け閉めしただけで列車は池谷駅をあとにした。


池谷から先は田園地帯から住宅地へと景色は変化して、しばらくすると大きな吉野川を渡るとそこは徳島市の市街地である。


特急うずしお9号は市街地をしばらく走り12時13分に徳島駅に到着した。


改札口を出たエリスはいつものように入場券を買いに行った。なかなか増えなかった入場券もだんだん数が増えて11枚目である。


エリスが戻って来ると、健太は駅に併設された商業施設のビルに向かった。


エレベーターで一番上の階に上がると、飲食店が何軒も並んでいるフロアだった。健太はその中から一軒のラーメン屋に真っ直ぐに向かった。


「徳島に来たら、必ずここで徳島ラーメンを食べるんだよ」


健太は胸を張って言ったのだが、初めて徳島に来た時にたまたまその店に入り、それ以来、徳島に来た時はこの店でラーメンを食べるようにしているだけである。


二人はまず店の入口にある券売機で食券を購入した。二人共、高松でうどんを食べたばかりなので、普通の徳島ラーメンだけを食べる事にした。ただし、健太はもやしを追加する。


店内は混雑していたが、カウンターに二つ並んで空いていた席があり、そこに座る事にした。


注文してすぐに運ばれて来たラーメンは醤油ベースの濃厚なスープが特徴でコクがある。また、チャーシューの代わりにバラ肉が入っている。


このコクがあるスープともやしが合うので、健太は必ずもやしを追加しているのである。


「箸を使うのが上手くなったね」


健太がエリスを見ながら言った。


「普段でも、箸で食べられる物は箸を使うようにしてるのよ」


エリスが得意気に言った。


「濃い味付けだから、健太がもやしを入れる気持ちがわかるわ」


「だろ? このスープだともやしが美味しく食べられるんだ」


わずか一杯のラーメンだが、二人は充分に堪能して店を出た。


それから、健太とエリスは駅に戻った。


「次に乗る列車は何時なの?」


「13時17分発だから、まだ30分近くあるから、慌てる必要はないよ」


「ホームに行って待つ?」


「その前に飲み物を買ったりしよう。トイレも行っとかないと」


「そうだったわ。ちょっと、お手洗い行って来るわ」


エリスが健太のそばから離れて行った。健太も最近になってようやくこのような配慮が出来るようになってきた。


エリスが戻るのを待って、二人で自動販売機の所に行き、それぞれ飲み物を買い、今度は青春18きっぷを使って改札口からホームに向かった。


ホームにはまだ列車は来ておらず、列車を待つ数人の列があり、健太とエリスもその後ろに並んだ。


2両編成の列車が数分後に入線して来た。健太とエリスは並んでいた客と共に列車に乗り込み、二人並んで席に付いた。


健太とエリスが乗り込んだ後に続々と客が乗って来たので、車内の座席は大半が埋まっていた。なお、この車両は右側がクロスシートなら左側がロングシートという風に、クロスシートとロングシートが左右に配置されるという珍しい車両である。


つまり、健太とエリスが進行方向に向かって並んで座っているのをロングシートに座った乗客から真横から見られる事になる。健太とエリスが座った向かい側には既に夏休み期間に入っていたのだが、補習か部活で登校していたのだろうか女子高生が二人並んで座っている。また、健太の横のロングシートには買い物帰りらしく、おおきなレジ袋をもったおばあさんが座っていた。


数分後、列車は徳島駅を出発した。出発すると先ほど通って来た高徳線を佐古までひと駅戻り、佐古駅を出てから徳島線の線路に入った。


しばらくは徳島市の郊外の住宅地を走るのだが、所々に田んぼが見える事から、元々は一面の田んぼだったのだろうと想像がつく。


いくつかの駅に停車しついくうちに、府中という駅に着いた。


「いつも俺らが乗ってる福塩線にも同じ名前の駅があるよね?」


列車が府中駅に着くと健太がエリスに言った。


「福山から備後本庄に帰る時乗るのが府中行きよね? 福塩線のは『ふちゅう』だけど、いまは違う呼び方だったわ」


エリスは車内放送を聞き流していたので、はっきりとは覚えていなかったが、少なくとも「ふちゅう」とは言ってなかったはずだ。


「そうなんだ。ここは『こう』って言うんだよ」


「府中って、そんな呼び方もあるの?」


「そんな読み方の字じゃないけど、当て字なんだろうね」


健太も漢字にはそんなに詳しくないが、府を「こ」中を「う」と読むのはあまり聞いた事がない。


この府中を過ぎたあたりから、住宅地と田んぼの割合が半々くらいだったのが田んぼの割合が高くなってくる。


このあたりは徳島市の中心部からも離れているし、このあたりに大きな工業団地があるわけでもない、それでいてそれなりに住宅地があるのが健太には不思議だった。このあたりに住む人はいったいどこに働きに行ってるのだろうか?


駅に着くたびに乗客が少しずつ降りて行く。逆に乗り込んで来る乗客は少ないので、車内は徐々に空いて来た。健太とエリスの向かい側に座った女子高生も下浦と鴨島で降りたのだが、そこに座って来る客はいなかった。


田んぼが多い風景が続いたが、鴨島駅の周辺は一面の住宅地であり、商店も数多く見えた。


駅周辺は住宅地が多くなり、それ以外は田んぼが目立つという風景がここからしばらく続くようになる。青々とした稲が生えた田んぼはそれだけでも美しいのだが、こうも延々と見せられると飽きてくる。


健太とエリスは単調な風景に退屈していた。


「9月に連休は取れそうなの?」


車窓の景色に飽きていたエリスが健太に話しかけた。これは、健太が9月に沖縄旅行を計画しているからである。


「9月は三連休が取れるし、10月は有休も含めて五連休を取れそうだよ」


健太が答えた。10月には五連休で北海道と東北旅行を健太は考えていた。


「沖縄に北海道、遠くに行くのは楽しみだわ」


エリスが嬉しそうに言った。やはり、何日もかけて旅行するのは楽しい。


「沖縄は9月でも泳げるわよね?」


「泳げるよ」


「水着を買わなきゃ」


「エリスは泳げるのかい?」


健太はエリスが泳げるか質問したが、頭の中はエリスの水着姿を想像していた。


「泳ぐの大好きなの。生まれ育った所が湖のほとりで、家から10分歩くとビーチがあったから、いつも泳ぎに行ってたわ」


「水着持ってる?」


「ネットで買うわ。地上界は可愛いのがたくさんあるわね」


エリスの言葉に健太はエリスがどんな水着を選択するのか想像していたが、天上界の人間が言う可愛いがどんなものかはわからない。


「沖縄行く前に、福山でも泳ぎに行きましょうよ」


「まぁ、いいけど……」


健太が歯切れの悪い返事をした事にエリスが気付いた。


「健太は泳げるの?」


エリスはひょっとしたら健太が泳げないのではないかと考えた。


「泳げるよ」


「それなら問題ないじゃない? なぜ歯切れが悪いの?」


「いや、エリスが福山あたりの砂浜にいると目立ちそうで……」


「別にいいじゃない。目立って他人に見られても。見られて困るわけじゃないし」


エリスは自分が可愛くて目立つのだから全く気にもしていないようだ。


「見られるだけじゃなく、変な男が寄って来るかも」


健太はエリスがナンパの標的になるのを気にした。


「そんなの、無視すればいいのよ」


エリスはいざとなったら、腕力で撃退出来るので何も問題なかった。天上界の人間は地上界の人間よりはるかに強い。エリスは地上に派遣されるにあたり、自分を守るために格闘技を身につけているから、地上界の男など数人同時に相手をしても負けるはずがないのである。


「エリスは見られても良いかもしれないけど、一緒に居る俺まで見られるのは恥ずかしいな」


健太はエリスには不釣り合いな男だと自覚しているので、あまり見られると恥ずかしいのである。


「いいじゃない、他の男を嫉妬させれば、フフフ」


エリスはそんな事を気にする健太が可愛く思えた。


「やれやれ」


健太が肩をすくめた。


(このエリスの体、俺以外の男に見せてもらいたくないんだよ)


健太の気持ちは大からなエリスには届かないようである。


「あっ、いつの間にか、ずいぶん走ってたんだ。吉野川が見えてるよ」


健太が車窓に気付いた。お喋りに熱中しているうちに、列車はかなり進んだようで、車窓には吉野川の流れが広がっている。そして、すぐに列車は貞光駅に到着した。


「この線区の景色の一番良いのは吉野川に沿って走る所なんだよ」


健太がエリスに景色について説明した。


健太の言葉を受けてエリスも車窓に注目した。


「ねぇ、気付いたんだけど、線路が通っている川のこちら側より、川の向こう側の方が土地も広いし、人もたくさん住んでるように見えるけど、なぜ、線路を川の向こう側に通さなかったのかしら?」


エリスが健太に尋ねた。


「いい所に気付いたね。なぜ線路を川の向こう側に通さなかったのかは俺も詳しくは知らないけど、考えられる理由は三つあるね」


「ぜひ、聞きたいわね」


健太の言葉にエリスが興味を示した。


「まず第一仮説、の可能性は低いけど、線路を敷いた当時は川の向こう側より、こちら側の方が人が多く住んでいた。人は川の向こう側に住み、川の向こう側は田んぼばっかりだったという説」


「つまり、居住地と農地を分離していたのね。天上界もそんな感じだから、イメージは沸くけど、わざわざこんな大きな川を挟むのは効率的じゃないわ。それだと橋がたくさん必要でしょ?」


エリスは第一の仮説は違うと考えているようだ。


「さすがエリスは天上界のエリートだなぁ。よくこの仮説の弱点に気付いた。この徳島線が開通したのは詳しくは知らないけど、かなり昔だと思う。その時代は橋を造る技術も現代には遠く及ばないから、技術的にも費用的にも橋をたくさん架けたくなかったはず。そこで、第二の仮説がクローズアップされてくる」


健太が得意気に説明する。こういう時こそ、鉄ヲタの晴れ舞台だからである。


「第二の仮説は、まさにさっきエリスが言った通り、橋を架けたくなかったからという説。この徳島線は徳島駅から四国の中央にある阿波池田駅を繋げる路線なんだよ。そして、徳島駅も阿波池田駅も吉野川の南側にある。そして、徳島線は一度も吉野川を渡らない」


「ちょっとくらい、川の向こう側に行ってもいいのに、一度も渡らないのは橋を架けたくなかったのね?」


「そうなんだ、費用的な理由もあるし、技術的な理由もあると思うし、なるべく回り道しないで最短距離を通りたいというのもあるはずだよ。更に、吉野川は四国で最大の川だから、洪水でも起きたら規模はかなり大きくなる。橋が洪水で壊されるリスクを避けるという意味もあっただろうね」


健太はこの説が最有力だと考えている。


「第三の仮説は?」


エリスは第三の仮説も聞きたがった。


「第三の仮説は、川の向こう側の住民が鉄道を拒否したという説」


「鉄道が来れば便利になるのに、拒否するっておかしいわよ」


エリスは第三の仮説はおかしいと思った。


「昔の鉄道は蒸気機関車が必ず先頭に付いていて、客車や貨車を引っ張っていたよね?」


「それは何?」


エリスは蒸気機関車を知らなかった。


「天上界の鉄道って昔は蒸気機関車じゃなかったの?」


「天上界では、昔から鉄道は電気で走ると決まってたわよ」


それはそうである。今の地上界の人類が文明を築く前に、地上界から異次元空間に浮かぶ大陸に移住した人達である。元から高度な技術を持っていたはずだ。


「蒸気機関車ってのは、機関車の内部で石炭を燃やしてお湯を沸かすんだ。そのお湯から発生する蒸気で機関車を動かすのが蒸気機関車だよ」


「その蒸気機関車がなぜ住民に拒否されなければならないの? 当時の画期的な技術なんでしょ?」


エリスは蒸気機関車そのものを知らないので、拒否される理由がわからないのである。


「いや、蒸気機関車ってのは、石炭を燃やしながら走ってるわけだから、煙を撒き散らすんだよ。だから、近くを走られると煙たくて困るとかいう人も多くいたんだよ。あと、煙突から火の粉が出て火事になるという誤った噂が広まったりもしてたからね」


健太が蒸気機関車が嫌われていた理由をエリスに説明した。


「そういう事なのね」


エリスは納得した。


「実際に鉄道が嫌われて、街の中心を離れて通された例はいくらでもあるよ」


「例えば?」


「福山の近くだと、広島がそれに該当するね。最初に通された鉄道は山陽本線なんだけど、当時は山陽鉄道って呼ばれてたけどね。広島市の中心部とはかけ離れた、街の北の隅の方に線路が敷かれたんだよ」


「そうだったのね。だから、人手の多い場所が駅から路面電車で少し行った場所にあったのね」


エリスが過去に訪れた広島市を思い出しながら言った。エリスは健太に説明されると、第三の仮説もありえない事ではないと考えるようになっていた。


「私は第二の仮説である、橋を架けるのを嫌ったというのが一番の要因で、そこに第一、第三の仮説の要素も加わって線路が吉野川の北側に延びなかったと考えるわ」


エリスが自説を展開した。


「それが正解かもね。エリスは頭が良いから話してて楽しいよ」


健太は鉄道に関してエリスと議論出来て満足したようである。


議論している間に列車は終点の阿波池田駅に近付いていた。


まもなく終点との車内放送に車内の乗客は降りる支度を始めた。さすがにこのあたりまで来ると乗客は少なく、車内は半分以上の席が空いていた。


やがて、列車は終点の阿波池田駅に到着した。景色が短調で、健太は退屈疲れするかと思ったが、いろいろお喋りをしていて退屈しなかったので満足して列車を降りた。


エリスはすぐに乗り換えのホームに向かうのかと思ったのだが、健太はエリスを連れて改札口から出てしまった。


「すぐに次の列車に乗るんじゃないの?」


エリスは阿波池田で食事とか観光をするとは聞いていない。それなら、次の列車のホームで待っていれば良いのではと考えた。


「すぐに乗る列車は来るけど、ここから少しワープするんだよ」


健太は券売機に向かって歩きながら言った。


「つまり、特急列車に乗るという事ね」


エリスはワープの意味を理解していた。


「普通列車だと、ここでかなり待つ事になるからね。特急で少し先の琴平に行けば、そこから普通列車にすぐ乗り継げるから、早く帰れるんだよ」


健太が二人分の乗車券と自由席特急券を買いながら言った。


「乗り継ぎ時間は8分だから、もうすぐ来るよ。改札口から入ろう」


健太はエリスの手を引いて改札口からホームへ向かった。改札口の目の前のホームに到着すると表示されていたので、そのホームの自由席の案内がある場所に並んだ。二人と同じワープを考えているらしい鉄ヲタらしい人も含め、列にはすでに数人が並んでいた。


数分後、特急南風18号が到着した。よく見れば、反対側のホームにも下りの特急列車が到着して来ていた。


二人が南風18号に乗り込んでみると、平日という事もあり、乗車率は6割から7割という感じで、座れない事はないが、窓側に座ったり二人で並んで座る事は出来ない。しかたなく、二人はバラバラに着席する事にした。


まずはエリスが一番手近な空席に腰を下ろした。二つ並びの通路側で、窓側には老人の男性が座っていた。健太が網棚を見ると、大きなスーツケースが乗せてある。健太は遠方への旅行だろうかと考えた。土産物が見えない事から、高知方面への旅行ではなく、高知方面から出発したと考えられる。


次いで、健太がエリスから一番近い空席に座った。エリスより二つ前の席である。やはりこちらも通路側しか空いてなく、窓側には健太とあまり年齢が変わらない感じの青年が座って居眠りをしていた。


健太とエリスは次の琴平までの乗車で、30分もかからない。しかし、このわずかな区間の景色はなかなか迫力があるのである。


列車は先ほど徳島から来た時に通った佃駅まで戻り、佃で徳島線と分岐して吉野川を渡る。そこから左に急カーブして、阿波池田から佃までの区間の吉野川を挟んだちょうど対岸に当たる場所を走る。


地図でみると『⊃』のようなルートであり、わざわざ佃駅に迂回せずショートカットすれば良いと思えるが、この迂回部分に箸蔵という駅があり、この駅の近くの山の上に箸蔵寺という有名な寺院があるために、その参拝者の事を考え、箸蔵に駅を設置するためにこのような迂回をしたのだと考えられる。


21世紀となっては、駐車場さえあれば目的地の目の前まで行ける自家用車やバスで観光をするのが当たり前であり、鉄道で観光地巡りをするのは少数派である。しかし、今から30年前までは高速道路も全国に延びておらず、鉄道の利用者も今よりは多かった。ましてや、土讃線が開業したのはまだ道路そのものが整備されていない時代であり、長距離の移動は鉄道しかない時代だったので、箸蔵に駅を設置する必要があったのである。もちろん、今となっては箸蔵寺に鉄道でやって来る人は少ないので、必要性を感じない。しかし、このような線路のルート選択一つで時代性というのがよくわかるものなのである。


列車は箸蔵を通過すると、今度は右にカーブして吉野川から離れて山の中に入って行く、パワー充分な特急列車は軽快なディーゼルサウンド高らかにどんどんスピードを出して勾配を登って行く。車窓には人家はおろか道路すら見えない。


実際は谷底を走る鉄道に対し、道路は山腹を通っているので、土讃線の線路よりはるかに高い場所を国道が通っているのだが、あまりに高度差があるので車窓からは見えない。


しばらく走ると右側に分岐する線路が現れ、その分岐の先に小さな駅があったのだが、特急列車なので立ち寄る事なく通過した。この駅こそが秘境駅として有名な坪尻駅である。周囲に人家はなく、獣道を延々と歩き国道に出て更にしばらく歩かないと人家はない。そのため、秘境駅…つまり辺鄙な場所にある駅のファン以外にこの駅を利用する人はほとんどいない。


その坪尻を過ぎても列車は山の中を走り続ける。長いトンネルを通過してもそこは山の中、そして、そこは香川県である。


列車は山の中から突然平地へと抜け出した。周囲は田んぼと住宅地が見えるようになる。


先ほどまでの山深い景色から、突然の景色の一変により、田園風景ながらそこそこ住宅地があるために、急に街に出たような錯覚に襲われる。そして、しばらく走ると琴平駅に到着した。


「さぁ、降りるよ」


健太はエリスを促して列車から降りた。次に乗り継ぐ列車の発車はおよそ30分後であるが、既に列車はホームに入線している事を健太は過去の経験から知っていた。


ホームを歩いてその列車へと向かう。3両編成の古臭い列車が停車している。福山の山陽本線を走っている列車とほぼ同じ車両である。


その列車を前から立派なデジカメで撮影している高齢の男性がいる。撮り鉄と呼ばれる鉄道写真を撮るタイプの鉄ヲタである。


健太とエリスが一番前の車両に乗り込んだ。車内にはまだ誰もおらず、空席の一つに先ほどの撮り鉄の男性のものと思われる荷物が置かれているだけだった。


健太とエリスは並んで座った。発車まではまだしばらく時間がある。


「飲み物買って来ようか?」


健太がエリスに話しかけた。徳島駅で購入した飲み物は阿波池田に着くまでに飲み干していた。


「いらないわ。それより、お手洗いはどこ?」


「一番後ろの車両だよ。じゃあ、俺は飲み物買って来るけど、エリスはいらないんだね?」


「私はいいわ」


健太がホームの自動販売機で缶コーヒーを買って戻ってからしばらくしてエリスも戻って来た。エリスは席に座ると、口を隠しながら大きな欠伸をした。


「疲れた?」


「ただ列車に乗るだけなのに、ずいぶんと疲れたわ。健太はこんな旅行を数えきれないほどやってるんでしょ? すごいわね」


エリスは言った後で、今度は口を隠さず欠伸をした。


「眠いなら、眠っててもいいよ」


「悪いけど、少し眠らせてもらうわね」


エリスは言った後に目を閉じて黙り込んだ。余程眠かったのだろう、エリスはすぐに窓に持たれるように体を傾けて寝息を立て始めた。健太も眠るのは不用心なので起きていなければならない。しかし、エリスとお喋り出来ないのは退屈なので、スマホを取り出しゲームを始めた。


結局、発車時刻になり列車が走り出してもエリスは起きなかった。健太はスマホをいじりなから色々と考えていた。


(もう少し、シンプルな旅行プランにしなければならないな)


エリスは駅の訪問のために全国を旅行するのであって、別に鉄道に乗りたくて旅行しているわけではない。


健太のように鉄道に乗る事に喜びを感じる人種であるわけではなく、長時間の乗車はかなり疲れるのであるが、健太はどうしてもそれを忘れてしまう。


駅を訪問する=列車を利用する、ここまでは一般人でも同じ考えだろうが、各地の駅を訪問する目的を持つのだから、当然鉄道が好きなのだと健太は考えてしまう。エリスは駅マニアではなく、あくまで試験の課題として駅を訪問しているのであり、好きだから訪問しているわけではないのである。


健太は今後の旅行プランは乗車時間に無理のないプランにしようと思った。もっとも、次にプランを考える時にはそんな事は忘れているのだろう。鉄ヲタとはそういうものである。


一方、エリスは終点の岡山までグッスリ眠っていて、健太に起こされてようやく目を覚ました。岡山から福山までは混雑しているので、座れないと考えていたのだが、運よく二人並んで座れたので、エリスはまたしても熟睡してしまったのである。


健太は元々一人旅には慣れているのだが、同行者がいて片方が眠ってしまうと退屈でしかたない。増して、美少女を連れて列車に乗って眠るわけにはいかないので、健太はずっと起きていなければならない。


健太は福山まで退屈さと疲れを感じながら過ごし、福山駅でエリスを起こし列車を降りて福塩線に乗り換えてようやく備後本庄まで帰りついた。


さすがの健太も朝から晩まで列車に乗ると疲れる。まして、エリスが先に眠ったので、退屈したために余計に疲れていた。


一方のエリスは列車内で熟睡したために元気一杯に回復して家に帰りついた。


その夜、元気一杯のエリスが普段より激しい『夜のおねだり』をして、クタクタの健太を嬉しいながらも参ってしまう事になったのである。

次回は日常の話で健太とエリスの家での決まり事と姉の再びの来訪の話です。

お楽しみに

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