苦手な物は無理なく食べましょう
今回は日常の短い話です
7月上旬の平日の正午前、ここは健太とエリスが暮らすアパートの部屋である。
健太は朝から仕事で、エリスは朝の家事を終え、独りで食べる昼ごはんの支度をしていた。この時間に、エリスが昼ごはんの支度をするのは普段と同じなのであるが、普段では絶対にありえない事もあった。
昼ごはんの食材が台所のテーブルに用意されているが、そこには玉子が置かれていたからである。
エリスは天上界では玉子を食べる習慣がないので、地上界に来てからも玉子は食べないようにしていた。これまで食べた物の中に玉子が使われているのがあって、知らないうちに玉子を食べていたかもしれないが、意識して玉子を食べた事はないのである。
エリスはこれまで玉子を食べなかったが、健太は玉子を食べるので冷蔵庫に玉子は常にある。今朝も健太の朝ごはんのために目玉焼きを作ったのだが、エリスは食べなかった。
しかし、玉子料理がどんな物か食べてみたくなって、昼ごはんに玉子を使ってみようと考えたのである。
(さて、何を作ろうかしら)
エリスは玉子料理に知識があまりないため、目玉焼きと玉子焼き、茹で玉子くらいしか知らない。
目玉焼きや玉子焼きはフライパンに油をひくので後片付けが面倒だ。朝ごはんで健太の目玉焼きを焼いた後、フライパンの油を拭き取った後だけに、また油を使うのは避けたい。そうなると、おのずから茹で玉子という事になる。
エリスは鍋に水を張り沸騰させてから玉子を一個だけ投入した。半熟より固く茹でたいのでしっかりと時間をかけて茹でた。エリスはコンロの火を消してお玉で玉子を取り出して皿に置いた。
それから、エリスはボールを出して玉子を一個割った。ボールに落とした玉子をしっかりと溶く、醤油で味付けしてから、茶碗にご飯をよそって溶いた玉子をかけた。
エリスは玉子かけごはんの作り方は知らなかったので、スマホでネット検索して調べていた。健太が生玉子が苦手なので玉子かけごはんを食べる事はない。エリスは健太が苦手な玉子かけごはんを食べられるようになって、健太を驚かせようと考えていた。
玉子かけごはんと茹で玉子が完成し、これが今日のエリスの昼ごはんとなる。
まずは茹で玉子から食べる事にした。テーブルに玉子を軽くぶつけて殻を割るのは、健太がやっているのを見て知っていた。エリスは慎重に殻を取り除いてから、小瓶に入った塩を軽くふりかけた。
それから、玉子の尖った方の先端に軽くかじりついてみた。
(味がしないじゃない)
そこは白身だけの部分で、塩をかけてはいるが味が感じにられない。エリスは気持ち悪くなってきたが、我慢して飲み込んだ。
味がしなかったのは、塩が足りないからだと思い、小瓶を手に取って更に塩をふりかけた。
それから、エリスは二口目を食べてみた。今度は塩の味がするが、淡白な白身に美味しさは感じられない。
三口目、今度は黄身を食べてみる。白身とは違い口にまとわりつくような食感であるが、白身よりは食べやすい。
こうして、決して美味しかったとは言えないが、どうにか茹で玉子を一個完食した。
次はいよいよ玉子かけごはんである。
(うわぁ、ドロッとして気持ち悪い!)
エリスは溶いた玉子のドロッとした見た目を嫌悪しながら、一口目を口に入れた。口の中にドロドロした感触が広がる。それは醤油味で、味そのものは悪くないが食感は最悪である。エリスは吐き出したいのを我慢して飲み込んだ。
エリスはゆっくり食べていたら、飲み込むのをためらいそうなので、一気に食べてしまおうと考えた。エリスが玉子かけごはんの作り方を調べる時に見た動画も、食べる時はドロッとしたご飯を飲み込むようにどんどん掻き込んでいた。エリスはあれが玉子かけごはんの正しい食べ方だと思っていた。
エリスは茶碗を持ち、決意するかのように一度軽くうなずいてから箸でご飯を口に掻き込んでいった。
エリスは生きた心地がしなかったが、途中でやめたら再び食べる事が出来ないと思い一気に完食してしまった。
食べ終わったエリスは、ご飯を食べただけなのに、息は荒く心臓がバクバクしていた。エリスはすぐにウーロン茶のペットボトルを冷蔵庫から出して、コップにも注がず直接口を付けてゴクゴク飲んだ。そうすると、口の中がようやく落ち着いたのかホッとした様子で椅子に腰かけた。
(あの食感はどうしても苦手だわ)
エリスは味よりも食感が苦手なのである。茹で玉子も玉子かけごはんも、味は調味料でどうにかなりそうだが食感はどうしようもないだろう。
(えっ!?)
その時である。
エリスは何者かが胃袋を揉みくちゃにしているような感覚に襲われた。胃袋の中身が溢れ出す。
エリスはユニットバスに駆け込んだ、洋式便器に頭を突っ込むと胃袋の中身が口から吹き出した。
「ウェッ……ウェェェェェェッ!」
エリスは今しがた食べた昼ごはんは全部便器の中に戻してしまった。
どうやら、慣れない物を食べたため、胃袋が拒絶反応を示したようである。
エリスはフラフラしながらユニットバスを出ると、まずは流し台に行き、コップに水を注いでうがいをした。何度もうがいをして、ようやく口の中の酸っぱさが落ち着いてから椅子に座り込んだ。
(やっぱり、玉子は無理だわ)
エリスは玉子はしばらく見たくないくらいの気分だった。
そして、その後しばらく健太の食事からも玉子が姿を消す事になった。
次回も日常の話で、健太の仕事の話です。
お楽しみに




